ふたつの知性体⑤(……仲間と争うなんて、確かに面倒だろうな)
台上に寝かされている人体を前にトレトマンは腕を組む。より正確に言えば、人体を模した機械の身体だ。稼働していたころの名前はディス・コード・サウス。
「アニマの反応が弱い」
モニタの波形はほとんど動いていない。その言葉を受け、トレトマンの傍らにいた男性が眉根を寄せる。
「死んだということか」
嘆息まじりに言ったのは、防衛軍情報部長官ハワード・マクミラン少将だ。ハワードは肩書にふさわしい大柄な体躯をすくめてみせる。言外に、どうにかならないのかと訴えるがトレトマンはそれを却下した。
「残念だが、もう時間の問題だろう」
仲間の滅びをトレトマンは淡々とした口調で断じる。ディスは彼らの前に現れた時から深く傷ついていた。だが傷は、機械知性体にとってあまり問題ではない。機械の身体は彼らにしてみれば交換できる衣服と同じで、腕が千切れても胴体がつぶされても、中心にあるアニマさえ無事なら基本的には再生が可能だ。
その魂と呼べるアニマが滅びようとしている。それだけはトレトマンにも治療することができなかった。ディスは生きることを放棄しようとしている。自ら死地へ向かう者に対してできることはあまりにも少ない。
「だが収穫はあった」
第九内のスパコンにディスを直結させたところ、スターが苦戦した防壁は数分で突破され、保存されていた情報が一気に吐き出された。その量は情報処理に秀でているトレトマンから見ても膨大だった。簡単に分類し、目次をつけて管理しやすいよう整理するだけで数日かかってしまう。
「多すぎるな。すべてを調べるには何ヶ月かかるやら」
「機材と人員を増やそう」
「それはありがたい。ついては最優先で欲しい情報がある。結晶柱を制御している中枢がどこかにあるはずだ。その研究施設の場所が知りたい」
すでに結晶病の制御システムがどこかにあるはずという仮定は防衛軍側に説明してある。当然の要求にハワードはひとつ息を吐いた。
「探させてはいるが、今のところハズレばかりだ」
情報部長官といえどもすべての機密情報が彼の前を通過するわけではない。トップが知らないことで秘匿される情報も数多くある。第九に関してはハワードも把握していないことが多数あった。
ふぅむ、とトレトマンは腕を組む。彼もまた、捜査の行きづまりを感じていた。そして第九から引き出した情報を調べつくすとしても、他にも別ルートから調査したいと考えていたのである考えを提示する。
「アナログ的な手法で探せないだろうか」
トレトマンは電子上にある情報ならほぼ無制限に閲覧し、精査することができる。膨大な情報量を制御できるのが機械知性体としての強みでもあった。
アナログと聞いて、ハワードは片眉を跳ね上げる。
「紙の資料か。確かに保管だけはされているが、あれこそ未整理のままだ」
その量を思い返しているのか、ハワードがお手上げだとかぶりを振る。
「おそらくその研究所は、資料の狭間に隠れている」
紙の資料を複製する際、少しずつ意図的に記載情報を減らしてずらす。そうやって数年かけて消されていく存在。トレトマンは目的の研究所の所在を、そうやってできた空白に落としこめられている可能性を指摘する。
「資料中には森か原野しかないことになっているが、過去に電気やガス、上下水道設備工事が行われた形跡がある場所がいくつかあった」
過去の資料中に情報が途切れて空白になっている場所があった。更新されず、何もないとされて忘れられた施設。
「そうか……その可能性は高いな」
では、とハワードは早速部下に指示を出す。紙の資料の整理は人間の方が向いている。とはいえ、ひっくり返せば圧死しかねない量だが、と彼は肩をすくめた。
「運ぶくらいなら手を貸せるぞ」
その辺の好きなのを連れて行け、と指さされた先にいた数名の機械知性体がうろたえる。
「それは助かるが、資料庫はせまいからな」
なら一番小柄なやつ、と押し出されたのはレックスだ。
「ひ、ひどいみんな」
「どうせ暇なんだ、働いてこい」
「まあ、何もしないでいるよりはいいけどさ」
決まりだな、とハワードは笑う。用意ができたら呼びに来る、といってあわただしくその場をあとにした。
人間の姿がなくなるとトレトマンは独白をこぼす。
「その研究施設も早く見つけたいが、フレイヤも気がかりだな」
後日、掘り返したフレイヤは防衛軍に大型のトレーラーや輸送機を借りて運び出し、ひとまずユニオン側の手にあった。友好的な関係を続けるために防衛軍も強く言いだせないでいるが、本音では詳しく調査したくてもだえていることだろう。
「フレイヤは、何で眠ったままなの」
レックスが質問を投げかけてくる。
「極限までアニマの活動が低下している。例えとしては冬眠している状態が近いが、自発的に意識を閉ざしているのだろう。よほど面倒くさいことがあったようだ」
いっそこのまま無理に起こさず、また土に埋めるか、とトレトマンが言いだす。本人は冗談のつもりだろうが、レックスは実行を疑わなかった。たとえば人間の手が伸びて守りきれないと判断した場合、トレトマンはフレイヤを躊躇なく埋めるか海中へ投棄するだろう。
フレイヤが眠ってしまった原因を、レックスは自分なりに考察する。
フレイヤは地上を求めたが、人との共存も強く訴えていた。しかし他の四人は違った。彼らは深海都市に残っているユニオンも呼びよせ、地上の制圧を提案する。だがそれはフレイヤの本意ではなかった。彼はあくまで地上世界は人間のもの、機械知性体は存在を隠すことが前提だった。
互いの意思の相違から争いになり、フレイヤは傷つき、むなしさから眠りにつく。
勝手な想像だが、腑に落ちる個所はある。それに、とレックスはフレイヤを見上げた。最古のオリジネイターは巨体を誇り、何より全身の装飾が美しい。神を模した像のような姿にレックスは自然とこうべを垂れる。
(……仲間と争うなんて、確かに面倒だろうな)
何もかも放り出して眠りに落ちたい気持ちもわかる。とはいえ、その放置が現状にいたる原因でもあるので、できればもう少し整理してから冬眠して欲しかったが。
本当のところをたずねたり、責任逃れだと責めようにも当のフレイヤに起きる気配はない。一緒に連れ帰ったアヴリルはあくまで彼の知識と記憶の一部をコピーしたロボットでしかなく、仲間として情報や意識を共有させることは難しかった。
「僕も日本へ行きたかったなぁ」
基地内の倉庫暮らしの状況は鷹ノ巣山駐屯地にいたころと大差ないのだが、日本にはマイキがいるし町中を走ることもできた。レックスが日本へ行ってできることが増えるわけではないが、それでも少なくともここまで鬱屈とした気分で天井を見上げることはなかっただろう。
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「六神屋」でイベントに出てます。
関西コミティア、文学フリマに出没します。




