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ふたつの知性体④「……覚悟、決めたわよ」

 海里が日本へ向かうと聞いた天条が、出発間際になって声をかけてきた。

 忙しい時にすまない、とまずは謝罪されるが、人間の移動と違い、機械知性体が用意するものはほとんどないので海里の手は空いていた。自分自身よりも基地から出発する際の根回しや飛行ルート選択の方に時間がかかる。そういった準備はトレトマンや乗せてくれるシリウス任せだ。

 天条は手に持っていた封筒を掲げる。そこには娘の名前が書かれていた。

「頼めるだろうか」

 以前に海里は天条の娘ルミネから父親宛の手紙を預かり、彼へ渡した。今度は返事を書いたらしい。現状、彼は機密保持の観点から基地から出られず、連絡も取れない状態に置かれている。たとえ自分の子供に対する他愛のない言葉を連ねた手紙でも例外はないので、この手紙を届けるには部外者である海里たちに頼むしか手がない。

 本当なら、手紙よりも自分自身が駆けつけたいはずだ。日蝕事件が起こった際、家族が心配で取り乱した様子だったが、無事と聞いてからは表面上は普段と変わりなく過ごしている。それでも他の人間に見つからないよう封書を持ってきた彼の表情はどこか焦燥をにじませていた。

「必ず渡します」

 天条の状況や心理状態まで海里は熟知していないが、郵便配達程度のおつかいを引き受けることはやぶさかではない。それに顔見知りの状況はなるべく全員確かめておきたかったので元から天条家へ行くつもりだった。

 手紙を受け取ってもらえた天条は、あからさまにほっとした顔のあとで消沈する。連絡を禁じられている彼は海里を利用する形になっていることに多少の罪悪感を覚えている様子だったが、当の郵便配達員は何も気にしていない。ルール違反を犯していることすらわかっていなかった。

 落ち着いた天条は話を変えてくる。

「それと、君に意見を聞きたい話がある。自分が見たものがどうにも信じられないのだが……」

 天条は第九で見た少女の話をした。彼としては不思議なものを見たが幻覚として処理することもできず、何か別の見方が訊けないかと思って海里に声をかけただけだったが、海里はあまり動かない表情をさらにこわばらせる。

「アウラ……」

 口をついて出た名前に天条は海里に向き直る。

「知り合いかね」

 海里はかぶりを振る。それは肯定も否定もできない、という意味だった。話に出た少女の特徴はイノベントのシス、つまりユニオンのアウラと合致するが、少女は滅びたと報告を受けている。だがあくまで伝聞だけで、確実な証拠は何もない。

 希望の光明か、新たに突き落とされる絶望か。判断する材料が何も見つからないままシリウスが準備が終わったと現れた。



 日本の自衛隊駐屯地のひとつ、陸上自衛隊鷹ノ巣山駐屯地では結晶病関連の研究が続いていた。

 日蝕事件の前から行われていたが、以降は最優先事項として人員と資金が大幅に増えた。それでもわかったことはあまりにも少なく、治療法や予防策などは今のところ存在していない。

 希望のかけらも見えない状況の中、非公式のまま居場所を作ってしまった元防衛軍の第九に所属していた研究員であるマーガレット・レヴィはふと顔を上げた。どんよりと濁った目の下には濃いくまが浮かんでいる。睡眠時間どころか食事や身支度の時間も削っているため、とうとう着替えがなくなって下着の上に白衣という格好になっていた。そんな有様でも異様な雰囲気を放つ彼女に面と向かって注意できる者は皆無だ。

 レヴィが処理中の表示を見ながら思い出したのは、ある女のことだった。金髪碧眼、女性の誰もがうらやむ容姿の美女だったが性根は腐りきっていた。否、狂っていた。

 エルフ・オリオン。この名前以外ほとんど素姓の知れない女はレヴィのいた部署に人類を効率よく虐殺する方法を提示し、実行できそうな手段を作らせていた。

 強力な武器や弾薬だけではあきたらず、細菌やガスといった化学兵器にも手を出していた。その中、レヴィのグループが研究していたのは遺伝子操作による人工的な能力の付加、妖精の歌。遺伝子操作された女児による集団の意識操作だ。人心を操る妖かしの歌声と聞くと、まるでおとぎ話のようだが、実態は無慈悲で残酷で非効率的なものだった。

 実験はひとまず成功し、いくつかの町は少女たちの歌声の中、互いに殺し合った。もっとも、成功例は少ないうえにほとんどの女児は成長につれて能力が拡張し、自己意識が崩壊して死にいたる。無理やり遺伝子をいじりまわした弊害で生殖能力のない個体も多く、せっかく付加した能力が次代に引き継がれることはほとんどない。だというのにエルフは何が面白いのか、新しい妖精を生み出せとせっついてきた。

 そんな消耗品のように実験体を使いつぶしてどうなるのか、という疑問をレヴィがエルフへ向けると、彼女はこともなげに、そのまま滅びてしまえばいい、と言い放った。当然という顔をしていることに動揺したレヴィだったが、女は心底から人間という種族を殲滅したいと考えていた。しかもただ虐殺するだけでなく、殺す側と殺される側、双方に可能な限り恐怖と苦痛を与える方法を至上としていた。彼女の中では核兵器はむしろ、慈悲のあるやり方なのだろう。

 あの女を前にすると、レヴィは自身がいかにただの人間でしかないかを思い知らされた。エルフは今日どれだけの人間がどれほど苦しんで死んだのか、数字と報告を前に狂喜を隠さないでいた。その様を思い返して背筋が震える。

「……人間やめたつもりだったけど、まだまだ上がいたとはね。この場合、下には下が、かしら」

 エルフという女は大量に人間が死ぬとうれしそうだった。報告書の死亡者数の数が多ければ多いほど、深い笑みを浮かべる。正気の範囲内で狂いながら、女は人類に向かって種として存続できないほど虐殺してやると、言動行動すべてにおいて宣言していた。

 覚悟なさいと輝くその目は、狂気と歓喜と悦楽と、そしてなぜか、慈悲が垣間見えた気がする。慈愛の心からではない。その思考の中心は、あくまで向こう側からの一方的で独善的な救いなのだろう。

 その研究所を離れてからレヴィは女の姿を見ていない。連絡もとっていない。そもそも彼女はどうやら防衛軍の関係者ではないようだ。防衛軍の母体団体であるアップルゲイト財団から派遣されてきたとは聞き及んでいたが、すでにその話から嘘だろう。関係者というより、もっと深く濃い部分からやってきた気がする。

 レヴィがエルフの狂気を見せつけられていたのは、単に彼女のお気に入りだったから。知的好奇心のために倫理観や人道を無視できるところが好みらしい。好かれたところでうれしくも何ともない。あんな狂態など早く忘れてしまいたかったが、こびりついた汚れのように女の笑顔が頭から離れなかった。

 そして今のレヴィは日本でこれまでとは逆の、人類を救うための研究を行っている。馬鹿な話だ、と我に返るたびに愚痴ったり壁に頭をぶつけてしまいたくなる。ついこの間まで効率よく人間を殲滅する手段を考え、実験ごとに何百何千と命を奪ってきたというのに。

 とはいえ死者には申し訳ないが、レヴィの中では殺人を犯したという罪悪感は薄い。確かに実行したのはレヴィだが、自分で銃や刃物をにぎって殺したわけではない。死者のほとんどが、彼女の前に現れるときには顔や名前もないデータの羅列のみ。しかも一人二人ではなく数千人単位。年齢や性別ごとに分類された数字を前にしても、これらはあなたが殺した人間だから罪の意識を持てといわれても難しい。

 それでも時折、どうしようもなく疲れて立ち上がることもできないのに眠れない、思考が回らない時、不意にあの女の吐き気をもよおすような笑顔が断片的に意識に浮かんでしまう。そして彼女とレヴィが踏みつぶしてきた者たちの顔のない顔が並ぶのだ。

 眠い、寝たい。暗闇の中に落ちるように、泥に包まれるようにして眠りたい。そのためにはあの女が邪魔だ。あの女はいまも人類を滅ぼす計画を練っているはずだ。だからこそ、もしレヴィが現状をくつがえす一手を発見すれば、あの顔に拳を叩きこむよりも気持ちいいはず。

 そうすれば、床の上でもぐっすり眠れるだろう。

「……覚悟、決めたわよ」

 奇妙な対抗心と復讐心をたぎらせながら、レヴィは再びコンソールへ向かう。

 あの女、イノベントのエルフがすでに滅びていることなど彼女は知らない。仮に知ったところで、鼻で笑って自身の研究に没頭するだろう。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは8巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

pixiv ID 2358418

「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。

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