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ふたつの知性体③「……人間の、知識欲の暴走か……」

 人の結晶化は止まらない。

 結晶都市の半径一キロ範囲内にいた者は、日蝕事件の直後、八割近くが結晶化した。その範囲外にいた者も、日を置いて発症する。家族が起こしに来たら結晶に包まれていたという例があとを絶たない。

「結晶化へいたるパターンが読めてきたぞ」

 ハルを見失ってからのち、自分の殻に閉じこもって検証作業を続けていたトレトマンが久方ぶりに声を発した。

「え、すごいや」

 好奇心旺盛かつ、退屈していたレックスを筆頭に、わらわらと人間よりもはるかに巨大な存在がひとところに集まってくる。

 彼らは地下空洞から運び出せるだけの機材と共に、報告と現状把握のため、世界防衛機構軍オーストラリア本部へ戻っていた。日蝕事件で機械知性体の立ち位置は微妙なラインへ追いつめられてしまったが、ここで深海都市へ帰ります、といっても何も解決しないので居候を続けている。

 それに深海都市、と呼んでいる彼らの住居だが、現状ではすでに浮上している。ただいきなり巨大な島が現れては世間が混乱するため、防衛軍との話し合いの結果、海面下数十メートルから数百メートル付近に潜行し、隠れながらオーストラリア本部の領海内をゆっくり周回している。

 一応はまだ客人扱いを受けているが、彼らのいる格納庫を警戒する兵士の数は増え、常に戦車などが待機するようになったが。

 そんな状況など知ったことかとばかりに自分の研究に没頭していたトレトマンだったが、打開策を求めていたのは彼だけではない。全員の目が彼へと注がれる。

「それで、それで。何で人間が結晶化するのさ」

「光だ」

 トレトマンは鋼鉄の指を机上にある結晶に向ける。防衛軍が研究のために取り寄せたものを一部わけてもらい、独自に分析を続けていたのだ。

「世界各地に出現した、例の巨大な結晶柱の一部を分析したが、あれは大半が海中の塩分だ。微細機械細胞が網目状に広がり、そこに塩が付着しているような状態だろう」

 あれほどの大質量を微細機械細胞のみで構築することは意味がない、とトレトマンは切り捨てる。

「要するに、はったり用に巨大な目標を作る必要があった。そのつなぎに使われたのが塩だ。だから結晶柱は沿岸部に集中している」

「え……あの柱って、もしかしてハリボテ?」

 そうだな、とトレトマンはあっさり肯定する。

「話は戻って、人体が結晶化するメカニズムだが、催眠術と一緒だ。結晶柱が現れた瞬間、そこから強い光が発せられた、という証言がある。微細機械細胞は光を使って人間を一種の催眠状態に陥らせ、その隙に体内にもぐりこんだのだ。そうして人体の遺伝子図を書き換え、意図的に暴走状態にさせて結晶化の速度を速めた」

 未知の恐怖にすくみ、思考停止している間に人々は神経系を乗っ取られた。侵入と支配は数秒で完了し、結晶化が始まる。やがて生体活動の低下した内臓や筋肉が壊死し、表皮が結晶に変換されて奇怪なオブジェができあがる。

「仮説としては十分だが、それだけではすべてを説明しきれない」

 シリウスが疑念を向け、質問を発する。

「光を見た全員が結晶化したわけではない。そこの差はどうなる」

 光ったという証言が残っている以上、その体験をした人間は生存している。そして、証言数は多かった。

「距離の問題だろう。光の速さは音を越えるが、微細機械細胞が飛来する速さは光より劣る。光を見ても、直下と五キロ先では強さも違う。距離があるほど結晶化する確率が大幅に下がるのがその例だ」

「ではあの柱が光るたびに犠牲者が増えるのか」

「そうでもない。あれはだまし討ちだから成功したのだ。同じ手を繰り返したところで効果は薄くなるだけ。それに柱の周辺には現状、ほぼ人間はいない。もう発光による攻撃はないだろう。それでも柱を破壊できれば周辺の結晶化は減らせる。事態の進行も多少は遅らせることができるはずだ」

 大規模な破壊となると機械知性体の得意分野だが、まだ存在を公にできないのでそのあたりは各国の軍隊に任せる形になる。それに柱が結晶化の原因のひとつということは誰もが思いつくので、中にはすでにミサイルでの破壊を試みようとしている国もある。

「じゃあ、柱を壊して、あとは微細機械細胞を止めればいいんだね」

「止めると言うのは簡単だが、相手は細胞サイズの機械群、しかも世界中に散布されているときている。まずすべての破壊や回収は不可能と考えるべきだろう」

 こうして彼らが話している場にも、微細機械細胞は存在している。ただ文字通り、小さくて見えないだけなのだ。

「壊すことも止めることもできないとなると、打つ手はないということか」

 急くな、とトレトマンは前のめりになるシリウスを押しとどめる。

「微細機械細胞は、ひとつひとつが自律行動をとっているように思えるが、実際は群単位で一括管理、制御されている人工物にすぎない。大元を叩くか、指示の上書きができれば効力を失う」

 ただ、とトレトマンは視線を泳がせる。その先には、黒い直方体があった。地下施設から回収した量子コンピュータだ。

「そこが難しいところだ。やるなら、ハルのようなスパコンクラスの処理速度を持ったコンピュータが必要になる。こちらのスペックでは到底勝ち目はない」

「トレトマンはこの、量子コンピュータってやつは使えないの?」

 レックスが直方体と地下空洞から持ち帰った機械群を示す。格納庫の一角で再度組み立てられたそれらは無事に稼働しているが、トレトマン以外に扱える者はいなかった。

「使うだけなら可能だ。だが微細機械細胞の制御に使われているプログラムに侵入し、上書きするにはわしの思考演算では間に合わない」

 量子コンピュータは大規模なシミュレーションや演算には大きな力を発揮するが、いってしまえばそれだけでしかない。複雑な手順を踏みさらに相手側の防壁や妨害をその都度対応を変えて突破する自立性は備わっていないので、そのあたりは制御する側の手腕にかかってくる。

「後手に回るが、結晶化を制御しているシステムの中枢部がどこかにあるはずだ。それを探すぞ」

 どこかといっても世界は広い。ある程度の目星はトレトマンが探すと請け負うが、こうしている間にも人類はひとり、またひとりと結晶に変わっていく。

 全員が曇天の下にいるような心持ちになる。こうなる前に対処したかったが、事態は彼らの想像より二歩も三歩も前に出て、いまはその背中すら見えない状態だった。

「……人間の、知識欲の暴走か……」

 レックスの独白は、不意に落ちた沈黙の中で大きく響く。

 当初、この計画を発動するのは彼らと同じ機械知性体のはずだった。だがイノベントは人間の反乱によって制圧され計画は実行前に止まる。しかし人間たちは残された技術によだれを垂らし、がまんができないと未調理の食材へかぶりついたのだ。

 そして制御も制限もかかっていない技術は暴走し、人類は同じ人類の欲深さのために滅ぼされようとしている。

「防衛軍には秘密裏に研究を行っている施設を、稼働、閉鎖問わずに洗ってもらっている。おそらくそのあたりから逃亡した科学者たちの行方もつかめるだろう」

 希望的観測でしかない。自分たちにできることの少なさに肩を落とす。諦念の気配が漂いつつある倉庫にトレトマンの代わりない声が響く。

「あと、人体の結晶だが興味深い動きがある。あれらは徐々に群体化をはじめている。一体ごとの結晶が他の結晶とつながりコロニーを形成しつつある」

 日蝕事件。昼日中の市街地で発生した結晶化は、通りを歩いていた多くの人間を犠牲にした。そして樹氷の林のようになった人体から伸びた結晶が互いにつながり、森を形成し始めている。科学者たちはこの状態をコロニーと呼んだ。場所によっては数千人単位の人間を飲みこんでドーム状に膨れ上がっている。

「他に気になる点といえば、結晶化したはずの家族友人知人が夢に出て、手招きするそうだ。そして同時に聞こえる歌がある。少女の歌声だそうだ」

 話の内容が科学的な考察から一気にオカルトじみてしまい、彼らは一様に微妙な表情になる。中にはあからさまにそっぽを向く者もいた。

「大半の意見は、不安から精神の安定さを欠き、そのような夢を見たと錯覚しているだけ。もしくは他者からの伝聞をあたかも自身の体験のように吹聴してしまう」

 そんなものだろう、と彼らは納得する。人間の社会にうとい彼らだが、インターネットを通じてほぼリアルタイムで世界中とつながる現代において、誰かの発言を読んだ他者がその話に強い共感を受けて自分の経験に置き換えて考えることがある。それが全人類規模となれば、それなりの人数が自分もそんな夢を見た気がする、と言いだしてしまう。

「だが一概に虚言や模倣とは言いきれないところではある。現れる人や状況に差異はあっても、歌についてはかなりの一致が見受けられる。詩は人それぞれの感じ方、言語や文化的な下敷きがあって異なるが、おおざっぱに説明すればこうなる」

 いくつかの言語で表記された歌を画面上に示すが、すべてを読めた者はいなかったのでトレトマンは平均的な歌詞を解説する。

 我々は人から生きる権利を奪うつもりはない。

 すべての意思ひとつひとつが世界にとって必要な存在である。

 人は完全な生物ではないが、共に手を取り合うことはできるだろう。

 我々は淘汰される存在ではない。

 このあり方に希望を見いだして欲しい。

「大体そんな感じだ」

 ネットではこれらの歌詞に曲をつけたものが上がっているとトレトマンは語るが、サブカルにも理解が薄い機械知性体の面々はどう反応を返したらよいのか戸惑うばかりだった。そしてそんなことは承知とばかりにトレトマンは躊躇なく話題を変える。

「他にだが、混乱に乗じて無理やり結晶柱の一部になれと強要する一派が現れ、ネットを通じてその活動が世界中に広がりつつある。一種の自然回帰的な考え方だが、かなり攻撃的な活動を展開しているようだ」

 大きな災害や戦争などが起こると、人の中には逃げ道として宗教に走る場合がある。今回も世界中でさまざまな宗教家たちが日蝕事件に対し声を上げていた。

「その攻撃派は、結晶化を神が与えた新たな人類の進化形として文明を捨てて結晶とひとつになるよう推奨し、結晶柱を偶像化しているそうだ」

 一部の人間が発した極端な思想を掲げる集団。進化を目指すという考え方はハルと同じだった。奇妙な一致を見せる思想はネット上で深く静かに浸透しはじめている。

「彼らは自らに名前をつけ、すでにネット上から出て実体化を始めている」

 トレトマンは顔を上げて視線を流し、一度言葉を切る。

「機械仕掛けの神 、か。まったく、たいそうな名前をつけたものだ」

 トレトマンは傍らのモニタを操作し、あるサイトのトップページを表示させると肩をすくめる。そこにはリンゴと機械で作られた骸骨が融合したロゴマークがあった。

「自分たちの狂乱という祭りで世界という舞台をひっくり返す革命を起こしている気になっているのか」

 トレトマンの独白にこたえる者はいない。そもそも機械知性体の中でその集団の名称が舞台の演出方法であるどんでん返しの一種と理解している者は誰もいなかった。

 相変わらずの長広舌独壇場の中、トレトマンはだんまりを貫いた者へ視線を向ける。機械の巨体の中では異質な青年はトレトマンの注視を受けて赤褐色の目を動かす。

 短く刈った黒髪に東洋系の顔立ちをしたどこにでもいそうな若者に見えるが、彼もまた内部構造は他の機械知性体と同じく金属で構成されている。種族内の個体名はトラスト・〇七〇一だが、人間を模した外装には海里シンタロウという名前があった。

「トラスト、おまえさんは日本へ行って来い。向こうの現状調査だ。それと、マイキくんたちの様子も気になる」

「行っていいのか」

「こっちで働いてもらおうにもおまえさんが活躍できそうな場が用意できそうにないからな。ひとまず日本にある結晶柱の調査だ。おまえさんをもう一度あの国へ行かせるのは少しばかり心配だが、ここに留まって遊ばせておく余裕はないのでな」

 沖原一家とはすでに通信装置を介して生存確認はできていた。町を離れたキャンプ場で騒ぎの収束を待っているとも聞いている。

 だが例え無事が確認できたとしても、海里は折を見て日本へ行くつもりだった。最初の上陸地点が日本だったため、人類の知り合いはそこに集中している。他の顔見知りである久壇らともすでに連絡はとれていたが、やはり行きたいという気持ちは抑えきれない。それに海里の中でもあの結晶柱を調べたい欲求はあったので、トレトマンの指示は願ったりだった。

 即座にきびすを返そうとする海里をトレトマンがそう急くな、と止める。

「これは想像だが、最初の感染爆発から時間が経過しても発症者があるレベルから下がらず終息する様子が見えない以上、結晶化へいたるサイクルには光による催眠効果以外にも一定の法則がある」

 海里はトレトマンに向き直る。海里の心は半ば日本へ向かって離れかけていたが、どうやら話が終わるまで解放するつもりはないらしい。

「法則の根底にあるものは、親しい者からの呼びかけ、それと歌だ」

 そんな話を先ほどトレトマンがしていたことを思い出すが、オカルトじみた空想を誰もが聞き流していた。だが推論を重ねて現状にもっとも近い結論を導くことを好む彼がそんな夢物語を真剣に語る様に誰もが首をかしげつつも意識を向ける。

「人間の中では使者が夢の中に現れる、ということは割とメジャーな現象になる。そして世情が不安定な時期に親しい者、しかも二度と会えないはずの存在が呼びかけてきたとすれば、それが死者の言葉であれ……いや、失われた者の声と手招きだからこそ、人は容易に耳を傾けてしまうのではないのだろうか」

 理解はできるが、それと結晶化が減らないことにどんな関連性があるのか。結論が読めずに彼らの困惑はさらに広がるが、トレトマンの語りは止まらない。

「人心の中にはすでに、結晶柱は警戒するものとしてすりこまれている。同じように微細機械細胞を振りまいても効果は薄いだろう。だから手段を変えてきたのだ。親しい者から呼びかけて意識の輪郭をゆるませ、その隙を突こうとしている。悪辣な、詐欺のようなやり方だ」

「その夢も、微細機械細胞が見せているってこと?」

 レックスが首をかしげて全員の疑問を代弁する。

「機械群がやっているにしては、まるで人間の心理をついたようなやり方が気になる。もしかすると……」

 そこでいきなり言葉を切るとトレトマンは顔を上げる。

「……話が長くなったな。トラスト、行って来い」

 急に放り出された形になった海里は不承不承うなずく。背を向けて歩き出した彼だったが、いくら飲みこみと察しの悪い頭でもトレトマンの言葉の続きは予測できた。

 言葉の続きは、結晶化へいたるシステムのどこかに人間が介在している、と続けようとしたのだろう。

 人が暴走させた技術に介在する人の心理。

 その内容を具体的に考えようとして海里は頭を振る。想像を進めるほどに重たい粘液が全身にからみついてくるような不快感をもよおしてきた。


冊子版はピクシブのBOOTHで頒布しております。

こちらは8巻収録分です。

https://mutsugami123zero.booth.pm

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「六神屋」でイベントに出てます。

関西コミティア、文学フリマに出没します。

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