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悪党のすすめ  作者: と
政党奮闘記
62/63

61 有識者の決断

馬の息は荒く振動が容赦なく軋む鎧に連動した。だが、今そのようなことに躊躇している余裕はない。すぐにでも本軍に合流し敵勢力に包囲されるのを防がなければならないのだ。


「く、ヴィンセントももう少し早く命令してくれればこんな急ぐ必要もないのですが」


「団長いや連隊長、そのようなことを言っている場合ではない。すぐにも農騎兵がばてそうだ」


マンフリートの危惧通り、ここまでの長距離の移動が農騎兵に堪えたらしく疲労が顔に出ていた。ただ、現在の彼らは初の実戦というものに直面しようとしているために緊張感で体の疲労に気づかず動いているようだ。


「そのようなこと、どのみち実戦となれば通用しない話です。長い治安局長官勤務の間に腑抜けましたか?」


「いや、そのようなことは」


「では手筈通りに、今回は騎士、いえ騎兵だけの戦いではありませんので」


ユッタは後方より追いかけてくるモンスターの群れを確認する。今や同志の一員であるモンスターたちはぶつくさと何か文句を言っている様子ではあるがアマーリアの言いつけを守り騎兵の後方より共闘すべく働いていた。


「なんでも司令部の方でひと悶着あったとかでこのような戦闘に」


「通常の騎兵戦ではこのような戦いはしませんが、間違って味方を撃つようなことがないようにしないと」


馬の両肩で揺れている二艇のホルスターと自身の軽装な鎧を見てユッタは不安がる。これがヴィンセントの言う軽装騎兵の新戦術だそうで蓋を開けてみれば竜騎兵の装備と大差のない何という事の無い武器だ。かつての胸甲騎の装備に比べれば救いようがないほどに間抜けすぎるとユッタは感じていた。


「ともかく、軍団は一度攻撃したのちに退却し我々の進入路を確保する様子。すぐにでもモンスターを相手せねばなりません。団長、いや連隊長指示を」


「分かりました、それでは各戦隊の中尉無いし義勇少尉に突撃準備を命令してください」


「はっ」


ユッタは陣頭斬って走りながらふっと自分の両手を確認した。それは言うまでもなく自分の手なのだが、妙な違和感を感じざるを得ない。


「そうか、今迄、晴馬の手でしたね」


これが本番、なんてバカバカしい事を考えている。浮かれてしまっているのだろうか。昔ながらの騎士団のものも、新たに仲間になった農騎兵も、きっと自分が元は晴馬であったことを意識したものはいないだろう。私だって今しがた再確認したぐらいに遠くの思い出になろうとしている。


「本当に私は、戦場に帰ってきたんですね」


「団長ぉ!」


ゲラルドの豪快な声と共にグングニールが投げられる。


「へへ、こいつを忘れるなんてぇ団長も浮かれてんじゃないんすか!」


「そんな減らず口を叩く余裕があるのなら所属分隊の指揮を優先しなさい」


「何をおっしゃいますか、俺たちはあんたにしごかれてここまで来たんだ。あんたが言わなくてもやらなきゃならんことぐらい知ってまさぁ!」


ゲラルドの態度に少し怒りを感じる反面、騎士団の時と変わらない皆に少し助けられた。


「間もなく前線です、遅れず孤立しないよう務めなさい」


「おう!団長も先走って孤立すんなよ?」


ゲラルドが後方に下がる後にユッタは戦隊から突飛して衝突した。騎兵連隊隊は波目を縫うように進み両陣営が衝突するその瞬間を狙って発砲した。拳銃による戦隊の発砲は軍団に衝突しようとする個体に対しての至近発砲に限定し決して全体への発砲は行わない。駆ける馬の速度は発砲後に戦闘に巻き込まれないよう離脱出来るだけの速度を出すのがみそで深追いは厳禁だ。


「第一戦隊撃て!」


ユッタ隷下の騎士団のものは掛け声と同時に放ち、農騎兵もそれに恥じぬ動きでミノタウロスを屠る。やがて騎兵連隊の進行幅は広がりを見せて戦域から脱出し大きな溝を作った。


「これであれば彼らも入ることが出来るでしょう」


溝はアマーリアのモンスター軍に寄ってすぐ埋められる。それはミノタウロス達に数で勝り武で勝っていたのか呆気ない終わり方をした。ミノタウロスの戦列は途切れて囲まれ粉々になり、多くの亡骸を出してこの世から消えてなくなったのだ。


「ふう、銃は好きにはすきなのですが。肩がしびれますね」


ユッタは銃を捨てグングニールに持ち帰ると戦隊を組みなおした。次に立ちはだかる相手は恐らくパラディンであるということを推測するに、次の発破をかける騎兵は厳選する必要がある。


「団長」


マンフリートは理解しているようで数十名の騎兵を前に出させ、残りは後方の戦隊へと押しやっていた。


「随分と、ハイペースですな」


「そうでしょうか?」


「何を焦ってらっしゃるのか知りませんが無理はなされるな。我ら騎士団は常に貴方のお側におりますので」


ユッタ自身は焦りはない。しかしながら本人もその変質ぶりを理解し始めていた。確かにマンフリートの言う通りペースが早かったのかもしれない。なれない拳銃を打って早く動き過ぎたのかもしれない。


「違う、何かが違う」


しかしもっと根本的な部分がおかしい、いつものペース、いつもの能力、そして行動。それらに付随する何かが干渉を引き起こしている。それが不思議でならなかったのだ。だけどそれは初めての経験ではないことはユッタは知っていた。それは誰かの躰を動かすとき、自分が誰かの意に反して行動しようとすると怒る現象だ。つまりこれは・・・。


「感情の同化をしている?」


今無意識化に晴馬の感情が流れ出て少しづつ自分に制御をしているような気がしてならなかった。


「まさか、晴馬がまだ意識を取り戻しているかもわからないのに」


「団長!敵勢に動きがありました!騎兵が前線に出ています」


相手の布陣はユッタの思考を決して待ってはくれなかった。続く第二陣は今迄のように都合よくはいかないパラディンの騎士団だ。紫の紋付軍旗を軸に戦闘隊形を整えいつでも戦う準備をしているようだ。


「紫煙軍か」


マンフリートはあごひげを触りながら骨を鳴らし気合を入れる。


「マンフリート、紫煙軍とは赤霧の教会直属の騎士修道会であるあの?」


「はい、デロリクス国防卿による組織で私も話でしか聞いたことがございませんが騎士団としては大陸最大規模で多くのパラディンが所属していると聞きます」


「他にもいくつかの騎士団が参入しているところを見ると1000は優に超えていますね」


「手勢では負けてませんユッタ様、こちらはモンスターを合わせれば3000、いえ、アマーリア様がさらに呼び寄せればより有利に事が進みます。空をご覧ください」


マンフリートの読み通り、先ほどまで空を優雅に飛んでいた竜の姿はどこにもなく、代わりに大小豊かなモンスターが雲のように日を遮るほど飛んでいた。


「あれらを屠るのはいくら紫煙軍と言えども簡単ではありますまい。陸を見てください」


今度は地面の凹凸が目立って多くの小人リザードついにはサイクロプスまでもが手勢に参加し始めた。


「心強いばかりです、兵の士気が上がりますね」


「いまや劣勢などありはせん、ともに敵本陣まで駆けましょうぞ!」


「それは慢心ですマンフリート、紫煙軍は数で勝負しているのではなく質で勝負しているのです。そこいらの竜退治を鼻にかけている騎士団と同等に見ていれば必ず足元をすくわれます」


「・・・さずれば、古くの旧友をまた失うことになりましょうな」


マンフリートの言葉は、正面攻撃を絶対とする騎士の宿命を簡単に物語っていた。それをよしとするかは別にしても勝ち負けは考えない、ただ自分の名誉と生きざまをどこまで思い通りにするかを騎士は考え、敵の白刃が我が鮮血で滴りきるまでは止まる事もない。死すべき時、それを見極める場面が久方ぶりに訪れたことを感じたマンフリートは胸を躍らせる。


「田舎騎士の戦というやつを連中に見せてやりましょう団長!」


「当然です、まずは敵の兜を脱がせて武功一等を狙いましょう」


ユッタは紫煙軍の布陣の構えから推察をして答えを導き出した。馬の連携に始まりパラディンの数、鎧の質、指揮系統の隠匿、全てにおいて自軍よりも優秀であることをあっさりと認め、手綱を強く握りしめるとグングニールを敵布陣へと投げた。それは端から見れば降伏かのようにもあがきにも見て取れる行動であり、彼女の性格を知る者は誰もが唖然としてしまった。


「団長!?」


「グングニールは投げれば必ず当たります、貴方は替えの槍を用意しなさい」


グングニールは投射されてからゆっくりと上昇し、まるで意思があるかのように敵に飛んで行った。それは予想以上の速度で地面に突き刺さり敵将の首をもいだのだが、実際に見た者の衝撃は敵味方関係なく凄まじいものだった。それは間違いなく紫煙軍の騎士団長の首であり、騎士団長の位置を確認せずとも軍旗がその遺体の元に結集して途端に大荒れする紫煙軍の行動を見た騎士や農騎兵たちは唸り声と共に喜び合って戦果を分かち合った。


「おお!ってえええええ!どういうことだべ!?」


「さすがは団長!鮮やかなてさばきだ!いいか農騎兵、これがパラディンの戦いだ。どんな戦況も簡単に覆すのが仕事なのさ」


「お、おう」


農騎兵や騎士からの称賛と指揮上昇に加え、アマーリアのモンスター軍も布陣を終わらせているようだった。ユッタはそれらを観察したのちにグングニールを拾うものがいないことを確認して安堵する。


「烈火のパラディンは向こうにはいないようですね、敵が混乱した今が好機です!騎兵連隊はこれより進軍する!」


強くこだまする豪気がより兵の指揮を高めた。混乱が生じている今が好機と言わんばかりに進軍する騎兵連隊を確認したモンスターも後に続いて進軍を開始した。ワイバーンやドラグーンもさることながらサイクロプスの足の速さは馬の速度遥かに凌駕し飛び越えるかのように前で押し出ていく。


「間もなく突入する、パラディン戦隊は密集陣形で私と共に道を作れ!パラディンの戦い方を忘れるな!」


「「「おう!」」」


「農騎兵諸官は突入前に一度止まってから発砲を行い迂回して再突入しなさい!各指揮官の命令を聞き漏らすな!」


「「「了解!」」」


密集体系になりつつ二手に分かれた騎兵連隊は駆け足を止め、百歩手前で全力疾走を行った。空に向けていた槍を寝かせ体の姿勢を低くし紫煙軍へと駆け抜けていった。その視界は全て紫煙軍が移るほどに近く直前で槍の狙いを定め一気に体を起こした。


「突けぇ!」


ユッタ曰く、その瞬間は崖から海にダイブしたような感覚であるという。失速することなく落ちる体のように加速し衝突すると衝撃波となって周りに伝搬するのだ。混乱のさなかに詰められた紫煙軍は騎兵同士のの間隔が広がっていただけではなく多少の移動で開けたところすらあった。


顔をはぎ、手綱を斬り槍でつく、槍は一度刺したら次に使うことはなく片手剣を取り出して切り刻む、紫煙軍の者はユッタと周りの騎士の強引な馬の侵入に戸惑い、距離が近すぎて槍を捨てて立ち向かった。しかし、ユッタに視界を移そうにもあちこちの騒ぎが視界によぎり、その一つ一つが集中力をそいでしまう。それは有視界に広がる騎兵の鼓動、サイクロプスの移動。指揮官の命令の有無、全ての騒ぎが一度に頭に入りそして、理解よりも早く事象が動いてしまうのだ。


「刺せ」


理解よりも事象が速く動く、それを紫煙軍は知っていた。だから対策を打つには敵が混乱に乗じて動くことも想定し現状を『理解の範疇』にとどめて置くことが正解であった。範疇にとどめれば危険性はないのだ。つまり、ユッタの騎兵連隊はあらかじめ開けられた空間に侵入し、同時に封鎖されたのだ。


「へ、最近こんなのばっかだなぁ」


罠に初めにはまったのはゲラルドだった。彼は馬を殺され瞬く間に囲まれ槍の餌食となろうとしていた。死んだ馬の横で横転して息絶え絶えにせき込み寝転がるゲラルドを馬上から見下すように囲う紫煙軍の騎士たちは不敵な笑いを繰り出した。そのうちの一人、睨みの強い胸甲騎兵が倒れたゲラルドの頭に槍を向けた。


「恐れ知らずの馬鹿が、紫煙軍に敗北などありはしない。たかが一騎屠っただけでもう有頂天か?」


「エッホゲホ!へ、指揮官への忠誠心の無い奴らだぜ」


ゲラルドはニヤッと笑い起き上がる。


「神の意思に背いたその罪を悔いて死ね」


「てめぇが死ね」


ゲラルドは瞬間を狙った。ホルスターより勢いよく抜いた短筒二艇を発砲して包囲した騎士の一人を屠った。勢いよく落馬する彼を他所に、ゲラルドは息を整える。


「き、貴様ぁ!」


よりにらみが強くなる騎士の腕から滴る血にゲラルドは満足そうに見下した。


「なんだよ?やるかぁ!?」


「てめぇら!やっちまえ!」


一斉にゲラルドに迫りくる槍の穂先を避けて包囲から抜け、一気にゲラルドは逃走した。その恥も隠さない全力の逃走に思わず唖然と眺め、遅れて我に返り馬をゲラルドへと向ける。


「こ、この野郎!」


「馬鹿野郎上を見ろ!潰されるぞ!」


ゲラルドは親切にも紫煙軍の包囲した騎士たちに教えてやった。空を覆う影、鼠のように這う炉影、そして時間遅れで来た「モンスター」の本質的な恐ろしさを。結局のところそれは無駄に終わった。彼らはサイクロプスに仲良くつぶされ、自陣に持ち込まれるモンスターの群れを見ることなく生涯を終わらせたのだ。


「にしてもよぉ、敵のパラディンはどこにいるんだ?」









紫煙軍のとある男が死んだ仲間を冒涜した。馬を降り、槍を折り、剣を握ってどれほど経つのだろう?兜が欠け落ちてから20は屠った。しかし、まだ連中はあきらめる兆しがない。パラディンを相手に戦うのは随分久しぶりなところもあるが、久方ぶりに乗り切れるだろうか。


「次の相手は誰ですか?」


ユッタは仁王立ちして敵に対峙していた。それは複数にして一人、個体であり偶像であるパラディンで、ユッタの屠ったパラディンすべてと、その男が積み上げたユッタの仲間の遺体をすべて『利用』していた。


「ったぁ!」


また一人騎兵がユッタめがけて駆けていく。バスターソードを片手に持って地中を潜るその様は水面にひれだけを残すサメのようにとらえがたい。だからユッタは敢えて躰をくれてやった。皮一枚を斬ったその騎士の真上から剣を刺し、地中深くまでしみ込んだであろう流血が地上に吹き出たのを確認したとき、ゆっくりと剣を抜く。


「いい、良い、実に良い!最高だぁ!」


敵ながらあっぱれと称賛するつぎはぎの顔をした男は、流血と共に失われた右腕と共に地上に戻った。ユッタは一気に距離を取って警戒するも、敵意よりも好奇心を強く感じるその男は首を横に振った。


「不意打ちなんて興ざめすることなんかしねぇよ、っていうか。あんたなに興ざめさせるようなことしてくれてんの?」


「はい?」


「お前、俺の首跳ね飛ばしたろ?」


男はまた近くの躯と躰を合わせ、必要なパーツを身に着ける。パラディンは先ほど潰されたはずの右腕を自らかみちぎり、近くの仲間の遺体からもいで文字通り『自らの体に組み替えた』のだ。そのあまりにも奇怪な行動と能力は言うまでもなくパラディンだからこそできることだ。


「名乗りな、礼にのっとって決闘をしてやる、周りの奴らなんかにあんたをやるわけにはいかねぇ。と言ってもほとんどあんたが殺しちまったみたいだがなぁ」


「・・・」


「俺は、失敬私は紫煙軍団長のグスタフ。あんたが俺のパーツになることを望むものだ」


グスタフの笑みは余計に酷く捻じれ、口元が裂けてしまった。だがそれよりも何よりも驚愕するところは、紫煙軍の団長は確かにユッタが討ったはずであるという事実が歪曲しているところにある。それを表面に出さないユッタも若干の戸惑いを隠せないでいた。


「失礼、口調はパーツごとの意思がざわめいているせいで安定しないんだ。」


「パラディン、貴方はおしゃべりですね」


「違うんだよ、違うんだよ。私だけがしゃべっているわけではありません。例えば今日は・・・『団長ォ!頼む、逃げてくれぇぇぇ!』ヒヒャハッハッハハ!」


「・・・」


「ひょっとすると俺はあんたに惚れちまっているのかもしれないな、貴方ほど根気よく私を切り刻んだ奴はいなかったからなぁ」


グスタフの握るバスターソードは再びユッタへと向かって進んで行った。グスタフの腕がまるで無限軌道を取るかのように自由に動き、個人の意思を持っているかのように腕が、足が、そして顔が、ユッタを攻めかかる、襲い掛かけ殴り掛かり掴み掛かる、そして切り付けて切り返す。一人を開いていしているはずが何人もの相手をしているようにユッタは受け流し、切り刻み、全ての血を流し切るまで止めようとはしなかった。


「オッと、予想以上にできる奴。そう簡単には逝かねぇな」


「ック!」


「いい加減気付いたか?私は不死身なんだよ。いくら貴方が俺を細切れにしたところで、また一つになるだけです」


ついぞ、ユッタの剣は空高くに舞い上がった。それを音頭にバスターソードが勢いよく振り払われる。


「お~耐える」


「ぐぬぬぬぬぬぬん」


ユッタは片手でバスターソードを受け止めた。それはチェーンメイルを貫通し手の甲から血を滴らすもそれ以上の動きを見せないで静止した。


「そう言えば、あんたの名前聞いていなかったな。死ぬ前に名乗ってくれないか」


「・・・貴様のような」


「うん?」


「貴様のようなゲスの極みに名乗る名前などない」


「フハハハハハ!なら死ねぇ!」


さらに力を強めるバスターソードに悲鳴を上げたユッタの手は勢いよく鮮血が飛び散らせた。それが始まると同時に、血を受け止めたグスタフの顔も豹変する。


「どういうことです!?」


「フ!」


隙を狙って腹を蹴ったユッタの離脱は素早いが、それ以上にグスタフの顔が目に付いた。彼は明らかに驚いている様子であるし、目の前の光景を信じられないでいるようだった。


「だ、だれなんだあんたは!?」


「誰って・・・まさか、晴馬!?」


ユッタは肌身離さず持ち歩いている以心伝心のイヤリングに耳をすますも、何も聞こえてこない。グスタフの様相から確認するに晴馬は確かに存在するはずなのに、彼の存在を読み取ることが出来ないのだ。


「あ、あり得ないことです。確かに先ほどまで貴方は女性でしたのに・・・まさか、転生!?禁忌中の禁忌である転生をしたというのか?こ、此の恥知らず!現世の悪夢の再臨を果たす者か!?世を滅ぼす去就者となりて世界を欲する愚行万事に値する!」


「話が長いですよ」


ユッタは油断も隙も無い騎士だ。烈火のパラディンである彼女はすぐにグスタフの腕を掴むと可能な限りの熱を発し、その激痛に耐えかねたグスタフものどぼとけの部分に穴が開くほどに叫び続けた。


「く、くうううううう。貴様・・・烈火のパラディンか、だがこれしきの事でこの紫煙軍団長グスタフを殺せると思うな!」


「あう!」


グスタフは片手でユッタを掴むと高く上げ、ユッタの足が地面から離れたとき、より一層に首を締める力を込めた。


「紫煙軍に敗北はない、その理由は貴様のような神への背信を行うものに現世で裁断しなければならない司法機関であり、実行部隊であり、神聖且つ高尚な信徒であるからだ。なのに何故・・・何故貴様のような人間がいる!?何故神の救済にあやかろうとすらできないのか」


「っふ、そのような話。とうの昔に聞き飽きました」


「何を?」


「この体、貴方にくれてやっても後悔はないが、生憎私の相方はそうは思っておりませんので失礼します」


グスタフの両腕は焼き千切れ、ボトンという音と共にユッタは落ちた。何度も同じ手にあってしまうグスタフも相当な間抜けものだとユッタは失笑するも、グスタフはそれを理解したとき、自身の万能感に酔いしれた。


「ふ、ふふふふ。そうかそうか、命知らず馬鹿には前戯はいらんな」


へらへらと笑い狂うグスタフは千鳥足で死屍累々の自身の馬の側へと向かう。やがて、その場にいるありとあらゆる死者を我がものにするべく、ひたすらにむさぼり始めた。やがてその背は伸び肥え肥大化し、腕には足、足には腕、頭には・・・最後には球体のような体になった。


「ふん、何かと思えばボールにでもなったつもりですか?」


「イヒヒヒヒ、お、おでのボールをばかにするとは、なかなか見込みがいのあるやつだぁ。この体に心臓が、脳が、手がいくつあると思っているんだ?」


転げまわる球体の手には拾って来たいくつかの武器が握られていた。


「今度は果たして避けきれるかな?いやぁ、焼き尽くせるかなぁ?」


終始無言のユッタが眉をひそめたとき、グスタフは動いた。まるで戦っているようで意思はなく、ただ独立している機能がユッタを蹂躙しているような情景だった。殴られ掴まれそして潰される。もう剣や槍は飛び道具程度の能力しか持ち合わせていなかった。まるで数十人の暴徒を相手にしているような気分で逢ったユッタは、その連撃と斬撃に対応しきれなくなり始めていた。


「うっ!かは!」


「はははは!脳みそが多いのは助かるぞおおお!担当を分ければいくらでもパーターン調整が出来るからなぁ!」


「うぐ!」


無数の腕に固定されたユッタはそのまま転がり続けるボールの下敷きになった。その重圧たるや骨と臓器の負担がきしみとなって聞こえてきそうなほどのもので、ユッタも自身の口から血の味がし始めるのを冷や汗と共に感じた。


「さ、後で砕け散ったお前のパーツを、私のものにして。不要なものは捨てますかね!」


「貴方は相当な馬鹿ですか?」


「おや、まだ肺に息があるので?」


「たかが下敷き程度の攻撃にこのユッタを殺せるとでも?」


「ゆ、ゆった?まさか!確かに烈火のパラディン・・・あ、ああああああああ!」


気付いたころには遅かった。思えばグングニールに顔を吹き飛ばされたときに気付くべきだったのだ。そんな槍を、伝説の武器でもなければできない所業。そしてそれを操れるもの・・・何より、名乗りをしっかり聞けば対策を打てた物をこんな、こんな些細なミスで!


「ぐうう!ならん!たとえ貴方が国崩しと呼ばれていたとしても紫煙軍の敗北はあり得ない!田舎騎士の分際で私に盾突く気か!ぐううう!」


より一層重さを待つ球体を待ち受けていたのは微かな火、それは業火となってグスタフを襲った。その放射熱はグスタフの身を焦がし臭いを発して煙を出す。だがグスタフ


「あ、熱い!熱い暑い!しかしそれしきの熱でこの厚い躰を潰せるとでも思ってか!」


より強める力にも関わらずユッタは少し、また少し止潰されそうな体を起こして立ち上がり始めた。


「ば、バカな!この体が・・・女の力で持ち上がるだと!?」


「ぎ、ぎぎぃ」


歯ぎしりを強めたユッタはより一層に力を入れた。地表に垂れる脂肪のカスもさることながら、とあるものが余計にグスタフを焦がす原因になった。


「け、剣が皮膚に張り付いているだと!?貴様焼いたのか!?」


「晴馬いわく、焼き・・・なましでしたっけ?」


やがて剣が皮膚と共に堕ちるとき、彼の内容物もまた落ちた。始めはぽたぽたと、そしてズルんといくつもの人が落ちて行ったのだ。そうしていくうちにユッタの抱えていたはずのものは、たった一人のくろこげ男の身を残し、後はすべてが下に砕け散ることとなった。


「あ、あぁ」


「ふん!」


勢いよく地面にたたき落された男は力なく倒れたまま、ユッタを見つめるばかりであった。それもそのはずで、炭化した躰が砕け散り、人のていを成していなかったからだ。


「ユッタ・シビレ・ブルクスラー、貴方は・・・死んだはずでは?」


「ええ、一度は死んだ実です」


「なるほど・・・だから転生を、合点がいきましたよ」


「死ぬ前にお答えしていただきたい。私に見える男はどのような者ですか?」


「ははは、男?残念だがそのような姿は見れない。私には、ゴホ!ゴホ!」


「死ぬ前に答えてください」


「はぁはぁ、イヒヒヒヒヒ誰が答えてやるかバァカ!テメェみたいなアバズレに」


グスタフは尽きた。最後はユッタの足裏で潰されて、その場で逝去成されたのである。


「貴方を見ていると、病巣の私の姿が思い浮かんでなりません。私も貴方のように、最後は砕けて死んでしまったでしょう」


張り付いたグスタフのつぎはぎの顔を丁寧に起き、ユッタはとある方向へと足を向ける。そこにはグングニールが突き刺さっていた。ということは、ここは紫煙軍本陣に近い位置にまで前進したという証拠だ。ユッタはとっさに周りを見回した。混線しながらも兵を退く紫煙軍の隙間から見える敵陣の方向からは、また違う別の騎士団と、できることなら一番合いたくないパイク兵たちの行進がすでに始まっているようだった。それも距離にして徒歩十分、騎士を再集結するには心もとない時間だ。


「誘いこまれた、ようですね」


気付けば、足元にはアマーリアのモンスターの亡骸すら存在していた。我々は突入と同時に詰め込まれたせいで消耗してしまったという証だ。紫煙軍も被害は出しながらも撤退したことで温存し、再突入の準備をしているころだろう。現に、目の前の舞台に見える役者には、数からして紫煙軍と合流するであろういくつもの軍旗を掲げた騎士団と思わしき白金の鎧を纏いやってくる者たちの姿が見える。


「紫煙軍、これが本当の恐ろしさ」


「ここにおられましたか、団長」


途端に辺りの敵兵が姿を消したと同時に馬の駆ける音が聞こえた。マンフリートの声に、ユッタは振り向けないでいた。グングニールを手にしてただずっと敵陣を眺めるユッタにマンフリートは首を傾げた。替えの馬だけをユッタに渡したマンフリートは睨むように敵陣を見つめた。


「気分を落とされるな団長、戦いはこれからではありませんか」


「マンフリート、何を勘違いしているのですか?」


「はて?どういう意味ですかな」


身を震わして話すユッタにマンフリートは敢えてとぼけた。


「この程度の戦闘で私が満足するとでも?ヌルイ、余りにもヌルイです」


消化不良だと言わんばかりに気分が高揚したユッタはグングニールをより強く握りしめた。


「一度グングニールを手放して戦ってみたものの、それでも所詮はこの程度。紫煙軍の本質はあそこにあるに違いありません」


「団長、やはりそうでしたか」


マンフリートは大きくため息をついた。ユッタの持病が出たと額に手を当てて嘆いた。


「ハルマに躰を預け、少しは大人しくしていたからもしやとは思いましたが、まさかまた再発されるとは」


「何を、私は元からこういうものです」


マンフリートはもう一度嘆いた。今度は旧知の騎士たちが集まり始めたのだ。それだけになく、生き残りのアマーリアのモンスターも集まりはじめ、だれもがユッタの次の言葉に耳を傾むけているようだった。


「やはり、戦たるものこうでなくては面白くありません」


「団長、ご命令を」


「これより敵本陣に斬り込む!常に勇往邁進であれ!」


「「「おう!!!」」」


勢いよく騎乗したユッタはグングニールを手に馬を駆けた。慌ててマンフリートも後ろにつくが明らかに暴走気味のユッタをけん制するべく叫んだ。


「団長、一度後方の軍団を前進させてからでもよろしいのではないか?」


「必要ありません、彼らにはそれ相応の相手がいるはずです」


「・・・まさか!」


マンフリートは慌てて後方を見ると紫煙軍は前進していた。途端に鳴り響く銃声が全てを悟らせ、しまったとマンフリートは声を出す。


「もしあそこにパラディンがいたらどうするおつもりです!」


「カタリナもいるしマスケットもある、決して負けることはないでしょう」


「我々はこれで孤立したも同然、ご自覚なさっておられるのですか!?」


「ええ、もしかしたら罠かもしれません」


「それならば何故?」


「分かりませんか?皆の戦意の高ぶり、このまま敵を直撃すればかなりの戦果を挙げられます」


マンフリートは思わず額を抑えて苦悩した。明らかに慢心しているように聞こえてならなかったのだ。


「しかし敵も本陣とあらば必ず守備を固めます。もし敵の守備を打ち倒せずに騎士団が崩壊するようなことがあれば、我々は全滅するのですぞ!」


「し、しかしこのような好機を逃すとは」


マンフリートの疑念は確信に至った。明らかにユッタは焦り散らしていたのだ。その結果注意力を削ぎ冷静な判断が出来なくなってしまっているのだ。


「何をそんなにあせっていらっしゃるのですか、そこまでして会いたい人が相手方にいるのですか!?」


「っ、恐らくは、いるのでしょう」


「それは一体、紫煙軍ですか?敵大将ですか?」


「分かりませんが、ベル、ダ。なのかも知れません」


自分自身でも何を言っているのか分からないという状態で混乱したユッタは、目前広がり始めた無数の矛先の冷淡さに、まだ気づいてはいなかった。

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