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悪党のすすめ  作者: と
政党奮闘記
61/63

60 始まりの戦争

「コンタクトだ散開しろ!」


竜騎兵の声が風に流されては消え、金切り声がこだまする。現在、赤霧の教会による連合軍の浮揚艦艦隊は正念場で逢った。密集戦法を駆使し死角をなくし、火矢毒矢と考えられるすべての矢を放ってワイバーンを打ち払おうと躍起になっている。慌てててふためく彼らをよそに急上昇して優雅な編隊飛行を見せる竜騎士たちは頃合いと判断してホルスターに手をかける。


「いいか!一度使ったら装填は考えるな!」


空中より短筒の弾丸をお見舞いしようとした矢先、飛行兵長の部下が思わぬ客を確認した。それは、連中の船から袋のように覆う布と共に堕とされ、宙を舞うように羽ばたいた。それがまるで出産の後の赤子のように不自由に羽ばたいたのちに視界が開けたとき、その眼はより先鋭にワイバーンと竜騎士を睨みつけていた。その姿は蛇に類似し、なおかつ10メートルはあろうかという巨大さを誇った。


「船からドラゴンが出ました!狂暴な性格で有名なウィルムです!」


「足は!?確認したのか!」


「はい!前脚も後ろ脚ともに確認できません!」


飛行兵長は舌打ちをした。まだガーディナルの存在を確認したわけではない。もし仮にあのドレイクを飛行隊のマスケットで倒せても、第二のモンスターが現れる危険性がある。もしそうなれば間違いなく蹂躙され、壊滅状態に陥ってしまう。


「やはり一筋縄ではいかないか・・・やむをえん!できるだけウィルムを飛行隊後方に近づけろ!」


飛行兵長の指示により、竜騎兵の編隊はドレイクを近づけての飛行を行う。ドレイクは目の前に餌をちらつかされて喉を鳴らし食い散らかそうと速度を上げた。後方の竜騎兵は不安そうに先頭の飛行兵長の方に顔を向けるが飛行兵長の顔は拝めなかった。途端、急降下して彼らは浮揚艦へと向かった。先ほどまでとうって変わり迎撃体制の整った甲板にいる教会の連合軍に対し斬り込みをかけたのである。


「飛行兵長!このまま突っ込めば我々は犬死であります!」


「戦も知らねぇ青二才が古兵相手に生言ってんじゃねぇ!いいからついてくんだよ!」


日常の終焉を警告するかのように怒鳴りつける。それはあまり現実味を持てない。いや、心の準備が出来ていない新参者に対する激励だったのかもしれない。順応するのは決して簡単ではなかったが飛行兵長の言葉を反することなどできない。何が何でも是が非でも従うために、部下の竜騎兵は誰もが迫りくる恐怖と戦って浮揚艦に近づいて行った。


「後ろを見るな前を見ろ!俺がいいと言ったら再び急上昇するんだぞいいな!」


先ほどまで輪郭すらわからなかった敵兵が弓を構えてこちらを狙っているのが見て取れるほどまで降下した頃、一瞬の疾風が一人の竜騎兵を襲った。たちまちドレイクの制御を失い飛行隊よりも上昇したかに見えた瞬間。彼の姿は見えなくなり、視覚から消えた後方から男の泣き叫ぶ声が聞こえた。


「うわあああああ!誰か!助けてくれええ!」


言うまでもなくウィルムに食われたことを誰もが自覚した。後ろも死、行くも死、逃げ場などもはやどこにもない。緊迫する環境に脳は全否定をかけ、本能的に逃走路を確保しようと必死になっていた。


「まだですか!」


辛抱溜まらず竜騎兵は叫んだ。


「まだだ!連中の顔が見えるま」


飛行兵長は首を振る。否、それ以上にひどい状態だった。彼の首は先ほど放たれた矢によってもげんばかりに首を振っている。それを二番竜騎が確認した時にはすでに遅く、目で見える範囲で無数の矢が飛んでくるのが分かった。


「離脱」


二番竜騎の号令の下飛行隊は急上昇をかける。


「前方よりウィルム」


今度は冷静な声だった。それは現時点での指揮系統にすぐに伝わり二番竜騎はホルスターから小型マスケットを抜いた。片手での照準合わせは困難だったが的の近さに助けられ緑に光る大きな眼光を一発貫いた。


「一斉最射」


途端に巻き起こる黒色火薬特有の濁った硝煙が爆音と共に放たれウィルムの顔をえぐる。途端暴れまわるウィルムは陸でのたうち回る魚のように墜落しながら矢に刺され、浮揚艦のマストを折り、人を潰し、大穴を開けて落ちて行った。


「一等巡洋艦の墜落を確認」


「よし、待機空域に向かい次弾装填する」


なんとなくの勘ではあるが、飛行兵長がやりたかったのは恐らくこういう事ではないかと、その場にいた者は自覚した。ただ、それを理解するまでの時間も、そしてそのために連携をより密にこなせなかったことも考える暇はなかった。彼らは息を殺して戦闘空域から出て他の飛行隊の援護に回るか撤退するかを考える必要がある。つまり、状況把握が何よりも肝心だということだ。


「二番竜騎、いや副隊長」


「なんだ?」


「飛行兵長戦死」




地上から見る空中戦はカラスの喧嘩に等しい。音のもなく小規模で見るには首が痛くなる。そんなこじんまりとした情景をかたずをのんで見守る兵士たちは一回の戦闘ごとに一喜一憂で作業などまるで務まらなかった。


「あんたたち、あほ面で空を拝んでいる暇あったら少しは手伝いなさいよ!」


ローレはそう言って大きな架車で運んできた自慢の兵器の配備を急がせる。それは一見大砲のようにも見えたが、明らかにその表面には生命特有の鼓動と血管のようなものがあった。地上にいる兵士にとっては、それが何よりも気味悪く、そして忌み嫌って触ろうとはしなかった。


「所長、さすがに軍の許可をとるべきではないかのう?」


不安がった博士がローレに尋ねる。


「どうせ今から許可を取ろうにも戦闘で出来るはずがないわ、何が何でも、今ここで使って性能を知るべきよ!」


彼女は興奮気味で人の話を聞かなかった。すぐに標準を浮揚艦隊に向けると『対浮揚艦隊兵器』の耳元で小さく囁いた。あれが敵よ、出来るだけ命尽きる前に多くを撃墜しなさい。それを聞いて活性化したのか兵器は強く鼓動を打って自らの躰を肥大化させる。架車を壊しシカの四本脚のようなもので体を支え社っ区を調整、短砲であった砲身を内側から一つまた一つと伸ばして直径20センチほどの銃口を拝ませる。


「一回でも打てたら儲けものじゃがのぉ、何せ試験運用ら満足に終えていないのじゃ」


「いまさらそんなこと言ってどうするの!」


「もしこれが陸で誤爆したら。ワシはどうなるか想像もしたくないのじゃ」


ローレは冷汗をかいた。この兵器が誤爆など万に一つもない構造だと知っていても『もしも』の時の被害は凄まじい事になる。それを知ってなお撃つのだとすれば根拠が必要不可欠だ。つまり、仲間を巻き添えに地獄に堕ちたとしてその時のいいわけだ。ローレはすぐに手を叩き兵器に合図を送る。兵器は泣きもしないが笑いもしない。顔は無いが結末を知っているようで咳込むような音ですっと何かを砲身から突出させた。


「全てはグリーフラントのためよ」


「は、発射に成功した!」


砲身より放たれた弾丸は空中にいる誰にも察知されることはなく、絶対に友軍に被害を出すことはなかった。立った一発の弾丸ではあったが、それは飛散して粉塵と化しやがて数隻の浮揚艦に張り付いた。


「うーん、色を付けなかったのはあまりよくなかったわね。粉塵状態の時に確認ができないわ」


「そんなことを言っている場合ではない、すぐに竜騎士を退避させるのじゃ!」


博士が急いで発した閃光弾は竜騎士の目に留まった。本来であればあれは軍の着陸誘導弾であるはずだが、そこに着陸するスペースがない事を見ると緊急退避の命令になる。それを察知して飛行兵長や指揮官はすぐさま自分の部隊を退避させて上空の安全を確保するべく周りの状況を見始めた。


「なんだ?」


数隻の船の側面に何かが出来ているのを竜騎士は確認した。それは風になびいてピザの生地のように広がりやがてある点を超えると一気に肥大化して巨大な帆とになった。それは飛行物体にはよくない極端な有害抵抗を発生させ、重心移動を起こし、いくつかの巨大な艦船がおもちゃのように軋んで動き始めた。


初めは小さな衝突から始まった。やがて軌道を乱し反転する艦が現れ始めると次に大規模な連鎖衝突、竜骨を砕き分断された船体のひしめく音や空中落下する兵士の阿鼻叫喚が聞こえ始めた。それは一見、悪党が優勢になったと推測できるはずだった。見るからに敵は大損害を出しているし報復もない。だが、砕け散って虚無と化すはずの船から出てきたのは有象無象のモンスターと、全てを地ならしするべく立ち上がった一握りの騎士団が悠然と地上に降り立ったのだ。


「っち、やっぱり一発じゃダメみたいね」


遥か遠方ではあるが、既に軍旗を軸に整列を始めている。数にして600程ではあるが墜落する船から降り立ったのだから『まとも』な連中じゃない。その上連れてきたモンスターの数を見る限り、決して優勢などというような事は口が裂けても言えない状況なのだ。他の艦隊も降下した軍団に合わせ着陸を開始、すぐにでも臨戦態勢に移行できるよう莫大な兵士を船から排出した。


「あちらもいよいよやる気ね、信号弾もう一発撃って!団長たちを呼ぶのよ!」


二発目の信号弾は高く飛んでウーダンカークにある砦に届いた。砦ではすぐに作戦の第二段階に移行すべくヴィンセントをはじめとした軍関係者やその配下である者たち、そしてこの戦争の当事者の一人であるアマーリアが緊迫した様子で大声を出して叫びあっていた。それは犠牲者の数、正確な戦闘地域と付近の農村に対する避難誘導の連絡もそうであったし、机に広げている地図に書き込まれているはずのとある事案を追及するという理由でも白熱していた。


「義勇騎兵連隊の報告による艦隊総数と照らし合わせると現時点での戦果は複数の艦のみで旗艦も沈んでないし肝心の輸送船は無傷だ。ともなれば陸での戦いは農騎兵義勇連隊と傭兵、さらにアマーリア、お前の力がカギになる」


ヴィンセントは軽い説明と共にアマーリアを見つめる。いまだに姿を見せないモンスターの姿に招集をかけていないのか気になって仕方がないようなそぶりすら見せるのだった。一方のアマーリアはいまだに納得できないとある理由をよりによって『今』わめき散らしている。


「だからモンスターは招集しているさ、でも向こうは納得していないんだよ」


アマーリアは例のキューちゃんという鳥の声を皆に聞かせるも誰も理解できずに苦悩するばかりであった。


「何度も説明しただろ、これは基本的な戦術であって過去に何度も成果を上げている物だ。それをみすみす逃す理由がどこにある?」


「ならすぐにでもモンスターの攻撃を限定的な突撃という戦術ではなく、より高度な戦闘にするんだ!向うだって馬鹿じゃない人間の兵力が後方で温存されるために犬死すると分かれば抗議してくるんだよ?」


これに待ったをかけたのは軍参謀総長だった。彼は怪訝な顔でアマーリアに待ったと手を挙げる。


「これはこれは、いくらアマーリア様でも過言でありましょう?確かに、作戦ではモンスター軍は主力兵力の前方に布陣し単一列での突撃を行う予定ではあるがなにも犬死するような布陣ではない。あくまで彼らの戦いの目的は『時間稼ぎ』をするための戦いなのだから名誉ある死だ」


「それを犬死だと言っている!人が嫌がることを無理にやらせるなんて道理も何もないじゃないか!」


アマーリアの怒りに触れるもどこ吹く風と軍参謀総長は失笑した。まるで事がわかっていないと言わんばかりにむせかえり他の将校ももつられて笑いだす始末だった。


「当たり前ですよアマーリア様、人が嫌がることもモンスターはガーディナルの命なら実行する。利用しない手はないでしょう?それに何より私はモンスターを信用していない」


「なん、だって?君たちは街に訪れたあのモンスターを見て何も思わなかったのかな?」


怒りに身を震わせるアマーリアは震えた声で抗議した。


「ああ、思いましたよ。早く出ていかないものかと_____!?」


「そこまでだ、エンディット参謀総長、アマーリアもだ」


ヴィンセントはその会話をすぐに中止させるべく騎兵用の拳銃マスケットを発砲した。誰もがその轟音にくぎ付けになり表情を固くしたがヴィンセントの青筋の出ている凄んだ顔に比べればまだかわいい方だっただろう、彼は舌打ちと貧乏ゆすりで昇華しきれなかったものを持論に代えて発した。それは非情にも取れたが結果であり変更はない。


「アマーリア、理解はするし一応配慮もした。対空戦を竜騎兵のみで行ったのは譲歩の証だ」


「ヴィンセント・・・」


アマーリアは言葉にできないのか口を動かすだけだった。言うまでもなくヴィンセントに失望している。それはわかっていた。だがそれ以上は軍では譲歩はできない。彼女の望み通りに事を運ぶのははっきり言って危険極まりない行為だ。だからあえて斬り捨てたとえ自分の感情が大きく自己否定をしてでも現実を唱えよう。


「エンディット、これ以上糞くだらんトークショウに俺を巻き込んでもまだ勝てる算段がお前にはあるんだろうなぁ?」


「私はただ」


「なんだ?まだそのしょうもない話は続くのか?」


「・・・」


事の顛末を確認したのちにヴィンセントは大きく深呼吸をして窓から国境を見た。今だ燃える敵艦隊の残骸が上げる狼煙に飛び交うウィルム、この遠方で確認できるのはそれが全てだった。だが、彼の目はそのすべてを可能な限り二次元のボードに換算し、あるべきところに駒を置いて限りなく高速に動かした。


「アマーリア、要はモンスターの犠牲を最小限にとどめれば文句はないんだな?」


「ヴィンセント!」


「ただ、覚悟はあるのか?」


ヴィンセントの懐疑的な質問にアマーリアは苦笑する。


「どういう意味だい?」


「現在のわが軍においてモンスターを犬死させず、なおかつ効率的に敵を倒そうと思ったら機動力のあるユッタの騎兵連隊を利用するほかない。つまり、騎兵連隊の損害は俺たち軍の想定を上回る可能性がある。それでもお前はやるというんだな?」


ヴィンセントは一つの駒をアマーリアに見せつけた。それは軍議に使われる棋兵演習の駒で「パラディン」に割り当てられたものだ。


「モンスターは本来、上空で殺しきれなかったパラディンを殺すために投入される予定の部隊だ。突撃を敢行して敵をかき乱し混乱が生まれたところで騎兵連隊による突撃を行う。だが、それが嫌だというのであれば今度はパラディンに突撃をさせ敵の残存戦力に対してモンスター軍を使って対処する。それ以外にパラディンを制圧する方法など俺には分からないしな」


ヴィンセントは最後までアマーリアに確認を求めた。それは結局この場でアマーリアが最高意思決定権を持っており、軍人であるヴィンセントやその配下はやれと言われればとことんやるつもりだからだ。それが結果として仲間の死骸の山をいくつも積み上げる結果になろうとも関係なくやるべきことをやる。それでもいいのかとアマーリアに尋ねたのだ。


「・・・共闘だよ、ユッタが居ればモンスターと共に共闘することが出来る。モンスターか騎兵連隊と共に敵に共闘することが出来れば両者の損害は必要最小限のものになるはずだ」


「フハハハ!モンスターと共闘だと?あほじゃないのか?」


アマーリアの案にエンディット参謀総長は大いに笑った。


「不可能ですアマーリアさまぁ、無理ですよ。あれに人間のような高度な戦闘を行う脳みそなんてありゃしないんだ。それが出来るというなら当の昔に・・・」


エンディットの笑いをふさぐようにヴィンセントは待ったをかけた。それは何者でもない意志最高決定権を持つアマーリアの言う事なのだから、軍人の冷酷な血が本能的に働いた。エンディット参謀総長もそれを理解した途端に青ざめた。それは言うまでもなく「まじで言ってんのか」と心中で大激論を飛ばしたい勢いだったに違いない。


「それが、命令なんだな?」


「そうだよ、これは命令だ」






国境の陸地は先ほどまでとは打って変わり極限の緊張に包まれていた。既に敵の布陣は整っており第一陣であるモンスターの群衆が彩る殺戮が今か今かと待ちわびちて行進をつづけ、それをゆっくりと見つめている男たちはいまだ今だと引き金に触る指に力を入れる。何もない平原で、逃げ場のない戦場で、強く感じる脈動と非現実感が兵士一人一人の精神を少しづつすり減らす。


「いいか、敵に臆する必要はない!我らには全能のガーディナルであるアマーリア様が付いておられる!」


指揮官の言うことを無視する兵士はいなかった。すでに応戦準備は整っているしいつでも抵抗する所存だ。しかしながらそれ以上に何ができるだろうか?例えばこの戦いに勝利できるか?こちらは手勢4000程度に対し赤霧は異様な数のモンスターと都市や街ほどの人々を連れてやってきている。つまり本当に勝てるのか?疑心暗鬼は汗を呼び、のどの渇きは焦燥へとつながっていった。


「予想以上に、めんどくさいことになってますね」


「カロリーネさ~ん、何で私たちまで戦列にいる必要があるんですかぁ」


意外な組み合わせの人々がいた、カロリーネにフェリシーひいてはその下に働いていた工場の人々の一部である。彼らは自前の工具を持ってマスケット兵と共に行動し銃の故障時の部品交換や修理をするために呼ばれたのだ。無論軍からの要請を悪党秘書課の人間であるカロリーネが断れるはずもなく整備部隊の指揮官として軍属という形で参加していたのだが・・・フェリシーを巻き込んだのは想定外の出来事だった。


「フェリシーだから言ったでしょ、貴方は街にいなって」


「だって、一人でいたって心細いじゃないですか~、ここも怖いけど・・・」


半ば呆れるような形で連れてきたのが悪かった。ここがどういうところなのか本質的にフェリシーは理解しているが、状況が飲み込めていない。全くもってゆゆしき事態だ。


「おかしい、アマーリア様のモンスター達がいないしユッタ様の騎兵連隊の姿もない。こんな状況でヴィンセント様は本当に勝とうなんて思っているの?あんな数の敵に包囲されたらそれこそ一息でつぶされてしまう」


「え、ええええ!」


「・・・何か解決策でもヴィンセント様は考えているの?」


ポロっと出てしまった不安を慌てておさえようとカロリーネは両手で口を抑えた。周りの人間がそれを聞いていないのを確認し安堵するも周りもカロリーネと大して変わっていなかった。つまり、絶望の限りを尽くしたひしゃげた顔をしていたというのだ。


「敵が動いたぞぉ!」


その時である。ミノタウロスの単一列の軍団が行進を開始し、ゆっくりと、だが確実にその巨体を近づけさせていた。ミノタウロスはは汚泥の川を連想させるかのように広く、厚く、そして津波のように移動していく。それは列の面積が広がっていく様をさすが個体の一匹一匹の速度に差が出ていることを意味していた。走り出す者歩くもの、それが濁流となって流れ出るのがよくとらえられ無音の恐怖を兵士一人一人に感じさせる結果となった。


「いいか!無駄弾は一発として撃つな!農騎兵義勇連隊が到着するまでの間何が何でもこの場を死守するんだ!」


各指揮官の声がこだましてだれもが隊列を乱さず敵を見つめる。マスケットもその後方のパイクを持つ槍兵も連続的に緊張が走る。


「上空よりウィルム!急接近します!」


「何!?」


モンスターの攻勢は既に始まっていた。7匹のウィルムの羽音が聞こえるころには細長い腹が悪党の軍団頭上を優雅に飛び一人の銃兵を咥えて空高く上昇、やがて別のウィルムが軍列めがけて急降下するのを誰もが確認した。


「うわあああ!」


数発のマスケットの銃声が聞こえウィルムめがけて飛び立った。腹を裂き肉を砕いたのはほんの数発で残りは力及ばず地面に落ちてくる。指揮官は舌打ちした。それで一体何発撃ったのか、再装填する手間でミノタウロスの軍勢はどれほど動くのか思考したところ、考えるだけでも苦悩の連続だ。


「撃つな撃つな!あくまで各指揮官の指示があるまでは発砲を禁じる!」


指揮官は抜刀して部下をけん制するも発砲は終わらなかった。偶発的に撃たれる散弾は本来のマスケットの意味を成してはいなかった。それもそのはずでマスケットという銃事態が集弾性を成しておらず、小隊ないしは大隊での発砲こそが最大威力を発揮できるのだ。ただ、それはあくまで『ライフリング』を施していない銃に限る話ではある。


「狙撃兵!上空のウィルムを狙え!他のものはミノタウロスの身に狙いを定め再装填せよ!」


仕方なしといった様相で狙撃兵に命が下った。彼らは上空に銃口を向けている同僚を払いのけ視野と射角を確保し兜を脱いで狙いを定めた。


「狙うは顔だ!これ以上の損害を出させるな!」


特別にマスケットについている照星に照準を合わせ息を止めて様子を探る。狩りは貴族の特権とは言うが、ライフルが貴族の狩猟で使われていた理由がよくわかる。撃った途端にまっすぐ飛んで狙い通りの場所に放たれる。ウィルムの一匹が、複数初の鉛弾を前にどれほどの抵抗が出来るだろうか?推定全長10メートルほどではあるが空気抵抗をへらすために進化した細い顔には、十数発の弾丸もあれば十分なくらいに粉々になった。


「ウィルムを一匹撃破次弾装填!」


狙撃兵の一人が言うも、だれも歓喜はしなかった。


「あと六匹!?」


カロリーネの叫びはもっともだ。当然ライフル銃は通常のマスケットに比べ次弾装填に時間がかかる。その装填時間の間は何もできはしないのだ。残りの時間は無抵抗にされたいようにされるだけ、いやむしろ群衆でいるのだとしたら散らばった方がまだ助駆る見込みがあるというものだ。


「に、逃げよう」


一人の兵士がつぶやいた。


「ああ、これ以上の戦闘は無理だ」


そもそもが無駄な戦いだった。こんな状況でこれ以上の戦闘など到底不可能で四方八方に散らばる猶予はミノタウロスが包囲していない今しかない。誰もが武器を持つことすら疑問を持ち始めていた。現実逃避も甚だしい、各指揮官は自らの小隊に活を入れる。


「貴様らぁ!今更逃げれるなどと思うなよぉ!どんなに逃げてもここをもって逃げ場なし、ジャングルに籠って余生を過ごすつもりかぁ!?」


しまいには兵を殴る叩くの始末で混乱を隠せない。そのうち本当に逃げようと走り出す槍兵が現れ、本隊から脱走してしまった。


「きさまッ、所属部隊に戻れ!」


慌てて後を追う指揮官が背中の吐息に気づくころには遅かった。すぐさま上空に飛ばされてわめき声と鎧や兜が散らばったとき、彼の小隊は散ろうと躍起になった。


「待ってください!今逃げたら私たち整備部隊はどうすれば・・・」


「知ったことか!自分で考えろ!」


カロリーネの渾身の助命むなしく小隊は崩壊し、整備の工場夫がカロリーネに集中して集まる。


「ああもう!逃げたってしょうがないでしょ!ここは度胸よ戦うわ!」


ヤケになったカロリーネが武器を取り、フェリシーは愕然として身動きが取れなかった。


「なにいってんだ社長代理!俺たち訓練も何も受けてねぇんだぞ!」


「逃げたって悪党秘書課じゃ銃殺刑よ!あんたたちも銃持って!」


「冗談じゃねぇ俺たちも工場に籠って戦った方がましだ!!」


ついには工場の男たちも逃げ出す始末になってしまった。慌てて服をつまみ一人を確保するのに成功したカロリーネは周りの兵士にも逃走小隊の人員を確保するように説得するも制御できず、もはや逃走を止めることは出来なかった。


「構えッ!」


その時である。逃げ行く先に魔女のような帽子をかぶる騎乗の女将校が声を発した。将校の言葉を、それも直属の指揮官以上の階級に兵士は無視することはできない。軍の階級と同調圧力という楔が打たれて兵士は体に叩き込まれた行動をせざるを得なかった。


「悪党最高指導者であるアマーリア様に変わり、最高指導者秘書のカタリナが軍団を指揮する!すぐさま隊列を組みミノタウロスに照準を向けろ」


「し、しかし少佐殿」


「お前たちがあたふたしているうちにミノタウロスはすぐそこまで来ている、奴らと徒競走で勝てる自身がお前にはあるの?」


カタリナの言うことは正しかった。先ほどまで遠くかなたの布陣から走り出していると思っていたものは、既に射程圏内に入る数百メートルまで接近していた。


「いいから武器をとりなさい、どの道逃げ場なんて無いわ」


「く、くそ!」


「それに、私も手土産なしにここに来たわけではないの」


少し自信を持った笑顔で語るカタリナは後方のウーダンカークから続く道を指さした。そこにはここからでも見えるほど大急ぎでかける馬の群れと所属連隊を支持する軍旗が入り乱れて走り出し、その後ろから莫大な数の異様なヒトびとが襲来するように押し寄せた


「あ、あれは!」


「まだ戦いは始まったばっかり、逃げるような場面ではないわ。さぁ武器を取って!」


鼓舞して戦列に加わるカタリナはサーベルを抜刀してミノタウロスに剣先を向ける。


「10、いや20は殺せるわ」


「か、カタリナ~」


カロリーネの安心した声が漏れだすと、カタリナは馬から降りた。


「貴方腐っても秘書課の人間で整備部隊の隊長でしょさっさと逃げ出した連中を捕まえなさい!」


「カタリナっていつももきびしいよね」


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