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悪党のすすめ  作者: と
政党奮闘記
60/63

59 神聖戦争


「農騎兵集合!」


訓練は順調ではなかったが、時間がたつにつれ訓練の恩恵が生まれ始めてきていた。それは動きに統一性が生まれ連携を取りやすくなってきたのだ。今回のその恩恵が見れる、誰一人遅れることなく不満も出さないよくできた顔だ。それを見定めた騎兵訓練教官は全体を見渡した。


「ふん、少しは軍人らしくなったじゃないか」


農騎兵はそれを聞いてもあまり関心が無いのか、それとも極端に言っている意味が分かっていないのかわからないのか困惑していた。だがそれ以外にもいくつかの困惑してしまう原因がある。一つに自分たちがウーダンカークの軍総司令部の中庭に集められたこと、二つに、自分たち以外にも鎧を着たりマスケットを携帯している兵隊がいることなど。明らかに平原で訓練した時とは雰囲気が違っていた。


「あのぉ、今日も団長は来ないんだべか?」


「閣下は多忙な身である。そもそもあの方がお前たちの指導をしていた方がよっぽどおかしい、階級を知らんのか?」


「おらは傭兵だから、軍人じゃないし」


農騎兵達にはほかにも不思議に思うところがあった。それはここ最近ユッタが姿を見せなくなった事、そして周りの環境が変わったことだ。ある日突然給料がよくなったり銃を渡されたこともあったし、日々の訓練で勉学の時間が設けられたことも大いに不思議であった。そしてなによりも自分たちの傭兵団が巨大な基地を持ったことも疑問となった。


「何でおら達こんなところに呼ばれたんだ?」


「さぁ・・・」


明らかな場違いを感じ動揺を隠せない。彼らはいつも通りの私服であるが向うは騎兵の制服ないしは礼装に身を包んでいた。静粛なムードがあたりを支配しているさなか、整列した兵隊の前にアマーリアが現れた。それ自体が農騎兵には衝撃だ。顔は見たことないがその名を聞いて知らないわけがない。いうまでもなく自分たちの指導者で、一番関わる理由がない人であった。


「まずは諸君らに賛辞を述べたい、我が国の士官として戦ってくれること、まず言って礼を言う」


その言葉は農騎兵には強烈過ぎた。誰もが驚愕して場をどよめかせ、ほかの人間から奇怪な目で見られてしまった。引率してきた訓練教官も目も当てられないと大きくため息をつく始末だ。


「な、なんであの人がおらたちの前にいるんだべ?」


「静粛に、これより叙勲式を行う。各士官は前に出よ、農騎兵義勇連隊」


「・・・?」


「お前たちのことだ、こっちに来い」


その後の内容は彼らはあまり覚えていない。というよりもむしろ忘れてしまっているといった方が正しい。しばらくして農騎兵たちの放心状態はなくなったが、その時には叙勲式はすでに終わって夜のウーダンカークの酒屋に入り浸っていた。誰もが顔を見合わせてなぜ急にこのようなことになったのか皆が話している。


「お前、階級は?」


「少尉だ」


「お前がか?おらは曹長だぞ?」


皆が口々にそう唱えた。一番驚いたのは階級もあるが、自分たちのような貴族でもない農民が仕官したということにある。当然正統グリーフラントには貴族がいないため自分たちが士官になる可能性は十分にある。しかしながらそれを自分が得られる機会になると、まったく信じられないのが現実だ。


「おらたちは元をただせば流民、なのにここでは少尉の軍人だべさ。お金も定期的にもらえるし、一体どういうことだべ?」


「貴方たちはもう傭兵じゃないということです」


その場に現れたのはユッタだった。だが、いつものような温和な雰囲気はなく、どこか軍人らしい冷徹な言い回しと冷めた目付きをしている。それに加え彼女は自分以外の騎士の将校を連れて農騎兵の元に現れた。いつもの彼女であればそのような圧迫的なことはしないはずだが今日は様子が違う。で、あるならばやはり自分たちに何らかの変化があったと考えるべきだ。


「だ、団長!」


「組織改編につき今は連隊長です。いい加減自覚なさってはいかがですか?」


「な、何を言い出すだ団長」


不気味がる農騎兵の酒場に漂う不安、それは自分たちが何かに巻き込まれたのではないか。具体的には、自分たちの想像をはるかに超える戦があるのだろうかと誰もが感じていた。


「あなた方はもう正規軍です。そして新たに参加する農騎兵を相手に指揮をとらねばならない。でなければ少尉任官などありえはしないでしょう?」


「それは事務上の手続きだべ?」


「変わりません、あなた方は農騎兵の騎士団という仮組から正式に軍編成され、今は農騎兵義勇連隊となりました。だから少尉となったのです」


つまり、農民でありながら軍人の士官となったのだ。それは妙なことで僅かな高揚感を農騎兵に与えた。対したこともしていないし小国の少尉ではあるがなんだか自分たちが偉くなった気がしたのだ。


「ちなみに私は中佐です、あなた方より四つ上の階級になります。」


「はは、さすがは団長だべ」


「軽口は、あまり言わない方が得策かと」


その言葉は農騎兵の頭ではわからずとも体で嫌というほど覚えさせられた。簡単な話である、彼らはユッタの付き添いの将校にぶん殴られた。そして罵声をこれでもかと浴びせられ服従というものの本質を知ることとなる。それを遺憾なく発揮したことも、それだけでなく豹変したこともユッタの過去の姿からは予想もできないものであった。それ故に割に合わない感情勘定が農騎兵の中で起きて紛争が勃発した。


「やいやい!いくら騎士のお家柄の旦那たちでもこんな目にあわす道理はないべ!」


「貴様、上官に向かってその言い草はなんだ!ここは軍隊だぞ!」


「おおそうか!ならすぐにでも止めてやる!こんな小国の士官なんて何の価値があるんだべ!」


その言葉が逆鱗に触れたのか農騎兵はまた一発殴られた。今度は付き添いの騎兵将校ではなくユッタ本人が殴ったのである。言うまでもないが彼女にとって「逃げる」という行為は到底あり得ない行為であった。彼女の逆鱗に触れた農騎兵を殴るのは簡単だ、無駄な抵抗をせずただ困惑する無抵抗な男などさした恐怖も無ければ脅威ではないからだ。


「う!っぐお!やめ!」


「ここが戦場なら、止めてはもらえませんでしたよ」


ユッタはそう言うと男の胸倉から手を離した。それは彼女が農騎兵になぜ苦しい戦闘訓練を行ってまで練度を上げたのかを本人が理解しただろうと思ったからだつまるところ、お前は何ら抵抗できずにこの場で死ぬ。戦場ならば確実に死ぬという肉体言語を通した言葉だ。だがその本質は本人のみならずその背景に存在している物まで影響を及ぼすということは、口で言わなければわからないとは思うが。


「貴方は戦場で死んでしまったとき、最後に何を思いますか?」


「・・・急になんだべ?」


「思い浮かべるものを聞いているのです。それとも、実際に体験しないと分かりませんか?」


「家族、家族の顔だ。」


「じゃあ家族を守れませんでしたね」


ユッタはいつものようなしゃべり方ではなく多少口調を強くして訴えた。


「貴方の家族を、村を、そして国家を守れるのは結局のところ貴方しかいません少尉どの。ただまぁ、今のあなたに守れるものがあるとは思えませんが」


「な、なんだとぉ」


「だって退官なさるんでしょ民間人殿、間もなく始まる戦争では貴方は安全なところに最優先で避難させますので心配には及びません」


ユッタは突き放すように農騎兵全員の自覚の念を問いただした。それはその場で殴られた一個人だけではなく、それを傍観していたすべての農騎兵が対象だ。これから始まる戦争に従軍する覚悟はあるのか?それとも、この場で退官し逃げ出すか。おそらく最後になるであろうチャンスに自分たちがいることを理解したうえで選ばせるのだ。


「あくまで持論ですが軍人に話すような話ではないというのは理解しています。そして何より今更『逃げ出す』権利など貴方たちには無い。それでも、本望でないのならお逃げなさい」


ユッタは農騎兵を理解するつもりもなく、敗北主義者を理解したくもなかった。しかしその中で僅かでも勇敢さを持っているのならば見捨てはしない。彼女は真の同志で凝り固まった騎兵連隊を組織するつもりだからこそ農騎兵にきつく当たることにしたし恐らく連隊長であり中佐である彼女が彼らの前に現れることはこれが最後だろう。だから彼女はこれで見定めて彼らの能力を見定める。


「お、お偉いの勝手に決めた戦争に無理やりついていくって?ふざけているべ」


「それでも従うのが軍人です。分かりました、貴方は退官なさってください。他の者は?」


・・・。


「分かりました。ようこそ我が農騎兵義勇連隊へ、歓迎します」


火事でもないのに煙まみれの部屋があった。そこは今時に言えば喫煙所だがその時は会議室と呼ばれていたおり、出席者の多くは軍人関係の人間が寄せ集められてすし詰め状態となっていた。顔ぶれを紹介すると正統グリーフラント軍の元帥であるヴィンセント、農騎兵を混同し組織化された騎士団長ユッタ、他には作戦参謀の者、魔法工科研究所所長のローレ、兵站参謀、参謀総長、外務省、軍需関係の重鎮などこの土地の名だたる新参者があつまっている。


「想像以上に幼い顔の連中ばかりだな、本当に戦争が出来るのか?」


ヴィンセントの皮肉は最高に聞いていたようで、その場の者のほとんどが笑った。それだけこの軍隊はひよっこで、実戦経験を積ませるのは至難の業であるということだ。


「ユッタ、お前の騎士団の状況はどうだ?」


「駄目ですね、今戦力になるのは本職のもののみといった状況です。ですのでこれからは少し方向性を変えて訓練しようと考えています」


「いざとなったら訓練もうけていない武装市民が戦うような戦争になる、すぐに役立つようにしてくれ」


ユッタは「すぐに」という言葉にため息をついた。それが呼応するように誰がその話を忌み嫌って口を開こうとしない。無論それはヴィンセントだって同じことだが、それでも言わねばならないと重い口を開いた。


「自由都市国家群から伝令が来た。どうやら教会の艦隊が動き出したみたいだ」


周りの沈黙は予想よりも濃厚なものであった。しかしながら、それでも意外と落ち込んでいた者はいない。それは昔気質の者たちが軍の上層部に多く根付いていたからだというのは言うまでもない事だった。特に感触がいいのは軍参謀総長の色白の若輩者、名前はエンディットという。特徴的な金髪と賢く気品に満ちた顔、そして自信家である。


「いいではないか元帥閣下、死に場所としても相手にしても不足はない。最高の舞台だ!」


「エンディット、あまり大口をたたくと真っ先に死ぬことになる。今回の話はこっちの手駒はどうなっているかの話を聞きたい。各関係者は話してみろ」


初めに返答したのは軍需関係者であった。


「ま、全力戦闘であっても10日は持つ算段ではあります。しかしながら戦闘が始まれば兵站などの軍需生産能力は一切皆無になりますので短期決戦で勝てねば即降伏すべきでしょう」


「だろうな、次」


その次に起立したのは魔法工科研究所のローレだ。


「軍の要請を受けていた対浮揚艦の戦闘兵器は完成したわ、追加予算をもらえれば試験運用をパスして実戦導入するならすぐに生産ラインの構築に入りたいとおもってるのだけどどうかしら軍需相?」


「そんな金はない、軍備拡張の予算ですら最悪なのにこれ以上増やせるか」


軍需相の言葉に鼻を鳴らして返答するローレに、ヴィンセントは余計に困った。助けを求めるかのように外務省大臣の顔を見ると、半ば怒りを感じた顔で睨み返していた。


「現在もユーヒリアに対しての資金援助額の改善は求めているがこれ以上は難しいな、というか実績もない軍隊に大金は詰めんだろう」


「そこを何とかできないか?」


「勝てば官軍負ければ賊軍だが戦ったことのない軍隊は軍じゃない、そもそも私は悪党の秘書課出身で大臣経験のある貴族じゃない、つまり、そんなお恐れたことを言えるようなノウハウも度胸も身についてはいない」


「駄目か・・・」


しかしそこで思わぬ人間が朗報を伝える。それは晴馬の代理人であり軍需関係者のカロリーネだった。


「金勘定を抜きすれば武器は売る分を全部回せばいくらでもあります!ヴィンセント様から要請があったマスケットも導入は既に終わってますので何一つ問題はありません」


「よし、ここに来てやっとの朗報嬉しく思う。兵員も傭兵どもを各地から連れ戻せばそこそこ集まる」


「問題は戦闘がいつ起こるか、軍で予測はできておられるのですか?」


「軍籍艦船の把握に手間取ったが最近、教会連合に潜った斥候が艦隊を観測した。一等巡洋艦八隻に戦艦二隻、それと民間から徴発したと思われる輸送船が20隻だ」


「数にして兵数4000といったところでしょうか」


ヴィンセントは苦笑して首を横に振った。隣の参謀総長のパイプを取り上げると一服して返答した。


「まだ司教領やらマーズ、サマハラの軍を捕捉していない。恐らくはより多くの兵が送り込まれることになる。船団の規模を考えても1万は集まるんじゃないか?」


「一万人か、ならばやはり空中戦が肝になるな」


そう発言したのはエンディット参謀総長だ。含み笑いを見せながらも冷静だった。


「一万の軍勢相手に陸戦なんかできるか、どう考えても空中で足止めするか艦船を撃沈するほかない・・・となると、やはり竜騎兵の戦闘が重要になるが、現兵力でも100そこら、役に立つ段階じゃないな」


エンディットが憂鬱に思い顔を伏せた。それは軍関係者全員が同じ意見である。敵は幾万の完全武装の兵士に対しこちらが用意できる手駒は少なく貧相だ。数も質も決して良くはないが、それでもないよりはましであるしこれ以上集目られるわけでもない。ある種準備は終わった。これからは次の段階である先頭へと移行することを口で言わずとも理解しているのだ。


「お姉さまのモンスター軍を使えば兵員不足は解決するのでは?」


ユッタの疑問はもっともだった。少なくとも、現在上がっている問題である兵力の不足を解決するにはこれほど簡単な話はない。それであるのに誰もそれを口にしない。まったくっ持って不思議な話である。しかしそれも周りの人間の曇った顔を見る限り、理由なしに話していないわけではなさそうだ。ただ一人、ヴィンセントを除いてだが。


「ま、頼みの綱はそれしかないよな」




ここで時間が急加速する。それは体感する時間が老化することで早くなるように過去の記憶は簡略化されてしまって断片的になってしまうからだ。ユッタ本人はずっと会議の席で座っているようなつもりだったが、気が付けば額は雨に濡れ山中の馬の背中でうたたねしていた。彼女は昔を思い出すのを中断し目前に広がるサマハラとの国境を見渡した。そこには米粒ではあるが、確かに艦隊の姿がそこにはあった。


「来ましたね」


「ええ、ロンメルに知らせてくるわ」


ローレがそう言って去ったのちに、彼女の馬はすぐ近くにある腕木通信の場所へと駆ける。そこの見張りが彼女の姿を確認し信号をウーダンカークへ送る。そして、何者でもない腐敗者達がそれに気づくと、ゆっくりと、手駒を動かしだしたのだ。


船の甲板は相も変わらず雨が続いているがそれを意識するものはその場ではいなかっただろう。なぜなら今まさに礼拝をおこなっている彼ら彼女らはメフィスを先頭にひたすらに祈りをささげていた。メフィスはひどくやつれていたがそれは長い船旅が及ぼした影響によるもので、あまりにもつかれていたためか、ついうたたねをしてはっと我に返る。


「赤霧の者たちよ、ただひたすらに祈りなさい。あなた方が赤霧に強い意思を抱くならば、それを優しく包み込むでしょう。」


従軍牧師の優しい声は船の誰にも触れ渡り、祈りに集中する働きをより促進させた。


「今、我々の平穏を脅かす者がいる。貴方は、そこで死ぬことになる。それを恐れてはなりません、苦しくも気高く舞う狩猟のシカのように誇りを持ちなさい」


従軍牧師は赤霧の教会のシンボルである黒瓶を手に取ると、大声で叫んだ。


「すべての異端に粛清を!」


「「すべての異端に粛清を」」


「すべての異端に死を!」


「「全ての異端に死を!」」


昨今の宗教離れなど実際の中世や近世の価値観ではありえない事だった。宗教コミュニティは社会、生活、に多大な影響を及ぼしていて今の我々からは想像もできない環境を作り上げる。それはカルトと評価しても過言ではない。それがこの壮大な謳歌を披露しているのだから誰も逆らえない時代だ。嫌な時代があるものだとこの時メフィスは心の淵に思った。


「メフィス様、サマハラ艦隊司令官、マーズ騎士団、教会連合聖騎士『紫煙軍』団長他教会の元にあつまった大小の連合軍司令官がお見えです」


「すぐ向かおう」


船長の部屋に足を運びすぐにお見えになる賓客の相手をしなくては、メフィスの速足はドアを開けるまでもなく聞こえていたようですぐにドアは内側から開いた。誰もが真剣にかつ狡猾な顔つきでメフィスを迎えいるとすぐに会話が切り出された。


「お久うございます、メフィス猊下」


「艦隊司令官、我が旗の元によく来てくれた。改めて旗艦「アルゴー」への乗艦を許可する」


「いえ、赤霧の教会に仇なす者あらば駆けつけるのが当然です。ところで・・・聖下はどちらに?この船は聖下のための専用新鋭艦と聞きましたが」


サマハラの艦隊司令官の軽口にメフィスは怒った。すぐにでも蹴り飛ばしたい気持ちをぐっとこらえ、冷静に対応する。


「聖下は多忙の方、こんな片田舎の戦争に現れるわけがない」


「そうですか、ではデロリクス様は?軍事においては最高司令官・・・」


「たわけが!こんな!チンケな!戦争に!いちいち顔を出すか!」


メフィスの言葉にそれ以上サマハラの男は何も口を出さなかった。もちろん、メフィスはデロリクスという男を知っていたから連れてこなかった。デロリクスにはこれといった軍事の能力はないどちらかといえば兵站などの人間である。それを連れて来るぐらいならば自分が言った方がまだ安心だ。仮にも赤霧の連合軍を連れての戦争にそれ相応の人間を司令官にしないわけにはいかない。


「メフィス様、どうか落ち着いてください。デロリクス将軍はともかく、我々紫煙軍は可能な限りメフィス様に尽くすつもりです。」


「団長、その言葉を待っていた。我が赤霧の栄光のため、存分に悪魔どもを討ち取ってくれ」


サマハラの司令官とはまるで違う反応を見せるメフィスの反応に場はどよめいた。誰もが互いを鼓舞する場のはずなのにこのぎくしゃくした関係を生んでいるのは素直に認めるべきだ。ではなぜそのような結果になってしまったのか?それは言わずともすぐにわかる。しいていうなれば人間の業というものであり、又の名を利害の一致という。


「あ、あ~。それで質問良いっすかおっさんたちとメフィス様」


「お、おっさ・・・なんだマーズ騎士団長」


「俺っち思うにそんな面倒臭いなれ合いなしで、さっさと戦勝後のご褒美の話しましょってことで」


マーズの若人の話は若さゆえの過ちか、それともただの世間知らずから来るものなのか、ともかく今迄一言もしゃべらなかったものも、そうでない者も、だれもがメフィスに注目した事には変わらない。メフィスの顔は怒ってはいなかった。それどころか呆気にとられた後に少し笑った。


「おい!いくら何でも失礼にもほどがあるぞ!」


サマハラの男はすぐに反論した。


「マーズ騎士団長」


「あい!」


「おかげで変な演技をせずに済んだこと礼を言う」


「あざっす!」


メフィスは礼を言って事をすました。ややこしい話はここからで、なおかつ最も難航するところではあったが、それを見通せない者たちではない。誰もがメフィスの言葉を待ち受けていた。


「傭兵の賃料の足しに略奪を許可する、奴らから好きなだけ奪っていけ。そして何より、ここの悪魔の首領であるアマーリア・クーニクンデ・ブルクスラーを討った暁には、それ相応の教会の役職を与えよう」


その言葉に誰もが喜んだ。悩みの種である人件費のカットには持ってこいの常とう手段であるし、何よりこの辺境の独特の密林から得ることのできる物、悪党という組織から噂される物品の限りを奪ってよいのだ。


「よっしゃ!気分上がんねー!わざわざマーズからこんな辺鄙な土地に来た甲斐あったわー!」


「まもなく上陸だ。次は陸地で逢おう」


マーズ騎士団長の気分は高揚していた。余りにも舞い上がっていて自軍の艦に戻ってもなお鼻歌を披露しながら鎧を従騎士に手伝わせて着替えているほどである。


「ふんふーん♪」


「随分と気分がよろしいのね、団長?」


それは半ば呆れた声で語り掛けるけだるそうな声だった。彼女は壁越しではあるが先ほどまでの出来事を知っているのか何か不服を申しだしていた。


「なになに?王立騎士団のお姉さんっすかー?」


「ええ、貴方が略奪の許可のみで何も望まない無欲な人だとは思っていないから慌ててきたんだけど。どういう了見かしら」


「そんな話より、俺っちと今夜どう?なんかここには美味い果実があるって話だし、一緒に探しに行かない?」


その話を聞いた彼女はふっふっふと笑った。冗談が過ぎるのか暢気な奴だと嗤ったのかはわからないがひどく自分が滑稽に思えたマーズ騎士団長は落ち着きを取り戻した。


「王立騎士団がわざわざ出向くって、臭いっすよね~」


「何?お邪魔だったかしら?」


「そういうわけじゃないんすけど、何が絡んでいるのか気になるじゃないっすか。例えば、隠された秘宝があるとか?」


「そんなもの、私には必要ないわ」


やはりあの噂は本当だった。本国で読んだ流行りものの本に存在した幻の国、それは悪党の土地に広がる無限の可能性を記述していた本だ。それが噂ならわざわざ王立騎士団が絡んでくるはずがない。なんとしても、誰もよりも早くウーダンカークに入り幻の技術や魔法を手に手柄を上げなければ。


「着替えたんで、ドア。開けますよ~」


そこに佇んでいたのはうら若き騎士の姿だ。長髪で澄んだ紅い目に潤んだ唇。そして発達した胸に目を向け無いわけにはいかないほど、艶やかな若人がそこには立っていた。


「ベルダチャーン、いいから聞かせてくださいよー、何々?どんな財宝が埋まってるの?」


「ふふふ、貴方もかわいい性格ね。どっかの誰かさんみたいに身を亡ぼすことにならなければ良いけど」


「へ?どういう意味?」


その時彼女は一瞬悲しい顔になり、すぐにまた余裕を持った笑みになって返答した。悲痛の顔は彼女の癖であると騎士団長は知っていたが、それでも何度も見て気分のいいものではない。自ら笑顔で接することでこれまで笑いを産もうとしてきたが、彼女が笑う時はたいてい人を小ばかににするときと愛想笑いばかりでそれ以上もそれ以下も存在しない。


「美人が悲しんでいると、こっちまで悲しくなってくるっす」


「美人ね、ありがとう。甲板に出ましょ?もう戦いは始まっているのよ?」


甲板に上がると見える粒粒が集まった家々の集合体や煙突がひどくつまらないものに見えた。それは何ら変哲もない田舎にしか見えないし、それ以上に面白みも何も無いからだ。ここから、本当にグリーフラントに歯向かった連中が根城にしているところまでいけるのか疑問を持たざるを得ないがあえて黙ってベルダに悟られまいと努めた。


「とはいっても、この新鮮な空気だけはここの格別な物ではありますけどねー!」


「そうかしら?こんな湿った空気は私には余り気持ちの良いものではないわ」


「だからいいんすよ、不快な環境って。なんか冒険いている気にならないっすか?」


そう言って騎士団長はあたりを見回して艦隊に異常がないかをチェックする。しかし何ら変化のない景色にすぐに飽きたのか、監視の目をベルイーに向けてずっと顔を見つめていた。


「何かしら?とても真剣な眼差しね」


「俺、もしこの戦争が終わったらお前と結婚する・・・なんつって!」


「・・・そう」


ベルダのリアクションの低さに失敗を噛みしめた。


「敵襲!竜騎士です!」


見張りの兵士がマストから大声で知らせた。それを音頭に船はあわただしくなり船内では戦列砲の装填、甲板ではマーズ騎士団による弓兵の攻撃準備が始まっていた。


「お!やっときやがったな~、大国でもねぇのに儀仗兵みたいな奴ら連れてきやがって」


話を逸らすように艦隊の前方から接近するいくつかのワイバーンを肉眼で捉えると、騎士団長はすかさず手持ちの弓を構えた。それを見たベルダはふふっと笑うと面白そうに眺め返してきた。


「なんすか?さっきまで反応がなかったのに?」


「上陸に成功したら、また会いましょう」


ベルダのまさかの誘いに騎士団長はににこやかに笑い返した。それはお互いが騎士だからか従軍経験者だからかはわからないが、どんな戦いでも死を賭して戦わなければならない二人は、異様な雰囲気の中で笑顔を交わすのであった。


「うっす、ぜひお会いしましょう!」

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