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悪党のすすめ  作者: と
政党奮闘記
56/63

55 進展

司教領では長きにわたる大問題を片付ける日が来た。誰もがそれを望んでいたしまただれもが自分が処理したくないと思っていた。だが、結果として運が悪く自分たちの時にそれを処理しなくてはいけなくなってしまった。めんどくさいが。これ以外の解決方法もなく。また、国家全体のメンツに関わるため下っ端に任せることもできない。そんなやるせない怒りを抱えて、その日。その場にい多くの重役が現れたのである。


「よくおめおめと戻ってきたな、エルロス」


冷静な声でメフィスは言った。(この男を覚えている読者の皆さんは少ないだろうが、詳しくは43話を参照してください)だが、その実端的に話すことで怒りをあらわにしないようにしているのが現実である。それを悟ったかのようにエルロスは震えあがった。それも無理はない。彼がメフィスと話しているこの場所は赤霧の教会司教領にある異端諮問会の裁判所であるのだ。ここでは有罪か無罪かを争う時に法曹の被告人に対する感情は大きく影響する。つまり、このままでは死刑だ。


「貴様があそこで執り行った事、よりにもよってカンビオンを奴隷にした市場など。異端も異端。教義をなんだと思っている!」


「わ、私は騙されておりました・・・」


押し殺すかのような声でエルロスは答えた。


「私はただ、聖下の命令を忠実に従っただけでございます。それをあの田舎猿がよく思っていなかったらしくこのようなデマを・・・」


「デマだと!?なぜお前が現地にいながらそのようなことも満足に防げなかったのだ!貴様は特使として向かったのではないのか!」


「ひいい!」


見え透いた嘘を・・・メフィスはそう思いながらエルロスの有罪並びに背信行為に対する厳罰処分を複数人と確認した。教会連合国のデロリスク、宗教裁判を執り行う専門の裁判官だ。彼らとの協議の末この中にいる最高責任者に通達する野田から了承を得るのはむしろ当たり前のことである。


「腐敗だ」


教会国家代表であるデロリスクのその言葉はエルロスにはさぞ重くのしかかったことだろう。彼の眼光からは生気はなく、その逆に死期に見せる躯のような凍てついた表情が浮かんでいる。だがそれとはお構いなしにデロリスクは話を続けた。


「過去、貴様のような軟弱者が教会内に蔓延っていた結果どうなった?国に買収され、グリーフラントでは吸収された。貴様はまた、それを繰り返そうとしている」


デロリスクはエルロスに対する批難をやめようとはしなかった。むしろ険悪なまなざしを向けてエルロスを非難するようにさえ見た。途端、彼が懐から赤霧の教会の経典を出した。彼はそれを丁寧に持ち、被告席のエルロスの机の上に置いた。


「グリーフラントでの貴様の失態の結果、連中にとって都合の良い教会が生まれた。神への叛逆と考えて差支えは・・・無いな!」


「ひ!」


「その尻ぬぐいをどうつければよい?過去のように大権を削って聖職階級を販売するか?それとも・・・叙任権を渡すか?お前はどう思う?」


叙任権とは任命権のことである。この場合、聖職者一個人の階級を決めることであり教会の権益に最も影響される権利であるといっても他言ではない。それほどの絶大な能力を放棄し、他者に譲った結果などは想像に難くない。最早脅迫に近い文言をデロリスクはエルロスに何度も語り掛けては答えを聞いて待つようになり、長い沈黙を与えた後にエルロスはようやく口をひらいた。


「じょ、叙任権は既にわたっております」


白状するかのような発言にデロリスクは頷いた。


「そうだ、連中は自分たちの教会で勝手に都市大司教を任命した。許しがたい罪に上塗りをするかのような行為だ」


エルロスの陳述を確認したデロリスクは陪審員を仰ぐ、最早刑の言い渡しが間近という時で、エルロスへの審判はすでに決したというべき場面転換である。それを感じたデロリスクはすすり泣くエルロスを通り過ぎ自らの席に座り、ふっとため息をついた後思い出すかのように口を動かした。


「しかし連中がエルロスを返還するとは驚いたな、てっきり戦争の口実か身代金目的に持っているものとばかり思っていたが」


デロリスクは不信さをあらわにしながら髭を触っている。無論、その考え自体は皆が思っていることだ。


「腐っても貴族の端くれのアマーリアだ、恐らくは我が国との外交関係の改善を務めているとアピールしたいのだろう」


メフィスは失笑していた。一国の主ならばともかく反乱を企てた連中がそのようなことをしているというのだからお行儀がいい。ごもっとも、その効果がどれほど反映できるかは疑問符の尽きるところではあるが。


「聖下はどのようにお考えですか?」


メフィスの発言により、一人の男に注目が集まった。誰もが聞き漏らすまいと耳を傾け、畏れ多くかしこまる。求刑側の席で最も中央に、最も高くある席に鎮座して沈黙を守ってきた男マミリナクスだ。彼の発言はどんなことだろうと実行しなくてはならないし、。つまり、彼の発言は是が非でも反映させなければならないのだから。しゃべっている場合ではないのだ。


「左様、連中がこの男を負の遺産だと感じていれば殺せばよかったものを、刑期満了と返してきたのだからな。つまりは、連中は悟っておるのかのう?」


「何をでございますか聖下マミリナクス様」


メフィスの質問に「うむ」と答えたマミリナクスは大きなため息とこめかみを抑える仕草をした。


「我々の挙兵じゃよ、すで手筈は整っていると聞いたが?」


軍事顧問を務めるデロリクスに尋ねると。彼は自身気に頷いた。


「ええ、マーズ王国やサマハラ王国を初めとした司教領陣営はすでに手はずを整えております。聖下のご命令があればいつでも動ける所存です。時間はかかりましたがサマハラからの軍事通行の許可も下りました。これでグリーフラントを経由しなくとも軍を動かせます」


「うむ、我ら赤霧の栄光の元では造作もないことではある。連中は戦争の口実を捨てさせるためにこ奴を帰しに来たとわしはにらんでおる」


「戦争の口実といいましても、我々が連中を異端とした事実は覆りません。悪あがきという事でございましょうか?」


メフィスは首を傾けた。それはあまりにも愚の骨頂、やるだけ意味がないことであると理解していたからである。


「白紙協定というわけではないが、諸悪の根源を我々に渡したのは我々でこの男を処理するとこにより評価を決めさせる自由を与えたことになる。つまりはここでこの男の所業をねつ造であると公言し無罪にすれば公言上は我々のメンツは保たれることになる」


「なるほど、我々の発表に異を唱える奴がいないことを考えれば内心はどうであれ誰もが口をそろえて否定しないでしょうし、その結果連中は恥をかく」


「その見返りに異端を取り除けと・・・そう言っているように思えてならん」


マミリナスクはかけてに出ているととらえている。メンツを保たせる代わりに異端を撤回しろと連中は言っていると、異端を撤回すれば戦争の大義名分は失われ、司教領並びに教会連合の挙兵はできなくなり結果として戦争を未然に防ぐことが出来る。だが、次の瞬間彼は机を叩いて怒りをあらわにした。そのような条件を小国から受けること自体彼には許せなかったのである。その怒りは周りを動揺させ、次の行動や言動に注目を集める結果となった。


「連中は対等であると勘違いしておる、我々と連中が対等、異端の重さを軽視していることもふまえると侮辱以外の何物でもないわ!」


「聖下、落ち着いてください!」


メフィスが周りの動揺を伝えようと落ち着かせるもマミリナスク怒りは収まらなかった。というのも、悪党との戦う手筈は整っているのであり、考えは変わらないということだ。


「この裁判そのものもただのセレモニーに過ぎないということを連中はわかっていないようじゃ、この歴史的転換の瞬間から、連中の死は現実的なものになる!デロリスク!」


「は!」


「各国に挙兵し集結するように伝えよ!我々はいよいよ進軍の時が来たのだ」


マミリナクスは裁きの鉄槌を下した。それを聞いた裁判官は会釈をし、すぐにその内容を伝える。それを聞いたエルロスは体を震わせ、審判の時を待つ。


「死刑!」


「あ、ああああ!」


余りにも幼稚なその発言はエルロスの気を触れさせるのには十分だった。途端に彼は暴れだし、衛兵の鎮圧を振り払うと台頭していた短剣を持ってマミリナクスの方へと走り出していった。しかし、そうしたことろで彼の元へ行けるわけでも指し違いが出来るわけでもなく、たやすく鎮圧されて本人の命を縮めることとなった。ごもっとも、首をはねられた本人にはそれを理解する時間はなかったようにも思えるが。


「加えて党首アマーリアを我が教会は悪魔と認定する旨を各国に通達せよ!我々は悪党に宣戦を布告する」


満を持してと言わんばかりにマミリナクスは声高らかに宣言した。それに呼応するかのように誰手はもが沸き上がり挙兵だ成敗だと奮起する。既に大義名分は我にあり、そう誰もが本気で思っていた。


「お待ちください聖下!戦争を起こそうにも問題はいまだに残っています!」


しかしメフィスはそれに待ったをかける。無論誰もが不満の目を向けるがそれを知らないメフィスではない。それでも彼には伝えたいことがあったのだ。


「お忘れですか!?ユーギリアは悪党と共闘するといったのですぞ!?それなのになぜ今戦いをしようなどと、まずは態勢を一度吟味し・・・」


「メフィスよ、お前は甘い男だな」


マミリナクスはしたたかな笑みを見せ、メフィスの発言に杭を打つ。


「わしがそのような初歩的な手筈を踏んでおらんとでも思っておるのか?既に手は打ってある」


「聞いておりませんぞ!?また教会に了解も得ずに・・・」


「わかったわかった、つまりは異端を根絶やしにすればよいのだろう?ならば安心してよい。しっかりと滅ぼしてやる、星光王の名に懸けてな!」


メフィスはその言葉を信じられないようだった。ただ、だれでもない星光王の言葉を信じず誰を信じようと心にとなえ、あえて自分の中に通した。固唾をのんだのちに再び口を開き、是非を問う。


「それは、何故にございましょう?」


ただメフィス一人を残してではあるが。


「何故に、とは?」


「戦に勝つための秘訣を何か持ち合わせておられるのですか?ユーヒリアは大陸五本指に入る強国、下手を打てば・・・」


「ほう・・・私の意見に何か不満でもあるのかね?」


メフィスは何か踏み台にされたような気がすると考えていた。明らかにこの戦、何か隠し事があるようにしか思えない。そう思えば思うほど、彼の頭の中は錯綜する一方だ。


「デロリクス」


マミリナクスの呼び声にデロリクスは素早く呼応する。


「ユーヒリアの思惑、我が国の軍略担当のお前には何かわかるか?」


「さぁ?」


まるであらかじめ決められたかのような返答にメフィスは飽き飽きしていた。それはこの場にいる者も同じ考えだった。デロリクスは間違いなくマミリナクスの番犬だった。彼はマミリナクスの自己顕示欲のはけ口であり、その見返りにデロリクスの軍には見返りが与えられる、そうして彼はこ教会連合のトップになり、同時に軍事力を最も有することから軍事顧問となったのだ。とどのつまりイエスマンだ。


「メフィス、貴様の言いたいことはわかる、だが現時点でものごとの優先事項の上にあるのは異端の粛清だ。その大義名分のもとでの戦をするに、何ら不思議なことはないだろう?」


「はは」


メフィスは食い下がる、だがその下げた顔からは払しょくしきれない思案が浮かがえる。


「話は終わりだ。私に仇なすものは神には愛されん!すべての異端に粛清を!」


「「すべての異端に粛清を!」」


誰もが一応に、そして高らかに呼応する。


「すべての異端に死を!」


「「すべての異端に死を!」」


その狂乱を橋から眺めるかのようにメフィスは手元の果物をかじる。苦虫を潰したかのような顔で頬張り、果肉を吐き捨てた。


「連中の思惑はこの私が暴いて見せる、それまで、悪党どもには時間稼ぎをしてもらわねば・・・」























「挙兵、ですか」


興味のないような口ぶりで騎士は聞いていた。彼女は体ならしに夢中であり、槍の演武の剣先の往来ばかりを見続けている。それに呆れた顔を見せたローレは話をつづける。


「いよいよ戦争ですよ?勝機があると思いますか?」


「ふっ!グリーフラントの動きが気になるところですね、連合軍で攻めてくれば、間違いなく血なまぐさいものになるでしょうし、そうでなくても赤霧の教会は強大です、できれば避けたいんですがね」


「私もです団長、でも、なぜかグリーフラントはこの好機に静観を決め込んでいるみたいなんですよ」


「よ!せいや!」


心ここにあらず、まるで関心がないと態度で表すユッタに業を煮やしたローレがかみついた。


「団長!元を正せばハルマのせいなのよ!?なのにあいつときたら事を解決するどころか団長の心に閉じこもっちゃってぷんすか!みんな貴方に責任を押し付けようとしているわ!」


「なら私の責任でもありますね」


「何でいつもそうなるのよ!」


ついに堪忍袋の緒が切れたのか、団長の前に立ちはだかるかのように立って抗議の表情を浮かべる。


「どう考えたって団長は被害者です、それなのに何でハルマを擁護するような言い方をするの!?」


「何度もその問いには答えてきたでしょう、私もハルマであり、晴馬は私であるからです。だから私は常に彼の行うことの責任があるのです」


「またそうやって!私は納得できません!」


どうにも終わる様子のない議論にユッタは飽き飽きしたが、ローレの行動を見た途端に興味がわいた。


「私に戦いを挑む気ですか?」


「ええ!聞いてわかってもらえないならこうするしかないわ!」


サーベルを抜いたローレにユッタは白衣をまとう前の彼女の姿が思い浮かんだ。ローレのその雄姿を称え、騎士にふさわしい礼儀を持って決闘を行う。儀礼を済ませ、距離を縮め、臨戦態勢の中に生ま・・・・。


「二人ともそこまで」


うま、生まれはしなかった。結果としてそれは止められてしまったのだ。お互いが決着を邪魔されたと思い声の主の方向ににらみつけるが相手が悪かった。カタリナは静かに手を叩き、手打ちをするように指示を出す。さもなくば・・・想像はしたくないが、彼女の目が語る物語から察するに凄惨な場面は避けられそうにない。


「ユッタ様、アマーリア様がお呼びです。至急砦の方にまでお越しください」


「お姉さまが?いったいどのような?」


「アマーリア様のことよ、どうせ団長とイチャイチャしたいんじゃない?」


呆れかえるローレは大きなため息を出すが、それにカタリナは首を振って否定する。


「よくは存じませんが、姉妹愛の見せ所だとか」


「それなら日々満ち溢れていますよ」


カタリナの眉が動く、ユッタにとってはふざけているわけではないのだが、彼女にはふざけているようにしか聞こえなかったらしい。咳ばらいをして一度態度を改めた。


「ともかくアマーリア様は大変お困りでユッタ様の助けが必要ですので。お急ぎください」


言われるがままに向かったユッタが見た光景は余りにも馬鹿げていた。アマーリアは確かにそこで執務をしており、またユッタを呼び出したのは重要なことをいうためにしたことは間違いない。だが、いくら何でもそこでユッタにできることは何もない。何故ならユッタは騎士であって、療法士ではないからだ。


「頼む!もっと優しく介抱してくれ!」


「こ、こうですかお姉さま」


「痛い痛い!もっと優しくしするんだ」


アマーリアの悲鳴にユッタは苦戦ながらも果敢に挑戦する。それが通じてか「初めて」にしては中々のリードを任されている。基本的にアマーリアはされるがまま、ユッタにとっては非常に優勢であると瓶席して間違いない光景だろう。


「なんとかベットにまで運べそうですね、あ」


ユッタがそう言ったのもつかの間、一瞬の油断がアマーリアに悲劇が振りかかる。ユッタがバランスを崩した際にアマーリアの「腰」を押してしまったのだ。いや正確には潰してしまったといっても過言ではないくらいに強烈な肘鉄を食らわせてしまった。恐る恐るアマーリアの方に視線を向けるが、彼女は阿修羅にも通ずる表情を醸し出す。


「~~~~っつ」


「あわわわわ」


目を見開き口をパクパクする様は金魚のようでユッタは思わずクスっと来てしまったが、アマーリア本人にとってはそんな場合ではない。ギロっとユッタに目を向けにらみつけると、ユッタははっと我に返った、


「ゆ、ユッタ~?なぜ君は嗤ってるんだい?」


「え?そ、それはですね」


「馬鹿にしているのも今のうちだよ、君が私と同じ目に合ったら、数倍笑って・・・くー!ぎっくり腰めぇ!」


オフィスワークの人間ならだれでも起こるだろうこの悪夢はアマーリアにも例外なく振りかかったようだ。どこかの悪役プロレスラーよろしくガッデム!と叫んだ経験のある作者には非常に彼女の感覚がわかる。だが、ユッタにはわからなかったのか、あの絶妙な介抱をせず、野暮に扱い余計なアマーリアの逆鱗に触れる。


「ふふふ、私がぎっくり腰じゃなきゃ怒りに任せてクラーケンでもフェニックスでも呼び出すところだったよ」


「す、すいませんお姉さま、何分こういう時の要領が分かりませんでしたので・・・」


「い、いいさ。このためだけに呼び出したわけじゃないからね」


やっとのことでベットに横たわり苦笑いを浮かべたのちにアマーリアはすっとユッタの手を握りはにかんだ。


「どうだいユッタ、ここの生活はなれたかな?」


「はい、皆私を見て初めは驚いていましたがだんだんと慣れてきたようで」


「そうか、なら君に聞きたいことがあるんだ。悪党に入る気はあるかい?」


今更、そう思う人もいるだろうが、悪党に入ることを直に了承したのはあくまで晴馬でユッタではない事を知っての質問である。ユッタはその質問に何ら不信感を抱かず、真摯な目をもって答えた。


「私はお姉さまのためならたとえ業火の中でも飛びこむ所存です」


「それを聞けて良かった。さすがは、私の家臣一番の忠義者だ」


安心したようにアマーリアは頷き、窓から見えるウーダンカークに目を向ける。今や都市国家としての機能を持ちつつあるその様相はかつてのウーダンカークにはない側面を見せつつあった、多種多様の人間、道具、それらがこの狭い土地の中で氾濫しているかのようにうごめくのをじっと見つめる視線ははるか遠くを見ているようだった。


「ユッタ、君は私の家が分家したとき十も行かない子供だった。無論私も大人ではなかったが、それでも何故ついてきてくれたんだい?」


「お姉さま、なぜ急に過去の話など」


「君の心にいる晴馬に、そろそろ聞かせてやってもいいころだと思ってね。いるんだろう?ユッタを蝕み、そして最後は自らを蝕んだハルマがさ」


アマーリアのその言葉にユッタは唇をかんだ。彼女が身に着けている以心伝心のイヤリングからは、もう長いことは晴馬の声を聞いていない。初めはただ臆病風にでも吹かれて隠れているのだろうと思っていた。だが時間が立つにつれ、それはより深刻なものであるとわかった。ローレの話が正しければユッタを自らが蝕んでいるとわかった晴馬は。文字通りユッタに溶け込む、つまりは躰の主導権を譲り、感情を失うまで自らを消失させてしまったという。


「ローレは今の晴馬は繭であると言っていました。いつかは意識を取り戻すだろうと」


「それが本当なら、できる限り早くしてほしい、今こそ、彼が必要だというのに」


何もユッタをとがめているわけではない。それはわかっているが、それでも言わぬわけにはいかない局面となってしまったのだ。


「グリーフラントに一矢報いるチャンスがすぐそこなんだ。民を解放するのも、すぐそこまで来ている」


「ですが先に赤霧の教会を打たなければ・・・」


「ああ、夢半ばで我々は滅ぶ事になる。だけど勝機がないわけじゃない。それについてはヴィンセント『将軍』が既に策を考えている」


クスっと笑いながらアマーリアは伝えるとユッタにいくつかの装飾品を見せた。


「これは?」


「何、私にとっては懐古主義だと嫌っていたのだが士気向上がどうだとヴィンセントが言うことを聞かなくてね。勲章だよ」


勲章を見せびらかすようにアマーリアは見せると、途端にノックが聞こえた。


「何で礼装でこいと言ったんだ?おかげで時間がかかった・・・」


「ぷぷ、紹介しよう。これがヴィンセント、改め、軍総司令部最高指揮官であるヴィンセント『将軍』だ」


そう紹介したときのヴィンセントの服装にアマーリアは笑いそうになるが必死で抑えた。じゃらじゃらと勲章を携え騎兵隊のような服装の彼はさぞ滑稽に見えたのだろう。


「なんだよ?これのどこがおかしいって言うんだ」


「だってヴィンセント、君の服装には家の紋章も色鮮やかさえ存在しないじゃないか、それどころか地味な緑色の詰め折の服なんて、今までで見たことないよそんな人」


「アマーリア、それはお前の言葉を借りれば懐古主義ってやつだぜ?」


ヴィンセントはそう言って服を見せびらかすような仕草を取った。ユッタはそれを凝視するも、騎兵隊の下着に勲章を着けている程度のイメージでしかなく。いまいちピンとこなかった。


「さて、将軍。例の戦争の策について、ユッタのいる今もう一度伝えてほしいんだけど」


「ああ、そうだったそうだった」


思い出すかのようにヴィンセントは持ってきた版図を取り出した。そこには予想した敵の進行図であったり部隊の配置場所について言及して書いてあるようで。おそらく外部秘の内容であるに違いない。


「斥候によれば以下の通りだ。赤霧の教会はサマハラ王国より我が国北東部に軍事侵攻をかけるつもりだ」


「国境一体の警備は?」


「不可能だ。軍備もインフラも不十分の国境部では特定個所に簡易的な砦を作って様子を見てはいるがそれ以上はできない」


ヴィンセントはそう言って。国境付近の村のあるポイントに警備を張り付かせていることを教えた。村に張り付かせているには理由がある。一つ目にインフラが充分ではないため補給路が細く場村から調達するしかないため近くにあること、もう一つは村あるとことに道はあり、国境を監視するよりかは国境の道にある集落などに張り付いていた方が自ずと敵に合いやすいということだ。


「無論、村の生産力にも限界はあるから配置出来る人間にも限りがある。それに、国境をはじめその付近の地域は兵士ですら危険な場所だから配備は難しい」


「どういうことですかヴィンセント」


「我が国の持病でな、流民の数が多すぎて対処しきれないんだ。そうなると連中は徒党を組んで盗賊山賊になり、山や草原で往来する道の承認を襲うようになる。さっき言った通り兵士の数がせいぜい30人しか配置できない事を考えると・・・」


「そんなに、数が」



ヴィンセントの曇り顔から察するに相当数の数が存在することが分かった。全体像の掴めない人のために一度整理しよう。まず、国境を警備する兵士についてだ。彼らは日々国境を警備しているわけだが、基本的に生活は国境に定住する。なぜならそこは関所が設けられており、人の往来によって町が生まれているからだ。いい例が古代ローマ帝国の国境線だ。しかしそれは強大なマンパワーを持ち、経済的にも発展している国だからできることで逢って、正統グリーフラントではそれは難しい事案なのだ。


次に盗賊についてだ。いうまでもなく盗賊などの日正規軍が正規軍より多くの人員を持っていたりすることはまれで、普通は十人以下、多くても50人もいないのが現状だ。しかし、流民が身を落としたとなれば例外で小規模な部隊がうじゃうじゃいるような結果になる。さらに悪いことに、盗賊は住む場所を選ばない。町に住み着いていたり、外にいたりとかなり国土的に見ても広範囲に住み着き、安全な場所はありはしないのだ。そう考えたとき、国境の軍隊がいかに多かろうと治安業務を維持できるのは局所的になることがお分かりいただけるだろうか。


「いや、ユッタ、君の騎士団には世話になっているよ、正直治安部隊っていう概念がないもんだからどこまで役に立つのかわからなかったが、ここまでならば早く作るんだった」


ユッタの騎士団は警察組織になっていることは先にふれたとおりだが、ヴィンセントの言った概念がないというのは今まで存在しなかったということだ。自警団や軍といったものは今まで存在していたが、現代の警察組織が誕生するのは近代の話であり。本来ならば『存在しえない』組織なのだ。


「全く、お宅のマンフリートには頭が下がるね、あいつが組織していなかったら、今の軍じゃ完全マヒ状態だったろう」


「はは、それは良かった」


口では笑っているユッタだったが、脳裏には行き過ぎた発展というものを感じている。言うまでもなく晴馬の発明品が世界を急伸させる危険性がここに響いているのではないか、もっと言えば既に始まっているのではないかという思いが、彼女の中にはあるのだ。


「ま、話は戻すがとどのつまり国境の地域での戦闘はかなり小規模になることは間違いない。先に述べたように道が貧弱な以上軍は動かせないし、連中も関所はあっても国境に軍を配備しているわけではないようだ、と考えるとだ。」


「船、ですね」


「そう、連中は浮揚艦による大規模攻勢に出る可能性が高い」


浮揚艦、その言葉の重さはその場にいる者すべてに重くのしかかった。何故ならば、それがグリーフラントで最も欠如したものであり、最も軍事力を語るうえで重要だからだろう。


「浮揚艦は非常に便利な代物だ。一度に多くの軍を移動させられるし航続距離も申し分ない。恐らく、連中の軍は国境に兵を配備する必要もなく、ただ空中であらかじめ決められた集合地点から結集して艦隊を編成しこちらに向かうだろう」


「連中の戦列砲の砲弾がこちらに降り注げば、あらかじめ防衛個所に要塞を設けていても相当数の被害が出るね」


「ああ、それが浮揚艦の恐ろしいところだ」


ヴィンセントはため息をつきつつも、その事実をありのままに伝えた。


「ユーヒリアの海賊船艦隊を送ってもらうのはどうですか?」


「それは確かに考えた。しかし連中の船なんて所詮は民間船を改造した船に過ぎない。戦闘力から言えば最も質が良いものでも二等巡洋艦程度の能力しかないんだ、はっきり言って焼け石に水だな」



「となれば造船所で建設は・・・時間がないか」


ユッタもお手上げとばかりにため息をつく、ヴィンセントも困り果てた顔をする。しかしアマーリアだけはニヤッと笑った。


「でも、解決法はあるんだろう?」


アマーリアのにやりとした笑みに、ヴィンセントも同じくにやりと笑って答えた。


「勿論だアマーリア、何のために晴馬をユーギリアに渡らせたと思っている」

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