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悪党のすすめ  作者: と
悪党→政党編
54/63

53.終結


「終わったか?」


晴馬は小刻みに貧乏ゆすりをして待っていた。事の次第によっては帰国もままならない状況ではと思うと、落ち着いてはいられなかった。


「ハルマ様、紅茶を淹れました。落ち着きますよ?」


そう言ってフェリシーは晴馬に差し出した。こういう事はこの城の者にやらせればいいのにと考えたが、冷静に考えれば暗殺しようとする奴らの紅茶というのもどうかと思った。


「いや、大丈夫だよフェリシー」


「ハルマ様、確かに状況は緊迫こそしておりますが決して悲観的な考えをしないでください」


そうは言うものの、フェリシーの顔もあまり元気のいいような感じではなかった。他の者も同じである。カロリーネは今後の展開を予想してぶつぶつと呟いているし、カタリナに関しては剣を磨いていつでも戦闘に移れるよう覚悟を固めていた。ともかくとして現状はあまり良い方に転んでいるとはこの場にいるものは考えていなかった。


「大丈夫、どんな結果であろうとも僕が責任もって皆をウーダンカークに帰れるようにするよ」


「りょ、ハルマ様」


カタリナは少し微笑み、晴馬の近くに来て肩を叩いた。


「ご安心を、皆がその言葉に不信を感じたことはありません。ですからどうかご安心なさってください」


「そうですよ社長、絶対、みんなでウーダンカークに帰りましょう!」


カロリーネも晴馬に微笑み、場に少し安堵をもたらした。


「「かっこいいこと言いますね、何を意識しているんですか?」」


「なにも、僕はそうしたいからそうするだけだ」


「「であった時よりは、少しは度胸を付けた用ですね、後は腐った根性を変えてくれれば文句はないのですが」」


一言多い、だが、恐らくこれも彼女なりに僕を安心させ用としてくれているのだろうと思いぐっとこらえた。


「皆さま、大変お待たせしました」


この城の従者が入って一礼したのちにドアを開ける。


「王がお呼びです」











晴馬たちが別室に呼ばれた。彼らは緊張のの面持ちでその部屋のドアを開けるとそこにはゴードンの姿があった。小さな談話室のような作りのその部屋は従者もおらずドアはひとつだけで窓もない、つまり、この部屋はこの城で最もプライベートな作りの部屋であると言って差支えはないのだ。ゴードンは少しくたびれていたが大広間で見せた敵意は消え失せじっと晴馬たちを見つめていた。


「いつまでたっているつもりだね、そこに座るがいい悪党の使者よ」


「ええ」


ゴードンの真正面にある席に腰を掛け、晴馬はゴードンの顔色を伺う。


「まったく、お前たちのおかげで大混乱だ。良くも悪くもよくここまでたどり着いたものだ」


「貴方の陣営が妨害さえしなければもっとすんなりといくことが出来たのですが」


余計な一言であったがゴードンはあえて反応はしなかった。ともかく話を進めなければならないと考えていたのかもしれない。


「まず初めに聞きたい。貴様達は我々と同盟を結びたいというが、その背景には何がある?」


「軍事同盟、通商同盟など、それにはついては国家元首からの親書を持ってきました」


晴馬はアマーリアが書いた親書をゴードンに渡す、ゴードンはじっくりと見つめたのちにため息をついた。


「貴様の国は我々をグリーフラントと戦わせたいらしいな、先の敗戦で不戦の雰囲気が漂っている我々がこのようなものを締結すると思うかね?」


「出来なければ滅びるまで、違いますか?」


晴馬のその言葉は多くの推測を引き出した。その一つに、ユーギリア連邦に悪党が宣戦布告をすると受け取れるような内容をほのめかしているようにも聞こえたのだ。もちろん、それが非現実的な話であることは火を見るよりも明らかである。建国して間もない連中に軍事力があるとは思い難い。いや、一つだけ懸念材料がある。それは連中の首領であるアマーリア、彼女は全能のガーディナルと恐れられた女だ。彼女がもしモンスター軍団を率いるというのであれば、確かに可能な話だ。


「ふん、ともかく結論は出た」


「本当ですか!」


カロリーネの声を音頭に皆が安堵と苦悶の表情をそれぞれ浮かべる。正直どのような結果になったにせよ、結果がないことには何のための旅であったのかわからない事になる。ハルマ一行はゴードンのその答えを聞くべく固唾をのんで待つ。異様なほど静かになった部屋に、ゴードンの言葉が響いた。


「貴様らにその言葉を言い渡す前に聞きたいことがある、貴様らの国は一体何がしたいのだ?」


「は?」


盛大にずっこけたいところをぐっとこらえた晴馬は聞き返すことにした。だがゴードンは返答を待っているため、仕方なくゴードンの返答を遅らせることにした。


「それは、我が国が今後何をするかということですか?」


「違う、お前に聞いているのだ」


ゴードンは苦虫を潰したような顔で晴馬を見つめる。その顔には怒りはなく、あるのは憂いと老いが見え隠れするように現れていた。


「わからないのだよ、私には貴様が何を考えているのかわからん、貴様はまるで事の重大さがわからないにも関わらず政をしているようにも見える」


「はは、それはどういう意味で」


額に冷汗が流れた。自身の中身を見渡されたような気分だった。ただ、一番気になるのはなぜ今そのような話をするのかということにある。彼らが今一番に考えていること、それは審議の結果がどうであれ悪党との今後の関係をどうするかということについての検討になる材料を収集することだ。だからこそ混乱する。なぜ今個人の意見を聞かれているか、それがどういう意味合いなのか。


「素人だと言っている、将来性を理解できていない。わかるか?特使であるならば是が非でも自国の意向を他国に交渉するだけでなくしっかりと相手に理解させる必要があるのだ。だがお前の話を聞いても悪党が何をしたいのかが具体的にはわからないのだよ」


そんなことを言われても僕もアマーリアに言われてきただけだから、とは言えなかった。そんなことを言えば間違いなく彼らは失望し我々への失望感を抱かせてしまう。


「社長」


小声でカロリーネが晴馬に耳打ちする。目は合わせず、ただ傾聴した。


「適当なことを言わないでください、あくまで客観的な立場から見た意見を言えば良いんです」


「よしわかった」


晴馬は会釈をしたのちにゴードンに視線を戻す。


「グリーフラントに立ち向かうために、陣営を立ち上げる事が目的です。そのためにはあなた達の力が必要なんです。それは我が国の軍事力的にも、孤立した経済的にも同様です。」


「・・・ふん、上っ面で話しかけるな下郎」


ゴードンはついさっきまでの会議の対応から一遍、まるで赤の他人のような態度をとって見せた。


な、と晴馬は思わず唖然とした。だが少なくともゴードンはそれに対して何ら不思議に思っていないような、想定通りの反応であるというような表情をしていた。無理もない、彼にとって、この世界の事情をどれほど理解しているかと言われれば、この作品を見てくれている読者に毛が生えた程度にしかわかっていない。つまり、今迄の経験全てが彼の認識できるすべてであり、同時に入手できる情報なのだ。


「自国の状況もよくわかっていないくせに、なぜ他国と対等であるといえるのかね?まったくもって話にならん」


「なん、だと?」


しかしここで読者の皆さんの認識における晴馬の経験が本人と一番違う分野がある。それは経過時間だ。経過時間を圧縮し、晴馬の一部を見ている読者とは違い本人は本人の時間軸の元に我々が一秒一秒で入手できる情報を彼もまたこの世界で入手している。それが「毛」の部分であり、我々が感じるリアリティーというものである。つまりは、我々が認識している事象も、彼にとっては現実であり、実体験であるということだ。


「先ほどまでの会議で出た結論はこうだ、悪党に対し同盟を結ぶことは貿易の観点から考慮すると非常に有益である、がだ、軍事同盟をしようにも地理的要件や費用、連携の観点から見て困難」


そう言うとゴードンは採択書を取り出し議会の旨を伝えた。それを晴馬たちに見せる。


「貿易と技術共有のみに特化し交易を除いた国家間による同盟は行わない。以上だ」


晴馬は期待どおりの答えをえれず困惑した。それは勿論ゴードンの言うことについてもであるが、『ある事』に対する切り捨ても頷ける態度であるからだ。


「馬鹿な、そのような方法では我が国が亡ぶのが前提のような言い方ではないか」


「事実、そう我々は結論付けている。有限の時間の中で可能な交易を行い我が国がグリーフラントと戦う準備ができるまでの時間稼ぎをしてもらう、ちょうど今日やっと国がまとまったことだしな」


「我が国がそのような用件で鵜呑みすると思うのか?」


晴馬は冷淡な口調で質問した。ゴードンは無反応だが、その反応を裏付けるように反論した。


「君たちのところは国ではなく反乱軍の略奪地だ、守る必要もないだろう?」


「到底、飲める条件じゃありませんね」


そう発言したのはカロリーネだった。彼女は今迄の中立な立場を一変し、ぶっきらぼうな反応を見せる。


「我々は国家承認と軍事同盟の先にある反グリーフラント陣営の設立が主目的であり、技術供与や貿易はいわば釣り餌だという事は既にご存知ですよね?私はそれを含めて貴方が私たちに協力したと考えたのですが」


「そうだな、しかし、我々の国が求めるは利益でありグリーフラントとの摩擦ではない。それもまた、火を見るより明らかな事実であろう?ともなればこのような結果に至るも当然だとは思わないか?」


ゴードンはふっとため息を付きながら額に手を当て晴馬がようやく何もわかっていないという意味が分かると同時に発言した。


「交渉しているのは国家なのだよ、であれば一個人の有益などで利益を勝ち取るような真似はしない方がいい、先ほどのように貴族派に媚を売るようなことも。国家に対する評価を下げる羽目になる」


「内乱の危機を回避したのは明らかに我々が一枚噛んでいるのに、今度は我々に対する利益追求ですか?全く持って」


「物事には段階というものがある。まずは友好を得ることに集中すべきことを、それをいきなりやれ軍事同盟だなんだと・・・これでも議会は相当譲歩したと思うがね、呪いたければ信用を得ていない自分たちを呪え」


カロリーネは思わず歯ぎしりした。自らが感じているほど彼らは好意的ではないという事、そして、思ったよりも長期戦になりえるということだ。確かにゴードンの言うことは正しい。しかしながらそれ程の時間が自分たちに残されていると彼らは本気で思っているのだろうか?まさに今正統グリーフラントいわゆる悪党は風前の灯火であり、一刻でも早く仲間が必要なのだ。


「ついさっきまで、内輪もめしていた連中を抑えるに貢献していたはずなのにいざとなったら掌返しですか?」


カロリーネは強い嫌悪感で歪んだ顔でゴードンをにらんだ。しかし、立場はまったくもってかれの方が上であることは間違いない。彼は昨日の友は今日の敵と言わんばかりに鼻で笑い。さもあたり前のようにふるまう。

えていたが。それでも君たちに機会を与えていたはずだがね」


「豚野郎」


カロリーネは大きく目を開け晴馬を見た。晴馬は血走った目でゴードンを見て呟いた暴言が、ゴードンの逆鱗に触れたからだ。


「今、なんと?」


「豚野郎、殺されてぇか?」


晴馬はグングニールを構えて刃先をゴードンの顔に向ける。ゴードンはすぐにでも近くの衛兵を呼べるよう机の鈴を手にしていた。だが、まだならさまい。鳴らすならば最も効果があるときに鳴らすべきだと考えじっと待った。それに、その時間は恐らくそう長くはない。晴馬の血走った顔を見ればなおさらで、これを利用してさっさとトカゲのしっぽよろしく斬り捨ててしまおう。


「「晴馬?」」


ユッタの小さな声が晴馬の心臓に響いたが、それでも気持ちは収まらなかった。


「僕は、経験上、貴族ってやつが大っ嫌いでねぇ。何をするにも意地汚く、我儘で、それでいて滑稽な奴だった。」


「グリーフラント貴族とはそういうものだ。だから君たちは反故を向けたのだろう?」


「ユーヒリアも変わらんさ、誰かを犠牲にして事を無そうとせずただ寝ている連中だ」


晴馬は思い出していた。一人の男を考え、つい怒りがこみ上げる。


「あんたらみたいに惰眠をむさぼり滅びを待つような連中は我々の養分として取っておくか、それともグリーフラントに滅ぼされるか、好きな方を選べ」


「ちょっと!社長」


カロリーネの制止を振り切り、晴馬はまたぽつりとつぶやいた。彼の経験が呼び起こした一人の仲間のことだ。


「僕はあなたたちのことは知ってる、一度グリーフラントに滅ぼされたカスがあつまってできた国だ。だがそんな国でも誇れる奴が一人いる。その名はヴィンセント、ユーヒリアが出来る前にグリーフラントと戦った英雄だと聞いている。彼の口から聞いたことはないが、周りの者はそう言って聞かないよ」


ゴードンはその言葉を聞いて初めてピクリと反応した。おもむろに立ち上がり、グングニールを押しのける。審議を鑑みるかのように晴馬に顔をのぞき込むが、彼の顔からは、憎悪のみが感じ取れた。


「ヴィンセント・エイブラハムに、あったことがあるのか?」


「ああ、ごもっとも。あんたらみたいなやつらを守るために二年も捕虜として生きていいたとは聞かせてやりたくないがね」


「あれは、わしの息子だ」


「は!?」


ゴードンは両手で服を強くつかみ歯を食いしばった。そして額に一筋の涙を見せる。カタリナやカロリーネ、フェリシー含め皆が驚いた。晴馬も少し驚くが、『尚更』腹が立ち。舌打ちをした。


「生きていたのか」


「生きていただと?あの生活を人が生きているっていうのか?、ああ?見殺しにしたのはあんただろうが!?」


晴馬はグングニールを勢いよく振りかざす。だが、カタリナがあと一歩というところでサーベルとの鍔迫り合いに持ち込んだ。肩で息を斬るカタリナは何とか晴馬を平静にしようと必死だ。


「ヴィンセントは見殺しにされていることを知っていたぞ!あんたらが保身のために立ち上げたもののおかげで自分が犠牲になったと!」


「あの時はそうせざるを得なかった、息子は?今どこにいる?」


「僕たちの仲間さ!あんたの返答次第では明日の敵さ!」


ゴードンはまさかと顔を白くするも、混濁した感情に蝕まれ動悸と感情の起伏が激しくなる。


「お前にわかるまい、国は一人の人間が治めているわけでは無いのだ。一度でも崩壊すれば指導者は二度と元の生活には戻れない。わかるか?私は息子を犠牲にするか、国を維持するかを選択せざるを得なかったのだ」


「それが貴族のいうことか!?国民政府を置かずに特権階級を設けている人種が持つ権限の前ではさも簡単に人々を弾圧できるくせに。僕は知っているぞ、知らないとは言わせない!」


晴馬の知っている経験が噴火するように溢れだし耐えがたい苦痛を呼び起こした。自身が引き裂かれそうな感情と耐えがたい記憶の追従が余計に感情の制御を難しくする。やがて、彼の視界は赤い地平線を呼び起こした。鼻から血潮のにおいがし、聴覚は失われて心臓の鼓動のみが強くこだまする。そうして浸透していくと子供の声が聞こえた。子供は強くそして高い声で晴馬を呼びかけるような気がした。


「「晴馬!晴馬!」」


「ユッタか」


地平線の向こうからユッタが呼びかけていた。だけど、とても遠くにいるらしく、彼女の声は時折聞こえずらい。そもそも何を自分はしていたのだろうか?この世界と自分との関係は何か?少し頭が混乱してしまい。その場に貝のようにうずくまった。


「はぁ、感情の同化を使おう。彼女に、どうにか、ことを・・・」


やがて晴馬は少し、また少し止意識を失い始める。その異変に自分では気づいてはいるのだが中々制御が聞かない。これは一体何なのだろう?昔にも二度、同じ光景を見たが。今回はよりよどみが深い気がした。


「「晴馬、目を醒ましてください!狂気に飲まれてはいけません!」」


「君が、制御してくれ・・・感情の同化だ」


満足に意識も保てず晴馬は苦心の中ユッタに言った。


「「それでは貴方の意識が失われてしまいます!外の世界を見るのです!」」


ユッタその言う外の世界では、ゴードンに容赦なく振りかざしたグングニールをカタリナが受けてどうにか当てないようにしていた。


「なぜ?あんな男を?」


「「相手は腐っても国王、手を出せば今迄の苦労が水の泡だということぐらい理解しているでしょう?」」


「国王、所詮はただの一人の人間だというのに」


強い怒りの感情がいまだ立ちこめる晴馬の心象世界に油を注ぐように晴馬は怒った。


「そうか、ただの人間か」


「「晴馬?」」


不安そうにユッタは呟く、それに呼応するかのように晴馬はニヤッと口を曲げた途端、ユッタは強い恐怖を感じた。まるで熱く溶けた鉄をかぶせられるような身も心も侵食するような恐怖だった。制止しようと叫ぼうにも深く心を閉ざしてしまった晴馬には届きそうもない。だけど不思議とこれが初めの恐怖だとは感じなかった。今迄も、ゲラルドの時だって確かにこの恐怖は感じてきた。


「「晴馬の感情を侵食している?」」


ユッタの出した結論は、晴馬は狂い始めている。いや、すでに狂った。今までの強烈な出来事をカバーしながら生きてきた晴馬の精神が平常でいたと錯覚していただけでその兆候は何度もあらわれていたのだ。


「今に見ていろ、自分の行って来た着けを払う時が来たんだ」











「ハルマ様!」


目の前のカタリナが呼び覚ますように叫ぶ、気付けばグングニールの刃先が彼女の額にあたり、彼女は流血している。既に力尽きかけているかサーベルが震え晴馬を抑えるためにカロリーネやフェリシーも彼の躰を抑えていた。


「ああ・・・なんだ、ここは?」


我に返るように正気になった晴馬は腕の力を抜く、それに従うようにカロリーネ達も晴馬を解放した。晴馬はグングニールをフェリシーに預け、少し目をつぶった。立ちくらみに近いものが彼の身体を走り回りけだるさを生むが、次第に先ほどまでの状況を思い出し始めていた。


「ハルマ様どうか気を抑えて、このまま発展しても意味がありません」


カタリナは冷静な声で晴馬を諭す。それにこたえるかのように晴馬もカタリナの額を触る、傷跡は残りそうだが大事には至っていないようだがこれを生んだのがまごうことなき自分である。やはり戦闘をしようとすると上手くコントロールが効かないようだ。以前シェルフレナンでコントロールしていたのが、今回は失敗してしまった。


「けがは?」


「これしきの事、ハルマ様は?」


「いや」


晴馬はゴードンの方を見た。彼は深く椅子に座り込み気付けばゴードンの呼び鈴は壊れており鳴らそうとして強く握りしめた力が強すぎたらしくそのまま壊れてしまったようだ。仕方なしに晴馬は一礼をし、そのまま自らの席に座って再びゴードンと対峙した。その間にもまだ少し頭の中に残っている混乱を整理しながら今後の展開を考え始めた。


「すまない、つい気が昂ってしまってね」


「・・・」


憔悴した顔でゴードンは晴馬を覗いていたが、やがて掠れるような声を出し会話を再開させる。


「お前は」


ゴードンが細い声で呟いた。


「お前は、なぜ捕虜であったヴィンセントを知っているのだ?仲間に加わったときに聞いたのか?」


「短い間だったが、捕虜仲間だったのさ、彼とはその時以来の付き合いでね。彼にとってはここは亡国に等しいようだった」


晴馬の言葉をくみ取るようにゴードンは頷いた。


「死んだものだと思ったよ、かつて、私の息子はまだ連合国家が出来る前の戦で見失い。見つかったときにはすでに遅かった」


ゴードンはゆっくりと目を閉じながらまるで懐かしむかのような表情で話をつづけた。彼にとってはまるで昨日の出来事であるというような面持ちでそうつぶやく。


「嘘をつくな、その後は知らなくても初めは生きて捕らえられていたことは知っていたはずだぞ?ヴィンセントはユーヒリアが連合国家になったことを知っていた。接触があったんじゃないのか?」


「ふ・・・あの時は身代金など払っているような場合ではなかった。そもそも、自国から出ることすらままならない状態だった」


ゴードンは強くこぶしを握って自責の念とヴィンセントへの執心を伝えた。


「国が滅び、すぐにでも対応策を考えなければならなかった。それが近隣諸国を統一し、グリーフラントと対抗出来る国家であるユーヒリアだ。」


「歴史の勉強か?」


「ふ、老人の話は最後まで聞け。近隣諸国を統一するということは、新たな王を決めるという事。だから誰もが玉座を熾烈に争い、近隣の王は力を失い。民衆や地方の豪族が蜂起し軍閥が生まれた。長い戦争になろうとしているこの状況でグリーフラントが攻めてくることを恐れた皆は共和制を採用してことなきをへた」


「それで?」


「わからぬか?このような佳境の中で私事で弔い合戦が出来ようか?ましてや、共和制の中で一個人のできることなど・・・だから」


「ヴィンセントが不必要になって見捨てたか?」


その瞬間ゴードンは殺気を放ち晴馬を睨みつけたが反論する言葉が見つからなかった。結局は晴馬の言うことは正しい。あの時よりによって我が息子を見捨て、自らの記憶から亡き者にしたのだから。だが、それでもまだ生きていると思うと余計に会いたくなってしまうのは当たり前ではないだろうか?


「見捨てたなどと吐き捨てるな、断腸の思いだった。それでもやるしかなかった」


「だが見捨てた。見捨てたなら、もういなくてもいいよな?」


その場にいる皆が戦慄した。その言葉の冷酷さと非情さが醸し出すその真意がわかっていたからだ。


「社長?な、何を言っているんですか?」


「いやぁ、ヴィンセントももしかしたらご両親に会いたがっているかなぁと思ってさ」


その下卑た笑いよりもさらに醜悪な想像がカロリーネの脳裏によぎった。いや、だれもがそれを想像するのは難しい話ではない。だが、何故そのようなことを彼の口から聞くこととなろうか?だがその疑問は見事に裏切られ、にやりと笑った彼の口は動き始める。


「プレゼントしましょうか?彼の生首でも?」


突拍子もなく、そして脈略もない暴言が部屋にこだまする。


「ふん、何を意味の分からんこと・・・」


「僕は本気だ。権限かどうかは関係なく、烈火のパラディンである僕はヴィンセントを殺せる力がある。落花生の殻を砕くようなものですよ」


晴馬は持っていたグングニールを自らの誇示のようにぐつぐつと変化させた。ゴードンは思わず立ち上がって晴馬の胸倉を掴む。まったくもって意味不明な発言だ。ヴィンセントが息子と知るや人質にするその考え方そのものが理解することが出来ない。


「貴様…自分の言っていることが分かっているのか?」


「いやだなぁ、貴方と同じですよ。利用価値が今なくなったんでね、ユーヒリアとのコネクションとして彼は優秀だったが、交渉決裂となったらもう必要ない」


「それでも本当にヴィンセントの仲間のつもりなのか?」


晴馬は自らの胸倉をつかんでいるゴードンの腕を振り払い逆に胸倉を掴んだ。


「嫌ぁ残念だ。あいつも散々拷問を受けて耐えて生き抜いたってのに、ついに親の死に目には会えずか」


いやらしく下卑た笑いを見せる。まるで悪魔のような様相だ・


「公私分離というのが政治の鉄則だ。貴様の脅しなど意味がない!何より悪党とのことは議会で決定していることだぞ!?」


「何を焦ってらっしゃる、又見捨てればいいじゃない糞親父」


そう言い放ちゴードンを締める腕の力を弱めた。卑屈ながらも有利に事が動いたと確信した晴馬はしたり顔で笑った。


「ハルマ様」


フェリシーが晴馬の肩を叩いた。振り返ってみるとフェリシーは怯えていた。いや、怯えていたというよりは完全に晴馬を敵視するかのような顔をしていた。彼女は今にも泣き出しそうなのに決して泣くことはなく、ただ何かを辛抱強く待っているかのようだった。


「これも、今迄のように演技なんですよね?本当にそうしようとしているわけではないですよね?」


「・・・」


晴馬は沈黙で答え、それを見た瞬間彼女のかすかな笑顔は消えた。今、晴馬の顔を見てもさっきまでの晴馬と同じだとは到底思えなかない。目は死んでいて容赦も許容もない冷酷な男がそこにはいた。勿論今迄だってそういう一面は確かに見てきた。マティスでも、盗賊退治の時にも見てきてはいた。だがここまで徹底してはいない演技であり、そこには確かに他者への最後の配慮があった。


「駄目ですよ?そんなひどいことを・・・」


「何を言っているんだ?演技も糞もない現実だ」


その時、確かに晴馬の口からその言葉が出たのが分かったが、フェリシーは決して晴馬の心からの声とは思わなかった。でも晴馬は違った。さもどうでもいいかのようにゴードンに向き合い。返答を待つ。。


「いい加減決めていただきたい、殺すのか生かすのか、これ以上沈黙するというのであるならば殺す。非礼を撤回する気にはなったか?」


「非礼?」


ゴードンは違和感を感じて晴馬に尋ねた。


「我々に対する軽視の非礼を撤回する気になったかと聞いている」


その言葉にゴードンは自分が大きな勘違いをしていたことに気づいた。彼はてっきり息子であるヴィンセントを交渉材料に軍事同盟を結ぼうと考えている物だと思っていた。だが現実はそのような大層なものではない。ただ侮辱を取り消せ、それだけに人の命を賭けているのだ。馬鹿げている!明らかにイカレている!


「非礼を撤回することと、軍事同盟は無関係であろう?なぜそこまで非礼にこだわる?貴様は何がしたいのだ!?」


「一様勘違いしているようなので言ってはおきますが、通商同盟について本国に連絡するだけだ。それは我が国にとっても有益だからな。それどころか、僕としては現状でも十分に満足な状況であると考えているよ」


「どういう意味だ?」


「あんたらが我々を舐めた態度で扱うなら、それ相応の物を見せるといっただけで。ユーヒリア事態への対応じゃないということです」


予想外の言葉に強い口調でゴードンは言う。晴馬はまるでこの後の波乱を予想するかのような言い方でゴードンに説いた。


「交易の関税を調整すれば連邦国家内で我々にとって都合のいい国のみ格安で、それ以外は高価に交易を執り行うことだってできるんです。輸入だってそう、貴族派は格安に軍閥は高価に取引すれば内乱は簡単に誘発できます」


「ユーヒリア全体で統一した交易をおこなうよう条文に書き足しておけばいいことだ!」


「であれば我々は連邦国家の限定した国と交易すればいいだけのことです、貴族派の国とかね」


貿易摩擦による内乱の危機を晴馬は示唆した。交易における関税はその船ないし旅団の抱える物資の価格に大きく影響する。特に、連邦共和国でも連邦国家の権限が強いこの国となれば余計に容易だろうし貴族派などは反乱の好機とみて絶対的に賛成することだろう。晴馬はそれを見越した意見をあえて議会で発言せずゴードンの前でのみ伝えた。それは同盟の交渉決裂後の惨事の事前通告とくみ取っても差し支えはない。


「貴様らのマスケットで戦争が変わると思っているのか?」


ゴードンは怒りをこみ上げながらも冷静に返した。


「あんなもの、数がそろわなくては役にも立たないくせに何が重要か。それに輸入しなくともすでに鋳造による量産方法は我が国にも伝来しておる」


「輸出品目はほかにもある。技術輸出によって【連邦国家間】での技術格差を生んでやろうかって話しているんだ。国力の優劣をつければ国内での発言力も変わり、僕たちに撮って都合のいい国を配置することが出来る」


「そんなことをしてみろ、貴様らの構想している陣営の組織など夢の又夢、確実に崩壊することになるぞ!」


ゴードンの荒ぶりを見て晴馬は苦笑した。彼はやれやれと言わんばかりに手を振り門前払いのようなしぐさを見せる。


「貴方の中ではまだ交渉の余地があるように言いますが、少なくとも僕の中ではもう決裂している。であるならば話の通じる者の場所へ行くのは当たり前じゃないですか?そうすれば派閥もさぞ力の配分が変わることでしょう」


業を煮やしたかのようにカロリーネは晴馬に耳打ちする。彼女の顔からうかがえる緊迫感と同様は相当なもので焦りすら感じ取れた。


「何を言っているのか自分でわかっていらっしゃるのですか社長!?このままではアマーリア様の要望を叶えるどころか余計な孤立を生んで悪党の破滅を速めるだけです!」


晴馬はただ頷いた。先ほどのにやけたしたり顔とは別にまじめにカロリーネに語る。


「アマーリアには、ユーヒリアは少し小さい版図になると伝えればいい、貴族派の連中がユーヒリア、残りは蛮族の領土だ」


カロリーネは絶句し、もはや何も言うことが出来ずにいた。言葉も出ないとはよく言ったもので、何から言えばいいかすらわからないでいた。ただ、一つ分かったことがある。それは彼は相当イカレテイルということだ。そして強烈なまでの我儘を押し通すクソガキだという事が、強くわかった。


「狂ってる、こんなに人の家を荒らしてただ済むとでも思っておるのか?」


「なら空軍に頼んでこの城事あなた方を亡き者にしましょうか?この国の面倒ごとはどうやらここに詰まっているようですしね。もう戯言は良いからさっさと決めろ」


晴馬は立ち上がりこの部屋のドアに向けて歩いた。そしてドアノブを掴むと振り返ってゴードンを威圧する。


「どうする?我々と同盟をするのか?しないのか?」


「・・・」


沈黙が静かに沈殿するような空間だった。誰もが言葉を発せず動くことも叶わず時間だけが進んでいくような現象、途端何かを察したようにゴードンは紙と筆を用意して晴馬に問う。


「私にできることは、お前たちとの軍事同盟を個々の連邦国家事で締結できるよう議会に案を提出するだけだぞ?」


「そうすれば貴族派のように食いつく奴も出てくる。連邦国家間での緊張を考えればユーヒリア全体で締結することは時間の問題だ。ありがとう、感謝します」


「これで書面上は対等な国家になった。つまりは先ほどの非礼とやらも解決か?」


ゴードンは嫌疑の掛かった眼光を晴馬に向ける、しかし晴馬はまるで先ほどのゴードンの真似をするかの如く何食わぬ顔でふっとため息をついた。


「つまらない憶測はよせ、今度こそ殺すぞ」








かつて、カスターシュに集った花畑は民衆に強い不安をもたらすものだった。だが、今日という日はそうとも限らない。仮に曇天の空であっても誰もが祝福することだろう。今まさに多くの者たちが望んでいた事が実ろうとしている。つかの間の平和に生まれたほころびから生まれようとしていた嵐を未然にいだというのだから。やっと、緊張の糸を緩めることが出来ると民衆の誰もが喜んだ。


「そう、民衆はな」


多くの軍閥であった者たちは、今や君主としての地位を確実に獲得することが出来た。貴族派とて野望はくじかれてもいまだ転機を狙える立場を確固たるものにでき、まずは満足といった顔でいる。これでようやく国内の内乱から視野を変え、国外への問題に着手することが出来る。


「以上をもって、各国による悪党との軍事同盟締結を終了する。」


この日はゴードンとは別の者が議長を務めて採択を取った。彼が採択の合図に起立すると、それを音頭に皆が解散する。よく考えてみればつい最近までは悪党を仲間にするかどうか、それ以前に生かすか殺すかの話をしていたことを考えるとこうもすんなりと受け入れられるものなのかと晴馬は感心しながら議会を眺めていた。晴馬をすり抜けるに誰もが部屋から風邪のように抜けていった。議場を去ろうとする男たちの話す内容は軍事、外交、そして連携だ。明らかに外部の敵に対応するために考え始めている。誰もが次の段階に入ったと確信している。内乱が解決したことで広がった視野がこうささやいているのだ。「グリーフラントに対応しなければならない」と。


「ここにきて数週間、初めは生死の問題だったけど、今は政治の問題か」


「社長暢気なことを言っている場合じゃないですよ」


人のいなくなった議会場で黄昏ている晴馬にカロリーネは書類を放り投げた。


「マスケットの追加注文に対応するべく多くの投資を得ることが出来ました。確認してください」


床に捨てられた書類を拾い、晴馬はぺらぺらとめくる。やがて何度か頷くとカロリーネに返した。


「これだけあればなんとかなる。工場も増やせるね」


「適当なこと言わないでください。そう言った管理は私が行いますから」


「そう、了解」


晴馬はそっけなく返事をした。彼女から感じ取れる軽蔑の念がかすかに感じ取れたからだ。理由は言うまでもない。とにかく彼女は怒りなど遥かに超えた物を抱えており、明らかに彼女にとっての僕の評価は大きく変わっていることがわかる。


「私、貴方に伝えたいことがあるんです」


「ほお、何かな?」


ずっと釣り目で晴馬を覗くカロリーネは晴馬の予想とは違い、怒りを声にあらわさなかった。


「私が会社のお金を横領したときのこと覚えていますか?」


「うん」


「あの時助けてくれた理由、確か私を気に入っているからって言いましたよね?」


晴馬は会釈をした。彼女の言う通り、晴馬の技術に対する執念を抑止し吟味する能力を持ったカロリーネは貴重な存在だ。それをを再確認した晴馬はもう一度大きく会釈した。


「利用価値がなくなったら、私は貴方に消されますか?」


その時初めて晴馬は彼女が怯えていたことに気が付いた。彼女の顔からは生気が消え去り、冷汗が流れ唇が震えてまるで操り人形化の如く無機質に、そして客観的に物事をとらえているように見える。


「ヴィンセントの件か、君は不思議に思うだろう。なぜあの時僕があんなことを言ったのか」


さもカロリーネの気持ちを知っているかのようなつもりで晴馬は話した。ふっと鼻で笑いそっぽを向く彼に対し、カロリーネはただ会釈をする。


「はい、でも、それだけじゃないんです。貴方はなんだか前から少し変だと思っていました。行動が全てお茶らけているというか、まるで他人事のように扱っている気がしていたんです人の生死も、戦いも、街や会社での暮らしも、ただ今迄害がなかったから気にしなかっただけなんです」


「ほお」


「だって変じゃないですか?貴方の行動は突拍子もなく、その行動によって周りが変化してもさして興味を示さない。今回だってそう、ゴードンさんを急に殺そうとしたりして話なんてまるでする気もないじゃないですか?前に訪れたあの赤霧の教会の人も、結局は政治利用のためだけに大司教にした、普通、そういうことって国の政治家が行うことですよね?なぜ、アマーリア様の容認を受けたにせよそんなことをしようと考えるんですか?貴方は技術関係の幹部ですよ?」


先ほどまで微笑んでいた晴馬の顔は消え、真摯な顔でカロリーネに対峙した。それでも彼女はしゃべることをやめず、むしろ加速するように語り始めた。


「貴方が行おうとしている行動に対して、貴方はあまりにも未熟で、それでもなぜか実行してしまう。そして完遂するときもある。これって、【アウタースレーブ】だからなせる業なんですかね?」


「何が言いたい?」


「貴方はまるでこの世界にいるわけではなく、世界というボードゲームで遊んでいるプレイヤーみたい。だからですかね、そんなに全てを滅茶苦茶にやれるのは」


その一言にはカロリーネの晴馬に対する感情の全てが詰まっているように思えた。不安、期待、そして晴馬自身の本性に対する恐怖が確かにそこには全て当てはめられている。だが、そんな複雑な感情を表現するのは難しい、だから一番感じたことを晴馬に言いたかったのだろう。


「失望した?」


「いいえ、でも。変な気分ですよ」










古龍はぼけてはいたがどうやら数週間前に背中に乗せていた者たちの顔までは忘れていないようだ。一団が向かっているのも見て、ゆっくりと翼を広げ始める。


「これからまた、毛じらみとの戦いだよとほほ・・・」


港でのユーヒリアからの歓迎は特になく、いくつかの文官や護衛を任された近衛兵達が見送りをするだけであった。とはいえ大きな進歩だ。彼らの持つ我々への評価は大きく変化していることに変わりはないのだから。


「ハルマ様、積み荷の準備が終わりました」


フェリシーは少し疲れた笑顔で晴馬に報告した。晴馬は会釈をすると皆が乗り込み。文官たちに見送られながら帰路に就く。それと同時に今迄隠してきた疲れがどっと出た。誰もがへたり込み大きなため息をついて動こうともしない。これから海図の読み合わせだの食事だのまだまだやることは残っているというのにその気力は誰にも残ってはいなかった。


「ああ、本当に疲れた。というか、我ながらよく軍事同盟やら通商同盟やら結ぶことが出来たなぁ・・・」


「お疲れ様ですハルマ様、お茶でも用意しましょうか?」


「そんな生まれたての羊みたいな状態でスゴイガッツだね、遠慮しておくよ」


フェリシーの心労を思っての一言だったが、彼女には無縁の存在だったらしい。既に用意された清潔な茶器に注がれる紅茶の香りが感じられるころには、晴馬の元に出ていた。


「ふーん、このおいしい水も直ぐにドロドロし始めると思うと名残惜しいね」


「それは我慢としか言いようがありませんね」


残念そうな顔をする晴馬をなだめ、フェリシーは見張りの櫓の方へと歩いて行った。


「ハルマ様、今お時間よろしいですか?」


「いいよ」


見張り小屋から見える雄大な空を仰ぐように眺めながら晴馬はフェリシーの隣による。それを見計らってか、フェリシーが重い口を開けた。


「私、ハルマ様って優しい人だと思ったことはないんです」


「なんだよいきなり」


少しとがった口調で晴馬は言った。


「でも、貴方は間違いなく強い人なんだなって感じるんです。上手くは言えませんけど、自分の行動をつきとおす人だというか」


「その割にはあまり上手く言ってるようには感じないけどね」


「そうですね、だからもっと私はあなたを近くで支えたい。そう思っています」


フェリシーは晴馬の手をそっと握り晴馬を見つめる。晴馬は相当驚いているようで目を大きく開いた。


「フェリシー、君は一体今迄何を見てきたんだ?」


「あはは、おかしいですよね?だってあんなことがあったのなら、だれでもハルマ様を恐れるのは当然のことです」


フェリシーの口調はいつも通り平穏で落ち着いているはずなのに、どうしてか冷淡に晴馬は感じた。


「私も、怖いと思いました」


「なら」


「でも同時に貴方を一人にしてはいけないと思ったんです!」


初めて聞くフェリシーの叫び声は、晴馬を動揺させるには十分だった。あたふたと何もできずにいると、再びフェリシーは語りだす。


「私、カタリナさんみたいにあなたを支えることはできないですけど、貴方は誰かが支えないと必ず良くない方に傾いてしまう。だからそのためだったら一緒に地獄の業火にだって焼かれても良いと、同じ罪を償ってでも正そうと感じる時があります」


「・・・」


「ハルマ様、絶対に隠している本性があるでしょう?」


目に涙を溜めてフェリシーは尋ねた。晴馬は何を言いたいのかわからず。少し首を傾けた。


「それは、どういう意味?」


「人には見せない狂暴なところです、人々を恐怖に落とすような暗いところがあるように思えてなりません。でももし、それを赤裸々に伝えたいと思ったらいつでも言ってください。その方がきっと私は気が楽です」


「なんで僕をそこまで慕ってくれるの?」


晴馬には不思議でならなかった。なぜなら彼の「その」領域に足を踏み入れることは生半可なことではなく、確実に苦痛を伴うことであるからだ。それでもなおそうしたいと願うのは一種の覚悟のようなものがあり、その覚悟を固める決意がある。その決意とはいったい何かを晴馬にはまったくわからなかった。


「なんでって、貴方は、貴方は・・・」


「僕は?」


「私のヒーローに、一度でもなってくれたから」


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