44 重圧
「ここが私の教会ですか?」
震える声で牧師、いや都市大司教は晴馬に質問した。なぜそこまで震えたのかといえばその構造物の威厳と巨大さに思わず腰が抜けるかと思ったのだ。晴馬が石工の職人とウーダンカーク奉仕団に要請して作ってもらった大聖堂はプロテスタントの象徴としては十分すぎるものとなった。しかもこれは地球の文化を取り入れたいうなればこの世界と地球との混合物と言ってもいい。
「なかなかなもんだろ?僕が石工に構想案を持ち込んだら向こうが興奮して作ってくれたよ、ステンドグラスで教義を教えるのは難儀だと思って劇場風にできるように聖劇の舞台を外に設け壮麗で優雅な外観を作り出す、石工はなかなか博識でね、読み書き以外にも幾何学に精通していたから足りなさそうな工学概論をたたき込んだ」
「ああ、私には何を言っているのかさっぱり」
「つまりはこんなすげぇ大聖堂を作るようにお願いしたのさ、これで巡礼者もやってくることだろう」
「お金は?どうやってこんなすごいものを」
「寄付だよ、熱狂的な信者たちや商人、さらにはここに密入国して情報を集めているやつらから搾り取ってやった」
晴馬はそう言うと都市大司教を内部に案内する、広い礼拝堂、頑丈な尖頭アーチ、垂直柱に刻まれた直線、ギリシャの建築物に影響されているようにも見られるその様式はどこか神秘的で幻想を抱かせるものだ。晴馬はそんな中一人教壇に立って威張るように一枚の書類を広げると、声高らかに読み始めた。都市大司教はただ聞くのみであった。
「ああ、今日より我が正統グリーフラントは支配地域の全ての国民に対し信教と学問の自由を保障する!わが国は永続的に国教を定めず、人々が人間らしく生きることを追求するがためにいかなる偏見も意見と考え、日日を費やしていくことをここに宣言する」
「それは、うわさに聞く自由の保障、ついに施行されたんですか」
「学問の自由に関して追及がないのが気になるけどね、まぁこれは世界から見れば大事件でしょ」
「大事件どころじゃないですよ」
「これも君のおかげで達成したことだ。さて、感想はどう?ここから君の意見を世界に発信するわけだけど、できそうかい?」
晴馬はまじめに質問する。それを踏まえて都市大司教は即答した。
「ええ、まだ不安まみれですし私にこのような大聖堂を扱うることが出来るかわかりませんが全力で当たります」
「さて、そろそろ頃合いかな、おおい!入ってくれ!」
晴馬がそう言うと礼拝堂にぞろぞろと入ってくる者たちがいた。年齢は様々で下は10から上は20ほどの数十名のカンビオン達だ、彼女たちは今はぼろ雑巾のような服ではなく、修道士としての服装に着替えて都市大司教を見つめていた。誰もが期待と不安を表情に滲みだし、ただ一点を見つめるようであった。
「この子達ですか騎士様」
「そう、わが正統グリーフラントに奴隷として連れてこられた者たちだ。今日からはこの大聖堂で働くことになる」
都市大司教は彼女たちに近づいた、だが、それに反応しカンビオン達も一歩下がる。彼女たちは経験した壮絶な記憶から人間に対する嫌悪感と恐怖が払しょくしきれてないのだ。
「怖がらなくていい、私は君たちの味方だ」
「・・・来ないで!」
あのカンビオンがそう言って本能的に若いカンビオン達を後ろに囲わせ守ろうと努力した。
「やっぱり無理、私たちはこの国から出ればそれでいい」
「それどうするんだ、又誰かに騙されて戻ってくることになるか、人々に虐げられて生きることになる」
「でも人間を信用するなんて無理!確かにあんたには私たちが棲める場所を作るように言った、だけど、私たちは自分たちで作らない限り安住の地とは呼べないのよ!」
「それならばここに作ればいい話じゃないか」
「それが無理だと言ってるの、この国は何もかもが外の世界と違う、それを踏み込んでまで作ることが出来ると思う!?」
晴馬は苦心した、その気持ちが痛いほどわかるからだ。自分が奴隷であった時もその感情は常に付きまとわり地球とは全く違うこの世界で自分を確立することへの不信感も、無謀とすら感じられた所業をカンビオン達が訴えてきた。彼女たちにどんな甘い言葉をかけたところで彼女達から信頼は得られない。だが不信感を払拭することは不可能に近い、どうすればいいんだ!
「ふんふーんふん」
都市大司教は鼻歌を歌い始める、やがて一人で歌を詠い始めた。
静かな森の人々は知らない、そこに思考があることを
湖畔に住むものは知らない、湖はあなた方を歓迎していることを
罪人は知らない、犯した罪は心を奪おうとする魂があることを
誰もが皆、宿りし魂の導きで日々を暮らして生きている
今日の糧は見えざる炎が作り出したのだ
「ふう、私は歌が下手でね、どうにもこういった事は難しい。一緒に歌ってはもらえないかな?」
都市大司教はなおも歌う、すると一人の少女のカンビオンが歌い始める、彼女が歌うと都市大司教はバスを歌い始める、意識せずとも少女はソプラノを歌い始めた。例のカンビオンは困惑したが歌は続く。
誰かが言った、忌まわしい者が生まれたと、悪魔が母子に住み着いたのだ
誰もが悪魔が移る可能性があると噂をすると母子は人里離れた谷に住み着いた
誰が母子に罪を与えたのだろうか?生きていることは罪なのか、生まれる子供が罪なのか
誰しもが母子を罪だと言ったのに、罪を論じたのは一人だけ、何物でもない一人が言っただけ
誰も罪なんて理解していなかったのだ
子供のカンビオンは皆が歌い始めていた。皆がこの歌を知っているようで、知らず知らず歌詞が出てくるようだ。歌が終わると都市大司教は話を始めた。
「これは教会の歌ではない、もとをただせば君たちカンビオンの始まりをうたったもの、そうだね?」
「確かにそうよ、でもなぜあなたが?」
「私はマティネスでカンビオンを育てた経験がある、その時に彼女たちのうたをおぼえたんだ。私はカンビオンを育てながら教会で祈りをささげていたんだよ」
「それはおかしいわ、だって赤霧の教会では・・・」
「だから破門された、私は教会では牧師として認められなかったらしい」
都市大司教は笑いかけて頭をかいた。
「私は教会の人間でありながら教義に背いた男だが後悔はない、カンビオンを救うことにもう生涯を半分費やしたがまだ足りない。君たちの希望も最後まで輝かせたいんだ」
都市大司教は教壇に立つ、そしてカンビオン達の目の前で懐から教義を取り出して見せた。
「私は今日をもって最後まで残った迷いであった教義への忠誠をここでつぶす!」
そして教義を迷いなく破いた、びりびりと聖職者とは思えない様相で逢った、丁寧に丹念に教義は破かれていく。言うまでもないがこれは背信行為として最大限のことだ。カンビオン達はその異様な光景に絶句したが当の本人はせいせいしたというような面持ちであった。そして新たに一冊の本を出した。それには新しい教えと題名がある。
「内容は一切変わらない、しかしこれには人々は関心を寄せることは間違いない。私が教える教義は誰もが自由であるという人間の生活があるからだ」
「人間の、生活」
カンビオンがつぶやく、都市大司教は頷いた。
「人間だ!我々は神に見守られながら過ごす日々を忘れ人間として教義を守ってゆくことを世界に発信する!人が考え人が判断する世界には神は見守る存在として光り輝くだろう、私が村で教えてきた考え方だが間違いを感じたことはない」
「人間だけ?」
カンビオンの子供が不安そうに都市大司教に語り掛ける。
「君たちは人間じゃないのかい?カンビオンはどこから生まれてくる?母親は誰しもが人間だっただろう、君たちも当然含まれるだろうし私の考える教えには禁忌ではない!君たちも胸を張ってそれを伝える語り部となってほしいんだ何もかもが新しいこの世界で!」
都市大司教はそう言うと再びカンビオン達に歩みだす、目と鼻の先まで都市大司教が来てもカンビオン達で後ろに下がる者は誰いなかった。皆が不思議そうな目で、成年組は若干引きつった顔で彼を見つめる。都市大司教は一人一人の顔をじろじろと見て回った。
「私と君たちは何一つ変わりない人間だと説明したが、これはおそらく信者は今までにない【新しい人間という種族】となることだろう、なりたい人はいるかな?」
「な、なりたい!」
一人のカンビオンが告げ口のように声を発した、例のカンビオンはそれを聞いてぎょっとした。
「新しい人間は石を投げられたりしないの?」
「投げられる、だが私は有限だと感じている、君たちの孫はおそらく投げられないようになるだろう」
「新しい人間は虐げられたりしない?」
「虐げられる、だが長い時間をかけてそれを許容する心を持っている人々が世界に広がるだろう、そうしていつかは皆が石を投げられていた新しい人間になるだろう」
「新しい人間は・・・カンビオンは男の人と恋愛が出来るの?」
「カンビオンは本人の意思により好きな人との恋愛を拘束されることはないだろう」
「なりたい、今までの世界がなくなるなら、何年たってもやってみたい!」
カンビオンはそういって都市大司教の方にカンビオンは歩みだす、彼女を筆頭に一人また一人と歩みだしていく、ただ一人残った例のカンビオンを除いて。彼女は戸惑いながら震えていた。ひどい孤独感と不信感が彼女を悩ませ続けたのだ。都市大司教はそれを見定めると彼女に優しく笑って見せた。彼女は都市大司教に目を合わすことが出来ずにいた。
「君は、受け入れられないかな?」
「ごめんなさい、どうしても人の話すことに不信感を抱けずには・・・」
「ならば受け入れなくてもいいんじゃないかな、それで私は君を迫害などしないし、君さえ良ければこの大聖堂で皆と共に生活してほしいと思っている、わざわざ一人になろうなんて思ってもいないだろう?」
「うん、それなら私もここで生きたい」
最後のカンビオンが都市大司教に寄り添ったのちにカンビオン達が笑って話し始めた。皆が恐らく初めてとなるであろう安堵した笑顔に包まれ会話する姿を都市大司教はほほえましく眺めていた。
「ひと段落ついたってところかな?」
「ええ、騎士様には私が村での理解で満足していたことをここまで押し広げていただいたことに非常に感謝します」
「礼は良いよ、僕は君を政治利用するために連れてきただけ、君は世界に自身の考えを発信したくて来ただけ、お互い利用目的で来ただけさ」
晴馬の言葉に都市大国家は苦笑した、晴馬自身もそれにつられて苦笑する。晴馬はカンビオンを眺めながらこれが正しい選択だったのかを考え始めた。彼女たちを救うという単調な考えであればほかの解決方法もたくさんあっただろうしそもそもそんなことをしなくても売り飛ばしてしまえばさぞ言い値が付いたと思う時がある。そんな選択肢の中でこの選択は正しいか?自身のしたかったことなのだろうか、自分ではよくわからない。
「はは、辛辣ですね。良ければ貴方も入信しますか?」
「僕は赤霧の教会の選民思想は受け入れいれずらい、遠慮しておくよ」
晴馬はそう言うとだ都市大司教に握手を求めた。都市大司教もそれに応じて握手をかわす。
「まだ何もかもが始まったばっかりだ、一番大変なのはこれから人々からの理解を広げること、そして今までになかった他宗教との尊重という考え方だ。この国では信教の自由が混乱を招く可能性がある、それを阻止することも忘れないでほしい」
「ええ、任せてください」
「じゃあ僕は別の方に行くとするよ」
晴馬はそういって大聖堂を後にする、都市大司教はそれを見守りじっと決心を固めた。
「さぁ皆!まずは聖歌を覚えよう、聖歌隊が部屋いっぱいに声を広げるのは爽快だぞぉ」
晴馬が大聖堂の出口に出るとそれを待っている人がいた、アマーリア、ヴィンセントだ。満足げにしている晴馬を見て二人は笑った。これは晴馬だけが行動したことではない多くの人間が協力してなしとげたことだ、晴馬が誇らしいと思っているように二人も思っている。だからこそ発案者である晴馬にはこの騒動を引き遅したものとしての責任を全うしてもらいたいと二人は考えていた。
「君の願いは叶えてやった、今度は後始末と私たちの願いをかなえる番だよハルマ」
「わかっている、まずはどっちから片付ければいい?」
「俺は後でいい、まずはアマーリアからだ」
「さて、当然の結果が来たぞ」
アマーリアは執務室でとある一通の手紙を机に出した。晴馬はそれを受け取って読み上げると鼻でふっと笑った。
「異端として扱う・・・ひいては特使の解放とプロテスタントの開放を行わない場合は討伐する・・・か」
「予想通り過ぎて波も考えなくて済むのがまた憎い、ヴィンセントは大慌てではあるけどね、軍備が間に合わないとかユーヒリアへのコネクションを強化したりとかそういった物だよ、そういった中の交渉材料の件で話があるんだ」
「カロリーネの言っていた四分儀とかいうやつかな?これを作ればいいの?」
「そうだけど私はそれ以上のものを要求するよ」
アマーリアはそういって晴馬にとある紙を渡す。
「なんだいこれ?」
「それは受注者である私が求める性能を書いたものだ、ただ作ってくれと言ってもユーヒリアが眉唾物である商品を作ってくれなければ困る、四分儀の最大の難点は誤差だおよそ40キロ、これを1キロまでへらしてもらいたい」
四分儀の詳しい説明をしなかったのでここに説明する、四分儀は航海の際に使う測量機器だ、形状は複雑で絵に起こすことが難しいため割愛するが元をただせばアストロラーベと呼ばれる機械仕掛けの観測機器を原型にしている。地球では航海の際にこぐま座の二つの星と北極星の二星間の角度を知ることが出来、それから算出された緯度から自身の場所を誤差40キロほどで計測可能であった。前に説明したようにユーヒリアは地理的孤立により陸路での交易が不可能なっており、船による交易を望んでいるためアマーリアは高性能な観測機器を作れば交渉の席に引きずり出せると考えているのだ。
「なかなか言ってくれるねぇ」
「君に今回貸した力はそれほど強力だったってことさ、ともかく誰もがほしがるものを作ってくれないと困るさもなくば国領の少ない我が国は小さな収入のみで暮らして滅ぶことになるからね」
「ローエの研究所は?あそこに頼んだら?」
「ローレは別件で忙しい、現在彼女には武器に魔法属性を着ける研究をさせているんだ、ということは頼めるのはハルマだけでここまでやらかしたんだから遂行する義務があるのもハルマだけさ」
アマーリアは微笑した、もう逃げられないぞと言わんばかりのほほえみに晴馬は観念したかのように降伏のポーズを見せる。晴馬は自身が行ったことの影響力をここで初めて理解して額から汗を流す、まさか宗教一つで国が傾くなんてと晴馬は思ってもみなかったのだ。しかしながらハルマよ、中世のキリスト教叱り同時代の日本の仏教叱りかつて宗教は世界的に絶大な力を持っていたことを忘れたはいけない。宗教が陣営として大陸レベルの巨大な地域を対峙させたたことは何度もあるんだぞ?
「そう、司教領を敵に回したということはそのまま赤霧の教会を国教としている国家への輸出が大幅ダウンだ、ごもっとも輸入国もねじの生産に成功していない各国はネジが再び高騰して地獄絵図と化していると聞いているけどね、後銃の保有国とかも」
「生産工場は僕の工場しかないからね」
晴馬は自信満々に言っていたが、まったく国家の財政状況を理解していない晴馬にアマーリアは頭を抱えた。
「おかげで我が国の対外輸出が大幅にダウンして税収入が激減したことを忘れないでほしい、見せてあげようか?我が国の輸出貿易額ってやつを」
「おおう」
「そこで以前の国家たちに代わる新しい輸出対象となる新天地としてユーヒリアはとても興味深い、しかしよほどの物を用意しなければ通商同盟には向こうは動いてはくれないだろう。君にかかる重責をわかってくれるね?」
「おっふ、頑張ります」
晴馬はそう言うとアマーリアの執務室を後にした。さてはてどうしたものかと考え始めるが一向に考えがまとまらないのだ。というのも晴馬は四分儀たるものを見たことがないので改良のしようがないと考えた方がいいだろう。とりあえずウーダンカークであるかどうか商人たちに聞いて回ったが収穫はなかった。船もないのに航空に使う観測機器が売れるわけがないのだから当然である。
「どうにかして見に行かないと・・・どこにあるんだ?」
「「恐らく自由都市国家群にはあるのではないでしょうか?交易都市として発展している都市群には必ずと言っていいほどあるはずです」」
「つまりいとどそこまで行く必要があると?」
「「ここにない以上はアルノーにもってきてもらうという手もありますが」」
「アルノーか、一度頼んでみようかな」
晴馬はアルノーのいる彼の店に足を運んだ、もはやウーダンカークからの陸運王と化した彼の店は王宮でも立ったのかと思うほどの豪華ぶりだが従業員は皆今回の輸出騒動で大きなあおりを食らっているようで大慌てだ。アルノーも一人社長室で頭を抱えて困り果てている。
「やあアルノー、儲かっているかい?」
「儲かっているか?あんたのおかげで大赤字になりそうだよ!」
いつもの温厚そうな表情はなくとても激昂した表情であった。アルノーはすでに夜逃げの準備と言わんばかりに荷物をまとめているとことだった。晴馬は案だけ儲からしてやったのにと思わず目を瞑る。
「まぁまぁ、しばらくすればまた儲かるさ、今度の儲け先はユーヒリア」
「ふざけるな!それまで私はどうやって儲けろというんだ小僧!自分がやったことがわかっているのか?!」
「ううん?」
「まったく、お前は何も分かっていないようだから教えてやろう、都市間や村などの行商人にとってはこんなことは些細な問題かもしれない、だが私のような旅団を抱えて国境を超えるような連中にはとんでもない痛手なんだぞ?どうやって従業員を養えというんだ」
「あ、あ~、となると待てよ?アルノーの馬車の商品は僕の会社の商品だからひょっとして僕の工場も・・・うわあああ!」
アルノーはやっと気づいたのかと呆れた表情だ。晴馬は今や軍に銃を撃っているだけの企業ではない、ほかにも画期的な馬車やねじ、どう考えても将来有望な資源である天然ゴム製造も手掛けている。しかしながらそれらがほとんど売れなくなったとしたら会社は即座に大ダメージを受けることになるだろう。理化した途端に晴馬は汗が止まらなくなった。
「同じ社長として言っておく、ウーダンカークを出るかそれともつぶれるかを選びな。私はさっさと出るがね」
「えぇ、やばいなぁこれ」
「お前のまいた種だろう、片づけるのもお前さ」
そういってアルノーは馬車に荷物を詰め込んだ。我ながら何とも馬鹿なことをしたものだと若干後悔を感じたが商人という人種のすがすがしいまでの薄情さも顔を引きつらせた。
「このままでは商品が売れなくなる、何とかしなければ!」
「「だから早く四分儀を作ってくださいよ!」」
晴馬は全力疾走で会社に帰って社長室に飛び込んだ。カバンを取り出すとすぐに服や荷物をまとめて出発の準備をする。カロリーネはそれを眺めつつ書類整理に明け暮れてため息をついた。
「社長、とんでもないことやってくれましたねぇ」
「僕だって自分に振りかかるまではこんな目に合うとは思わなかったの!商品が売れなかったら会社つぶれるやん!」
「ユーヒリアとの貿易はもはや急務ですよ?早く作ってくださいね?」
「わかってるよ!だからこれから自由都市国家群へ行って四分儀たるものを見てくる!」
「え?じゃあしばらくお留守ですか?」
カロリーネは少し不満そうな顔をした。こんな時にそういって会社を開ければ夜逃げと考えるのは当然のことだとうと晴馬は思った。
「別に逃げようとなんて考えていないよ、担保にグングニールはおいていおくから逃げたと思ったら売ってきていいよ」
「「ちょ、人の私物をなんだと思っているんですか」」
「むう、そういうことじゃ・・・私今回の騒動の後始末でついていけないんですけど、ついていけないんですけど」
「え?別についてこなくても大丈夫だよ?」
晴馬に書類の山が容赦なくぶち当たる。何事かと晴馬はカロリーネに視線を向けるがもじもじとしてなんだか落ち着きがない。
「わ、私はついて行きたいんです!それが無理なら代理にものにやらせて社長は残って会社の生存戦略を立てるべきです!」
「なぜ投げたし・・・それは無理な話だ、一刻も早く四分儀たる物を調べ上げたうえで改良品を作らなく手は会社もこの国も命がない!」
「それはそうかもしれないけど・・・はぁ、鈍い人だなぁ」
「まぁまぁ、カロリーネさん、あまりハルマ様を困らせてはいけませんよ?」
フェリシーはそう言うと晴馬の運ぼうとする。
「おいおい、どこにもっていくんだフェリシー」
「どこって、移動用の馬車を用意しますのでそれに積んでおきます」
「馬車はいいよ、僕一人だったら馬一匹で十分だ」
「へ?私も行きますよ?」
「えええ!!」
「そうなの?」
カロリーネは驚きのあまりに羽ペンのインクをこぼしてしまった。驚いているカロリーネをよそにフェリシーはせっせと荷物を運んで出発の準備をする。
「なんで!?なんでフェリシー行くの!」
「ハルマ様一人では旅も大変でしょうしカロリーネさんは書類整理で精一杯、それならば私も同行しようかと」
「おー、まぁ一人旅はやったことないしそういわれると助かるな」
「社長?!」
カロリーネは焦りだすような顔をする。何を考えているのやら晴馬にはよくわからなかったがさしたる問題ではないだろうと無視した。淡々と晴馬とフェリシーで行われる作業にパクパクと魚のような口でただ見ているカロリーネは魂が抜けてしまったように思える。晴馬はちらちらとカロリーネの様子を見ているが先ほどから変わらないカロリーネに少し不安を覚えた。
「どうかした?」
「・・・別に、いいですよーだ」
何やら様子がおかしい、怒っているのか?
「フェリシーが嫌いなの?」
「そんなわけないじゃないですか、ただ乙女心というものが理解できないことに腹が立っているんです!」
「はぁ、なんかごめんね」
「そういうところも・・・もお!早くいってください!」




