28 緊迫
「どうでしたか?何か異常は?」
晴馬は報告を聞くために遣わした騎兵に説明を促した。
「小隊長の予想通りです、奴らここへの奇襲の際に武器庫や医務室、兵舎や厩などの施設の破壊をしようとしてました。初動で配置されていた兵によって破壊工作を防げていたため大事には至ってませんが、これがもし警備が厳重でなかったら」
「やはりそうですか。混乱ののちに制圧しようと思っていたのでしょう、しかし無事ならそれでよし貴方も前線へ移動しなさい」
晴馬の掛け声により騎兵は走り出した。騎兵なのに馬を使わない理由は晴馬が禁止したからである。理由は後でわかるが、これは晴馬でなくユッタの判断であることを覚えていただきたい。
指揮官として指揮をとらないわけにはいかないので晴馬自身も前線へと移動した。今彼が最も恐れているのは、今だ戦ったことのないモンスターという存在だ、モンスターがどんな姿であるかは大隊予想できても、それが現実でどんな動きを見せるのか、そして、それを操るガーディナルという存在はどのようにして操るのか全く予想できないのである。それらの頼みの綱は、同じ感情を共有しているユッタのみ、彼女の思うがままに行動するほかなないというものである。
「代理、どうするつもりだ?言われた通り大楯と片手剣を装備させ皆降馬させているが」
村のはずれの平原前は多くの騎兵が縦列に並び待機していた。エリヤはこの状況を芳しく思っていなかった、とうとう自分の命を燃やし騎士として散る危険性が出てきたからだ、ネクリジェで散る騎士など、恐らく過去に例はないだろうと晴馬は内心ほくそ笑んだ。
布陣は以下のとおりである。中央がハルマ小隊、右がエリヤ小隊で左がヤコフ小隊だ。
「こちらから向こうまで攻めることはできません、ただただ耐えるのみといったところでしょう」
「先行き怪しいところではあるな、起死回生の妙案も浮かんでそうにないし、新兵でここまで歩幅を合わせられただけでも御の字といったところか、ところでこんなにたくさんの武器を持ってくる必要があったのか?おかげで武器庫が空になったぞ」
エリヤは不思議そうに騎兵たちの足元に置かれている武器を見て言った。そこには多くの武器が散乱しているような、そうでもないような、多種多様の物が寝かされていた。長い武器、短い武器、鈍器や刃物なんでも置いてあった。しかし飛び道具は見当たらない。それらを駆使して戦うつもりらしいが、いったいどうやって戦うというのだろうか。
「最悪、そこに私がとどまり敵勢を皆殺しにします、武器は刃こぼれを起こし次第拾って応戦です」
「え」
「冗談です、敵がどう動くのかわからないので万全とは行かないまでもぎりぎりまで選びたかったので」
こんな時に、エリヤはそう思いながらついつい笑ってしまった。この男は本気で言っているのかそうでないのか時々わからなくなることがある。まったく不思議な奴だ。案外、ベルダさんをパートリックから救い出したのはこういう側面が働いたからかも知れないな。そう考えると、通りでベルダさんが懐くわけだ。くそう、恋敵として強敵だぞ、ってこんな時にそんなことを考える私もだいぶ抜けているな。
「さてと、警備がガサツになった今なら、そろそろあってもおかしくないんですよねぇ」
時計を見るようなしぐさを取りながら晴馬は言った。
「何がだハルマ?」
「人質の逃走」
「あのカンビオン達か、気になっていたんだが本当にあれが役に立つのか?人質というのは相手にとって同等な存在かそれ以上でなければならないのだぞ?彼女たちが果たしてモンスターや武装勢力にとって平等である保証がどこにあるというのだ、なかったら彼女たちに申し訳が立たないだろう、そっと解放してや、れ」
「それは私も同意ですが、あそこまで牧師に熱弁されたら信じれそうな気もするんですよ、でもとりあえずこちらの手札を見せるという役目はもう果たしてくれてそうだし、教会に牧師ともども戻ってもらいましょうかねぇ」
「さっきから何を言っているんだお前は」
しばらく時間がたち、ついに敵勢に動きがあった、あんなにめらめらと燃えていた松明が消え、風を切る音が少しずつ聞こえてきた。月明かりでは視界に限界があったが、明らかに近づいているのが見て取れた。
「リリンがついに来ましたか・・・総員攻撃準備!パイクを装備せよ!」
騎兵はパイクを装備するため多少列を乱した、パイクはとても長い槍のことで、8メートルほどもあるものを武器庫から引っ張り出してきた。元は騎兵を刺し殺すために集団戦の歩兵が持つ武器であるが、せめてもの対空兵器として晴馬が用意させたのだ。やがて装備を完了した騎兵たちは鋭角や鈍角、直角とそれぞれヤマアラシのよう死角を埋め尽くそうとする。
「総員戦闘準備急げ!我が小隊はこれより敵と正面と空から戦う事になる、皆覚悟せよ!」
エリヤの高い声があたりに電流のように響き渡る、風を切る音も大きくなり、一人一人の騎兵たちの息遣いも荒くなっていく、誰もがきょろきょろとあたりを見回し、パイクを持つ手が強くなる、気付けば、事実上の総大将であるはずの晴馬は列の一番先頭よりも数メートル先に仁王立ちして敵を待ていた。
「おいおい、どこに先頭に布陣する司令官がいるんだ」
無口のヤコフが呆れながら晴馬に問いかけた。晴馬は振り向き、ニヤッと笑うとミームングを抜刀する。
「指揮官たる私が、貴方たちに戦いの手本を見せてあげましょう」
「「「はぁ?」」」
誰もがそう言ったであろう、だがその中で一人、異口同音を唱えた者がいる、それは先ほど下痢の処理を済ませた中隊副隊長だ。やっと開放されて初めての実戦と思ったら、自分よりも階級の低いものに指揮をとられてはたまったものではない。
「これからは僕が指揮取るから、君は小隊の指揮でもしてて、さぁどいたどいた」
「そうですか」
しかし晴馬は動こうとしない、冷静に考えれば先頭にいれば代理になれるわけではないのだが、一番先頭にいるものに弱者は似合わない、いるならば猛者がお似合いだろう。中隊副隊長の影はやがて薄くなり、晴馬に注目が集まるようになった。晴馬は平原を見回し、敵と味方を二分するように設けてある古道を見つけた。そのころ副隊長は焼きになり、その場を奪おうと必死になった、
「どけ!上官の命令だぞ!」
「はぁ、了解しました」
すると今度はさらに前の方へと歩き出した。これがどれだけ命知らずで勇気のいることかは言うまでもないところであろう。唸るように騎兵が見入って余計に注目が行く、副隊長が目立つには余計に先に行く必要がある。だが足が進まない、仕方なしにその場で指揮をとろうとするも、皆晴馬に夢中でそれでころではない。
晴馬はというと。ついに防衛線を決定することになる。ムーミングの剣先を使って防衛線をなぞるように向けた。
「あの古道を防衛線に定める、それ以上は進ませるな!」
「「「おう!」」」
多くの男たちが呼応する。
「勝手に指揮を執るな!僕が指揮を執るんだって!」
「私が指揮を執っているのは小隊だけですが」
どっと中隊に笑いが起こる。これでは赤っ恥だと中隊副隊長は地団駄を踏んだ。しかし、それを見た晴馬は鬼の形相になり、今度は副隊長に剣先を向けた。首元まで数センチのその所業に副隊長はひっと声を漏らす。
「貴様このような時に小躍りをするとは現状をわかってやっているのか!お前のような能天気はいらん!兵をやるから本部の警護でもやっていろ!お前とお前!こいつについていけ、いつまでたっているんださっさといけ!」
「なんだお前・・・なんだお前」
そういいながら副隊長は兵を連れて引き下がった。最早彼の指揮に従いそうな小隊は存在しそうになかったからだ。気でも狂ったかというような顔つきでこちらを見て、去り際に大声で晴馬に放った。
「このことは中隊長に報告するからな!」
それを聞いた後、晴馬は返した。
「お互い生きていれば、でしょ?」
再び晴馬と中隊は敵に対峙する、向こうはそうしている間にも進んでくる、それを正確に算出し距離を測らなければ。こちらが動くならば向こうのテリトリーに入ってはいけない、しかし、だからと言って消極的になれば村に被害が及ぶ。適正な距離とタイミングをもってして動かなければならないのだ。今か今かと誰もが待ち望む、待ち望むということは、それだけ士気が高くなっている証拠だ。どうしてだろうか?この男がいるだけで、それだけで勝機が沸き起こるような気がするのだろう。
「敵は聞きしに勝る過去の古兵達、その総大将はガーディナルか、相手にとって不足はない!戦うなら今です!」
晴馬はそういいながら文字通り馬並の速さで駆け抜ける。馬がいない今、一瞬の判断が必要となる、無謀にも一人かけていくあほについてゆくか、それともここで待つか、決まってる、総大将が死んで貰っては誰が指揮を執るのか、ついてゆくしかないだろう。
狙いは的中し、少しでもハルマについていけるよう皆が速力を上げつい来る。ただ、小隊長であるエリヤとヤコフだけは乗馬し、部隊を指揮していた。
「一騎当千の武者のみ僕と共に敵宙に駆けこめ!あとは遅れてついてこい!」
晴馬がそういうと騎兵中隊は少しずつ矢じりの陣形へと変化していった。それは士気の高くなった晴馬小隊が結果として速度が速くなり、周りがそれに合わせ始めたからだ。やがて矢じりの端を務めるエリヤやヤコフも部隊の先頭を走るようになった。指揮官を失うわけにはいかないと騎兵たちも身がしまる。
「む!」
中隊より早くかけている晴馬に向かって、幾千の弓矢が空から降る注いだ。なるほど、敵は弓兵がいる事を忘れていた。これだけの数を放つとは、弓兵は兼任してやっているに違いない、向こうは相当練度の高い兵士たちだ。ミームングを使い、振りかかる弓矢を払いのけながらも進む。やがて敵の正面が見えてきた。上空よりリリンによるいくつもの火球が押し寄せ、地面に触れるとともに爆発、それすら潜り抜ける。着弾した炎の熱気で誰もがその姿を見ることはできなかった。ただ、その火球の回避のさなかにたびたび見える烈火の左手で輝く光が多くの騎兵を勇気づけ、前に走らせる力となる。
「敵正面!槍部隊応戦しろ!」
ついに敵方の声が聞こえる距離にまで差し迫ることが出来た。地面は見渡す限りの剣先、刃先、矛先、槍先、空中は覆い隠すようなサキュバスとインキュバの爪や魔法で生成された火の玉や氷の柱、皆私にプレゼントしてくれるのですか?身震いと笑みを晴馬は浮かべる、やがて、晴馬本人とは裏はらにとある感情が口を動かす、ユッタは歓喜したのだ。その喜びを誰かに伝えるために僕の口を貸せと言ってくるのだ、仕方ない。代弁してやるか。
「帰ってきた!私は帰ってきたぞ!」
宙に舞い上がり、高々と槍部隊を超えて、とあるサキュバスの飛ぶ高度まで飛び上がった。
「きゅ?」
サキュバスの姿は想像通りだった、多少疑問を持った顔をしていたが本来の姿よりもデフォルメされ、妖艶な肢体にそれを主張するような露出の高い服、吸い付きたくなるような潤んだ唇、きめの細かい肌、そして高品質なエナメル加工をしたかのような蝙蝠の羽、そうか、これがモンスターなんて、到底想像しがたいな。
「ぎゅ!」
まぁ、用があるのは彼女の顔の方なんだけどね、踏んで飛び越えたいし。
「跳んだ!槍兵を遥かに飛び越えたぞ!」
地面に踏み込む前に一人、着地して三人、晴馬は敵の一番集中しているところへと着地し、踏みつぶし、切り刻み、さらに前へと走り出す。踏まれて怒ったサキュバスも武装勢力に火球を打ち込むわけにはいかず、ただただ見るばかりであった。死屍累々のその惨状は、敵にはもはや制御できない暴力を体現しているようで、次に襲ってくる騎兵中隊が優しく見えるほどである。
「雑兵はどうでもいい、敵将はどこだ!」
血眼になって探す、見回す一瞬に光る剣先を華麗に避け斬首、風切りの音を読み取って防御、斬撃。顔を動かすわけにはいかない、敵将を見つけなければ後続で来る味方の被害が増える。しかしうざったい、まだ戦う気力があるのか。
五人同時に取り囲みこちらへ走り込む、一人は剣を投げ、もう一人は槍を、さらに一人はロングソードで、双子の二人は息を合わせハルバートで挟み撃ちにする。
「邪魔だ!そこをどけー!」
晴馬は再び跳ね五人の刃先の集中したところに着地する、さらに跳ね、彼らの頭上を優にこした。
「ひ、来るな、こっちに来るなぁー!」
さっきからこちらを狙っていた弓兵が叫びだす、自分が殺される番だと知って怖気ついたのか手元が狂い明後日の方向に矢を飛ばしてしまった。
「よし、弓矢ゲットです」
斬りあう音が聞こえてきてさっと振り返る。どうやら騎兵中隊が槍兵と戦っているらしい、しかし数がまばらだ、リリンにやられたのか弓に射抜かれたか、やはり犠牲は避けられなかったようだ。せめてもの弔いにこの弓矢は弓兵の頭に残しておこう。
「あ゛あ゛あ゛!」
「まだ生きているんですか、斬首斬首」
さて、いい感じに錯乱できたのではないだろうか?そろそろ例の意識混濁が襲ってきて彼女とはおさらばしなくてはならない、その前にどこかにいるガーディナルに一矢報いたい。どこだ、どこにいる?
「化け物が・・・」
女の声だった、それを聞いた僕はすかさずにその方向を向く、そこには馬に乗った白い毛皮のコートを着た赤い口紅の女と、本で見たリリイにそっくりなモンスターがいた。リリイの周りにいるリリン達が特大の日球と表現すべきものを生成しており、その巨大さに敵味方関係なくくぎ付けとなった、どうやら仲間ごと吹っ飛ばすつもりらしい。
「アマレア様?いったい何を?」
一人の兵が彼女に問う、しかしアマレアと呼ばれた女はニヤッと笑うだけで返答しなかった。
「なんだありゃぁ、あれが魔法かよ?逃げれるか?」
「「逃げる!?私たちに狙っているんですよ逃げたら余計に被害が出る!ここで対処するしかありません!」」
「そんな、魔法攻撃を実験で食らった僕ならわかる、あれは一撃死の魔法だ!」
晴馬も呆気にとられ、逃げ出す用意もできなかった。しかし考えてみればあれはどう考えても自分に向かって放たれるものだ、仮に逃げたってこっちに飛ばすのだから味方に被害が出る危険性がある。
「「まさか、仲間を売るつもりなのでしょうか?」」
「ユッタ、周りの空のリリン達が皆引いてる、言うまでもなく皆殺しにするつもりだろう」
晴馬は覚悟を決めると穴という穴から息を吸い込み、ジェット噴射のような排気量で皆に伝えた。
「逃げろォォォー!」
「「「うわぁー!」」」
あたりの兵は飛び散るように四散し、そこには僕だけが取り残されたようにポツンと立っていた。アマレアは嗤いながらこちらをにらみ、リリイは無表情にこちらを見つめている。
「お前のおかげでこっちは大損害だよ・・・すぐにでも殺してやるから安心しな」
「こんな魔法があるなら村に直接打てばよかったものを、それでもガーディナルかよ?」
晴馬は鼻で笑った。あわれ過ぎる自身の境遇に。
「あたしだってそうしたかったさ、なのにここのリリンときたら意地を張りやがって露骨に抵抗しやがる、なんでもあんたが人質を取ったのが見えたからだそうだよ、だからこうやって拘束呪を使って無理やリ連れてきてやったのさ、さぁリリイ、さっさと撃って頂戴、ここなら村には被害はいかないでしょ?」
「あ、あああ」
「すごく嫌そうだけど」
リリイはまさに首領という言葉にふさわしいモンスターだ、子供であるリリン達、サキュバス、インキュバスが服を着ているというのに、リリイはすっぽんぽんでボーイッシュな髪形をしている。資料通りフクロウの翼と鉤爪を備えたその様相は人間とは考え難い。ただ、我々と同じ高度な知能を持つ生物なのは間違いなさそうで、アマレアの指示にいちいち嫌そうな顔と涙目をして抗議している、無論今もだ。
「なんだいリリイ、そんなに嫌ならその日球、あの村に向けさせてもいいんだよ?あぁ!?発射ぁ!」
「う、ううう!っがー!」
日球は容赦なく発射された、狙いは正確かつ残忍に僕へと向けられる、さてと、どうやって回避してやろうものか、あいつらが話している隙を見て逃げるという作戦だったがそれももう無意味そうだし逃げて何とかできるような状況でもない、汗が全身からにじみ出て、目が開けられそうにない。
「あれを切るのが正解か?それとも・・・」
ふと、足元にハルバートが転がっているのが分かった。この槍みたいな斧を使えば切れるだろうか?仮に切れたとして、それがどのような効果を果たすのかなんて謎でしかないというのにやる必要性があるだろうか?
「ムーミング、頼むから耐えてくれよ!」
ムーミングを円形に変形させ盾代わりに使うことにした、一か八かの賭けに出た。ここは防御でかたをつける。日球はより大きく見えてくる、いつ着弾だろうか?果たして耐えられるか?こうなれば神の赴くままだ!来るなら来い!
「間に合え!」
その声が聞こえ途端、爆発が起こった、一度吹き飛ばされて地面にたたきつけられたと思ったら今度は胸倉から元の場所へと引き戻され、地面の砂利や小石がおろし金のように僕を削り上げる。もう、シェイクされた飲み物のような気分だった。されるがままに吹っ飛ばされ、液体でないこの体は変形するかと思うほどの激痛と閃光による視界不良にさいなまれ、自分が寝そべっていると気づいたのはこれが夢ではないと理解したときだった。
「痛って、生きてる・・・よね?」
「「大丈夫です、生きていますよ」」
しかし目がまだはっきりと見えない。何とかぼろ雑巾のような体を奮い立たせてあたりを見回す。平らであったはずの地面は砲撃でも食らったかのような地形に変貌し、緑の部分は掘り返され茶色に、しばらくして土の雨を食らう羽目になった。
「はぁはぁ、ハルマさん、生きていますか?」
声に振り向き、片目で凝らしてよく見ると。そこには女座りで肩で呼吸するリリンの姿があった。しかしおかしい、女そっくりの声ではあるがモンスターは人の言葉をしゃべれないはずだ。ともなればこいつは一体。
「ホルガーか!」
「模造のパラディンでよかった、副隊長の話を聞いてすぐに向かったのですがその時にはリリンの魔法を食らいそうだったので対等の魔法を放って切り返しました、が、おかげで魔力切れでうぅ」
ホルガーはそのまま気絶するように倒れた。よく見ればあたりには僕とホルガーだけで敵味方皆退くことが出来たようだ。
「クソ!邪魔ばかりしやがって!次合う時は覚えていろ!者ども!退くんだよ!」
その声に導かれ、多くの兵が逃げてゆく、視界が再びかすむ、意識が、やばい、流血したままの今それは、まずい。このままではまた倒れ込む・・・。
「起きろハルマ!おい起きろ!」
気付けば数分ほど気絶していたようでもうアマレアもリリイも雑兵もそこにはすでにいなかった。エリヤがそこに残ってくれていたみたいで、ほかには誰も存在しなかった。
「どうやら退いたみたい、だな」
「ああ、まったくお前の手柄だよ、ただ、又負傷者が出た、これ以上は全滅(部隊の三割が死傷すること)状態に陥る危険性がある、いま伝令が大隊を呼んできた、もうすぐで増援の中隊が書き付ける、やっと大攻勢をこちらから仕掛けられるぞ」
「ああ、連隊も、これで動いてくれるといいんだが」
「もうしゃべるな、私が負ぶってやるから肩を貸せ、血は気にすることはない、ネクリジェの替えは持ってきているからな」
「血、は!いや、もう大丈夫だ、一人で歩け・・うわ!」
晴馬は起き上がって数歩でまた倒れ込んでしまった。呆れたエリヤは何も言わず無理やり背負い込み、晴馬を軽々と負ぶった。
「なんだかお前、見かけによらずきれいな手をしているな?まるで女みたいじゃないか」
エリヤは背中から垂れるその手を見て驚いた。だけどそれより驚いたのはユッタの方であろう。
「「・・・」」
「寝たか?まぁいいさお前の顔に傷がないあか・・・し」
彼女のアホ毛レーダーがかなり強い反応をしていますね、これはまずい、とてもまずいですよ、どれくらいかというと私とこうして顔を合わせているぐらいまずいことですからね。
「ハルマ?だよな?」
こうなれば僕の声はもう向こうには届かない、すべてはユッタの采配にかかっている、僕を導いてくれユッタ!
わかってますよ晴馬、言わなくたってわかってます、これは私のフィールド、何としてもカバーしなくてはならない。なんとしてでも!は!そういえば晴馬が見ていた漫画の記憶に都合の良い設定がありました!これです!これを使いましょう!
「「ばれてしまってはしょうがありませんね、実は私!血を浴びると女になってしまう体質なんです!」」
そんなグロテスクな1/2あってたまるか。というかそんな出まかせばれるにきまっているだろ!?何でもっとまともな嘘を着けないんだよ!?
「そ、そうなのか?難儀な体だな、まぁ皆には内緒にする、安心してくれ」
あ、こいつちょろいわ。
「でもなんていうか・・・女のお前はなかなかクるものがあるな、うむ」
「「へ?は、はぁ・・・」」
僕はその後本当に寝入ってしまったようで気づけばエリヤのテントのベットの上で看病してもらっていたようだ。天井は応急処置で新しい布が縫われていた。
体はいたるところ包帯でぐるぐるになっているが、胸や腕などが緩んでいたり、逆にきつくなっていたりして不思議に思った。中隊副隊長とエリヤが話しているようなので起きたことを言いに行こうとベットから出ようとする。
「なんで中に入れてもらえないかなぁ?僕は君じゃなくてハルマに用があるんだが」
どうやらお説教の話らしい、ここはめんどくさいので居留守をつかわせてもらうか。
「だから、ハルマは様態がよろしくなく副隊長殿の説教を聞く元気がない、回復し次第すぐに連絡を入れますからそれまでどうかお下がりください」
「ふうん?まぁいいけどさ、それなら連絡よろしくねー」
彼女は安堵の息を出してテントに戻る、テントでは意識を取り戻した僕を見て胸をなでおろし、額の汗を拭いた、その手はベットリと血がついているためしばらく乾きそうにもない、まいったな、こりゃ長丁場になりそうだぞ。ユッタがぼろを出さないでくれるといいんだが、にしてもなんでエリヤはユッタの顔を知らないんだろうか?相当有名だよな、ああそうか写真がないから絵画でも書かれていない限り誰も分からないんだ。
「起きたかハルマ、どうして巨乳なものだから包帯を巻くのにも時間がかかってしまった、気にするな、女同士の仲じゃないか」
彼女はベットの近くの椅子に腰かけて晴馬に語り掛ける。
なるほど、体も女体になっているから包帯に余りやきつさが出るわけか、しかしこうやって余っているのが幻覚かな何かでカバーされているのだろうか?都合のいいことだ。
「「いいですか?くれぐれもお人形に徹してくださいよ?」」
彼女は感情の同化をしろと言っている、こうも連続で使うと疲労感が半端ではないのだが、いつまででできるか不安だ。
「なんか言ったか?」
「「いえいえ何も、それより包帯ありがとうございます、さすがの私も女体をセージに見せるのは抵抗があってなかなか言い出せず」」
「抵抗はわかるぞ、でもここは戦場だ、どうしたって誰かの世話になる時がくる、しっかりと受け入れるべきだ」
「「はい」」
「さてと、お前は寝ていて知らないだろうがお前が呼んできた増援が来たぞ、あれは大隊に連絡したそうだな?レナクス大隊長がやってきてここの視察と増援の管理を行っている、その結果、明日我が大隊が敵勢力に総攻撃をかけることが決定した、連隊が動くことはなかったが思いの外ホルガー中隊長が情報操作するまでもなかったな」
晴馬はそれを聞いて跳び起きた、事態の急変差に驚き、大隊が何を考えているのか理解できなかったからだ。しかし今晴馬が何か言ったところでエリヤの耳には入らない、魔法にかかっているように、血が乾くまではユッタの声しか耳に入らないのだ。
「「それは急ですね、こちらは被害状況の確認すらまだ終わって無いのでしょう」」
ユッタの発言にエリヤも苦笑いで答える。
「まだ奴らはお花畑なのさ、大隊は恐らく連隊本部やほかの大隊にも連絡を入れていない、先に手柄を手に入れたいんだろう、そのため我々の偵察任務も繰り上がり日の出とともに任務開始だ、奴らの足跡をたどって拠点をあぶりだす」
「「でもおかしいですね、まだ敵の総兵力はわからないのでしょう?リリイ達の総数も分からないのに総攻撃をかけるのは危険では?」」
「それが敵の捕虜を取ることに成功していてな、人間はあれが全兵力だというのが分かった。あの戦いで敵は50~70人は死んでいるからパラディンならもう一息で討伐だろうという大隊のお考えだ」
「「モンスターはどうするのですか?」」
「無視のスタンスだそうだ、雷撃戦を行いガーディナルをすぐに殺せばいいとか何とか」
むちゃくちゃな考えだ。それができないからこんな戦いを繰り広げているというのに。
「ともかく考えるのはやめ、今日はもう寝ろ、明日私と一緒に同行して偵察任務をすることは決定事項だとの仰せだ。大隊長も読み書きができないからな、報告は我々二人でないと読み上げることもままならんというわけだ」
「「ついに負傷兵も使うようになったのですか、世も末ですね」」
「まぁな、下っ端はどこもこんなものだよ、っふ」
蝋燭を消し、そういいながらエリヤはベットの中へといそいそと入ってくる。
「「ん?何をしているのですか?というか血は拭いた方がいいんじゃないですか?」」
「拭こうにも布は包帯の不足で晴馬の包帯として使ってしまった、仕方ないから握って寝るほかないようだ、あまり望ましいとは言えないのだが」
「「いやいやそれなら私のテントにもタオルがありますからそれ使ってくださいよ、というかなぜ二人で寝ることに疑問視を抱かない?」」
「?、いいじゃないか女同士で寝ても、そもそもここは私のベット、寝る権利はむしろ私にあるというものではないか?」
彼女が何を言っているのか僕にはまったくわからない、とにかくユッタが嫌がって先ほどからエリヤをベットからの退陣要求があるのでどうにかベットから追い出せないものだろうか?いや、僕が自分のテントのベットに寝ればいいのか、ならばお暇しなくてはな・・・ん!?力が、すごい力でベットから離れられない!なぜか胸をもまれている感触もするがああしかし背中から幸福感を得られる二つのお山の感触がふっほういやっほう!
「おいおいどこに行くというんだ?別にここで寝てくれてもいいんだぞ?」
「「いえ!もう大丈夫ですから!もう自分のテントで寝ますから!」」
「寂しいことを言うな、負傷したものは体温が常人よりも冷たくなると聞く、ここの夜は寒いからな、お互いの体温を感じながら寝るとしようじゃないか」
ユッタの感情が神経を媒介して全身に悪寒を走らせた。しかし晴馬は交感神経の活性化によりまったく感じることが出来ず、ついに感情の同化も解除されてしまった、今の彼の頭の中はおおかた、まじか?この人まじか?最高じゃないですかありがとうございますきゃっほう!というようなある種お花畑なことしか考えていない。悲劇、ユッタにとっては完全な悲劇である。
「「だいじょうぶですからぁ!私にはお姉さまというお人がいるのですぅ!申し訳ないですが貴方には興味がないんですうぅ!」」
「姉、ああローレ・ディックハウト卿か、尊敬しているのだな、私もベルダさんがいなくて寂しい、今日は独り身同士、仲良く寝ようではないか」
「「もういやぁぁぁ!」」
「こら、大声を出しては眠れんではないか仕方のない奴だ、ん」
彼女はそういうと首筋に息を吹きかけた、と、途端にユッタの奇声も止まった。何かに目覚めそうになろうとした一方、なにやら凍り付くような感情がユッタから流れ出てきたが知ったことではない。僕は寝るとしよう。
「じゃあ、お休み」
おやすみなさい。
「「・・・グス」」
言うまでもないが晴馬はその後30分ほどでベットから追い出された、理由は簡単で「男が女のベットに潜り込むのは親愛な関係になってから」だからだそうだ。どうやら野郎の晴馬に用意されたベットはないようだ。仕方なしに自身のテントで寝ることを決意し、自身のベットに潜り込んでこれで寝れると思ったのだが、ここでまた問題が起こった。ユッタがまったく泣き止まない。
「「グスッ!グスッ!うえええん!」」
「勘弁してくれ、そうだ、イヤリング取ればいいじゃん」
再び無音の世界に生還した春馬は、そのまま睡魔の望むままに意識を昏倒させるのだが・・・。
「うえええええ!びえええええ!」
夢の中にユッタがいる事を晴馬は忘れていた。大粒の涙を流し、大きな声で泣き叫ぶユッタを見る夢が彼の身体を癒してくれるはずもなく、ただただ苦痛だけを残していった。
「怖かったよぉー!すごい怖かったよぉーハルマー!」
「うるせえええええ!」
「さすってー!小さい頃のお姉さまみたいに頭さすってー!」
晴馬は泣き止む方法を夢の中で模索したが、明け方まで泣き止んではくれなかった。




