2 奴隷市場
僕たちは檻に平行になるように一列に並ばされ、一人ひとりに木札を首にかけ、見やすいよう配置された。人々の注目を集めていたのだが、僕にはそんなこと一切どうでもよくなるほど衝撃的な光景が広がっていた、異国情緒のあふれる建築物、人並みの怪鳥が運ぶ物資、古臭い服を身にまとう人たち、笑い声 、石畳、時代遅れな街道、その時僕ははじめてわかった、ここは日本ではない、まったく違う別の世界だということを。はたまた、夢の延長線なのかもしれない。
≪ああ、お前たちは俺たち空賊によって、百年に一度の今年行われた王位継承記念式典に基づき、異界奴隷として、えーここ王都に持ってこられたのである≫
どこからか、スピーカーもないのに声が聞こえる、こんな混雑したところで声を荒げても聞えるはずもなし、拡声器を使ったにしては耳元で聞こえるような音質だ。
≪いまや、お前ら買われるか買われないか、それとも畑の肥料としてくべられるかは、我々次第でどうにでもできるということを、一度確認しておかなければならない≫
何を勝手なことを・・・そんなトンデモ理屈がこの二十一世紀で通用するはずがないだろう。
だが、さっきの鈴谷さんに対する行為も、俺らに強いているこの鎖も、下手をするとそれを肯定した、何かまったく別のところに来たのではないか。いや、もっと言えばこの男の言っていることは正しいのではないか?そんな気さえ、今の僕の判断の中では非常に有力だと、思えてきた。
「それではこれより競売を開始させていただきます、まずはノースアウタースレーブ、こちらはユーカソイド10人ネグロイド5人、オーストラロイド7人となっております、それでは皆々様どうぞご自由にご覧にいただき、好きな番号を選んで購入ください」
そう放送されると、今まで僕たちの壇上から少し距離を取っていた人たちが、一度にこちらに集中してきた。彼らは見たところきらびやかな宝石や装飾品を身に着けた富裕層のようだ。
「さぁて、どれにしようかのぉ」
「今回はとても粒ぞろいのいいことで、漁は大成功ですな」
「ママ、私はこれがいい」
それぞれから聞こえてくる声は、まるで買い物をしているがごとく、平凡で日常的な会話が弾んでいて、笑顔の人々の雑談が始まった。
「ねぇ、彼なんてどう?」
目の前のゆったりとした貴婦人風の女性が指をさす。
「えぇ、彼はイーストアウタースレーブじゃないか、背も低いし顔も子供だ、ここは少し値が張るが、我々に似たユーカソイドを買おう」
その隣にいた男は、少々顔を曇らせながら言った。
「あら、モンゴロイドは皆そうよ、値段も手ごろだし、歳もいい具合、絶対に彼がいいわ、私たちは貴族よ?いやなら別のも買えばいいわ?」
貴婦人は自信ありげにこちらに歩み寄り、隅々まで観察し始めた。腕、歯、目、足、見たいところはどこでも自由に拝見し、時折、うんうんとうなずきながらも付き添いの男に続けて言う。
「私の目に狂いはないわ、彼にすべきよ、貴族の風格がそう言ってるわ」
「なぁ、本気で言っているのかいソフィア、僕はこれでも男爵、貴族なんだ、家の恥にならないような奴を買いたいんだよ、例え農場の人間だったとしてもそれは変わらないのさ」
「それなら余計安心できるわよ?彼らはその昔は農耕民族として東で栄えたそう、むしろ農場ではその勤勉さで有名になった方もいるって話じゃない、貴族は買うものの値段でなく、価値で見定めていく必要があるわ」
そう言って貴婦人はゆっくりと腕を上げ指をさす。
「あの番号、いただけるかしら貴族なんだから早急に」
僕の木札に、指をさす。しっかし貴族貴族うるさいな。
「へぇ、わかりましたおい、あの鎖とってくんな」
「ああ、まったくソフィアは一度ことを決めると僕の言うことまったく聞いてくれなんだから」
「あら、ほかにも買うんだからいいじゃない、数をそろえるのも貴族のたしなみよ」
一体何を言ってるんだ?僕は商品じゃないぞ!
ふざけるのもいい加減にしろ!買い物じゃないんだぞ!
「はは、まったく今回は高くつく【買い物】だ、支度金を大目に見繕っておいてよかったよ」
ここから逃げよう、どこに行くかなんてわからない、ここがどこかも分からない、だがここいるよりはよっぽど安全だ!
いろいろとわいてきた感情に、顔をしかめながら質問した。
「あ、あんたら何の権利があってそんなこと言ってるんだ」
それを聞いた途端、男爵と貴婦人は目を丸くして驚いたように言った。
「あ、あんたら?ひょっとして私たちに言っているの?人類風情が・・・」
あまりのことに信じられないとでも言いたそうな貴婦人に対し、男はやれやれと若干説明口調で彼女に諭すように話し始めた。
「な、ソフィア。ただでさえ劣等生物のこいつらで、なおかつ列島で住んでいたような田舎者・・・相手にするだけ無駄だ。ここはやはりユーカソイドを買うべき」
「いやよ!絶対にこいつよ!」
烈火の如く叫んだ貴婦人は、声を荒立てながらなおも続けて言う。
「こいつは今私たちを公の場で貴族である私たちに侮辱したのよ!?奴隷という身分で侮辱したこ大罪をなんとしても分からせてやらないといけないわ!」
何か言ってはいけないようなことを言ってしまったらしい。取り乱す彼女に男はなだめながらも言う。
「いや、だからって買ってまで教える必要はないだろう?」
男も、この騒ぎで群衆が集まっていることを迷惑がり、早急になだめなければと必死だ。
「買わなきゃこのバカほかの方たちにもいうわよ!そうなったら大変・・・私たちで処分しましょう!」
何やら癇癪もちの貴婦人だったらしい、さっきまでの温厚な口調はどこに行ったのか、もう今は見る影もない。いや、あるいは温厚な貴婦人が一瞬にして激昂するほど、それほど僕のしたことはこの世界では重罪なのかも。
「いやでもねぇ、費用対効果ってものがあるだろう?買ってすぐ殺したら何のための買い物かわからないだろう」
「いいではないか、男爵」
この口論の中で初めて聞く声だった。渋く歳を食ったその男はギャラリーの中から出てきて何人もの従者を引き連れたまさに貴族の名にふさわしい風貌で現れると、周りの者は皆ひざまずき、立っているのは男爵と僕らのみになった。
男爵は急に横やりを言われたものだから少々苛立ちを覚えながらも、その男の顔を見ると血相を変え、目を丸くした。
「こ、これはヘルマン卿!?」
それを聞くと貴婦人も驚く
「え?ヘルマン様、伯爵家の?ヘルマン様!」
「やぁ、いい天気だな男爵、ソフィア殿、それはそれとして何をもめているんだ?」
「は、じ、実はこのモンゴロイドが我々の侮辱をしたもので」
伯爵と呼ばれた男は、それを聞くと少し唸り
「ふうん、なるほどしてこいつをどうする、なんならここで殺してやるか?そのためには買わなければならないが」
どうにも、僕の処遇が緊迫してきたのを感じる。いや、そもそもの話、俺とは一体今どういう立場なのだろうか、この夢見心地の感情がすこしずつ、冷静になって来るのを、俺は確かに感じた。
「はい、今回は買わないつもりでしたが、やはり名誉に関わることゆえ、買って殺してやろうかと」
どんどん物騒となっていく会話に危機感を感じ、唾をのんだ。
「っふ、名誉、今名誉と申したか?」
伯爵が静かに鼻で笑った。
すると貴婦人が話し始める。
「え?そうです、我ら貴族を侮辱する輩などは決して許せないことです!名誉棄損ですよ名誉棄損!できることならここですぐにでも略式裁判をしたいほどですよ!」
ヘルマンは納得したような顔をして続けていった。
「なるほど、それは確かに諸君らの言う通りだ、貴族の名誉を傷つけるなど、平民ならまだしも、よりによってこやつが言うことは屈辱を通り越して断罪ものだな、あ~、して、その名誉とは?」
その質問を理解できなかったのか、男爵は閉口しつつも、ヘルマンに質問する。
「はい?」
「で、あるからその名誉とは何なのかと聞いている、私にはあるぞ、平野統一戦争の際、わが家は武功一等を獲得した、西方開拓の際には蛮族を四つ滅ぼした。ワシの代になってからは精霊の儀の職こそは取れなかったが、神殿守護の大任を果たすことができた、建国以前より王家に誓ったワシの家はこのようにそれ相応にふさわしい爵位と名声を獲得している。」
そう言って自らの歴史をかみしめるように語ると、軽蔑するように鼻で笑い再び語り始めた。
「で?君にはあるのかね?是非お聞かせ願いたいものだ男爵」
語調が強くなっているところを見ると、このヘルマン卿とやらは少し不機嫌なようで、溜息をすると男爵の返答を待った。
「あ、あの私にもありますよ・・・豪商であったわが家は王家に対し」
「ふざけているのかね?」
これは間違いなくお怒りだ。
「ワシは、個人として男爵をとらえているし我がグリーフラント貴族の一員としても、同等にみているつもりなんだよ、貴族が人類から侮辱された・・・そこはわかる、しかしね、名誉を棄損されたって君、歴史の浅いっていうか先週爵位を頂戴した豪商上がりのくせになにが名誉だ、バカにするのもいい加減にしろ!」
「ぐ」
へ?あんたあんなに語尾に貴族貴族つけていたのに先週からなのかよ。
「お前のような奴がいるから、貴族の風格が下がるのだ、ワシとしては、王家の爵位販売についても疑問視なのになぜこのような奴にまでまったく・・・」
それからもヘルマン卿のいびりは続き、その声は群衆には良い娯楽だったであるのかところどころから笑い声が聞こえるが、
「うるさい!ワシの声が聞こえなくなるだろう」
と一喝されすぐに静まった。
その間、当の男爵はいびりに耐えながらも、さすがに貴族の尊厳を傷つけられ、はたまた自らの生い立ちまで説明され、民には笑われていて、これでは自分があの時、何も言わなければよかったというような表情と、屈辱による怒りなど混在した顔で茹でダコな病人のような顔になっていた。そういえばことの発端だった癇癪もちの貴婦人はどこだろうとあたりを見回すと、群衆に紛れこもうと、タイミングを見計らっているところだった。
「ふう、これに懲りて、あまりはしゃぎすぎるなよ、おい!空賊はおらぬか!」
そう言ってヘルマン卿が良いことをしたと満足げに去っていったことにより、群衆も解散しまた。だが、この場の雰囲気が沈静化したからそうなったのではなく、極限まで緊張したから解散したことを、身をもって体感した。
体を怒りで震わせた男爵がゆっくりとこちらを見る。
「ふうぅ、さて、貴様の処遇も、ここで決めさせてもらおうか」
「そうね、もうこれは買うしかないわけだし」
「そうだねソフィア、ごもっとも、農場用の奴隷として働かしては不名誉にもほどがあるけどね、でも貴族としての威厳にかけても数は必要だ、空賊早く鎖を持ってこい、いつまで待たせるんだ」
「へ、へい」
今度こそ逃げるしかない、完全に頭が冷え切った俺にはすべてが明瞭な現実だと理解することができた。
「さわらないで!」
「ふふ、いいじゃないか気に入った」
逃走しようとした直前、横から聞きなれた声が聞こえ、ふいに振り返ってみると鈴谷さんが歳の喰った男に捕まれていた。
「こ、これはこれはヘルマン卿、わざわざこんなところに足を運んでいただけるなんて」
隣の飛行帽のようなものをかぶった男がゴマすりをしながらそう言っている。
「ふふ、式典の奴隷市場は国の中でも最大のものだからな、今回も期待しているぞ空賊」
「ええ、それはもちろん!」
この飛行帽、そういえば部屋で捕まったときにもこいつらがいたような・・・こいつらが空賊か。
その時、少し気がかりなことがあった、そういえば先ほどのスピーチで空賊が何か言っていなかっただろうか?
直後、脳にあるセリフがよぎる。
〔空賊だ、おとなしくしろ〕
[ああ、お前たちは俺たち空賊によって、百年に一度の今年行われた王位継承記念式典に基づき、異界奴隷として、えーここ王都に持ってこられたのである]
異界奴隷、奴隷・・・奴隷!?それは僕たちに言っているのか!?
〔はは、まったく今回は高くつく【買い物】だ〕
その飛行帽で、僕は今自分が置かれている状況がやっとわかった。ここは奴隷市場、空賊は奴隷狩り、そしてあの夜、俺は襲われたんだということも。逃げないよう鎖をかけられていたことも、鈴谷さんが殴られた原因も、携帯が圏外な原因も!
「異界・・・奴隷」
そう反芻するように語る。目が覚めたような気分だ、途端に冷汗が止まらなくなり開いた口が塞がらない。心なしか動悸もしてきた。
脱力・・・僕は今、脱力に駆られているのか。
先ほどまで逃走しようとしていたこの足は、もう動く気にすらならない。
「だからさわんないでって!」
「ふふふ、いい小娘だ!これなら九万、いや二十万で買おう!」
男はますます上機嫌になりとなりの空賊も「それがようございます!」と金額に信じられなさそうな顔をしていた。
「おい、豚」
別の空賊の男が俺に話しかけてきて、ゆっくりと視線を向ける。
「おい、お前には買い手がついた、新しいご主人様に挨拶しろ」
「よろしく」
先ほどの貴婦人と男が笑顔で向かってきた。
「やめてって!もうさわんないで」
「鈴谷さん、やめるんだ」
「は?何言ってんのこの糞親父べたべたさわってきてんのに!」
「意味ない・・・意味ないよ・・・」
「空賊さん、後から連れてきて・・・あ、そうだ忘れてた!空賊さん彼に【名前消し】の魔法処理してある?あれがないと契約できないわ?」
「ああ、すいやせん、まだです」
「離せおら!」
「ぐ!」
「このアマ!ヘルマン卿によくも!」
次々と似たような騒音が、ところどころから聞こえてきたが、耳に入ってこない。いや、現実を直視できない絶望が、ぼくを染め上げているのだろうか。
「おい、そこのモンゴロイドこっち見ろ」
貴婦人の隣にいた男が話しかけてきた。
振り向くと見たこともない魔法陣や光が僕を包み始めていた。
「汝、いかなる時も、巨岩の如き堅き忠誠を誓い、いかなる時も武人のように裏切らず、主の命なら業火に焼かれても死なず、主の命ならば一片の腐心なく死に、常に主の命性と名誉のために生きることを、神と王家に誓え」
そう男が言うと、隣の空賊が続けて言う。
「彼の名を借り、私が誓います」
「では、名もない彼は、主として私が借りよう交渉成立だ」
刹那、顔に強烈な痛みがとっさに手で覆う。しかし、火傷のように腫れ上がった顔は文字のような形に黒く焼けた皮膚がぽろぽろと落ちていった。
「っぐああああ、ひ、皮膚が!何だこの文字は!?」
「おまえの顔が契約書、そうなっただけだ、今日からは僕が主、お前の主人は僕とソフィアだ」
そう言って無造作に空賊が持ってきた万年筆で顔に書き始める。
「お前に名前はない、あるのはお前の種族の名【僕】だ、お前は今日からそう名乗れ、逃げようとなどと思うなよ?お前は僕とソフィアが生きる限り、その契約で殺すとなど造作もない事なんだからな」
こうして僕は【僕】となった。もう、名前は思い出せない。
「・・クン?」
鈴谷さんはさっきの一行を見たらしく、抵抗をやめ、ただ唖然としてみていた。
「鈴谷さん・・・」
これが僕と鈴谷さんが交わした最後の言葉であった。
もし誤字・文法の未熟さで意見があればどうぞ報告ください。