24 戦いの灯
非常!非常!すぐに生徒は学校前に集合急げ!」
寮は教官が起床時間より早く起こす大声であわただしくなっていた。この学校の訓練では非常を二回唱えた場合五分以内に戦闘態勢へと入る事が義務付けられている。そのため鎧などはほとんど着けず、武器と最低限の防御をもって学校前に出て行ていく。
「急げ急げ急げ!各班長は人員確認、学校前では学徒防衛隊の組織編成に従い集合せよ!」
ただ、訓練でしたことはあっても、実戦で行うことは初めてだ。晴馬は寝ぼけた顔をすぐ覚醒させ、急いで起き上がり、服を着て立てかけてある剣をベルトにつけ、急いで学校前に走り出す。寮の出入り口からは濁流のように生徒が飛び出ており、すでに多くの生徒が整列、点呼を始めているのが窓から見えた。こんな時に、指揮官である晴馬が後れを取るようなことがあれば教官にしばかれること間違いなし、階段を使うことが煩わしく思い飛び降りて、人をかき分け一目散に寮から出た。
「ああ、まずいこれからどうするんだっけ、ええと」
「「落ち着いてください、先ずは自分の小隊の元へ行き、点呼を済ませたのちに自身の中隊本部に報告、それでとりあえず十二分でしょう」」
「わかったよユッタ、まずは小隊の元へと」
小隊48人はすでにそろっていた。自身を入れて49人編成で監督として教官が一人つくが、おもに中隊や大隊の本部(司令部)に常駐するためここにはいない。小隊副隊長であるベルダはクスクスと笑いながら眺めており、手を振って小隊の場所を教えてくれた。
「随分と重役出勤ね、髪もぼさぼさだし、私が梳いてあげましょうか隊長殿?」
「御託は後で聞くから!人員点呼!」
晴馬はが鳴るように声を上げた、それを聞いてもなお、ベルダは態度を変えず、むしろ必死な晴馬を見て「かわいい」と言った。実をいうと既に点呼も報告も終わらせており、小隊長不在のため次の最高階級の自分が報告を行ったと説明した。それを聞いた晴馬は一気に緊張から解放されたようで、その場に座り込んでしまったようだ。ちなみに僕はボルガーの中隊所属らしい。一様全軍から編成を説明する、学徒総員600名、教官75名、総軍連隊は2個大隊で編成、大隊は2個中隊で編成、中隊は3個小隊の編成だ。計算すると連隊は第一連隊のみ、大隊は第1から第2大隊まで、中隊は第1から第4中隊、小隊は第1から第12小隊まで存在することになる。また、中隊から上は本部が置かれるため人員はプラスアルファだ。
「まぁ、やっぱりおねむだったのね、温かい蜂蜜入りミルクでも持ってきましょうか?」
晴馬に合わせてかがんでベルダは話した。ムッと嫌な顔をする晴馬だったが、いたずら臭い笑顔で言う彼女はよく見れば完全武装していることに気付いた。あの短時間でそこまでできるとは、かなり慣れているに違いない。僕は部下に舐められないようにしないといけないのに、さっそく部下に舐められてしまった。
「「優秀な部下を持ってよかったですねハルマ」」
「冷静に考えればベルダは僕より経験の長い小隊長だったんだから当たり前か・・・先任軍曹みたいなものだよなぁ」
「あら、私だって実戦は初めてよ?日々の修練の差ね、立ってください小隊長、もうすぐ説明がありますよ?」
すでに教壇には総長の姿があった。我々は、初めの入学式の時とは違う、そうちょうが話すことはたとえ痴話話であっても一言一句記憶せよと命じられており、それが日々の鍛錬で鍛えられた鋼の精神に刷り込まれているのだ。皆、統一して総長のいる教壇を見つめ、ただ押し黙るようにピンと張った雰囲気が早朝の校庭を包んだ。総長は緊張の声を上げ、発表した。
「先日、付近の大土地貴族である、グリーフランント貴族の伯爵家アマーリア・ブルクスラー家の当主であるアマーリアが謀反した、このっ情報はかなり信頼性の高いものだとわしは見ている。現在、ここより南のウーダンカークを不法占拠し、奪還作戦に向けた部隊と戦闘中じゃ」
あたり一面にどよめきが走る。特にグリーフラント貴族の連中は相当な衝撃だろう。これにより在学中であっても戦闘に駆り出される可能性があるからだ、そして僕と敵対する可能性も、十二分にある。
「この混乱により、あたりでの没落貴族、前の戦争での敗走した民族、無職の傭兵の盗賊行為が顕著に出ている。最近では、この都市の衛星の村々が襲われ、そして昨日ついにヒス村に関しては壊滅状態にまで追いやられたという情報が入った。これは都市への脅威並びに近隣の武装勢力の巨大さを物語っておる。もう見過ごすことはできない、皆学徒防衛隊の意地にかけ、健闘することを期待する」
「予想以上に緊迫しているなぁ」
「「し、また怒られますよ、ついに実戦です、死にたくなかったらしっかりと私の言うことを聞いてくださいね、貴方の今まで行った個人戦とはわけが違うんですから」」
ユッタはいつになく真剣に言った。それは事の重大さを物語るようだった。村を壊滅させるなんてどんな連中だろうか、没落貴族、果たしてそれが略奪行為に走るのか疑問だが、盗賊ならば話が速い、これは実戦だ。そう思うと騎士だからだろうか胸が高鳴る。それは皆同じようだ。初めての戦い、騎士としてその実力を示すことになるだろう戦いに期待が起こる。
「それでは、各自訓練で培ってきた技術を見せてくれ、総員解散、以後、作戦に従い、学徒防衛隊の生徒間の階級による命令は絶対尊寿とする」
教壇から総長が降壇し、代わりに駆け足の音が現れる、それは教壇で大声で叫んだ。
「では、これより作戦に移行する、作戦名は【敵拠点包囲網作戦】だ、連隊長隊長の俺、ミルス・エミリスが指揮を執る。各指揮官!家の紋章の揚げ旗をもって最前列より大隊、中隊、小隊に整列せよ!」
それを音頭にあちらこちらが戦場のような高い高揚感に襲われる。皆そわそわとする中、指揮官は前方へと走る。
「小隊長、こちらにディックハウト家の紋様の揚げ旗を」
「「本当によくできた部下を持ちましたね、交代した方がいいんじゃないですか?」」
「うるさい、ありがとうベルダ」
前列では怒号の嵐で戦いのための準備が刻一刻と進んでいくのが見えた、多くの馬を厩から誘導する使用人達や、各指揮官の説明、それらが一体となりまるで機械のように機能して全体を動かそうとしていた。
「呼ばれたものは前に出て整列せよ!ボニファーツィオ・ジョット・マヌリッタ!レナクス・ジョージ!以上大隊長は各中隊を整列させよ!」
するとそこには完全武装のホルガーの姿が見えた。彼は呼ばれたままに走り、そこでホルガーの家の紋様の揚げ旗を掲げ中隊の場所を教える、僕含めたもう二人の小隊長がホルガーの元へ走り出す。
「どうもハルマさん、副隊長が来たら揚げ旗を譲り、貴方は人員の整列を行ってください、ここからは公私分離、敬語は取りやめますのでよろしく、ルマ・タカノ!以下小隊長は各分隊を整列させよ!緊急時につき敬礼は省略!急げ!」
少年からは年下とは思えない気迫を感じ、体が痺れるような錯覚が押し寄せた。
「はい!了解いたしました!ハルマ小隊集合!急げしばくぞ!」
各指揮官は今までの生徒であった甘さを捨て去らなければならない、顔を強張らせ威厳を誇示し、部下を統制する、僕はこれが正解なのかわからないが、まずはこうしてみることにした。
「「無能化か有能かはともかく決してなめられてはなりません、部下には上官であること、軍組織の階級の有限性を誇示しなければ戦争にならないのです、言葉遣いでは限界がありましょう、態度で見せるのが指揮官の務めです」」
何という正論、しかしそれができるのは経験があるからこそというもので、ないものねだりはよくない、いや待てよ?
「ユッタ、感情の同化」
「「私が代行しろと?」」
「使えるものは使った方がいいじゃないか、これは戦争、実戦なんだからだしおしみは避けるべきだ、僕は本来軍人ではないし」
「「一理ありますね、仕方ないここは私が取り持ちましょう」」
ああ、この感覚も慣れたものだ、だんだん感情が混在し、今度は静かにある気がします。それは意識が統一してるからでしょうか?それともどちらかの存在がなくなっているとか?ああ、考えていたらベルダが走ってきます、その後ろの者は部下でしょうか?私の部下、懐かしむも勇ましい記憶がよみがえりますね、気を引き締めなければ。
「隊長、部下一同集めました」
ベルダが到着したころにはハルマはすでに馬の確保に成功しており、地図と命令書に目を通していた。彼の読み書きの成果の表れである。ベルダに気づき、書類を見ながら話した。
「総員整列、まもなく馬が来るので一人一頭確保しなさい、ほかにも、装備一式を使用人に取りに行かせるように頼んでおきなさい、私の装備は貴方が持ってくるのですよベルダ、準備が終わっているようですからね」
「あら、人使いの荒い隊長さんね」
「信頼の表れだと思って、貴方を頼りにいしているのですよ、元隊長殿?」
ハルマらしくない嫌味だった。人が変わったようにも見える。ベルダは少し疑問を持ったが、それでも命令なので従い装備を取りに行く、しかしながら自分が部隊を取り仕切らないでいいものだろうか?73人とはいえ一刻を争う時にわざわざ指揮官を減らすような行為がいい判断だとは思えないのだ、装備を取りに行くのはできるだけ急がないと、ハルマ一人では執り行うのに余計手間がかかりそうだ、まだ入学して数か月しかたってない、いろいろとプレッシャーのかかる指揮官をやるのは適任ではないだろう、やはり私が面倒を見ないと。
「ま、そういうところがかわいいんだけどね」
ベルダは実はこの際に渡そうと思っていたものがあった。装備を取り、その物品も手に入れて再び小隊の元へと走り出す。私は韋駄天のパラディン、武器庫と往復したって十分もかからない、直ぐにハルマのサポートに入ろう。
「やっぱりベルダは速いですね、頼んでおいて正解でした、適材適所ですよね?」
晴馬は馬上からベルダに問いかける。ベルダは驚愕した、自身が往復して荷物を取りに行ったときには小隊の準備は完了していたのだ。完全武装の兵、移動用の馬、装備を運ぶ馬車には荷物を入れる樽、仕出し女、すべて用意出来ていたのだ。後はベルダが合流すれば完了だ。あまりにも早いその技に思わず舌を巻くも、なぜできるのか不思議に思った、自分でもそんなに迅速な指揮はできないのに、なぜ下級生にできるのか。
「おや?何やら様変わりの剣を持っていますね?それは何でしょうか?」
あっけにとられていたベルダははっと我に返り、ハルマに差し出す。
「貴方が倒した男、パートリックの宝刀、蛸足の剣ミームングよ、あの男が捨てたものをもってたの、烈火のパラディンであるあなたなら使えると思って」
そういい、こちらに渡そうとした、晴馬は馬から降り、仕出し女に鎧の取り着けを行わせながらその剣を抜いてみた、背骨のような、魚の骨のような輪郭を持ったいくつもの脛骨みたいな刃の集合体は振れば伸び、熱で変形しながら形を変えるような剣だった。
「鞭と同じような性質、生身ならともかくはたして鎧、特に重装備の者に効くかどうか、その点やはりグングニールは・・・」
ぶつぶつと考えながらも、礼を言ってベルトに納め、騎乗する。やがて儀式へと向かうべく部隊移動を開始した、まずはベルガーのいる中隊本部へと足を運ぶ。既に公私分離をわきまえ、敬礼を省略しての挨拶となった。互いに対峙するように、一直線に見つめあう。
「中隊長殿、指揮下分隊すべて準備が終わったことを報告しにまいりました」
本部移動の指揮を執っていたベルガーは少し驚いたそぶりを見せたが、直ぐに次のフェイズだ。
「よし、もうすぐ我が中隊は移動する、そのために総員待機させておけ」
「了解!」
豪快な掛け声をしてテントを出て、馬を走らせ小隊へと晴馬は走っていった。
「・・・なんか、急に人が変わりましたね」
各小隊は小隊長・副隊長を除き騎乗はせず、副隊長は揚げ旗を掲げてその時を待っていた。今か今かとせかされるときに、大隊長の声が聞こえる。第一大隊大隊長はレナクス・ジョージだ。
「我が大隊はこれより敵盗賊団討伐のためムレ村へと急行する!総員騎乗!学校正面に整列せよ!」
小隊を指揮し、学校正面へと並ばせる。
「抜刀!捧げー剣!」
学校に対する敬礼を終え、各中隊ごとに移動を始めた。小隊も大隊の目的地ムレ村へ向けて進軍する。各小隊副隊長のの高らかと掲げられた揚げ旗は誇らしいものがあるが、僕は其れよりも意識の混濁に苦しみ始めていた。妙に集中力がなくなっていく、もしかすると感情の同化は長時間はもたないのかもしれない、気付けば僕は元の僕に戻っているし、これはこれでいい経験が出来た。部下の統制も取れているみたいだし士気も高い、戦いの前にしては悪くない出だしと言ってまず間違いないだろう。
「ねぇ、さっきのはどういう魔法なのかしら?」
ベルダは不思議そうな顔をしてこちらを向く。おそらく下準備のことだろう。
「別に、僕は何もしてないさ、動かず命令していただけ、それだけさ」
「嘘、だって私が貴方に合流していた時には乗馬していたじゃない、一人でやったの?」
「それは不可能だ、僕は部下を使って必要な人員、装備、車両などを集めただけさ、なんたってあそこは仮想的には補給基地の役割があるから言えばそろえられる、それが速かっただけさ」
もちろん言うは易し、これを実践する奴なんて相当な指揮能力が必要なものなのだろう、それを知っていて改めて言うのだから自分が恥ずかしくなる。自分でやったわけでもないのに自分の手柄のように語るからだ。僕は彼女と目を合わせられなかった。正面からやりましたといえない以上顔を合わせられないという馬鹿正直に襲われていたのかもしれない。だが、その真意をくみ取ったかはともかくとして、ベルダはその仕草を見逃さなかった。
「ふうん、それをあなたがねぇ、ま、信じてあげるわ、なんたって隊長の言うことですものね」
彼女はそう妥協し、行軍をつづけるのだった。それを見届けた僕は安堵の息をふっと漏らし、正面を向いてこれ以上部下に疑問を抱かれまいと努力した。そうしていくうちに時間は流れ、気づけば中隊の目的地であるムレ村の周辺の村についた。中隊は止まり、中隊長が中隊本部設置の音頭を取る。それに呼応し、仕出し女のような人々や村人は急いで本部設置に人員を当てられるのだった。僕はその時何か疑問を感じ、瞬時に疑問の感じる原因を理解した。
「兵站は?兵站部隊はどこにいるんだ?僕たちの連隊には戦闘部隊だけで施設設置、後方支援を目的とした兵站部隊が存在しないじゃないか」
「「この都市の軍隊は外部への侵攻を目的としないため、そういう研究というか能力に乏しいんですよ、補給線は臨時の時は行商人が、後方は付近の村々が、施設の設置もご覧のように非正規の者たちが駆り出されます、かなり不安定のものとみていいでしょうね」」
「おいおい、それじゃあもし補給線が分断されたら僕たちはどうするんだよ?」
「「簡単です、そもそも補給線が維持できないのは必須なので、村々から徴発します」」
「はぁ!?」
そんなことになるなら初めから兵站部隊と研究をしておけよ!どう考えたって必要なのはわかりきっていることじゃないか!それで戦争に勝った何も守れないでただ荒野を増やしただけだろ!晴馬は怒りを感じてならなかったが、部下のいる手前感情を表に出すことを拒んだ、感情の起伏が激しいようでは不安にさせるだけ、ここは静かどっしり構えるべきだと判断したのだ。
「「一様、村々もそれを考えているので余計に備蓄したり、後で都市の自治組織や学院に請求したりするようですが、それでどれほど損害を抑えられるかは疑問符ですね」」
「やっぱり、戦場は犠牲なしでは語れないといったところか」
自身のふがいなさを感じながら、ただただ吉ができるのを眺めていた。気づけば、一部村の住居も徴発されていた。戦いになれば、もう、その戦場となる人々の暮らしは大きく変わってしまうことに恐怖した。だが、それを早く終わらせることはできる。今回は武装勢力の鎮圧を目的としている。それが済めば元通りになる。それにそれにおびえているから村人はここまで協力的なのだろう。一人の村娘が来た。彼女は部隊の旗を見るや否や、こちらに花束を持ってきた。僕はそれを受け取り、はにかんで見せたが、本当に笑えた自信はなかった。
「中隊本部に集まってください、間もなく作戦が言い渡されます」
本部付の兵が僕を呼んだ、それに呼応して馬を降り、僕は中隊本部となった家に足を踏み入れた、そこにはベルガーが座っており、僕とベルダ、さらにもう二つの小隊の隊長と副隊長が招集され、静かに地図を見た。
「お集りのようですね、事態はおもったよりも緊迫しています、今回、我が中隊はこの付近に潜伏してると考えられる武装勢力の拠点の特定を言い渡されており、間もなく偵察を行う予定なのですが、村人の話ではここら付近で野営可能な土地はほとんどないと言われました。モンスターのテリトリーが近くにあり、近づけば殺される可能性があるからです、しかしムレ村はモンスターのテリトリーのある方向から強襲されたことがわかっています」
それは何を意味するか、簡単なことだモンスターが襲ったと考えればいいんじゃないのか?武装勢力とか何とか言っているが、それが真実だろ?
「あのぉ、それはモンスターではなく人間が行ったことだという証拠はあるのでしょうか?」
小隊長は皆が思っていることを正直に言った。
「はい、現に強襲したムレ村の生存者の人々は人の言葉を聞いたと言っています、人の言葉を操れるモンスターは確認されていない以上恐らく間違いはないでしょう、はっきり言います。これは、敵方にガーディナルがいる可能性を示唆しています」
「な、なんだって!?」
あたりに緊張と動揺が走る。しかしそれはこの環境をクリアするには都合のいい考え方で、想定する中では最悪な考えでもあった。それが本当なら、敵は人間だけではない、付近に棲むモンスターはどれが敵になるかわかったものではないのだ。果たして総員600人の小さな軍隊で、この事態を、都市を守ることが出来るのだろうか、高かった士気は、一気に下落したように思えた。ボルガーはそれを想定の範囲内だと言わんばかりに眺めつつ、顔色変えず話を進行した。
「現在収集した情報では、付近のモンスターで多いのは亜人種であることがわかっています、その部族抗争は現在最大勢力の部族の台頭によって鎮圧化していたことも確認しています、恐らくは、ガーディナルはそのモンスターの言葉を操る者で間違いないかと」
「で、そのモンスターとは?」
僕は恐る恐る聞いた、すると、ボルガーは本部付の兵に参考資料のようなものを持ってこさせ、とある挿絵を我々に見せた。我々はそれをのぞき込む、すると何やら不思議に思える者が見えた。それはフクロウの翼とかぎ爪を持った女のモンスターに見えるものだった。いったい何者であろうと皆言いたかったが、ボルガーはそれを説明する。
「リリス、そう呼ばれています、これはこの種の母体となるメスを言います、リリスは社会性動物の一種で、悪魔との間に大量の子供を作り、コロニーを建設する非常に繁殖能力の高いモンスターです、この子供はメスならサキュバス、オスならばインキュバスと呼ばれ、数は相当なものになるでしょう」
インキュバスは知らなかったがサキュバスならば知っている。清楚な服装をした女のようなモンスターで修道士を惑わすと記憶していた。ただ、それは地球での知識での話であってこの世界では違う、何か、もっと生態系が確立されたような存在に聞こえるのは気のせいだろうか。もっと野性的で、それでいて狂暴なはずだ。
「しかし、仮にリリスのガーディナルであったとしても、それはリリスのテリトリーを歩くのが精いっぱいのはず、それを拠点として利用しようものならばたちまち他のモンスターの侵攻をうけることになりましょう」
「エリヤ、それは難しいですね、最大勢力というのはその付近の頂点に立つわけですから、その山の自治組織は間違いなくリリスが取り仕切る事になるでしょう、すると、そのリリスに認められた者は、どの部族のテリトリーに入っても襲われる心配はありません、逆に、拠点をテリトリー内に作られている場合は、我々は人間とモンスターの両方に戦いをしなければいけない可能性があるわけです」
小隊長の疑問に対する返答は、この中隊にどれほどの影響を与えたことだろう。誰もがそれをきいて偵察に部下を出すことを拒んだ、こんな絶望来な状況で自身の居場所をさらすようなことをしてなんとなろうか、そんなことをするよりは、さっさと風呂敷をたたんで逃げ出した方が生存につながるというものだろう。あんなに盛り上がっていた士気が、気づけば冷えあがってしまっている、エリヤ小隊長は声を上げた。
「傭兵を雇い入れ、大軍で兵を挙げるべきですボルガー中隊長!それができないなら予備の武装を貸し出して義勇軍を組織することを進言します!我々だけの手勢で戦うなんて無茶だ!」
「そんなことをしてみなさい!広範囲のモンスターに緊張を与え、紛争どころでは済まなくなります!脅威となる武力勢力だけを討伐すればいいのに、領土をかけた戦争へと発展しては意味がないんです!それに、そういう考えだったらもっといい案がありますよエリヤ、この都市の自治権を放棄することを条件に近くのグリーフラント貴族にガーディナルの派遣要請をすればいいのです」
「そうすれば、誰も血を見ることもない、か」
誰かが言った。ベルガーの言い分を誰もが理解していた。しかしながら、それをうんと言える人間がどれほどいただろう、多くの者はここの出身ではない、所詮は他人事、ここを守る義理はない、そう思うことを止める者はいないのだ。ベルダだけはいつもと変わらない態度でいたが、皆、臆病を見せまいと必死で態度を取り作ってる。
「「騎士であるならば、民の安全を守ることを誉とするべきです、さもなくば、騎士の風格が泣きますよ」」
僕ははっとした。それは久しぶりに見たユッタの優しさだった気がしたから、それは僕にいい気付け薬になった。そうだ、僕は軍事教練しか習っていないエセ騎士だけど、それでも僕を信じる民の人々がいる、それがどの人種で民族かは関係ない、そんなことを考えて、市場の商品を渡しただろうか?無差別に渡したのは、僕がそれよりも彼らの感謝と謝罪を優先したから、それほど彼らは僕を信じている、それを裏切り、おめおめと逃げ出して何が騎士か、それならばパートリックと同じだ、そんなことは許さない。意を決して僕は異を唱えた。
「僕は断固徹底抗戦だ、血も流さずに逃げ出す者が、どうやって胸を張って故郷や領地に帰れようか、たとえ望みのうすい戦いでも希望を見出す、それが騎士ってものだろう」
それを聞いて皆顔を上げ始めた。ホルガーのように、信念の強いものは部下の威勢にふっと笑みをこぼす、ほかの者も、腹を決めたようだった。
「さすが私の隊長ね、かわいいだけじゃなく突っ張っているのも、男の子って感じがして高評価よ」
そういいながらベルダが晴馬に抱き着く、何か背中に圧迫するものを感じる晴馬は羞恥に駆られ、はがそうと尽力するが、ベルダはそれをあの手この手で避けて意味がない。クスッと、ホルガーが笑った。
「お、おいベルダ!みんなが見てるだろ!離せよ!」
「あら?何を話すの?私たちまだ始まったばっかりじゃない」
それを聞いた一同の笑いは雰囲気をよくしたが、茶化された本人はたまったものではない。僕は羞恥に震えるしかできなかったが、ホルガーさえ笑ってしまってもはや抑止するものはいない。
「あははは!晴馬さんは夫婦漫才が得意で感心しますよ!僕も是非ご口授願いたいものですね」
そういいながら腹を抱えて彼は笑った。褐色な肌と垢ぬけない笑顔で皆を落ち着かせる。髪をかき上げ、ふうふうと息を整えた後、ホルガーは皆を見渡した。
「僕たちが勝利するにはとにかく情報が必要なんです、特に拠点の位置は最重要情報と考えてまず間違いないでしょう、危険なだけ、価値がある任務だと思います、僕が中隊長である以上従ってもらいますよ、これより、我が中隊は偵察任務に出ます、各小隊は一分隊を使ってモンスターテリトリー周辺の偵察を行ってください!もし、テリトリー内に何か発見しても近寄らず必ず報告すること!」
「了解!」
「了解です」
「了解」
各三小隊の隊長はこぶしを使って敬礼すると、それぞれの小隊に戻り、分隊の選別に入った。僕も自分のテント群へと向かい、全員を集合させて任務の全容を説明した。
「この偵察任務は比較的危険度の高いものだが必ず交戦する必要はない、不利だと思ったら必ず逃げろ、今回は、第一分隊を派遣することにした、分隊長何か意見はあるか?」
「あ、あの、本当にその作戦は意味があるので?もしも何も情報を集められなければ、我々は何をしたかったのかわからないではないですか」
「結果を考える暇があったら任務遂行を達成する方法を模索しろ、悪い方に考えても解決はない」
冷酷に言い放ったことで、誰もが恐怖と畏怖を感じ取ることになった、実戦の現実味が肌に吸い付くように彼らを襲う、命令無視は許されない、それが階級への強い意識を向けることになる。もはや平の兵士には分隊長はおろか、小隊長である小隊長が相当遠い存在になったことは言うまでもない。それが軍規を維持するためには必要不可欠なことを理解している僕には、ただ見て行動するしかなかった。それが正解だと思ったからだった。
「他に質問はあるか?ないなら行動に移行しろ」
「待って、私も随伴するわ、分隊長、貴方はクビよ、今後は私が兼任するわ」
ベルダはそういって自身の馬にまたがると直ぐに分隊に駆け寄り、嫌われ役の僕の負担を軽減しようと努めた、彼女は危険な指揮官の任を受け持ち自ら死地へと吹き込む姿勢に小隊の隊員の士気を挙げることが出来るだろう。
「よし、それでは偵察へ、他の者は村の警備を」
僕はベルダと別れベルダは分隊を引き連れて偵察隊に合流し、モンスターのテリトリーへと駆け出して行った。
僕は警備の指揮を執ることになったが、ムレ村の損害について興味を持ち、近場だということもあってそこへの調査を中隊司令部に申し立てた。するとボルガーはそれを聞きながら言った。
「それは必要ありません、わが中隊の任務は前線への偵察です、それ以上のことはかえって緊張を招く危険性がありますからできるだけ執り行わないようにしてください」
「しかし現在のムレ村は我々の統治下ではないですか、それならばそういった危険性はかえってなくなるんじゃ、是非とも調査させてください」
「僕のいう緊張とは部隊間の緊張です、既に調査には専門機関の学院機関や町の自治組織が向かっています、我々は軍人です、軍人は任務を全うすればそれでいいのです、晴馬小隊長、ほかに質問は?」
ホルガーは賛成しない、それを理解したらそれ以上は何も言えなかった、僕は敬礼した後本部を出て、再び警備へと向かった。
「よし、馬はそこに止めておけ、願わくば大隊本部への連絡兵が必要だな、君がそれを務めるんだ」
既に偵察隊を出してから数時間が立っていた。しかし彼らが帰ることはない、日没までに帰らなかったら被害があったとみなし大隊へ連絡しなければならない、僕や残留組、さらにクビになった分隊長ですら、気が気ではなくなっていたのだ。イライラする気持ちを抑えて、彼らの帰りをただただ、待っていた。
「「そんなに焦っても何も解決ししませんよ?」」
「しかしだな、こうも自分が何もできないと思うと、何とも言えない気持ちになって」
「「耐えるのです、それが嫌だというのなら自分がここでできる事を探しなさい」」
自分にできること、それはここの村人への調査で間違いない。僕は不思議に思っていた。長い間どうやってモンスターとの均衡を保っていたのか、そしてリリイとはいったい何者なのか、まずはそれを知ることが、自身と中隊の延命につながると感じた。
「それならばまずはここの住民の家に聞き込みするのがベストだろう」
僕はさっそく行動に出た、近くの民家へと行き、ドアを叩く。
「学徒防衛隊の者だが、話を聞かしていただきたい」
するとドアの向こうから一人の幼い少女が現れる。大きな丸い目でこちらを見つめると、はっと不審者を見る目つきになった。
「お兄さん、誰~?」
「学徒防衛隊の者だ、親はいるかな?」
「いないよ?朝から帰ってないの」
それを聞いたとき背筋が凍った。まさかな。
「どこへ行ったかわかるかい?」
彼女の指さす方向は間違いなくモンスターのテリトリーだった。
「いつもはすぐにかえってくるのに、今日は遅いなー」
「いつも?いつもとはどういうことだ?」
その時僕の感じた疑問は、間違いなくkの村の秘密を露営させるものだったことは。言うまでもない。




