1 始まりの話
僕はいま、「悪党」と呼ばれている武装集団の砦にいる。彼らは日々の稼ぎを略奪では稼がず、畜産や農業を生業としているのだ。それ故、僕は彼らと共同生活をしている以上、彼らと同じ生活リズムで生活を送らなければいけないのだがこれがなかなかにきつい。まず言って彼らは朝日とともに農場や牧場に向かい働き始める。この地方独特の湿った朝は、森が呼吸している証拠だとか何とか言われているが、それが労働意欲を減少させ、蛇口から出ない水はくみ上げ作業によって開放感を半減させる洗顔をもたらす。
「私、水道水っていうの一回飲んでみたいな」
そう彼女は言いながら隣の桶の水での洗顔を続ける。彼女はアマーリア・シビレ・ブルクスタラーと言って砦の悪党からはアマーリア卿と呼ばれているが、僕は姫様と呼んでいる。彼女は怪訝そうな顔で「昔の話だやめてくれ」というが元貴族で現悪党の党首である彼女の部下は、なかなか抜けてないようだ。そんな彼女は昨日まで僕がつきっきりでしていた日本の話に出てきた水道水について、とても興味を引いていたのだ。
「でも、日本の水はここほどきれいでないよ?」
「でも、薬品を入れて衛生面を維持するなんてすごい画期的な方法ではないか、いったいどうすれば化学物質というものを生み出せるのか、その配管システムを維持できるのか、一回留学したいものだ」
目を輝かせながら彼女は言う。
彼女は学者肌というか興味を抱いたら離れないような強烈な好奇心を持っており、僕を買ってくれた人でもある。彼女のおかげで僕は今は人並みに暮らしていけるし、身の危険にさらされることもない。
「はは、まさか水道水でそんなに話が変わるなんて、とても興味津々で驚いたよ」
「ああ、私はすぐにでも日本というところに行きたい、留学したい、この国にも日本化の波が来ないものだろうか」
「すごい勉強家だね、岩倉使節団みたいだ」
少々鼻で笑ってアマーリアは言った。
「ああ、イワクラがあまりわからないが使節団か、他国交流も貴族であったらできたのかもしれないが、もう私は伯爵ではないし、そんな古臭いものはいらないしな」
アマーリアの言う日本化というのは曖昧さが出てはいるが、この世界にはない日本にするため、その理想のために来た以上、僕も全力で支えようと思ってしまうのだった。まずは日々の稼ぎである農作業から始めなければ。
「それじゃぁ、僕は農場へ向かうよ、じゃぁね姫様」
「ああ、おやすみ、生産顧問」
お互いに手を振り、その場を去った。
さて、生産顧問こと僕は今日も肉体仕事に打ち込むことになるのだが、ここ最近は葉食い虫と呼ばれる虹色のいとキモイ芋虫を駆除することから始まるのではあるが、奴らは頭がよく人のいる間は土深くに潜るため耕して引っ張り出し。針が刺さらないよう厚底の鉄靴でそいつらを潰さなけばならない、作業手順はこうだ。
比較的土の堅いこの土地では、まずは牛を使って畑を耕し、その後は人間が細かいところをいじるというのが一般的なのだが、その間にゲリラ攻撃してくる芋虫どもを潰し、土の栄養にしながら作業する、一見楽そうだがはっきり言って牛で耕した後でも土は重く、鉄靴の靴先はかなり痛い。
「ぐうぅ、また血豆かよ」
苦痛で顔をゆがませ、自らの手を見てそう一言言った。その手は軟弱な日本人のやせた手をしている、色白く、細く、きめ細かな肌をした平成の日本人といった肌だ。それに比べると彼ら悪党さんの手はかなり対照的なものであることに間違いはない。
「おい、また手が止まってるぞ、このままじゃ昼までに終わらんだろうが、手を動かせ手を、お前一か月ここにいてまだ慣れてないのかよ」
隣の悪党さんが言うので農作業を再開するも、我ながら軟弱なもので五分もするとすぐにでも息を切らし根を上げてしまう。我ながら情けないことだ。高校以来、まともに動かなかったこの体には、このような超健康的生活に順応するのは大変難しかったのだ。それ故の代償か、汗を含んだこの服は今にも倒れこんでしまいそうなほど重く、足は靴の自重を持ちこたえるほどの能力があるかもわからない。いや、そもそもこんな朝から全力で体を動かすような生活を続けていればいつ壊れてもおかしくはないのだが、それでも昔の、一月前の生活に比べれば、まだましだと、そう思えるのだった。
少しあきれた表情で悪党は言う。
「お前、そんな働きじゃあ今日の飯を食う権利はねぇぞ」
「しっかり働いているだろ、見よ、この朝日にも負けない赤い血豆を、これぞ俺が働いている証明となるただ一つの照明なり」
俺が誇らしげに見せたこの手には、長い農作業でこびりついた土、血の混ざった労働者の手をしている。そう自負し誇らしげに見せてみると
「はぁ?日本人は血豆ができると給料や飯が食えるってか?なかなか面白い冗談を言うじゃねえぇか、いいか?働いている手っていうのわな、こういう手を言うんだよ」
そういうと鍬を地面に突き刺し芋虫を葬り、その大きな握り拳を僕の顔に押し付けるように見せつけた。農作業、戦闘、農作業でその手は指が筋肉で太く、また土がしみ込んでいるようについている。それは風呂では落とせそうにない程とてもよくしみ込んだ手だ、その土化粧に影を作るように、黒く凹凸のついた青筋が縦横無尽に張り巡らされ酸素を届けているようだ。巨躯の一部分を拝見させてもらったところで自分の肌を見る、貧相で情けないその手はこの悪党の顔を微笑ませるのには十二分だった。
「うるせぇ、日本人はなぁ、お宅のように頑丈にはできねぇんだよグリーフラント人」
ここグリーフラントの民はみな屈強でたくましく、顔も整い僕が童かと勘違いするほど凹凸ある顔を持っている。また背も高いので、彼らより低くて比べて童顔な僕はよく猿と間違えられそうになることがあったが、あれは僕をバカにしているだけだとわかり、「猿は時として鬼すら殺すんだ、覚えとけ」と桃太郎の話をしてばを和ませてやった。
「日本人、っていうより、下手をするとお前だけかもしれないな」
「ぐ、い、いや俺以外にもそんな奴はたくさんいるさ、前にも話したろ?僕の国では、鍬もつよりもペンを持つほうが一般的になるほど農業に従事している奴はいないって」
疑るように彼は続けていった。
「でもお前の国ではあちこち筋肉の養成所があってそこに行けば鍛えられるんだろ?なら余計に貧弱な奴が生まれることは難しいんじゃないか?」
「人は一回楽を覚えると、それ以上のことはしないのさ、お宅らみたいにキャバリアになるやつは、幼年期からする必要があるんだろうけどね」
「おい、その名で呼ぶな、農民に知られたらどうする・・・騎士だったのは昔の話だ、もう今は、その影もない」
俺がキャバリエと言ったとたん、彼は真剣な顔になり、まるで任務を受けた兵士のように冷静にそう言った。
その後、僕たちは再び作業を再開した、いまだ僕は初めてやる農作業に苦悩しているが、彼らもそれは同じらしい、慣れない手つきで鍬を使い、時には本を読みながら、農民に教授してもらいながら、どうにか二年ほどとある場所で実習を行い、農業をしているそうだ、はじめは彼らに脅されて教えた農民はかわいそうだと心から不憫に思ったが、村の人間の話を聞くと、どうやらむしろ感嘆の極みだとか抜かしていた。それは彼らが農業をしなくても食べていけるような職業についていて、この階級社会で身分の高いところにいたことを意味する。その階級はというととても不思議なことに彼らはキャバリアをしていたというのだ。悪党のウソかとはじめは思ったが、それ相応の教育と教養を見せつけられることもありあながち嘘でもないのだろう。
「そういえばお前、あれからアマーリア卿から質問攻めになることはなくなったのかい?」
作業をしながらも会話は続く
「無茶いうな、昨日は夜遅くまでお宅らの姫さんと≪日本の話≫を散々聞かせてそれでいて今日は農作業・・・睡眠時間が足りるわけがないだろう僕を見捨て今は寝室でオネンネさ」
溜息交じりにそういうと、彼は少しぎょっとした顔になった。
「姫さんねぇ、あのお方をそう呼べるのは世界広しといえどもお前ぐらいのもんだろうな、さぞかし日本はとてもいいところだったんだな、俺は口が裂けても、いや、アマーリア卿はゆるすだろうけどさ」
「おいおい、姫様の前で言ったら、『日本らしくない』って叱られるぞ、もっと軽く考えろよ、日本では卿と呼ばれる人は党の昔にいなくなっているんだからよ」
得意げにそう話すと、悪党はばつが悪いような顔で続けていった。
「う、しかしな、お前は来て日が浅いからまだ知らないと思うが、この世界では生まれてくる身分ですでに階級がはっきりと分かれているんだよ・・・目では見えなくても、来たときに経験したろ?」
彼は最後の言葉については遠慮気味に話した。それはまごうことなき俺が低い身分を体験したことがあることを理解してのことだった。そう、僕はたったの一周間ではあるが体験はしたのだ。あの凄惨で非人道的な日々は、僕もまだ忘れることはないだろう、がだ。
「それも、僕とお前達で終わらせるんだろう?」
過去の憎き気持ちはあれど、この事実に胸を躍らせしたり顔のなってしまう。
「いいや、お前とアマ・・・姫様と俺たちさ、だがそれにはまだ時間がかかる、その日まではお前もしっかりとこの身分ってやつを理解してもらわねぇとな」
「ああ、俺の日本の記憶と感性、価値観、すべてを使ってでも変えてやるさ、それぐらいアンタラには礼があるし、それを叶えるためにこの砦にきたんだしな、すべてを使ってこの国を世直ししてやるよ、それにしても葉食い虫痛い」
確かに、この世界の価値観をご口授してもらっている途中の俺には、まだそういうことはいまだにわからない。階級社会なんてものは、俺のいた日本ではとうにない。そういう制度は平成の日本人には縁のないものだ。では、なぜ俺はそんなものを見事に体験することができているのだろうか?
答えは簡単だ。俺は今、日本にいないからだ。いや、下手をすると地球にもいるかわからない辺鄙なところにいるのだ。ほかの惑星に行くロケットも打ち上げた覚えもないし、そもそも外出した覚えすらない、にもかかわらず、俺は日本から遠出してしまったのだ。この超常現象としか思えない現状を説明することは一向にかまわないのだが、だがだからと言ってどこから説明するのが一番早く呑み込めるのか、まったくわからない、しかたないので最初から説明することにしようと思う。俺が体験したこの一か月の体験談はベットの上から始まった。
それは高校を卒業し、もうすぐ大学入学があり、県外の大学であったため引っ越しをする直前の日のことだった。当時僕はもうすぐ始まる新生活、無事に合格できた志望大学、この故郷からの遠出の不安など、いろんなことで頭がいっぱいで、なかなか寝付けずにいた。ただ何となくベットに寝ている、そんな時、強烈な光が窓から見えた。
「ん?なんだろう?星?」
それを注意深く見ていると上空に一筋の線のようなものが見える、流星のようにもみえたが、よく見ると煙を焚いていた。
「なんだ?星が広がってく・・・」
その星は少し、また少しと線が傷口のように広がっていくのが見えた。
空を覆うように、昼が訪れるように。
刹那、ドアがノックされ振り返るとと同時に、空は落雷を落とし始め、耳元からは
「空賊だ、おとなしくしろ」
そういわれると、俺は頭に袋を被せられ、四方八方から強打されて意識を失った。
次に目が覚めたとき、僕はすすり泣きと嗚咽の聞こえる広場の鉄格子のなかで目を覚ました。僕の檻には同じような人が何人も、いや何十人も座っていた。彼ら彼女らは多国籍でたくさんの人種の人がいたが、皆下にうつむいて地べたに座っており、服は破け一部裸体の人も見受けられるし、僕のように状況が分からず、混乱している人もいた。外は昼下がりのようで、比較的過ごしやすいのだが・・・
「・・・なんで僕は鎖でつながれているんだ?」
重い手足に気づき注目してみると、そこには鎖でつながれていた。少し気になることはほかにもあったが、誰かが僕に話かけてきた。
「あのぉ・・・これってテレビかなんかですかね?」
びくびくと少し驚きながら話してきた。彼女は黒髪で童顔だからおそらく日本人であることは間違いない。そんな君が同種の僕に話しかけてくるのは当然のことだろう・・・だが覚えてもらいたい、僕もこの状況は、まったくわからん。
「ああ、いやどうなんでしょうかねぇ僕にもちょっとわからないんですけれども」
「ああ、やっぱりそうですよね、いろんな人に聞いたんですけどみんなわからないっていうし、でもみんなあの落雷の後にここに来たって言ってましたよ?」
どうやら僕だけではないらしい。
「ええ!するとあなたも?」
それを聞いた彼女は、少し安堵したのか、ほっと顔を緩めた
「はい、あ、私鈴谷麗奈って言います、どうなるかわかりませんけど、どうかよろしくお願いします」
彼女はそういうと僕に手をさしでしてきて、少し困惑したような顔で笑った。麗奈さん・・・しっかり覚えておこう。
「ああ、こちらこそよろしく、僕は・・・・です」
そう言って自己紹介と握手をすると鉄格子の開く音が聞こえ、目を向けると、顔に傷のついた古臭い格好の大男が立っていた。。
「出ろ、豚共、見世物の時間だ」
そう彼は言って、鎖をぶっきらぼうにかき集め中の人を外に出すよう催促する。
「ちょ、痛い痛いよ、やめてください」
鈴谷さんがそう言って抵抗し、牢屋にとどまろうとする。
「何やってるんだ、出ろ」
不思議ながらもとりあえず鎖を引っ張る大男に対し
「いやです、意味も分からず拘束されて挙句にはこんな仕打ち、絶対に認められません、しかるべきところに通報して、この事実を暴露します」
すると、ボロイ服を着た小汚い若者が焦りながらも大男に聞こえぬよう彼女に静かに言った
「御嬢さん、悪いことは言わない、すぐに辞めるんだ、今謝っておけば大事にはならない」
「ふん、やってみろ、ま、どうやるのかわからんがね」
そう言って鼻で笑った大男に対し、彼女は懐から携帯を取り出し、画面を起動させていたところ、指の動作が止まり困惑する。
「うそ・・・圏外?ギャ!」
「コノ!クズガ!早くしねぇか!」
おい、冗談だろう?あの野郎彼女を殴り通してやがる。これ、現実か?テレビか?カメラないけど。
どうも寝ぼけているのか、目の前のことが衝撃的すぎるのか現実味がわかず、ただ僕はその光景をずっと見ていた。ともかく、彼女は足腰立たずに地面に突っ伏してしまった。
「てめぇに服はいらねぇよなぁ?豚」
質問ではない質疑が始まった。彼女は薄れゆく意識の中、必死に鈴谷さんは首を横に振った。
「なんだって?」
そういうと鈴谷さんの服を引っ張り始めた。
「ん・・・が、や、やめて」
少しずつチリ、チリと音を立てる亀裂に彼女は不安な顔になるともに、大男はにやける。
「ふん!」
最大荷重がかかったところで服は破け四散した。そこからは彼女のの下着と男の
「ああ・・・ひどい」
意識のうつろなその目にも、惨劇はしっかりと見えていたらしく、鈴谷さんの目には涙が浮かんでいた。
「これ・・・現実?」
力なく、気を失いながら漏らした言葉に、俺は激しく同意し少し冷静になった。この状況はかなりやばい、え、まじで?ほんとに現実なのこれ、これは人としてのプライドをズタボロにするだけでは飽き足らず。明らかに常軌を逸している行為だ。そうわかってくると僕は人としての範疇を逸した大男に対し激しい怒りと困惑を覚えた。これは夢なのか?いったいどうなっているんだ?
だが大男は大男で途方に暮れる彼女を力任せに立たせると、俺の前に来た。
「おい、こいつはお前が支えていろ」
そう言ってぶっきらぼうに僕に脱力した彼女を担がせると、今度こそ力ずくで鎖を引っ張り、檻の外に追い出した。
「大丈夫?鈴谷さん?」
鼻血を出してしまった彼女の鼻に恐縮ながら着ていたTシャツで拭った。
「ん・・・ありがと、もう立てるよ」
檻の中の人で窮屈な視界が一気に解放され、一面に広がった光景に、思わず驚愕した。
「へ?どこここ?」
そこには、今まで僕が経験したこともないような光景が広がっていた。
基本はじめは暗い感じですが、徐々に作者風味の中世知識まっしぐらなものになってきます。作者はオリジナルティーを出すため、史実のものとオリジナルな物を混在して書きますがもしよろしければ見ていってください