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悪党のすすめ  作者: と
奴隷編
12/63

10準備

「よく来たなぁ、ちゃんと来たことに関しては褒めてやる、最後の日にもかかわらずめそめそ泣く男などみっともなくてしょうがないからな」


お前が連れてきたんだろ、そういうことは簡単だが、ここは相手の意思を尊重することにする。結局、彼女は僕を助けることはなかった。てっきり僕は、彼女が何らかの能力を持っていて、僕が寝ている間にでも、僕に代わって相手してくれるのかと思っていたが。目が覚めた時にはすでにゲラルトがにやにやした顔で僕を見ていた。開始一発「おはよう、死ぬにはいい日だぞ」と言われた時には、さすがに助かることはないと分かったが、まぁ、何をともあれ僕の人生を締めるにはなかなか悪くない日なことは確かだ。カラッとした朝で湿気はなく、鳥のさえずりや木のこすれる音しか聞こえないちょうどいい朝だ。こんな日に死ぬとは最後ながらいいではないか。


ただ、最後の最後で、彼女に気づいたという点は悔やまれることである。最後に彼女さえ会わなければ自分勝手に死ねたものを、よりによって自分は言葉通り一人でないというのだ、これでは死んだぞ同時に殺したことになる。こんなことがあってたまるか。


「さて、ここがどこだかわかるか?」


にやりと笑った。



「さぁ、でもよく見ると何もない広場というわけではなさそうだね、あちこち木偶人形があるし、闘技場のようにも見える円筒状の柵があるから、ここは兵士の訓練施設ってところかな?」不機嫌に回答する。



「ご名答」


何とも不思議な会話である、普通これからか殺される人間に対する言葉であったらこれから行われる刑のないようを言い渡されるか、はたまた「最後の言葉はないか?」のどちらかであろうに、なぜかゲラルトは練兵場になど連れてきていることを知らせてきたのだ。ということはこの男はなにか企んでいる可能性がある。現に彼はさっきからずっと愉快そうな顔をしているし、僕に対して何らかのいたずらないしは屈辱を与える可能性は十二分にあるといえよう。だがどちらにしても、僕はただでは済まない。なぜなら彼にはえらくお世話になってしまったからだ。お世話になったどころか彼にはかなり屈辱を与えてしまったことに違いない。


「いいか、アウタースレーブ、お前は今日をもってこの世と別れをすることになっているぅ、がだ、おれはそれを何とも思っていないお前のような奴が大っ嫌いでねぇ、そんな奴がただ死んでも何の意味もないしむしろ本人のためにならないと思っている」


若干説教口調にゲラルトは言う、余計なお世話だ。


「ただ、お前が行ったことに関しては決して許されることではない、この領地を守るべく組織された神聖なる騎士団の基地に対しぃ、あろうことか放火などするということはぁ、領主のみならず引いては国王に対する反逆なるぞぉ!と、いうことは、お前は少なからず罰を受けなければならない、それも、とびっきり重い罰、それは死罪だ、貼り付け、火炙り、斬首、といろいろあるわけだがどれをとってもお前の望み通りとなるに違いないぃ」ふっとため息と困惑の顔を見せる。


「そこで俺は考えた、お前がそんな中でも自らが行ったことを悔いて死ぬ方法をぉ、それはつまり、決闘だ、この俺とのぉ、決闘をすることによりぃ、お前は切り刻まれながらも、つっみを悔いて死ねるこれぞまさしく!勧善懲悪というやつだぁ!」


そういったとたん、地面がうなりだし、この練兵場は無数の剣によって封鎖されてしまった。いや、それは大剣、それを持った騎士たちによって隙間という隙間を埋められてしまったのだ。これではとてもではないが逃げることはできない。


「つまり、僕をなぶり殺しにしるというのか?」


不満げな顔になる。


「そのようなことぉ!もし仮にやったら騎士道不覚悟!たとえ奴隷のような卑しい身分であったとしても!その命の最後をみじめにするなどは騎士道に反する!まぁ、もっとも、その過程で力量の差からハンデをつけるために、やることはあるかもしれないがなぁ、がしかぁし!平等にはできなくとも見てくれは同じにしてやる、おい!持ってこい!」


ゲラルトがそう言うと、多くの荷馬車、着替えをするための部屋のようなものを積んだ馬車、テント、そして使用人の数々が闘技場を円を描くように設置された、その数、およそこの基地の兵士全員分とみた。それを見たゲラルトは、テントの中へ足を運び、振り向いた。


「中に、この基地全員分の装備がある、好きなものを選ぶといい、もし一人で着れないのなら仕出し女に頼め、そして覚悟が決まろうとなかろうと再びここへ来い!もし俺に勝つことができれば、お前を騎士にしてやろう、当たり前だぁ!なぜなら本来は決闘というもんは、似た者同士がやるものだからな、これでお前と俺は技量を除いてすべてで同類、平等だ、何よりぃ、希望を与えて殺す方がぁ、それだけ死ににくいというものよ」


また彼は嫌らしい目つきと口調をする。


「待ってくれ、その発言から察するに、今この時点で僕とあんたは決闘者ということになる、ならば、この時点で僕は君と同じ騎士であるというのか?」


去り際のゲラルトに問う。


「・・ふん、囚われの騎士、といったところだな、アウタースレーブ、お前ごときが勝つとは思えないがぁ、それでも騎士道にのっとって、確かに約束しよう」


そういって場外のテント群へと消えていった。


兵士が明けてくれた道を通りすぎ、テント群に入るとそこは武器庫とでもいうようなところであった。ありとあらゆる武器防具が所せまし、と飾ってあり、好きなものを選べとでもいうようであった。個人的には、なぜ騎士なのにもかかわらず、わざわざ弓矢や大剣といったものを装備していたのかわからなかったが、それは僕の知っている世界の騎士の話である。騎乗の話に違いない。やはりそういうところからも、この世界が異世界だということは十二分に見て取れる。だが、戦う必要のない僕にはどれも無用の長物で、さっさと出てしまおうかと出口に向かおうとして、妙な違和感を覚えた。


「・・・わかるな、武器の名前が使い方が、一回も使ったこともないのにわかるぞ」


少し驚いたが、顔に出るほどではない。



もう一度武器の群衆に近づき、試しに何か武器を取ってみることにした。まずは長剣と思われるバスターソードを取ってみた。


「すいません、一度試しに素振りをさせてもらえませんか?」


近くにいる仕出し女に聞いてみる。


「もちろん構いません、ですが、そのようなときは必ずテントの外には出ないようお願いします。もしあなたがテントの外に出ようものなら、その時点であなたは準備ができたものと判断され、決闘が始まってしまいます。こちらへ、テント群の中心には隙間ができており、そこはある程度広いのでそういうことにはうってつけです」


言われるがまま行ってみると、そこだけ外になっており、確かに準備体操程度ならできそうな空間があった。さっそく手に取って振ってみる。どうだろう、この剣は、両手でも片手でもふることのできるちょうどよい長さで両刃のため、返しこそその重量から遅くはなるが、それでもその大剣とも長剣ともなる使い勝手の良さがむしろ好都合だ。軽く振っているつもりが、どこかで覚えたわけでもないのに演武を始めてしまった。道理で息を切らしていたわけである。この細い体に、一体全体どこにそんな体力があるのか。まぁないからこうやって僕は倒れこんでいるのだが?


「ふう、まさかね?」


他にも長剣大剣弓矢と一通り使ってみたが、それぞれになぜか形のようなものを使っているからか、体に負担がなく、あっさりと扱えてしまう。これは一体どういうことだろうか?もしかして僕は武道の天才なのかもしれない。それどころかおそらくこれは達人の域、素人目でもわかる身のこなし、うざいほどの自画自賛、悲しくなってきたのでここまでにしておこう。


「素晴らしい身のこなし!仕出し女として長く働いてきましたが、あなたのような形をした人はあなた含めて二人しか見たとがありません!」


その言葉にピクット反応した。そして理解した。間違いなくあの女である。ユッタは、僕に何らかの力でこの状況を打開するといってはいたが、この体の支配権が僕にあるとも言っていたので絶対期待できないと思っていた。ところが、このような事ができるとは、まったく盲点だった。二人で一人の体ならば、経験も二人分といったところなのだろうか。彼女が言っていた助けとはこうゆうものだったようだ。だが、僕の人生に騎士の階級など不要だ。武器など握る必要もない、ひと思いに殺される。それが僕の理想だし、おそらく最も苦しまずに済む方法に違いない。テントを出よう、そうすれば試合が始まる。すれば一度で終わる。注射のようなものだ。一瞬、一瞬だけ我慢すればいい。


「でるか」


なのに、足が動かない。無論、彼女が引き留めているわけではない。僕が止めているのだ。どうした?今更怖気というのか?この状況下でなにを怖がる必要がある。覚悟は座っている。なんの問題もない。なのに、なぜか体は動こうとしない。何かが引きとどめていることは間違いない。そこを理解すればいいのだが思い出すのに時間がかかりそうだ。椅子を用意してもらった。僕はそこに座り一度深呼吸をして。静かに目をつむる。そこから思い出そうとしたのだ。記憶を振り返る、会話、シーン、感情、過去、夢・・・ああそうか、つまりはそういうことだったのか。


「・・・ふー、やはり思い出すのはよそう、それよりもこの方何日も食べていないような気がする、ここは何か食べ物でも貰って・・・こんな状況で食べれる食欲もないか」


「随分臆病風に吹かれているわねアウタースレーブ」


振り向けば、小さな鎧が話している。いや、完全武装した例の分隊長のようだ。それにしてもよくこのような不格好で戦場に行けるなと瞬間ながら思ってしまう。ある意味チャンバラならそれで十分ともいえる。そんな彼女は今回は蹴ってこないところを見ると、何やら重要なことをお伝えに来たとみて間違いない、仕出し女もさっきから頭を伏せたままだし、質問することは省かれるが、彼女の鎧は、少し礼装のようなものを兼ねているようにも見える。これは何か今回の決闘に関係してしているのだろうか。彼女のその面持ちはどこぎこちなく、緊張しているようだった。何か話すらしく兜を脱ぎ、仕出し女にそれを渡すと、一呼吸おいて話しかけてきた。


「ぷはっ、む、何か失礼なことでも考えているのかしら?まぁいいわ、あたしが来たのはそんなことを言いに来たわけじゃないからね、今回、見届け人の命をうけ、はせ参じた次第よ、ローレ・ディックハウトというわ、以後お見知りおきを、っていってもあなたにとっては最後に聞く女性名になるでしょうけどね」


「よろしくオーレ」


「ローレよ!何でそこ間違えるのよ!?私を馬鹿にして・・・といけない、ついついいつもの癖で怒るところだったわ、見届け人として中立であるように騎士団長代理から言われていたのを忘れていたわ、あと、あなた「様」をつけなさいアウタースレーブ、平民でもないあなたが騎士である私に対してのような口のききかた、いくらなんだって不敬に値するわ、次言ったら打ち首よ?わかった?」指をこちらにさしながら彼女は警告する。


「でも、君の部下からは決闘をする以上は騎士だと言っていたよ?」


「な!?きいてないわよ!?まったくゲラルトめ、今回の決闘だって、私がどれだけ上司に頭を下げて行わせたと思っているのよまったくぶつぶつ・・・でも、私の部下が言った手前、それも上に言った方がいいのかしら?準貴族であっても騎士は貴族だし、言質を取られた以上、叶えなきゃダメなの?あ~もうまったく!面倒な部下を持つと上はいつも苦労するんだから!」


何やら勝手に一人で合点しているようだが、彼女は部下の言質に頭を悩ませているようだ。冷静に考えてみれば、一人の騎士によって階級を変えることなど、はなからできない頼みだったのである。にもかかわらず、ゲラルトという男はなぜ僕に身分を与えるなどというようなことを言ったのか、考えられることはひとつ、おそらく彼が言っていた言葉から推測できる。それは「何よりぃ、希望を与えて殺す方がぁ、それだけ死ににくいというものよ」という言葉だ。彼は僕に一遍でも希望を持たせ、その中僕が自らの行ったことを悔やみながら死ぬことを想像したのだろう。彼は口では騎士道が何とかといいながら、結局心の中は鬼畜そのものだったのだ。なぜそのようなことをもっと早く築かなかったのだろう。


思わず鼻で笑ってしまった。そんなことも早く理解できない自分に腹立たしさを覚えたのだ。だが、理解すればこちらのもの、後は自分の好きなようにさせてもらうさ。


「道具は、もっていかないのかね?テントを抜ければそこは戦場なのだぞ?」


不機嫌そうな表情の老人、いや、おっさんが入ってきた。


「団長代理!」


ローレはその場でひざまずく、だが、彼にとっては省略した方がいいのか、手で払い、その行為を中止させた。


「そんなことはいい、君は審判としてしっかりと行ってくれれば私は何も望まんよ、さてアウタースレーブ、君はなぜこのような催しに参加したか、理解できているかね?」


老人は蓄えたそのひげを弄びながら問いてくる。


「おそらく、放火の罪を受け入れるため、でしょうか?」


「ふふふ、そのようなことのためであればわしは君をもっと簡単に殺していることだろう、私としてもまさかローレから聞いたときはびっくりしたよ、ゲラルトに処刑方法を決めさせた事は報告で聞いていたが、まさか決闘とはね、だけど君を見てなぜゲラルトが君にそのようなことを望んだかわかった気がする、君は死を望んでいるからだな、どうだ、違うかね?」


ため息交じり、こめかみに手を充てていた。



「いえ、まったくその通りです、だから手っ取り早く装備などせずにテントから出ようとしたんですが、目の前にでっかいおっさんが仁王立ちしているので思うように出る事が出来なかったのです」


「だが、死んでもどうにもならん、むしろ生きることを考えるんだ」


「黙れ」


ローレが瞬時に抜刀する「お前!なんて口を!」険しい顔でせめたくるようなすごみを放った。


「まて、ローレ、君は平等性をもって審判を務めよと命じたはずだ、君は彼の行動さえ気にかけていればいい、しばらく二人で話がしたい、君はテントの外へ」


「な・・・わかりました」不満そうながらも剣を収め、彼女は言う通り、テントの外へ出て行った。


「ふうう、椅子を、彼にも頼む、さて、君には私がこう見えるはずだ、何もかも奪っておきながら、よくもそんなことが言えるな偽善者め、と、まぁどうだろう、違うかね?」


用意された椅子に座り、老人を凝視しながら僕は考えた。この老人はなかなかの体格で、どうやら騎士団の団長代理を務めているような男だ。そのような男がなぜ僕に興味を持っているのか、なぜこのような質問が始まったのか、だが答えがまとまらない。そもそも名を名乗らないというのはどういうことなのか、質問よりなにより自己紹介が先だろう。


「それよりあなた、なんていう名前なんですか?」


「マンフリート・ロンメルだ、君には何もない、もう奪われるものはない、まさに裸一貫といったところだろう、だがどうだろう?これからは奪う側に、いや君の望む方に回るというのは?つまり、もう君には恐れるんのは何もないのだから、どうせ死ぬなら放火など小さいことではなく、もっと大きいことに従事してみてはいかがかな?」


吐き気がする、こんなことをよくもまぁ、ぺらぺらと言えたもんだ。


「そうできなくしたのはあなた方ではなかったのですか?僕から身分を奪い、力を奪い、果てには命まで奪おうとしている、そんな奴のざれごととはおもえませんなぁ、第一、僕は奴隷だ、仮にこの決闘に勝ってもそれは変わらない、あんたがたがそう望んだんだろう?それとも何か?僕を奴隷から解放してくれるとも言っているんですか?仮にそうしたって、結局僕には何もできないじゃないか、それなら、まだ奴隷でいた方がましだ、下地が違うんですよ。あなた方にはそれがあるが僕はまだそういう意味では赤ん坊だ、生まれてすぐの子供に金を持たせたって餓死をするだけ、あんたがたはそれを望んでいるのか?」


不満をあらわにした顔で、僕は言った。


「おや?ゲラルトから聞いていないのか?君を騎士にするといったじゃないか、あれはね、私が言ったのだよ、君と決闘すると報告があったとき私はゲラルトに聞きに行ったんだ、なぜそのようなことをするのかってね、すると彼は、奴を苦しめて殺したいから、罪を悔わせたい、そう彼は言っていたよ、しかしながらそれは難しい話だ、何より、それでは彼は何も思わないとね、そこで、君にこういうチャンスを与えることによって、罪を悔やんだ方が絶対的だといったのだよ、我ながら気でも狂っているのかと思うような提案だったがね、」


渋い表情ながらも穏やかな表情だ。


「あ、あんたがそれをいったのか?」


椅子に深く座りなおしてから、ふうっと息を吐くとマンフリートはニヤッと笑った。


「勘違いしてほしくないのは、私は道楽でそういう提案をしたわけではない、つまり、君の命を使って遊ぼうとは考えていない、だが、君がそういうことをするのに値うる特別な存在とも思っていない。君は命を放棄しようとする姿勢、そこが気に食わなかったんだ、もちろん君の素性を知らない私がそのようなことを言うのはお門違いだろう、だが、君は基地を放火しようとする時点で私との関係を作ってしまった、その時点で私とは避けられない運命だったのだよ、それか災厄な爺のおせっかいとでもいった方がいいのか」


沈黙を誘うマンフリートのかすれた笑い、仕出し女が持ってきたカップが、二人の会話を弾ませる。


「でも、僕は騎士の階級なんて興味ない、そこにとどまろうと僕には何も価値がないように見える。僕にとって価値があるのは、元の世界なんだ、世界こそ、僕にただ一つ強力な希望なんだよ」


「ふん、ならば、ここで作ればいい」


カップを口につけた。


「は?僕が、作る?ここにか?」


「そう、君がここにその世界を作るんだ、君は自分がどれほどちいさい存在かを十分に理解している、だが、それ故に自分の可能性を狭めているんだ。その結果が放火というチンケな行動に出ている。君は、どうやってアウタースレーブなのにもかかわらず、主人ないしは市場から逃げおおせ、挙句の果てには自分が拷問されても決して本来の自分の素性がどのようなものかわからないようにしている、これは君自身がしたことではなくまったくの偶然だとしても、その時点で君はかなりの可能性を見出しているのだよ、考えても見てくれ、本来ならもう君は奴隷の生活にすっかり慣れているころだ。それほど時間はけいかしているし、その中でこのような行動ができるのはとても不思議なことだ」


うんうんとうなずきながら、マンフリートは持論を述べる。


「まるで、君は生かされているようじゃないか、君の運、そして大志に」


大志、果たしてそうだろうか、僕はただ運が良いか悪いかはともかくとして、ただただ生き延びただけだった。自分ではどうしようもないことがほとんどで、その結果、流されるように行動した。でも、もしかするとこの老人の言う通りか、どうなのか、よくわからない。元の世界に帰れないことに対する恐怖が支配していた今までは、そのようなこと、考えてもみなかった。でも、よく考えれば今までだって死にそうなときはいくらでも、それどころか死んだことだってあるのに、現に僕はここにいる。これは本当は奇跡で、とても幸福なことなのか?


「死を覚悟すると、人は急に冷静になり、そして視野が広くなる、君は今まさに同じ状況下にいるのではないかと私は思う、どうか一度思い返してほしい、今までこの世界にいて、自分ではどうしようもない時も、必ず救われたその意味を、そして価値を君が決めてくれ、その価値が今後の行動に出る」


「価値が・・・今後に」


「そう、もしそれがすべて、無意味だと、価値のないものだと思うならばそれでもよし、でも違うなら、どうだろう君の全能力を駆使してこの状況下を打開してみるしかないんじゃないか?打開できなければ君はせっかく価値を見出したのにもかかわらず死んでしまうことになるからな、はっはっは」


マンフリートは笑い、僕は顔を伏せて、重い腕で頭を抱える。ここにきて増えた選択肢が、いや、揺らいだ意思が創った逃げ道に、ひどく昏倒する。それを選べば間違いなく楽になるはずがない、まさにそこからはいばらの道、何も本当に予測不可能の暗闇に、僕は間違いなく葬られることになる。ならば死を選ぶのはどうだろう。先はすでに見えている。僕はただ、これまで通りに流されるように進めさえすれば、それだけで終わることができる。あとは苦しみも何もない、この体でいたことも後悔しない。きっと悲しいことにはならないはずだ。それが希望だった。帰れないという絶望で消えた希望はまさに新たに生まれたのだ。それで僕は奴隷としての生涯を迎えることなく、ただの日本人として死ねる。そしてこことの関係を断つ、それが希望だったんだ。


「希望なんて常に目の前を照らすランタンなんかじゃないんです」


彼女の言葉、一度思い出して、考えるのをやめた彼女の言葉だ。こちらに進めば、僕は死ねる。底の見える選択肢ならば、ランタンも、希望も、必要ない。


「希望は常に暗闇の中にあるから錯覚する、照らしてるんじゃなくて、望んでいるんですよ、暗闇の未来を進む自分を、何があるかわからない自分の未来に、少しでも踏み込む勇気を持つことを」


こちらに進めば僕は茨の道、もちろん照らしなどしない、彼女の言う通り、望んでいるんだ。どこへ行くかもわからない道のりに、僕をいざなおうとしているんだ。だから踏み込んだところで、一寸先は、闇。



どっちだ、どっちが僕の本位なんだ。



「それがどういうものなのかはわからないが、それを作ることが、君の希望になるだろう、長居してしまったね、ともあれ、選ぶのは君の自由だ、このまま死ぬもよし戦うもよし、好きな方を選んでくれ、でも、どちらにせよ武器と防具はつけてくれ、さもなければ君は最も残酷な死に方をすることになるだろう、では、失礼するよ」


席を立ち、彼は咳払いをした。


「ま、待ってくれ、あんたはなんで僕にこんなことをしたんだ?あんたの目的はなんだ?」


「ふーん、目的か、それは、君には強い大志が見えたからだ、言っておくが私はパラディンじゃない、これはそういうものではなく、もっと強い意思のようなものだよ」



再び静かになったテントは、差し迫る時間を表現しているかのごとく、固く幽閉されている。先ほどから頭痛がしているわけではないが頭を抱え、椅子から立つことができない。暗い気持ちなわけではない。何ともくしゃくしゃな感情が。右に左に打ち付けているのだ。だけど、今になって彼女の言葉の本当の意味を理解した。こんな状況になって、はじめてわかった。僕の考えてた希望は、あまりにもお門違いだった。本当はそんな電球みたいに光り、明るく未来を照らすものじゃない。ただ、妄想のはけ口としかとらえていなかったものだったんだ。でも、本物の希望にしたって、何の価値もない、ただただ光って、どんなに光っても暗闇を明るくはできない、人を困難に突っ込むだけ、どっちもどっち妄想も現実もほとんど同じ、違うのは進む未来だけなんだ。


「ふー」


ため息を一つついた。それで自体が好転するわけがない。どのみち選ばなければ、好転なぞしない。だが、時間は待ってはくれない。とにかく、準備をしなくては、どのみち決闘はするんだ。ならば装備はしないと八つ裂きにされる。どれだ、どれならいいんだ?


「くそ、やっぱり僕の経験じゃない、彼女の経験だ。彼女の経験が記憶してあるから趣向も彼女に向いていて、僕に使えるかわらない、それを選んでも同じな気さえする、何か、何かないか?」


僕は必死になって探した。立てかけてある剣を根こそぎ振った。箱に入っている者はすべてひっくり返した。汗が、汗が視界不良になるまで体を動かし、焦りが出てきたことに気づく、この焦りはどこから来るのか?ゲラルトは準備に時間制限などかけていない。ならどこから?


「勝たなきゃ?何でこんな事、考えた?口に出た?」


だって、勝たなきゃ死んでしまう。死んでは、未来がない。


「なぜ?それが望んでいたことではないのか?それこそがぼくの希望で」


底の見える闇に、希望など、ない。


「希望は、希望は常に闇の中にある、僕の未来を先の見えない暗闇に誘おうとしている」


要は僕が生きたいか、それとも蜃気楼の希望を知っておきながら死ぬか。どちらかだということだ。


「そんなの、すぐに決められるわけないじゃないか!時間だ!時間がほしい!一日二日なんかじゃない!もっと考えさせてくれ!ああ!どれだ!?どれなら奴に勝てる?!時間がを作ってゆっくり考えられるにはそれしかないんだぁぁ!」


端から見れば発狂しているようにしか見えないだろう。もう、縋りつくように武器を持っては倒れ、倒れては張って武器にしがみつき、重心を崩し倒れる。顔は泣きじゃくっているのか笑っているのか、もうわからなくなっていた。ただ、そんなときに支えにならない武器など、何の価値もないと、心の中で思っていた。


「痛!」


気が付けば、ガラス箱をたたき割っていた。縦長のガラス箱を割って、手をけがしたのだ。流血が止まらず、苦悶の顔を浮かべながらもとっさに手を抜く。


「抜けないぞ?!どうした?」


抜けないのではなく、何かを握っている。僕の意思ではない。しいて言えば、朝起きたときの目覚ましを、見ないで止めるように、条件反射というか、しっくりくる。


「ふうう、た、立てた、一度も重心を崩すことなく、まるで方法を知っていたみたいだ」


血塗られて、汚れたガラス箱からは何を握っているのか全く分からない。でも、これ以外に僕に必要な装備などないと、確信していた。


「ふん!」


勢いよく箱から出し、その全貌を見る。槍だ、だけど、ただのやりではない。それは赤く、燃えるような炎を体現するような色の槍だ。柄にしたって、そこらのものでないことがわかる装飾や、文字が所せましに刻まれている。まさに一級品といえるだろう。でもそれ以上に、何か強い感情が流れ込むようで、とても親近感のようなものがあった。


「これにしよう、これしかない!なんて言うか言葉にできないけど彼女のものなんだ!これなら扱える!・・・なんて書いてあるんだ?だめだわからない、仕出し女さん、これは何と読むんですか?って、血まみれだ、ハンカチないし、服で拭いておこう」


「これは、う~ん、私文字読めないんですよねぇ、少しも、でもこれは先代のユッタちゃ、いえ、騎士団長が所有していたものです」苦笑いしか浮かべない。僕もつられて笑う。


「そうなんだ、準備ができたので行きますね?」


「防具はいらないのですか?」


首をかしげ彼女は不思議そうに尋ねる。


「これさえあれば、十二分さ」


「あ、あの!」


テントを出ようとして、引き留められる、強く服をつかまれては出ようにも出られない。仕方なく振り返ることにした。


「はい?」


「もし、それを使うんでしたら、どうか、どうか生きて還ってください、あなたにはわからなくて当然なんですが、その、その槍、グングニールっていうんですけど、私の大切な人のものなので、必ず返してきてください、お願いします」


どこか必死の口調に、少し気押されてしまったが、意味を理解すると、僕は静かに告げた。


「「なら安心してください、グングニールは確かに返してもらいました」」


「は?あ、ちょっと・・・ゆった、ちゃん?」


テントを出ると、何やら不機嫌な顔つきのローレがいた。テントに体を預け、こっそり盗み聞きをしていたらしい。


「一様言っておくけど、あたしの分隊は騎士団の中でもトップクラスの人間しか入れない少数精鋭隊で彼はその副隊長ってこと、忘れないでね?」


僕の正面に立ち、見下すような目を向けていた。僕の一連の行動は彼女には女々しく聞こえたらしい。死にに行く覚悟もなくただ子供のように嫌がって泣くように聞こえたのかもしれない。


「ああ、そうするよ」


僕の返答は彼女に「へー」としか言われなかった。どうやら何か意外性があったようだ。はたまた、どこまで弱々しいのかと思ったのかもしれない。


「あ、あー!あなたそれ!だ、だめよそれ使っちゃ!?いやいいけどだめなのよ!お願い!ほかのものはいくらでもあったでしょ?それ交換してきて!」


初めて見る彼女の態度に、僕は驚愕した。まさか彼女が頼み込むとは、あまり絡んだことはないが意外だった。


「でも、もうテントから出てしまったから、決闘は始まったちゃったよ?戻れるの?」


「そ、それは、そうだ!私しか出てきたところ見てないんだもの!ささって、戻してきてもいいわよ?」


「君、いやローレ様でいいんだっけ?あなた仮にも審判なんだから、そんなこと言っちゃダメだろ?」


「ぐ、ぐぐ、な、なら審判としてハンデをつけるわ!あたしのバスターソードを貸してあげる!これはその槍より丈夫で私専用の特別性よ!とっても強いんだから!」


彼女はいそいそとバスターソードをベルトから外し、こちらによこしてきた。何とも言えない営業スマイルに、思わず苦笑する。


「気持ちはありがたいけど、ぼくはこれ以上に会うものはないし、何より、それって使い勝手がいいように見えて、使いこなすのが難しいんだよねぇ、重いようで短いし、器用なようで長い、手首じゃ動かないしね、こっちにしておくよ」


「む、むむむむ!こっちは親切でやっているのにー!」


「なら、僕を早く闘技場に入れてよ?君は審判なんだし、円滑に終われば団長代理のロンメルに褒められるかもよ?それとも、この槍が決闘で壊れるのがそんなに怖いの?」


僕の質問はそんなに難しいものではないはずなのに、彼女は沈黙する。それどころか少し涙を溜めて、顔を赤くしてしまっている。な、何か、悪いことを言っただろうか?


「お願いぃ、戻してぇ、それは、私にとって宝物なのぉ、もう腐り病で重篤だけど憧れの人の形見なの、私一生懸命磨いたし、刃こぼれのないように、しっかりやってきたのお、ガラス箱に納めてあったでしょ?私がもし彼女がまた返ってきたときに、いつでも使えるようにしておいたのよぉ、うえーん!」


マジかよ、泣いちゃったよ、彼女の身長が身長だけに、もしここが現代社会の日本ならTAIHOされるところだよ、ど、どうしよう、こんな時に何か気さくな言葉をかけれれば、それができればねくらなんかやってないんじゃーい!やばい!極度の緊張で頭がおかしくなってきた。どうにかして黙らせないと!この子どうしたら泣き止むの?!飴玉なめる?!関係ないけど何でお年寄りの飴玉って黒飴がメインなんだろね?


「それってもしかして騎士団長?なら安心して、確かにこの手で戻ってきたから」


「なによそれ!あの世で返しておくって意味?!そんな寒い冗談要らないわよ!ってキャー!よく見れば血まみれじゃない!せっかく掃除してきれいにしたのにー!ちょっと待って、ふきふき」


自分の手が汚れるのも顧みず、ローレは必死で磨いた。だがそんなときでも、恥ずかしながら僕の流血が完全に止血できていなかったため、ぽたぽたと垂れて言っているのだった。くそ!ロリにそんなことさせてるってなんてことはないけどすごいアレだよね!なにとはいえないけどアレだよね!


「「落ち着きなさいローレ!その程度のことで動揺するなど騎士としてあるまじき行為です!」」


「ひぇ!ごめんなさい団…長?」


と思ったら、彼女は急に槍から手を放す。何やら呆然としているようで反応がない、どうやらただの屍のようだ。


「悪いけど、先行ってるね」


「あ・・・うん」

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