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価値を与える

 見直してちょっと思った事。


第三王子「ショーターイム!」

ニャフフ「今日はもう寝ようぜ」


 これは前に書くだけ書いて、封印していたニャフフの話を改稿した物になります。

 この話で、一応子供達世代の話の全容が明らかになったはずです。


 誤字を修正致しました。

 ご指摘、ありがとうございます。

 下町にある食堂。

 そこで私は兄弟と一緒に晩餐を楽しんでいた。


 それは家族で楽しむ、ささやかな宴である。

 山の根城で、一仕事あった後に開かれるようなものに近い。


 最近の私からすれば、宴というものはもっと煌びやかで規模の大きなもの。

 山海の珍味に上質な酒、宝石みたいに綺麗なデザートに、お上品な会話。


 だから、久し振りにこの雰囲気にひたれるのは正直に嬉しい事だった。


「俺、お前は結婚できないと思ってた」


 酔っ払ったにーちゃんが私に言う。


「にーちゃん、それちょー失礼じゃなーい?」

「ガハハ。だってお前、ずっと男っ気なかったし。女らしさも協調性も無ぇからな。誰かと一緒になれるなんて思ってなかった」


 にーちゃんは笑うと、弟に声をかける。


「お前もそう思うだろ?」

「……」


 弟は答えなかった。

 でも答えないという事は、弟も同じ事を思っていたというあかしだろう。


 私が視線を向けていると、弟はぷいと顔を背ける。


 誤魔化したい時に顔背けるの、ねーちゃんは悪い癖だと思うなー。


「うちの兄弟。ちょー酷いし……。慰めてー」


 私は、隣の席に座っていたダーリンに抱きついた。


「よしよし」


 彼は私の頭を撫でてくれる。


「まぁ、だからよ。兄ちゃんとしては安心したんだよ。お前にも相手ができて」

「どうにか見つかったってだけなんだけどねー。にーちゃんもそうなんでしょー?」

「ガハハ! それもそうだな!」


 にーちゃんには、二人の妻がいる。


 そして、私と兄弟には共通の考え方がある。

 それは、人にはそれぞれ「いい」と思える相手がいるという事。


 とーちゃんの教え、みたいなものだ。


 にーちゃんはそれをずっと信じていたみたいだけれど……。

 正直、私はにーちゃんほどそれを信じていなかった。


 子供の頃は純粋に信じていたけれど、大人になるとそれも半信半疑になっていった。


 この世界にそんな人間がいたとして見つかるとは思っていなかったから、積極的に探そうとしていなかった。

 だから自分にとっての「いい男」と出会えたのは、本当に偶然だ。


 ただ、にーちゃんにとっての「いい女」が、二人というのは少しばかり疑わしく思っている。

 まぁ、にーちゃんがそれでいいと言うのなら、私が言う事なんて何もないのだけれど。


「なぁあんた、こいつのどこが良かったんだ?」


 にーちゃんが、私のダーリンに訊ねる。


「そうですねぇ……。私という人間に価値を与えてくれたから、でしょうか」

「価値?」

「はい」


 価値、か。


 価値なんてもの、人にはないと思うんだけどなー。


 少なくとも私は……。




 私と、彼の話をしよう。




 差し当たり、話しておく事は私の生い立ちからだろうか。

 私のとーちゃんは山賊の頭であり、かーちゃんはその女房だった。


 とーちゃんは物心着いた頃から山の根城に住み、山道を行く人々から物品を奪って暮らす生粋の山賊である。

 しかしかーちゃんの生い立ちはよく知らず、どうして山賊の女房をしているのか皆目検討も着かない。


 というのも、かーちゃんの所作や教養はあまりにも洗練されたものだったからだ。

 そこから見ても、とーちゃんと同じ根城育ちじゃない事は明白だった。

 根本的に育ちが違う。


 王都に出てからなんとなくその理由にも察しが着いたものだが、直接訊いたわけではないので詳しい所はよく知らない。


 正直、どーでもいい事だ。

 かーちゃんはかーちゃんである。

 それ以上の事実など、私には必要のないものだ。


 そんなかーちゃんから、私は文字や食事の作法、教養、国の歴史など、いろいろな事を教わったものだ。

 思えば、かーちゃんは兄弟と比べても私に対する教育を一番熱心に行っていたように感じる。


 それは私が女の子だったからかもしれない。

 かーちゃんが修めていた作法や教養は、そのほとんどが女性として必要な事だったように思える。

 その女性として必要な物の基準が、山賊として必要なもので無い事は明らかだったけれど。


 しかしながら、その教えが後々助けとなっているのだから人生というのはわからない。


 その教えの一環には、笑い方や喋り方もあった。


 女性というものは「ふふふ」「ほほほ」と上品に笑うものである。

 そう教えられたが、私としてはそれではつまらないので「にゃふふ」「にょほほ」と笑う事にした。


 かーちゃんがそれをどう思っているかはわからないが、それ以上修正しようとしなかったので許容してくれたのだろう。

 多分、注意されてもやめなかったと思うけど。


 私は、やめたくないと思った事は絶対に何を言われようがやめない主義だ。

 やりたくないと思う事は絶対にやらないし、やめたくない事は絶対にやめないのだ。

 笑い方も喋り方も、私に変えるつもりはない。


 それを特に強く表す性分は、盗みを嗜みとする点だろう。


 私の好きな事は何かを盗む事。

 何故好きなのか、という問いには答えられない。

 私にもわからないからだ。

 強いて言うなら楽しいからか。


 かーちゃんには何度も注意をされたが、これは絶対にやめられなかった。


 人から何かを盗む事は悪い事である。

 人から認められない事であり……。

 何よりも人を傷つける事である。


 そう教えられた。


 私は人を傷つけたいわけじゃない。

 なら、どうすればいいか。

 私はそれを考えた。

 そして、思いついたのだ。


 盗んだなら、返せばいいのである。

 これなら、人は傷つけない。


 それに思い至ってからは、盗むだけではなく、盗み取ってから返す事が好きになった。

 盗むだけではいけない。

 二つが揃って一つの事だ。


 さて、私の話はこれくらいか。

 では、彼の話をしよう。

 私がどうして、彼に出会ったか。




 あれは雪の夜だった。


 私は、ある人物を尾行していた。

 それは夜の闇の中に溶け込むような、黒い装束の男である。


 男は何かを待つようにじっと、木々の合間へ身を隠していた。

 その様を、私は男と同じように隠れながらうかがっていた。


 何故その男を尾行しているのか?

 それは男を排除して欲しいと頼まれたから。

 誰に頼まれたのか?

 それは弟だ。


 私の弟は、あの男に殺されかけたらしい。

 それが直接の理由ではないが、あの男には消えてもらわなければならないそうだ。


 私は盗む事が好きだ。

 けれど、人間の命を盗む事は好きじゃない。

 とはいえ、可愛い弟が酷い目に合わされたとなればその好き嫌いも無視できる。


 男は私に気付かない。

 それは私が気配を消しているからだが、それでも男が周囲への警戒を怠っている事は明らかだった。


 何か、別の事へ気を取られているからだろう。

 力量を損なわせるほど、感情的になっている。


 今、男を狙っても十分に事は成せるだろう。

 でも、もっと確実な隙ができるかもしれない。

 そう思って、私は男の様子をうかがい続けていた。


 男の見守る道を一台の馬車が通る。

 馬車にある紋章には、見覚えがある。

 王家の物だ。

 貴族の紋章など興味はないが、王都に住んでいれば嫌で知るものだ。


 男は、馬車へ向けて走った。

 途中、何かを投げ放つ。

 ナイフか何かだろう。

 闇夜の中で閃く銀色が御者へと走り、それと同時に御者が横殴りされたように倒れた。

 男は馬をなだめて馬車を止めると、馬車の扉へ向かった。

 扉を開け放つ。


 それを見て、私はその背後から近寄った。

 気付かれないように、ゆっくりと近付いていく。


 男は馬車の中の人物に話しかけていた。


「これは我が主の私怨。あなた様方には、そのはけ口となっていただく」


 十分に近付いた時、私は男へ一気に近付いた。


 男は、手にした剣で中の人間を殺そうとする。


 これは、隙だな。


 いいタイミングだと思った。

 人が一番油断する時は、成功を確信した時だ。

 何かを盗む時は、その瞬間を狙うのが一番良い。


 男の首に、手に持っていた鉄針を突き刺した。

 鉄針を通じて、男の身体から力が抜けるのを感じる。


「ニョホホ」


 子供の頃はそうでもなかったけれど、私は嫌いな相手に対するとこの笑みが出る。


「お命、いただきましたー」


 私は笑い、そう告げた。


 弟の依頼、そして個人的な報復はこれで遂げた。

 しかし、やっぱりいい気分ではない。


 命を盗む事は好きじゃない。

 盗んでしまえば、もう絶対にその人へ返す事ができないから……。

 できるとすれば、土へ還す事ぐらいだ。


 私は、馬車の中へ視線を移した。


 そこには、三人の人物がいる。

 男女二人の幼い子供と、若い男が一人。


 若い男は、二人の幼い子供を背に庇っていた。

 その身体は震え、表情は恐怖に引き攣っている。


 殺される所だったのだ。

 それは仕方のない事だろう。


 でも、決して逃げようとはしていなかった。

 どれだけ恐ろしいと思っても、それに反し続けている。

 それは自分のためではなく、自分より幼い命のためだ。


 ああ。

 いい男だなー……。


「ニャフフ」


 自然と笑みが漏れる。

 これは私にとって、好意的な相手に贈る笑い方だ。

 あの男に向けた物とは違う。


「また会おうね」


 そう言って、私はその場を離れた。


「ニャフ、ニャフフフフ!」


 雪の中、笑いながら私は走った。


 胸が一杯だった。

 何かが満たされている。

 自然と笑いが込み上げてきた。


 昔から、父に言われていた事がある。

 それは、人にはそれぞれ「いい」相手がいるという事。


 きっと、あの若い男は私にとっての「いい男」なんだろう。

 間違いない、と確信する。

 根拠なんてない。

 でも、そう思えるのだ。


 こんな気分の良さは初めてだった。


 一度くるりと回り、雪の中へ仰向けに倒れる。


 冷たい雪の感触が心地良い。

 そう思えるほどに、私の身体は火照りを持っていた。


 お酒を飲んでもここまで気持ちよくない。

 それ以上の酔いが、私の身体を火照らせている。


 ああ、気分がいい。


 でも……。


「おもしろくないなー。私から何かを盗む人間がいるなんてー」


 あの男は、私から心を盗んでいった。

 それだけが悔しい。

 屈辱的だなー。


 この屈辱の代償は高くつくぞ。

 同じものを盗み返してやらないと、この屈辱は晴れないなー。


「ニャフフ。また会おうね。そう約束したからね。会いに行くよ」


 そう思うと、知らず笑みが零れ出た。




 弟に仕事が終わった事を告げると、私は王城へ向かった。

 あの黒い男の始末を依頼した大本に報告するため。

 そして、会いにいくという約束を果たすためだ。


 弟から聞いた手筈通り、門番に割符わりふを見せて小屋へ案内される。

 そこで待っていると、この国の第一王子様が姿を現した。


「依頼されていた件。如才なく遂げる事ができました」


 余所行きの言葉遣いで私は告げた。

 あまりこの喋り方は好きじゃないが、私の非礼は兄弟に迷惑をかけるだろうから致し方ない。


「聞いている。弟妹を助けてくれたようだな。礼を言おうか」

「それに関しては運がよかっただけでございます」

「事実は曲げようがない。報酬に色をつけておこう」

「ありがとうございます。弟に渡しておきます」

「そなた自身にも手当てをつけよう」


 手当て、か。


「それはお断りいたします」

「何故だ?」

わたくしは、人より何かを貰う事が好きではありませんのでー」


 どうせなら盗み取りたい。


「報酬を施しと受け取るなら、どうやって金を稼いでいる?」

「盗んでいますー」


 集中力が落ちてきて、喋り方を維持できなくなってきた。

 どうしよー……。


「……ああ。あいつから訊いた事がある。姉は盗みを生業としていると」


 だいたいは貴族の家から盗む。

 そして町で使う。

 巡り巡って税として貴族に徴収されるのだから返せるというすんぽーである。


「わかった。それでも感謝だけは示そう。あの愚弟も、価値がないとはいえ死ぬに惜しい男だ」

「それはーあのあまり元気がなさそうな方の事ですかー?」


 もう面倒だし、喋り方はいいや。

 とりあえず、丁寧な言葉遣いなら大丈夫だろう。


「そうだな。あの目が死んでいる男が我が弟、第三王子だ」


 ふぅん。

 第三王子なんだ。


「類稀な才を持ちながら、今のあいつには価値がない」

「価値なんて、どーでもいーと思うけどね」

「ん?」

「何か?」


 思った以上のボロが出たので取り繕っておく。


「では、貴様の弟にもよろしく言っておいてくれ」

「はーい。わかりましたー」


 会話の締めくくりにそう答えると、第一王子は顔を顰めた。

 けれど、「まぁいいか」というふうに苦笑した。


 第一王子との密談を終えて、私は小屋の外へ出た。


「さて、と」


 けれどそのまま城門へ向かわず、物陰へ隠れた。

 それとなく、城の周りを調べてから城門を出た。


 夜になってから、再び城へ訪れる。


 昔、とーちゃんから聞いた事がある。

 誰にも見つからず、城の中へ入れる経路の話を……。


 どうしてとーちゃんがそんな事を知っていたのかわからないが、聞いていた所を探してみると本当にそれは存在した。

 そこを通って中に入ると、城を囲う外壁の中へ出た。

 目の前には城の壁があり、周囲には警備の人間がいなかった。


「さて、とー……」


 警備の人がいないから、予定していたより大胆に動けそうだ。


 私は、城壁を見て登れそうな所を探す。

 城の中から探すのは難しいが、警備の兵士がいないので城壁を移動すればじっくりと探せるという算段である。


 指を壁の継ぎ目へ差し込みつつ、時に鉤縄かぎなわで体を固定しながら城壁を登っていく。


 差し当たって目指すのは、なんとなく気になった部屋の窓。

 あそこを目指すのがいいと思った。


 いや、あそこ以外は嫌だと思った。


 灯りはついていないが、窓は開け放されている。

 多分、人がいるのだろう。


 目的の場所がそこかはわからないが、人のいる部屋は片っ端から覗いていくつもりである。


 その部屋へ辿り着く。

 窓から覗きこむ。


「ニャフフ」


 思わず笑いが漏れた。

 目的の人物が、その部屋にいたからだ。

 彼はベッドに身を横たえ、窓の外を見上げていた。


 部屋へ入り込み、窓の淵へ腰掛ける。


 彼の視線が私に向けられる。


「ちわー、会いに来たよー」


 私は彼に声をかけた。




 初めて部屋へお邪魔してから、私は頻繁に部屋へ侵入するようになった。


 すぐに衛兵へ知らされてしまうかな?

 とも思ったけれど、彼はそうしなかった。

 それは素直に嬉しい事だ。


 彼も私の事が気になっているからだ、と思いたい。


 私のためだと思われる、お菓子も部屋に常備してくれているし。

 私はそのお菓子を遠慮なく食べた。


 ベッドの上でお菓子を食べる。


 ミルフィーユうめー。

 バリバリしてる。


 あと、このベッドいい匂いがするー。


 ベッドの上でお菓子を食べるのはやめてほしいと言われるけど、これはやめられない。


 お菓子を齧り、枕に顔を埋め、バタバタと足を動かした。

 たまんねー。


 とそんな時、彼が帰ってきた。

 彼は酷く落ち込んだ様子だった。


 何かあったのかもしれない。


 私がベッドの上でお菓子を食べている事に気付いても、軽く眉をひそめるくらいだ。

 それだけで済ませるという事は、注意する気力がないほどに落ち込んでいるのだ。


「またか。最近、よく来るな」


 表情を緩ませて、彼は言う。


「何か元気ないねー。大丈夫?」


 心配だったので、そう訊ね返した。


「なんでもない。気にせず菓子を貪っていればいい」


 なんでもないようには見えない。


「本当に大丈夫?」

「ああ。大丈夫だ。もし心配だというのなら、そなたの顔を見ていていいか? それだけで癒される」


 そう言って、王子は私の顔をじっと凝視した。

 微笑と共に告げられた言葉、その眼差し……。

 私だけにそれが向けられたと思うと、落ち着かない。


 うっ……。


 まだ心の片隅に引っ掛かっていた恋心まで根こそぎ盗まれそうだ。

 これ以上、盗まれるのはいけない。

 身も心も全て盗まれて、完全に負けてしまう。


「……あと、ベッドの上で菓子を食べるのはやめてほしい」

「心底より成すべきと思う事はー、どのような貴人の言であろうともその行動を嗜める事はできないのだー」


 危なかった。

 もう少しで本当に盗まれてしまう所だった。


「我が国の偉人の言葉だな。そなた、意外と含蓄があるのだな」

「意外と、ってちょっと失礼じゃなーい?」

「すまぬな。……そなたは少しばかり、口調を改めた方が良い。今の喋り方はいささか……」

「バカっぽいー?」


 言いよどむ王子に訊ね返す。


「うむ。失礼だと思うが」


 言い難そうに王子は言った。


 言われ慣れている事なので、別に構わない。


「やーだよー」


 しかしどう言われようと、私に口調を改めるつもりはない。

 私はやりたくない事はやらない主義だ。


「そうか……」

「そーだよー」


 答えると、王子は小さく溜息を吐いた。


 どことなく、その仕草が色っぽく感じる。


 やっぱり王子は私の「いい男」なんだなと実感した。


 作る表情も、私に向ける言葉の選び方も、間の取り方も、所作も、あらゆるものが私にとって魅力的だ。


 何よりも彼と一緒にいる事は、とても楽しい。




「そなたはどうして私を助けてくれた?」


 私が王子の部屋に遊びに来ていた時、王子はそんな事を訊ねた。


「いつの事?」

「そなたと初めて会った時だ。暗殺者より、助けてくれただろう」

「ああ。あの時かー……。あれは助けたんじゃなくて、たまたまあの人の命を盗むように頼まれただけだよー」

「誰に頼まれた?」

「言ったらダメなんだ。これは裏社会の掟だからねー。ニャフフ」


 本当は弟からの依頼。

 その大元は、王子のおにーさんだ。


 依頼者が依頼者だけに、王子ならそれを教えてしまっていいかもしれないけれどね。

 何を言って依頼者を怒らせるかわからないから、一応伏せておく。


「ならば、何故そなたは私に会いに来る?」

「友達でしょ?」


 今はまだ。


「信じられないな」

「なんで?」

「私は、私が人に好かれる人間でない事を知っている。会う事で生じる価値が無い事も知っている。そんな私に会おうとする人間がいるなど、信じられない」


 価値、ね。


「価値かぁ……。確かに大事だよね。やっぱり、価値のあるものを盗む方がわくわくするし。返してあげた時の相手の反応とかも大きいしね」


 価値は大事かもしれない。

 でもそれは、物の価値の話だ。


 王子が言っているのはそうじゃなくて、人としての価値だろう。

 私としては、自分の価値について考える事は意味がないように思える。


 だから、王子の考えはよくわからない。


 とはいえ、王子にとっては文字通り大事な価値観なのだろう。

 それに照らし合わせて、私が会いに来る理由を納得できていない。

 だから、王子は私に訊ねたんだ。


 王子が自分の価値観を語るなら、いい機会だから私も語っておこうかな。


「殿下の価値はよくわからないけど、会いに来る理由はあるよ。悔しかったからって理由が」

「何が悔しいというのだ?」

「負けると悔しいじゃーん?」

「誰に負けた?」


 私は王子を指差す。


「覚えが無い」

「ちょっと恥ずかしいからまだ詳しくは言わないけどさー。私って、盗みが大好きなんだ。ちょっとは誇りとかも持ってる。だからさー、先に盗まれると悔しいんだー」


 そうだよ。

 あんなに容易く、不意打ちのように奪い去られてしまった事が悔しいんだ。


 王子のせいで、私のプライドは傷ついちゃったんだよ。


 王子が好きだという気持ちもあるけれど、悔しさもあるから私はここまで来たんだ。


「だから盗み返してやろうかなーって」

「命を?」


 何でそうなるしー?


「命を盗むのは好きじゃないって言ったしー」


 そう、私が欲しいのは命じゃない。

 王子の心だ。


 きっと、盗み返してやるんだから。




 王子が城を案内してくれるというので、私はその申し出を受ける事にした。

 城の人間に怪しまれないよう、メイドに扮して王子と城内を歩く。


 そうして、サロンへと案内された。

 するとそこには、男女の幼い子供達がいた。


 私はその子達に見覚えがあった。

 あの馬車にいた子達。

 王子が庇っていた子供達だ。


 多分、王子の弟妹だろう。

 どことなく似ていて、二人共可愛らしい。


「あ、兄上だ!」

「本当だ、兄上!」


 案の定、二人は王子をそう呼んだ。


「二人してどうしたのだ? 茶の用意もせずにこんな場所で」

「絵を見ておりました」


 王子の問いに、弟くんが答えた。


 その言葉に、私は彼らが先ほどまで見ていた方を見る。

 壁にかけられた一枚の絵がある。


 私には絵の良し悪しがわからない。

 けれど、良い絵だと思った。


「これは兄上のお描きになった絵なのでしょう?」

「……そうだな」

「私達、この絵を見に来たのですよ!」


 妹ちゃんが元気に答えた。


「そうか」


 答えて、王子は絵を見上げる。

 褒められたというのに、王子の表情は憂いに覆われていた。

 苦しそうですらある。


「ニャフフ、いい絵だねー」


 慰める意味もあって、私はそう告げた。


「あなた、その声……。どこかで聞いた事があるわ」


 けれど、妹ちゃんの方が私の言葉に反応する。

 姿を見られていたわけじゃないけれど、多分馬車で聞いた声を憶えていたのだろう。


 耳が良いんだねー。


 私は妹ちゃんに微笑み、答えを返す。


「この城のメイドでございますので、どこかしらでお聞きになっていらっしゃるかと」

「そう、かしら?」

「左様でございますとも、ニャフフ」


 妹ちゃんは、まだ釈然としない様子だった。


「そのような事より、殿下方はお兄様の事が好きですか?」


 誤魔化す意図もあって、私は王子の弟妹にそう訊ねた。


「大好きです」

「大好き!」


 王子の弟妹は迷いなく答えた。

 その答えに偽りがない事は、その態度を見ればよくわかる。

 二人は本当に、王子の事が好きなのだ。


「どうしてです?」

「優しいからです」

「遊んでくれるから!」


 今度も迷いなく二人は答える。


 私は、王子に向いた。


 この二人から向けられる裏表のない好意。

 これを王子はどう受け止めているのだろう?


 そう思って王子の顔を見ると、いまいち釈然としていない様子だった。

 きっと素直に受け取れていないんだろうなー。


 私は王子に身を寄せる。

 顔を見上げると、王子は赤みの差した顔を背けた。


 王子は鈍いというわけじゃない。

 ここまであからさまなら、その好意に気付いてくれる。


 弟妹二人の好意にも多分気付いている。

 なら、王子は人の好意から価値を見出すという事をしないんだろう。


 あくまでも、価値は自分で見出したいと思っている。


 弟妹達と別れ、王子は私を別の場所へ案内するためにサロンから出た。


 その途中、私は王子に声をかける。


「人に必要とされるって事は価値があるって事だよねー」


 それとなく、王子に気付いてもらおうと言ってみる。


「弟妹達の話か? あれは私でなくても良い事だ。たまたま接する機会が多く、懐かれているだけに過ぎない」


 王子は頑なだ。

 どうあっても、自分の価値を認めようとしないかのようである。


 実際、そうなのかもしれない。

 自分の価値を認めてしまう事に、恐れを抱いているのかも……。


 一度価値を得て、それを失う事は辛い事だ。


 弟妹とのやりとりからして、彼は絵を嗜み、しかしそれを捨ててしまったようである。

 あれだけの才を見せながら、それを捨て去るというのはよっぽどの事だ。


 彼が自分の絵を見上げた時、その表情には苦しさがあった。

 あの絵こそが、彼が失ってしまった価値なのだろう。


 その価値を取り戻してあげられないだろうか……。


「それだけじゃなくて、あの絵もだよー。見に来る人がいるから、飾られているんじゃない?」

「王族の描いた物だ。無下にはできまい。許可無く外せんよ」

「ニャフフ」

「……なぁ、私の絵には盗む価値があるか?」

「思わず手が出ちゃいそうだったよー」


 この言葉は嘘じゃない。

 あれはいい絵だ。


 私は盗みそのものに楽しみをいだく。

 だから価値を見て、物欲から盗みを働くわけじゃない。

 盗んでも返すのだから、盗む物の価値などどうでもいい。

 けれど、あれは欲しいと思った。


 求められる物は、価値があるという事だ。

 人が求める心、それこそが価値になると言ってもいい。


 多分、求められる物自身には、価値などないのだ。

 だから、自分自身で自分の価値を得るという事はできないのではないか、と私には思えた。


「そうか……」


 王子は微笑む。


 私の言葉だけで、頑なな彼の心が己の価値を認められるとは思えない。

 しかし、その一助になれればいいとは思った。


 それから数日して、私は王子から絵を贈られた。

 私へ贈るために描かれた、私の肖像だった。


 私はそれを受け取らなかった。

 けれど、代わりにそれを盗み取った。


「ニャフフ」


 嬉しかった。

 自然と笑みが零れるほどに。


 彼が私のためだけに描いてくれたものかと思えば、その気持ちは深くなる。


 思えば、私が盗んだ物を返さず、自分の物にしたのはこれが初めてだった。


 私のための絵だ。

 盗んだって誰も傷つかず、むしろ私の手に渡る事で喜んでくれる人がいる。

 不思議な気持ちだった。


 それに初めての物が、彼の描いた絵であるという事。

 とても嬉しかった。




 王子からメイド服を貰ってから、部屋へ忍び込む時、私はメイドのフリをする事が多くなった。

 進入経路から一階の窓へ入り込み、メイド服に着替えて城内を移動する。


 これなら怪しまれない。

 何より壁を登るよりも、楽だし。


 それに部屋だけじゃなくて、城の中を王子と一緒に行動する事だってできるのである。


 メイド服はとても便利である。


 その日も私は、王子と一緒に城の廊下を歩いていた。

 そんな時だった。


 廊下の行く手に、メイド達の集団が居た。

 どうやら、雑談しているらしい。


 メイドとして王族と並んで歩く事は不自然なので歩幅を狭めて、王子の後ろへ控えるようにして歩く。


 メイド達の様子が、王子は気になったらしい。


「どうした。お前達」


 王子は声をかける。

 すると、メイド達が揃って一礼する。

 その内の一人が口を開き、事情を説明する。


「実はここ最近、城内に妖怪が出るのです」

「妖怪だと?」

「はい。私共が複数人で歩いていると、気付けば見知らぬメイドが増えているのです」

「……」


 王子がチラ、とこちらへ視線を寄越す。


 何? 王子。

 私の顔に何かついてる?


 王子はすぐにメイド達へ向き直る。


「そのメイドの顔は見たか?」

「いえ、その妖怪は自然と私達の会話に混じってくるのですが、違和感を覚えてそちらを見る頃には、忽然と姿が消えているのです」

「ほう」

「ニャフフ、と笑っていたから多分、猫の妖怪か何かです」


 何でこっちをチラチラ見るしー?


「……あの、ところで殿下。そちらのメイドは……」


 メイド達がこっちへ視線を向けようとする。

 私はすかさず、手に持っていたコインを親指で弾いて壁に当てた。


 高い音が廊下に鳴り、その場に居た全員が音のした方を向いた。

 その隙に、壁と反対側の窓の外へするりと出た。


 ここは二階の廊下。

 外に地面はない。

 鉤縄を投げて城壁の出っ張りに引っ掛け、振り子のように移動する。


 その先にあった窓から飛び入ると、メイド達の背後へ出た。

 たまたまそこにあった花瓶を置く台の影へ隠れる。


「あ、いない!? よ、妖怪……!」

「……メイドなど、最初から連れていない」


 王子が歯切れ悪くそう答えた。


「嘘です! さっきチラチラ見てましたよ!」

「気のせいではないかな? では、私はこれで……」


 メイド達の追及を逃れて、王子はこちらの方に歩いてきた。

 そんな彼にさりげなく合流する。


「また出た! やっぱり妖怪!」

「王子に憑りついてるんだわ!」


 そんなメイド達の騒ぐ声を背中に、私達は廊下を歩きだした。


「目立つような事は止すがいい」

「目立たないためにしたんだけどー?」

「逆効果だと思う」




 メイド服を得てから、私は王子と一緒に時折城内を歩くようになった。


 王子のおにーちゃんと遭遇して喧嘩を売られ、求婚されるという珍しい経験もした。

 心を盗まれる気も盗む気も起きなかったけれど。


 それから、時折一人でうろつく事もあった。


 私はその日、一人で廊下を歩いていた。

 すると、前方から王子のおにーちゃんが歩いてきた。

 二人いるおにーちゃんの内、上の方のおにーちゃん。


 第一王子である。


 第一王子は私を見ると難しい表情になった。

 私はメイドらしく道の横へ控え、恭しく礼をする。


「あまり城内を出歩くな」


 けれど、第一王子は足を止めて私に言った。


「どうしてでしょう?」


 顔を上げて訊ねる。

 第一王子は、こちらに顔を向ける事無く答える。


「山賊が闊歩していい場所ではないというのが一つ。あとは、城内にお前の存在を知られたくない人間がいるのが一つ」


 私の存在を知られたくない?

 誰に?


「まぁ、それはいい。礼を言っておこうと思っていたんだ」

「何ですか?」

「お前の意図は知らぬが、弟が価値を取り戻した。きっとそれは、貴様の存在があったればこそだ」

「そんな事ですか」


 わざわざこんな事を言いに来るなんて……。

 この人も、それなりに兄弟を想っているという事なのかな。


「自分で自分の価値を計る事は、意味のある事でしょうか?」

「価値は大事なものだ」


 第一王子は、きっぱりと言い切った。

 その考え方は、私と違う。


 そう思ったのだけれど……。


「お前のように自らの価値など顧みず、それどころかその尺度すら持ち合わせぬ者がいるように。それとは逆に、価値を必要とする人間もいる。そういう事だ」


 あー……。

 そーなんだー。


 この人は、私と考え方が近いんだ。

 という事に気付いた。


 その上で、王子の考え方も理解している。


 やっぱり、おにーちゃんなんだなー。

 私も王子の事を理解しているつもりだったけれど、この人の方が理解は上だったみたいだ。


 それはそれでちょっとくやしー。


「めんどーな生き方だと思いますけどねー」

「そうはいかぬ。王族であるならば、特に考えずにはいられない。民に尊ばれ、養われる価値があるか……。貴様とは育ちが違うという事だ」


 なるほどなー。


「私が言いたい事はそれだけだ」


 そう言うと、第一王子は歩き去って行った。




 その日は、王子と二人で庭を散策した。


 王子自身、ここを気に入っているのかもしれない。

 よくここへ連れてきてくれる。


 その中でも、多くの花壇が並ぶ一角があり、そこには色とりどりの花が植えられている。

 まるで花畑のように、一面が花に溢れた区画である。

 花はどれも丁寧に世話がされているようで、彩りは鮮やかだった。


 その花壇の内、一つだけ他の花壇から離れた所にある花壇。

 そこに近づいた時だった。


「待て、それに近づいてはならない」


 不意に王子が止めた。


「どーしてー?」

「それは母上の花壇だ」


 母上。

 またかー。


「これも何か危ないのー?」

「いや、いたって普通の花が植えられているだけに過ぎない」


 じゃあ、別にいーんじゃないー?


「これは母上がご実家から土ごと持ってこられたものでな」

「すごく大事にしているから、荒らされると怒るとかー?」

「夜な夜な苦しげな男のうめき声がする」


 えー……。


「母上も時折、一人でここの花に話しかけにくる時があってな……。何か得体が知れないのだ。近づかぬ方が良いと思う」

「うん。そーする」


 王子のかーちゃん。

 どんな人なんだろー?




 あ、今日いける気がするー。


 王子の部屋へ向かう途中、ふとそんな事を思った。

 私はメイド服を着て、廊下を歩いていた。


 私が彼と多くの時間を共にして、何をしてきたか。

 彼の心を盗むために、どのような事をしてきたか。


 特別な事は何もしていない。

 ただ、時間を共にしてきただけだ。


 それでも思うのだ。

 私は、王子の心を盗む事ができたのじゃないだろうか? と。


 直感的に思った。


 うん。

 今日、気持ちを伝えよう。


 そう決めた時は特に気にならなかったのだが……。

 これから何をするか自覚していくと、次第に緊張してくる。


 廊下を一歩ずつ進める度に胸が高鳴る思いだった。


 王子の部屋へ入る。


「ねーねー、王子さぁ、私の事好き? 愛してる?」


 私は早々に訊ねた。


 椅子に座って何かスケッチしていた王子は、私の顔をなんとも言えない表情で見た。

 口を開けて呆気にとられているようだ。


「何故、そんな事を聞く?」


 ややあって、王子はそう訊ね返した。


「聞かないとわからないから」

「何故知りたがったのかという意味なのだが」


 少しばかり怯みそうになる。

 訊くんじゃなかったかな? と後悔する。


 もしかしたら、「別に好きじゃないよ」と言われるかもしれない。

 そんな事を思って不安になる。


 でも今、すぐにでも王子の心が欲しいとも思う。

 ここで得られるのなら、それはとても素敵な事だから。


 だから、今すぐに答えを知りたかった。

 不安で口を閉ざしてしまうより、本心を語ってしまうべきだ。


 私は、やりたい事があれば誰が止めようとやる主義なのだ。

 ここで答えないという選択肢は無い。


「まー、もう教えてもいいかな。えーとねー、そろそろ盗み返せたかなって思ったんだよ」


 少しだけ考え込み、王子の表情に驚きが浮かんだ。


「まさか、そなたの盗まれた物と言うのは――」


 王子は察した様子で、言葉を失った。


「一目惚れでしたー」


 それに対し、私は力強く答えた。


 さぁ、私は心の内をさらしてしまった。

 どうなる?

 王子は、どう答えてくれる?


 王子は、私の事をどう思ってくれている?


 その答えを待つわずかな時間が長く感じる。

 すっごいドキドキする。

 不安があって、期待もある。

 胸の高鳴りが心地良い。


 もう後戻りはできない。

 これで心を盗めていなければ、私の完全な負けだ。


「ならば、確かに私はそなたに盗み返されたのだろう」


 そして、王子はそう答えた。


 ああ、そっか。

 そうなんだ。


 呆気ないほどあっさりとした答えに、私はそんな呆気ない気持ちを抱く。


 実感が、少し遅れて追いついてくる。


 私は、王子の心を盗む事ができたんだ。

 それを実感すると、満足感が心を満たした。


「その証明を受け取ってくれるだろうか?」


 続けて、王子は言う。

 そして椅子から立ち上がった。

 私の方へ近付いてくる。


「夜にでも盗りに来るよ」

「物ではないよ」


 答える私に王子は反し……。

 私の身体を抱き寄せた。


 少し驚いたけれど、柔らかく抱き締める腕を私は振りほどかなかった。

 彼の腕に身を任せる。


 王子の顔を見上げる。


 相変わらず、いい男だ……。


 その顔が近付いてくる。

 私は王子がしようとしている事を察した。

 目を閉じる。


 私もまた、そうしたいと思ったから。


 なんだか、また何か別の物を盗まれた気がする。

 それが何かわからないけれど……。


 それでもいいと思った。

 もう、私の負けでいーや。

 そう思った。




 その後、私は結婚の許可を得るため、王子と一緒に王妃様と会った。

 王子のおかーさんである。


 王子のおかーさんを一目見て思った事だが。

 とても怖かった……。


 何が、とは言えない。

 ただ、怖い人だとすぐにわかった。


 人間に対して、こんなに怖いと思ったのは初めてだった。


 これは逆らってはならないタイプの人だ。

 私のかーちゃんと似た雰囲気ではあるけれど、こっちの方が怖い。


 ……よく見ると、どことなくほんとーにかーちゃんと顔も似ている気がする。


 これから、この恐ろしい人と関わっていく事に不安はあるけれど……。

 王子のそばにいられるというのなら、その不安は飲み込む事もできるだろう。


「私には君の隣にいる価値があるだろうか?」


 王子が、私に訊ねた。


 王子の価値観を私は理解する事ができないままだ。

 人に価値を求める事は不毛だという考えは、今も私の中にある。


「正直に言えばー、価値とかどうでもいーんだ」


 だから、私は素直に自分の気持ちを答えた。




 店での宴が終わって、私とダーリンは夜の街を歩いていた。


「前にさ、言ってたよねー」


 私が声をかけると、ダーリンは私の顔を見た。


「自分の価値がどうとかー」

「ああ。そうだな」

「今でもそー思ってるー?」


 訊ねながら、私はダーリンの顔を見上げた。

 彼は、少し思案してから答える。


「どうだろう。ずっと考えてきた事だから、すぐに捨てられない考え方だと思う。何故、そんな事を訊いた?」

「そういうのって、意味がないと思うんだー」

「どうして?」

「自分の価値は自分で決める物じゃないから」


 私は自分の考えを告げた。


「自分の価値は、自分じゃなくて他人が決めるものなんだよ。自分で見つけようとしても、見つかるわけがない」

「そういう……物かな?」

「うん。私はそー思うよ。人から認められる事で、そこに価値は生まれるんだ」


 訊ねるダーリンに答え、私は笑う。


「それに、生きる上で自分の価値がどーとかあんまり関係ないんだ」

「そういうものか……。私には、そう思えないが」


 それは、ダーリンがそういう生き方をしてきたからかもしれない。

 第一王子がかつて言っていた事を思い出す。


「いー事を教えてあげよー。ダーリンは知らないかもしれないけれど、実は人から何かを盗む事は悪い事です」


 私が言うと、その唐突さに驚いたのかダーリンは奇妙な表情になった。


「知っているが?」

「悪い事というのは、人から認められない事。それでも、私は人から盗む事をやめるつもりがありません」

「何が言いたいんだ?」

「さっきも言ったけど、認められない人間に価値は与えられない。つまり、私に価値はないって事なんだよー」

「……そうは思えない。私にとってお前は、唯一無二の価値を持つ人間だから」


 不意打ちはずるいー。

 ちょっときゅんときた。


「まぁでも、私は自分の価値なんて気にしなくても生きていける。だから、意味がないと思うんだ」

「それは、お前だからだろう。私は、そこまで強くない」

「うん。わかってるよー」


 それが必要な人間だっている。

 きっとダーリンはそんな人間なのだ。


 自分の価値を計らなくちゃ、生きて行けない。


 なら私は、ダーリンのために価値を与えよう。


 私はダーリンの前へ行き、立ち止まった。

 私が足を止めると、ダーリンも足を止める。

 互いに見詰め合う。


「まぁ、どうであれ……。私としてはー、ダーリンと一緒に居られるだけでいーんだよ」


 私にとってのダーリンは、そんな存在だ。

 それが私のダーリンに対する価値だ。

 子供の頃はどっちも使っていますが、長女は大人になってからは笑い方を使い分けています。


 ニャフフ(好意)

 ニョホホ(威嚇、煽り)


 あと、この話を書くに当たって過去の話を読んでいたのですが……。

 第三王子は、ニャフフが次兄を倒す時にあった一瞬の攻防を全て見切っているんですよね。

 絶対に戦いの才能もありますよ。


 第三王子「恐ろしく速い突き。私でなければ見逃してしまうな」


 ちなみに、とーちゃん直伝の進入経路は間違えなければ警備の間隙を衝いて最奥まで行けるようになっており、最奥には妹様ラスボスがいます。

 経路を知る者は概ね妹様の知り合いであり、たとえ偶然無関係の誰かが見つけて忍び込んだとしても最終的に燃やされるか真っ二つにされます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 花壇! 持ち込みでかつ今も今も……。 役目を担わされている方々(複数形)は後書きでも示唆されている……。 読んで楽しませていただいています。 ありがとうございます。
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