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根城での出来事 裏

 根城で起こった、モメ事の話をしよう。




 事の起こりは、ある日の仕事帰りだった。


 まぁこれは本当に起こりも起こり、話の触りにもなりゃしないような最初の部分で、本題に足すら突っ込んでいないようなもんなんだが……。

 話始めるとすれば、ここからだろう。




 一仕事終えて、仲間達と根城に帰っている途中の事だった。


 今回の獲物は久々の大きな隊商で、傭兵を雇っていて手強かった。

 怪我人も何人か出たが、でもその分だけ成果は上々で馬車ごと奪って金目の物も食料も多くいただく事ができた。

 傭兵達の装備も良い物揃いで、戦力の増強もできた。

 良い事尽くめだった。

 事が起こったのは、そんな時だった。


 根城が見えてきた頃。


「おい、オーク。今日は飲みに行こうぜ」


 俺は隣を歩く仲間に声をかける。

 イノシシみたいなつらの奴だ。


かしら、そのあだ名やめてくれやせんか?」


 奴は不満そうに言う。


「なんで?」

「そんなあだ名付けられて、喜ぶやつなんざいねぇでしょう」


 オークってのは、物語に出てくる想像上の生き物だ。

 イノシシの顔をした人型の怪物で、女をさらって孕ませると言われている。


「だってお前、イノシシみたいな面で、それに女をさらって住処すみかで囲ってるし。ぴったりじゃねぇか」


 今、こいつの家には浅黒い肌の美女がいる。

 奴隷商人の馬車を襲った時の戦利品で、母娘おやこ揃って売られる所だったのを根城へ連れてきたのだ。

 その二人は今、こいつの家で暮らしている。


「そんな何人もいやせん。一人だけです。それにあの二人と暮らしてるのは、頭が引き取れって言ったからですぜ」

「そうだったな」

「むしろ、さらった女にガキ産ませまくってるかしらの方がよっぽどオークじゃねぇですか」

「そりゃあ……仕方ねぇじゃねぇか」

「何が?」


 いい女ってのは抱きたくなるもんだし、ヤればできちまうもんだ。


「真面目な話、どうしてあの母娘おやこを俺に預けたんですか?」


 問われて、俺は空を見上げた。


 何で、か……。


「傷ついてたみたいだったからな」


 あの母娘おやこを見た時、心身ともにボロボロなんだろうとすぐにわかった。

 色んなものによってたかってなぶられた。

 そんな風に見えた。


 二人をなぶったものは、人なのか、それとも運命そのものなのか、そいつはわからねぇ。

 ただ、あの二人は疲れ切っていた。


 だから二人を守って、癒してやれる奴に預けるべきだと思ったんだ。


「あの女は、山賊の慰み者になるとわかっていながら、あからさまに安堵していた。鈍感な俺がすぐに気付くほどあからさまに、だ。それはよっぽどの事だぜ。それほどに傷ついていたんだ。だからだよ」

「だから、俺に? よくわからねぇ理屈だ」

「お前は俺の知る中で、一番いい男だからだよ」

「買いかぶりですぜ」

「そうでもねぇさ。俺が世辞を言う男だと思うか?」


 訊ね返すと、奴はイノシシみたいな顔にまんざらでもなさそうな笑みを作る。


「思いやせんね」

「だろ? ……お前は自分が思っている以上に気持ちのいい人間だ。お前なら、あの二人の心を守ってやれる。癒してやれる。そう思ったんだよ」

「そうまで言うんなら。まぁ、おだてられておきやしょうかね。癒せるかどうかは別として」

「いや、お前はそれなりに癒し系だ。つらだってよく見りゃ可愛げがある。……いや、すまねぇ。嘘を吐いた。どう見てもひでぇ面だ」

「そりゃねぇや」


 そんな事を言っていると、後ろから仲間の一人が走って来た。


かしらぁ!」


 その様子は切迫しているように見えた。

 何か大変な事があったんだろう。


「何だ?」

「この根城に向かって、二、三十人程度の集団が近付いてきやす!」


 討伐軍か?

 いや、あの女……俺の義妹になるあいつとの取引でこの根城は目零してもらっている。

 あいつがこの根城にいる以上、約束を反故にされる事も無ぇだろう。


 なら、別の一団か。

 商人が金で雇った傭兵かもしれねぇ。


「武装は?」

「革鎧に、剣やナイフ。あとは弓ですかねぇ」


 装備がお粗末だ。

 傭兵ですらないかもしれない。

 じゃあ何者だ? その連中は。


「案内しろ。お前ら、ついてこい」


 仲間達に言う。


「へい」


 返事をして、イノシシ面を始めとした数人がついてくる。


 近付いてくる連中が何者であっても、このまま根城までついてこられるのは危険だ。

 きっちり見極めないといけねぇ。


 仲間に案内させて、その連中の所へ向かう。

 相手から見えない物陰に隠れ、その様子をうかがった。


 一団は、あまり風体のよくない連中の寄せ集めのようだった。

 装備された革鎧や武器に統一性がない。


 なんとなく、そいつらの正体に思い至った。


「どうしやす?」


 仲間が訊ねてくる。


「話をしてくる」


 俺はその一団に向けて馬を進めた。

 俺の後ろを仲間達もついてくる。


 謎の集団の男達が俺に気付いて警戒する。

 が、その中で先頭にいた男が合図をすると、その警戒が解かれる。

 先頭の男が馬を歩ませて前に出てきた。


 男は背が高く、頭はてっぺん以外の髪をかりあげた変な髪形だった。


 かりあげ頭は俺の目の前まで来ると、にやりと笑った。

 どことなく、挑戦的な笑顔だった。


「俺は、北の方で山賊をしていたもんだ」


 やっぱりな。

 盗んだり、奪ったり、そうして手当たり次第こだわり無く装備を整えるから、山賊の装備は統一性がないんだ。


「俺はこのあたりで山賊をしているもんだ」


 俺も同じように自己紹介する。


「ああ。噂には聞いてる。だから、あんたを頼ってきたんだ」

「どういう事だ?」

「うちの根城が国の討伐軍に焼き討ちされちまってな。逃げてきた。それで、あんたの所で厄介になりてぇ」


 なるほどなぁ。

 疲弊した様子なのは、そのせいだろう。


「ガハハ。いいぜ。同じ山賊同士だ。歓迎してやるよ」

「ありがてぇ」


 奴の後ろにいる連中を見る。

 多分このかりあげ頭の仲間だろう。

 仲間が言っていた通り、二十人ちょっとって所だ。


 ただ、その数全てが山賊かと言えばそうでもない。


 荒くれ野郎共の中に、ちらほらと女が混じっている。


 女達は誰もボロボロの布切れみたいな服を着て、えらく汚れていた。

 手は縄で縛られていて、男達以上に疲れているように見えた。

 ここまで、縄で引かれて歩いてきたんだろう。

 明らかにその女達は山賊の一味じゃなかった。


 となると、山賊は集団の中でも十人ちょっとぐらいだ。

 妙に少ないのは、討伐軍にやられたからか。


 しかし……。


 山賊にとって女は物だ。

 その扱いも当然と言えば当然だが……。

 粗雑に扱うのは気に入らねぇな。


「今しがた奪ってきた馬車がある。女達をそこに入れてやりな」

「女共を? まぁいいぜ。あんたに従うさ」


 かりあげ頭は苦笑する。


 何がおかしいんだよ?


 そうして俺は、連中を根城へ受け入れる事になった。


 まだ、この時は何事もなかった。

 ただ山賊の仲間が増えて、仕事がやりやすくなった。

 根城も賑やかになっていいもんだ、なんて思っていた。


 だが、平穏が崩れ始めたのはそれから半月ほど経った頃だ。




 山道で、隊商を襲った時の事だ。

 新しく入った連中とも一緒だった。


 この山道というのは、商人にとって抜け道のようなものだ。

 本来、この山を通るためには関所を抜けなくちゃならない。

 が、商人の中にはそれを嫌う奴がいる。


 手形を持っていなかったり、検分されちゃ困る品を積んでいたりする連中だ。

 欲を出して非合法の品に手を出す奴はそれなりにいる。

 そういう奴らは、関所を通らなくていいこの抜け道を通るのだ。

 俺達が狙うのは、そういう連中である。


 こういう連中は元々後ろ暗い部分があるので国に助けを求める事があんまりないし、たとえ通報したとしてもあの女がそれを握り潰してくれる。


 あの女はこの道を当然把握していて、俺達が襲いやすいようにわざとこの道を残している。

 表沙汰にはできないが、最大限に便宜を図ってくれているのだ。


 というより、違法商人取締りの一環として俺達が働いているという構図が正しいのかもしれないな。


 道の周囲にある木々や岩の陰に隠れて、俺達は獲物が通るのを待っていた。

 俺は大きな岩に背中を預けて座り、隠れていた。

 その隣には、かりあげ頭がいる。


「なぁお前、女と二人で暮らしてるんだってな?」


 暇つぶしのつもりで、俺はかりあげ頭に話を振った。


「ああ。そうだぜ。それが何か?」

「そいつはお前の良い女か?」


 訊ねると、かりあげ頭はおかしそうに笑った。


「何言ってやがる。女なんて、ただの穴じゃねぇか。良い悪いもねぇだろうが」

「それもそうだな」

「まぁ、具合は確かに良い。だから長く置いてるだけだ」

「ふぅん」


 うちも似たようなもん……になるのか?

 こいつも俺と同じなのかもしれねぇな。


 少しだけ、親近感が湧く。


「ガキはいねぇのか?」

「ハッハッハ」


 また、かりあげ頭は笑った。

 面白い冗談を聞いたような、心底から楽しそうな笑い方だ。


「何がおかしいってんだ?」


 何故笑うのか解からなくて、俺は訊ね返した。


「おかしな事を言うからさ。何度かできたぜ。そりゃ、毎日ヤってりゃできて当たり前だ」

「そのわりに、子供がいなかったじゃねぇか」


 根城に来た集団の中には、一人も子供がいなかった。


「そりゃそうだ。できたって邪魔になるんだ。殺しちまうに決まってるじゃねぇか」


 俺は言葉を失った。

 ガツンと頭を殴られたような、そんな戦慄にも似た感情を覚えた。


「まぁ、できてようが構わず突き上げてやれば、殺そうとしなくても流れちまうけどな」

「そうか……。でも、ここではそんな事するんじゃねぇぜ」

「何で?」

「育てるのが面倒なら、他の奴に任せればいい。何なら、うちで面倒見てやる。だから、次に子供ができたら殺すんじゃねぇぜ」

「至れり尽くせりだな」


 そう言って、奴はニヤニヤと笑った。


「お、来たようだぞ」


 木の上に隠れていた仲間から、合図があった。

 それは、獲物が近付いているという合図だった。


 見ると、五台ほどの馬車が連なって山道を進んでくる。


「行くぜ」


 獲物が目の前まで来るのを少し待ち、機会を見極めて合図の笛を吹き鳴らした。


 最近の仕事はとてもやりやすい。

 それは仲間が増えたからという所もあったが、何よりかりあげ頭が優秀だったからだ。

 腕っ節が強く、人の動かし方が巧い。

 盗賊の頭だっただけあって、頭として必要な能力に恵まれていた。

 だから今日も仕事はあっさりと終わり、積荷を奪い取る事ができた。


「抵抗する奴はもういやせんぜ」


 イノシシづらが俺に言う。


「おう。じゃあ、お宝をいただこうぜ!」

「へい!」


 むさ苦しい面に二人笑顔を作り、言葉を交わす。

 そんな時だった。


 女の悲痛な叫びが響いた。


 俺はイノシシ面と顔を見合わせると、悲鳴の聞こえた場所へと向かう。

 するとそこでは、一人の若い女が男達から逃げようとしている姿があった。

 男達は、かりあげ頭が連れてきた新しく入った連中だった。


 女は、身形みなりからして奴隷の類じゃなかった。

 多分、隊商を率いてきた商人の一族だろう。


 男達は女が逃げる方向に回り込み、女を逃さないよう立ちはだかる。

 女はそんな男達の囲みから逃げようと、必死の様子で走り回る。

 そんな女の様子を見て、男達は楽しそうに嘲笑っていた。

 捕まえようと思えばいつでも捕まえられるのに、女が怯えて逃げ惑う様を見て面白がっているのだ。


 その遊びに飽きたのか、一人が女を捕まえて組み敷いた。


「ぐへへ」

「きゃー!」


 悲鳴を上げて抵抗する女だが、非力な腕ではそれも虚しいだけだ。

 男の無骨な腕に掴まれて、身動き取れなくなった。

 男は服を破り捨て、女を裸にする。

 女の頬を涙が伝い、抵抗の揺れで水滴が弾けた。


「止めろ!」


 俺はそんな連中に向かって声をあげた。

 男達の動きが止まり、視線がこちらに向いた。


 そんな男達の所へ歩いていく。


「どけ」


 女に覆いかぶさろうとしていた男に強い口調で言う。

 男は不満そうな顔を隠そうともせず顔を顰め、しぶしぶながらも従って女から離れた。

 女は男が離れると、服の破れた部分を手でなんとか隠しながら、恐々とした様子で立ち上がる。


「行け」


 そう言うと、女は一つ頷いてその場を離れようとする。

 が、そんな女を一人の男が遮り、その腕で女を抱き捕まえた。


「このまま逃すつもりなのかよ?」


 女を捕まえた男は、あのかりあげ頭だった。


「女も立派な戦利品だ」

「わかってるぜ」

「そうか。でも、俺にはわからねぇ。頭として、良いと思った物を自分の物にするってならわかる。だが、ただ逃すってのは何だ? わけがわからねぇよ」


 問い返され、俺は奴を睨み付けた。


かしらがそうしろって言ってるんだ。言う通りにしやがれ!」


 俺の隣にいたイノシシ面がかりあげ頭を怒鳴りつけた。

 奴はおどけたように肩を竦める。


「そりゃそうだな。あんたはかしらだ。好きなように振舞うのもいいだろう。だが、生かして帰すのだけはいかんだろ?」


 そう言うとかりあげ頭はナイフを抜き、女の背中に突き立てようとした。

 振り下ろされたナイフの持ち手を俺は掴んで止めた。


「やめろ」

「女を逃せば、国の討伐隊がここに来るかもしれない。そうなれば仲間が危険に晒される。あんたのやり方は山賊としても頭としてもなっちゃいねぇと思うんだが……。違うか?」

「ああ。違うと思うからそう言っているんだぜ。ガハハ」


 これはあの女からの仕事でもある。

 たとえこの女から情報が漏れても、軍が俺達を討伐に来る事はない。


「たいした自信だな。そこまで言うなら、従ってやる」


 かりあげ頭は女を離した。

 女は一目散にその場から走って逃げていった。


 女の姿が見えなくなると、奴は再び俺に言葉を投げる。


「でも、やっぱりあんたは相応しくないな。女を逃すような甘い人間は、かしらとしても山賊としても、相応しくねぇ。山賊ってのは、人の物だろうが何だろうが力ずくで奪い取って、自分の『したい事』を好き勝手にやるもんだ。そうだろう?」


 奴は俺を睨みつけて言い、そして問い掛けた。


「間違っているのは俺か? それともあんたか? 盗賊らしいのはどっちだ? ん?」

「俺が好き勝手に生きてないと思うか? ガハハ」

「ふっ。まぁどう言おうが、事実は変わらねぇよ」


 そうは思えねぇってか。


 奴は俺を嘲笑うと、俺の横を通り過ぎて歩いていった。


 それに続いて、その場にいた奴の仲間達もその場から離れていく。

 そいつらもまた、俺の事を侮るように笑っていた。


 好きな事を好きにやるのが山賊、か。

 俺ほどそれを実践している奴もそうそういないと思うんだがな。




「頭! あの連中、どうにかならないんですかい?」


 仲間達が何人か俺の所に来て、代表の一人が強い剣幕でそう切り出す。

 その仲間達は古参の連中で、俺がガキの頃から付き合いのある奴らだ。


「連中ってのは、新しく入った奴らか?」

「そうでさぁ! あいつら、この根城で好き放題しやがってみんな迷惑してるんでさぁ!」


 代表の一人が答えると、次々に他の奴らも口々に不満を口にする。


「喧嘩はふっかけてくるし、うちのカカァに手を出そうともしやがる」

「頭の悪口だって言ってるんですぜ!」

「そうだ。特にあのかりあげ頭の野郎は、ひでえ言い様だ! 俺はそれに腹が立って殴りつけてやったんだ」

「で、ボコボコに返り討ちされたんだよな」

「うるせぇ!」


 まぁ、あいつは腕が立つからな。

 何度か一緒に仕事をすれば、それはよくわかる。


「まぁ落ち着けや。まだ仲間になって間もないんだ。慣れてないだけかもしれねぇだろ。喧嘩っ早いのは、荒くれ者の多いここでも珍しくないじゃねぇか」

「ですが、かしら……」

「頼むぜ。もう少しだけ、俺の顔を立てて大目にみてやってくれよ。俺も、奴らが馴染めるように頑張るからさ」

「……かしらがそう言うなら」


 そう言って、仲間達は引き下がってくれた。


 その日の夜、俺は酒場で一人酒を飲んでいた。

 そんな時、酒場に新しい客が入ってくる。

 気にもせず酒を飲んでいると、俺の隣に誰かが座った。


 見ると、イノシシ面だった。


「何か用か?」

「このままでいいんですかい?」

「あいつの事か?」


 あいつ、というのは勿論、かりあげ頭の事だ。


「あの野郎は、頭に取って代わろうとしてるようですぜ」

「まぁ、そうなんだろうな」


 今、この根城で起こっているモメ事。

 その大元は、多分あいつだ。


 古参の仲間達とモメ事を起こすのも、あのかりあげ頭が俺に不満を持っているからだ。

 それはあいつの仲間も同じ事。

 あいつの仲間だった連中は、今でもあいつを頭として扱っているように思える。

 下についている人間ってのは、頭の行動に着いていくもんだ。

 かりあげ頭が俺を気に入らないと思うなら、その考えは下の人間にも浸透する。


 別に俺を頭だと思っていないのは構わないんだが、あいつが馴染もうとしない限り他の連中もこの根城に馴染まないだろう。

 それが良くない。


 俺としては、仲良くしてくれると嬉しいんだがなぁ……。


「それで最近じゃあ、奴と一緒に来た連中だけじゃなく、ここの若い連中も奴に取り入ってる始末ですぜ」


 若い連中ってのは、ここで生まれ育った奴や、子供の頃に連れられてきた若い世代の奴らだ。

 そいつらがかりあげ頭の取り巻きに加わっている事には、俺も気付いていた。


「ガキ共は、向こうの方がいいか」

「若い奴らは、頭の事をよく知らねぇだけだと思いますぜ」

「俺はそんなにわかりにくい男か?」

「到底そうは思えねぇ。かしらが何かする時は、だいたい顔に出やすからね」


 流石にそこまでわかりやすくはねぇだろうよ。


「ただ、今の頭のやり口が若い連中には合わねぇのかもしれやせん」


 今の俺のやり方、か。


 甘い、と奴に言われて、確かにそれを否定できない部分がある。

 獲物を逃すなんて事は山賊としてあっちゃいけない事なんだろう。


「思えば俺も、前は逃がすような事なんてなかったな」


 殺すなんて事もなかったけれど。

 女だったら誰でもよくて、見つければその場で犯すなんて事何度もあった。

 それは山賊として当たり前の事で、何もおかしな事じゃねぇ。

 何の疑問も持たず、俺はそうしていた。

 そういう事が楽しいと思っていた時期もある。

 それがその時、一番『したい事』だったからだ。


 でもあれは俺が若かったからなのかもしれない。

 いつからか、俺は女を見つけても手を出さなくなった。

 それが『したい事』じゃなくなったからだ。


 今の俺は、女への興味が薄くなっている。

 もし、襲った馬車の中に気に入った女でもいれば連れ帰ったかもしれないが……。

 たとえ女がいたとして、どうしてもあいつと比べちまうんだよな。

 そして比べちまうと、他の女は劣っているように思える。


 今の俺は、あいつ以外に興味が持てないんだろう。


 だが、俺だけがそうだったとしても、それが俺だけの事で済むとは限らない。

 俺が手を出さなくなると、他の仲間達も自然と女に手を出さなくなった。


 別に、女に手を出すなとは言っていないが、かしらが率先して行動すればそれに従う人間は逆らいにくいもんだ。

 それを不満に思う奴がいてもおかしくはないだろう。

 特に若い連中はそうだ。


 そいつらにとっての『したい事』は、かりあげ頭の『したい事』に近いんだろう。


「なぁオーク」

「そのあだ名やめてくだせぇ」


 奴はそう言うが、俺は構わず言葉を続けた。


「今の俺は、山賊に向いてねぇのかな?」

「十分向いてると思いますぜ」


 そう言われて、少しだけ心が楽になった。


「ガハハ。なぁ、奴は頭になろうとしているんだよな?」

「へい。この根城を乗っ取るつもりなのが見え見えでさぁ」

「正直に言えば、俺はそれでも構わねぇんだ。元々俺は、みんなが頭に相応しいと言ってくれたから頭をやっていたんだ。だから、みんなが俺より奴を相応しいと思うってんなら、俺は頭の地位なんて惜しく無ぇ」

「そうですかい」

「正直な所。お前は俺をどう思ってるんだ? 今の俺に不満があるんじゃねぇのか? オークみてぇな面してるし、性欲強そうだ」

「適当な事言わねぇでくれやせんか? ……でも真面目な話、俺はあんたのやり方の方が好きですぜ。おかげで、美人の嫁さんと娘ができやしたし。他の連中も、今の根城が好きなんじゃねぇですかねぇ」


 奴は冗談めかして笑う。


「で、お前はこれからも子供を増やしていくんだろ? オークみたいに」

「やめてくだせぇ。ていうか、頭に言われたくねぇです」


 まぁ、新しい連中はいろいろと厄介ではあるが、まだたいした事件が起こったわけでもねぇ。

 衝突があるのはまだ慣れてねぇだけってのも考えられるし、まずは様子を見た方がいいだろう。

 それから少しずつ、馴染んでいくように配慮していこう。




「あの」

「ガハハ。何だ?」


 夜、家に帰るとあいつからある話を切り出された。

 それは、この根城に住む女が同棲している男から酷い扱いを受けているかもしれないという話だった。


「どうにかできないでしょうか?」


 どうやらこいつは、その女を助けてやってほしいと言いたいようだ。

 だが、かしらとはいえ、口を出せる事にも限度がある。

 それぞれの家の事に口を出すのは、明らかにその限度を超える。


「まぁ、ひでぇ話だとは思うがな。俺から口を出すつもりはねぇぜ」

「何故?」

「俺は頭だが、それは山賊稼業での話だ。よそのうちの事にまで、口を出せるもんじゃねぇ」


 そう答えると……。


「そうですか……」


 表情は変わらないが、どことなく落ち込んでいるように見えた。


 こいつの話からして、酷い目に合っている女はあのかりあげ男がそばに置いている女だろう。


 仕方ねぇな……。


 その翌日、俺はかりあげ男に会いに行った。

 今日は仕事もなく、奴は家にいるそうだった。


 玄関のドアを叩くと、奴の仲間の一人が出てきた。

 そいつは客が俺だと知ると、俺を侮るように笑った。


「どうぞ」


 男に中へ案内されて、家の中へ入った。


 かりあげ頭は、家の居間で仲間達と酒盛りをしていた。

 奴は部屋の奥で、椅子に座って酒瓶を煽っていた。


 俺が案内されてそこに足を踏み入れると、男達の談笑が途切れる。

 部屋にいる全員の視線が俺に注がれた。


 その中を進み、かりあげ頭の前に立った。


かしらか。何の用だ?」

「ガハハ。少し話しておきたい事があってな」

「何だよ?」

「お前、自分の女を手荒く扱ってるらしいな」

「女じゃねぇよ。ただの物だ。わかってんだろ?」

「どっちでもいい。一緒に住んでるなら、乱暴に扱うな」


 そう言うと、かりあげ頭は笑った。


「悪いが、聞けねぇな。あれは俺の物だ。俺の好きにして何が悪い?」


 やっぱりな。

 そうなるよな。


 俺だって、あいつの扱いを誰かにとやかく言われるのは嫌だ。

 まぁ、自分の女を大事にしないってのは気に入らないが。

 これ以上、俺の言う事じゃねぇな。


「そうか。聞く気が無いならいい。邪魔したな」


 俺は踵を返して、家を出ようとする。

 そんな俺に、奴は声をかけた。


「どうしても聞かせたければ、力ずくで言う事聞かせてみろよ。頭だろ?」


 挑発的な口調の声が、俺を呼び止める。

 振り返り、奴を見た。


「そんな事はしねぇ」

「はっ、腑抜けが。やっぱりあんたは、かしらには向いてねぇな?」


 奴は俺を嘲笑う。

 それに呼応して、他の奴も小さく笑った。


「どうしてそう思うんだ?」


 俺は問い返す。


「ああ。かしらってのは勇敢で、誰よりも強くなくちゃならねぇ。腰抜けでも間抜けでも腑抜けでもやってられねぇのさ」

「俺にそれが当てはまるってか?」

「ああ。当てはまるねぇ、あんたは。……いや、この根城にいる連中のほとんどがそうだ。山賊ってのは人のもんなら命すらぶん盗って、女はヤり捨て、子供は売る」


 言いながら、奴は椅子から立ち上がった。

 俺の目前へと寄り、真っ向から俺を睨みつける。


「それが山賊ってもんだ。それが何だ? ここは本当に山賊の根城か? 無法の荒くれ者が、所帯持ってのほほんと暮らしやがってよぉ! ここは山賊の根城じゃなくて、ただの村かなんかなんじゃねぇのか?」

「いいや、ここは山賊の根城で間違いねぇよ」

「じゃあなんで酒場とかパン屋があるんだよ?」


 おお……。

 まぁ、それは俺もちょっとおかしいと思ってるが。


 現にあるんだから仕方ねぇじゃねぇか。

 酒場は親父の代からあったしな。


 ……思えば、何で酒場は元からあったんだろう?


「ガハハ。どうでもいい事だろ。他はどうか知らねぇが、ここにはここのやり方があるのさ。『したい事』を好き勝手にする事が、山賊ってもんなんだろ?」


 前に奴の言っていた言葉をそのまま言い返してやる。

 すると、奴は不機嫌そうに顔を歪めた。


「頭の俺がそうしたいからそうしているんだ。何もおかしく無ぇよ」


 そう言うと、俺は背を向ける。


「じゃあな。帰るぜ」

「……俺がかしらなら、まずこんな事にはならねぇ」


 その背に言葉が向けられる。

 振り返って、俺は奴と視線を合わせる。


 これは、自分の野心をはっきりと形にした言葉だ。

 俺からかしらの座を奪ってやる。

 俺を睨む奴の目にはそんな敵意があった。

 そしてその敵意を奴は一切隠す様子が無かった。


「だったら、なってみな。他の仲間がお前を頭と認めるなら、俺はいつでもお前に頭の座をくれてやるぜ」

「吠え面かくなよ……」

「ガハハ。まぁ、頑張ってくれや」


 笑って答えてやると、俺は家を出て行った。




 数日後。


 その日の俺は、酒場にいた。

 外はもう日が落ちて、すでに真っ暗だった。

 カウンター席に座って、店主手製の手作り林檎酒を飲んでいる。


「お前、その面どうしたんだよ?」


 俺は隣で飲むイノシシ面にそう訊ねた。


「へぇ、ちょいとぶつけやして」


 そう答えるイノシシ面の顔には、過剰な手当てが施されていた。

 頭をぐるりと包帯が一周し、鼻の辺りが完全に隠れている。


「明らかにちょいとぶつけた奴の手当てのされ方じゃないぜ」

「本当にたいした事はねぇんですが。うちの奴に手当てを任せたらこんな事に……」

「へぇ」


 不器用なのか、心配しての事なのかわからねぇな。


「そんな事はどうでもいいんでさぁ。かしら、一ついいですかい?」


 不意に、イノシシ面は真面目な顔で話を切り出す。


「何だ?」

「あのかりあげ野郎。本格的にどうにかした方がいいかもしれやせんぜ」

「お? どういう事だよ?」

「できるだけ落ち着いて、聞いてく――」


 イノシシ面が何か言おうとした時だった。

 乱暴に戸が開かれ、かりあげ頭が姿を現した。

 奴は仲間を引き連れて、どかどかと足音を立てて酒場へ踏み入ってくる。


 何があったのかは知らねぇが、酒場へ入って来た奴は妙に機嫌が悪いように見えた。


 ふと、奴と目が合う。

 奴は俺を見つけると、小さく笑った。


「おう、お前ら適当なとこに座ってろ」


 そう仲間達に告げると、俺の方へ歩いてくる。


「よぉ、頭。隣、いいか?」

「いいぜ」


 答えると、奴はイノシシ面とは反対側の隣席に座る。

 座る時、イノシシ面を強く睨みつける。


 何かあったんだろうか?


「何だ?」

「今日、あんたの家に行ったぜ」

「何か用があったのか?」

「ちょっとした野暮用だよ」

「ふぅん」

「で、その時にあんたの女を見たぜ」


 あいつに会ったのか。


「あんたの女、ひでぇつらしてやがるなぁ。まるで化け物だ」


 かりあげ頭は楽しげに笑いながら、そんな事を言う。


 何言ってるんだ、こいつは。


「よくあんな化け物女を抱けるもんだ。女は穴だけありゃいいと言っても、あれは酷いもんだぜ」

「ガハハ。お前がそう思うのは、見る目が無いからだぜ」

「なんだと?」


 奴の表情が笑顔から一転して険しくなる。


「お前には、わからねぇかもしれねぇがな。あいつは俺だけのいい女だから」


 言うと、奴はまた不機嫌そうな顔になった。


 何が面白くないんだよ?


 そう思っていると、奴はまたその顔に笑みを浮かべた。


「そういや、あんたのガキも見たぜ」

「そうか。あいつと一緒だったって事は、次男だな。母親が大好きでいつも一緒にいるんだよ。可愛らしかっただろ? まぁ、子供にしては愛想はない方だが……それでも可愛いだろ?」


 どうやら俺は嫌われているらしいが。

 自分の子供だからか、すげなくされてもその仕草すら可愛らしく思ってしまう。

 不思議だぜ。


「いいや、そうは思えねぇ。ただただ鬱陶しかったぜ」

「そうか。そりゃ残念だ」


 感じ方はそれぞれだな。

 あの可愛らしさがわからないとは残念だ。


「俺の足に纏わりついてきてな。だから、思わず蹴飛ばしてやった」

「あ? 何だと?」


 聞き捨てなら無い言葉に、俺の声は思わず強張った。

 それに対して奴は、得意げな表情でいやらしく笑う。


「黙れ。そこまでにしとけや」


 イノシシ面が言う。

 けれど、かりあげ頭は構わずに続けた。


「蹴飛ばしたら転がっていきやがってな。そんなガキをあの化け物女が庇おうとしやがったから、そのついでに女の方も殴り飛ばしてやったよ」


 何だぁ、てめぇ……?


「頭。そいつは違いやす、落ち着いてくだせぇ」


 イノシシ頭が宥めるような声で言う。

 が、それに被さるように、奴が言葉を続けた。


「本当に鬱陶しくて目障りな親子だよ。あんたは俺が頭になっても構わねぇって言ったな。だったら俺が頭になった暁には、あの女もあのガキも奴隷にしてやる。馬車馬みたいに扱き使ってやる。ボロ雑巾と見分けがつかないくらいになって死ぬまでな」


 奴が得意げに語る言葉。

 それが耳に入ると、俺は思わず立ち上がっていた。


 立ち上がりざまに、かりあげ頭を殴りつける。

 が、奴はそれを避けて立ち上がった。

 その拍子に座っていた椅子が倒れる。

 酒場中の視線が、俺と奴に注がれた。


「はははっ! やっとテメェの余裕面が崩れたな!」

「てめぇ! ぶち殺してやる!」


 俺は奴に吠えた。


「言わなくてもわかるぜ! あんたは顔に出るからな。ああ、やってみろよ! できるもんならな」


 かりあげ頭は両手を広げ、煽ってくる。


「山賊の頭ってのは、第一に強くなくちゃならねぇんだ! 逆にぶち殺して、テメェがその器じゃねぇって事を教えてやるよ! そして、俺が新しい頭になる!」

「知るか!」


 俺は叫び返して殴りかかった。

 しかしかりあげ頭はそれをひょいと避け、逆に反撃の拳を振るった。


 頬に、衝撃と痛みが走る。

 奴の拳が俺の頬に命中していた。


「へへっ」


 笑うかりあげ頭。


 その顔が、とても不愉快に思えた。


「何がおかしいってんだよ?」

「あ?」


 訊き返すと、奴は不審な声をあげた。


 俺は大振りに振り回すような拳を放つ。

 その拳がかりあげ頭の頬を抉り、そのまま奴は床に倒れこんだ。


 追い討ちをかけようと奴に近付いていく。

 こんなもんで済ますわけがない。


 不愉快なその面を、思いっきり殴りつけてやる。

 それも、一発じゃなくて何発も……。

 気が済むまで!


 顔の原型がわからなくなるまでボコボコに殴ってやる!


「この野郎!」


 誰かの叫びと同時に、俺の頭へ衝撃が走った。

 同時に、木の折れるような派手な音がする。

 声のした方を見ると、何かの木材の破片を両手で握った男が一人いた。


「へ?」


 呆気にとられた声を出す男。

 そいつの足元には、木片が散らばっていた。

 多分、元々は椅子だったのだろう。

 どうやら、俺は椅子で殴られたらしい。


 まぁ、まるで効いちゃいねぇが。


「邪魔するんじゃねぇ!」

「ぎゃあっ!」


 その男を殴り飛ばし、かりあげ頭の方へ向かって歩いていく。

 途中、奴の仲間が立ち塞がろうとするが……。


「邪魔するなっつってんだろうが!」

「うわぁっ!」

「ぐはぁっ!」


 そいつらも蹴散らして進む。

 俺には、あの野郎の事しか見えていなかった。


 こいつをここでぶちのめしてやる。

 それが今一番、俺にとっての『したい事』だった。


 そうして奴の所へ辿り着く頃、奴は立ち上がって俺に向かってきた。


「くらえ!」


 奴の手には酒瓶が握られていた。

 分厚い角瓶が俺の頭に直撃する。

 その衝撃でビンが割れ、俺の頭に酒が浴びせられた。


 ……ただ、それだけだ。


「え?」


 酒瓶の一撃が効いていない事に驚いたのか、奴は一瞬驚愕に顔を歪めた。

 が、すぐに割れた酒瓶を俺に突き出す。


 その持ち手を左手で掴んで止める。


 奴の怯えた顔を眼前に据え、そのまま睨みつけた。


「お前が頭になろうがなんだろうが構わねぇがなぁ……。俺の家族に手を出すって言うなら話は別だ!」


 そう告げると、俺は奴の顔面に渾身の右拳を放った。

 一瞬、顔の形が変わるほどの衝撃。

 それを受けた奴はその場で叩きつけられるように床へ倒れた。


 倒れた奴の腹を一発蹴り上げ、次いで休まずに顔を踏みつける。

 何度も、何度も。

 気が済むまで蹴り殴り、奴を痛めつける。

 しかし、とんと気が済む様子はなかった。

 怒りが収まらなかった。


 まだだ……!

 もっと! もっと……!


 すると、振るおうとする腕を誰かが掴んで止めた。

 また奴の仲間だと思い、振り向き様に拳を振るう。

 拳が誰かの顔面を叩きつけた。


「がっ!」


 イノシシ面だった……。

 奴は膝をつきそうになったが、すぐに体勢を持ち直して俺に向き直る。

 奴の顔に巻かれた包帯が赤く染まり始める。

 鼻血が出たんだろう。


「すまねぇ……。だが、止めるんじゃねぇ!」

「頭、もう死んでやす」

「あ?」


 言われて、仰向けに倒れるかりあげ頭を見下ろした。

 顔は腫れ上がって痣が多くでき、口元からはだらしなく涎が垂れている。

 腫れぼったくなって細まった瞼の間から、かすかに覗く目は一切動かない。

 多分、息もしてないだろう。


「ちっ……じゃあ仕方ねぇな」


 正直、まだ少し気が済まないが……。


 俺は辺りを見回した。


 周囲には奴の仲間達がいる。

 固唾を呑んで俺を注視し、俺に挑もうとする奴はいない。


 連中の俺を見る目には怯えがあった。

 俺がそいつらに向けて口を開こうとすると、全員が息を呑むのがわかった。


「こいつは俺が山賊らしくねぇとか、言ってたな。お前らもそう思うから、こいつに着いてたんだろ?」


 訊ねるが答える声はない。

 構わずに俺は続ける。


「だが、そいつは間違いだ。『したい事』を好き勝手にするのが山賊だって言うなら、嫌だと思う事を絶対にしないのも山賊だ。俺はな、女が酷い目に合う所を見たくねぇし、家族が傷付けられる事も許せねぇ。その気持ちに従ってるだけだ。俺はそうしたいからそうしてるんだ!」


 そこまで言って、周囲の連中を見回す。


「それに文句がある奴はかかってこい! まとめてぶち殺してやる!」


 俺は、わずかに残った怒りを全てぶつけるようにそう怒鳴りつけた。


 それに対して、誰も文句を言う奴はいなかった。




 酒場であのかりあげ頭を殴り殺して以来、新参の連中はめっきりと大人しくなった。

 俺の言う事も素直に聞く。

 素直というより、むしろ従順過ぎるくらいに聞く。

 古参の連中とモメる事もなくなり、根城は前みたいな平穏を取り戻した。


 あいつが憂いていた事も解決したし、これでモメ事は全てなくなった。


 これ以上無いほどに、良い結果に落ち着いたと言えるんじゃないだろうか?


 まぁ、あいつは気にするかもしれないから、かりあげ頭を殴り殺した事は黙っているつもりだけどな。


「あれ? 父ちゃんの料理だけいつもよりちょっと多くねぇか?」


 ある日の飯時めしどき

 家族揃っての食卓で、料理が運ばれてくる。

 その時に、長男が俺の料理を見て声を上げた。


「お、そうか?」


 今日の料理は牛肉と野菜の炒め物だ。

 言われると、確かにいつもより皿に盛られる料理の量が多かった。


「ずるいぜ!」

「ずるいー!」


 長男が声をあげ、長女もそれに便乗する。


「しかたねぇなぁ」


 俺はガキ共に自分の料理を分けた。


「野菜だけ返すぜ」

「返すぜー」


 野菜だけ返ってきた。

 俺だって野菜は好きじゃないんだがなぁ……。


 肉が好きで野菜が嫌いって所は、俺に似たんだろうな。


「ガハハ。お前はいらねぇのか?」


 次男に訊ねるが、黙って首を横に振った。

 こいつはあんまり肉が好きじゃないんだよな。

 しいたけが泣くほど嫌いだけど。


「どうぞ」


 そう言って、あいつが自分の皿から半分ほど肉を分け入れてくれた。


「いいのか?」

「あまり、肉は好きじゃないんです」


 次男は母親に似たのかもな。

 じゃあ、こいつもしいたけが苦手だったりするんだろうか?


「あ、肉貰ってる! ずるいぜ!」

「ずるいぜー」


 また二人が声を上げる。


「よしなさい。さっき貰ったでしょう?」

「えーでもー……」

「でもー」


 母親に窘められても、長男と長女は諦めきれない様子だった。


「しかたねぇなぁ。好きなだけ取っていけよ」

「わーい」

「わーーい」


 子供二人が俺の皿から肉を取っていく。


「いいのですか?」


 あいつが訊ねてきた。


「いいさ。嫌ならどうあってもやらないからな。ガハハ」


 俺自身、くれてやっても惜しくないと思えるからやってるんだ。

 嫌な事なら、これが実の子供相手でもやらねぇよ。


「そうですか」

「そうだぜ」


 子供達が肉を取り終わる。


「ありがとう!」

「ありがとー」

「おう。好きなだけ食べな。ガハハ」


 改めて、自分の皿を見る。


「あれ?」


 思わず声に出るくらい、肉が少なくなっていた。

 さっき取られた時より少ない。

 というより無かった。

 消失している。

 皿の上には野菜しかなかった。

 あと、さきよりさらに野菜が増えている。


 肉は取っていいと言ったが、野菜を置いて行けとは言っていないぜ。




 夕食時を食べ終わり、俺は外へ出て一服していた。

 家の外に作った長椅子に座ってくつろぐ。


 飯を食って火照った体に、夜風が気持ちい。


 そうしていると、あいつが外へ出てきた。


 黙って、俺の隣に座る。


「何か用か?」

「特に用はありませんよ」

「そうか」


 そのやり取りから、会話は続かなかった。

 二人共黙り込んで、ただただ時間を過ごす。


 今この場では、虫の声が一番大きかった。

 その次は、家から聞こえてくる子供達の走る音や笑い声。


 風の涼しさが強く感じられる。

 その風に、いろいろな音が運ばれてくる。


 根城中の家々からの物音。

 話し声や、食器を洗う音。

 道を歩く酔っ払いの声も聞こえ、遠くの喧騒だって聞こえてきそうだ。


 こんな音の中で黙っていると、俺だけが別の世界にいるみたいだ。

 いや、俺だけじゃないか。

 俺達二人だ。

 二人だけ、この世界から爪弾きにされたみたいだ。


 だからって、孤独感はなかった。

 むしろ気分がいいくらいだった。


 なんだろうなぁ……。

 幸せ過ぎるぜ……。


 どれくらいそうしていたか。

 俺は目を閉じて、この身体が感じる物を堪能した。


「ありがとう」


 不意に、囁くような声が言う。

 目を開けて、隣を見た。


「何が?」

「あの人を助けてくれて」


 あの人……。

 例の助けて欲しいと言っていた女か。


 かりあげ頭がそばに置いていた女だ。


「助けようと思って助けたわけじゃないんだぜ。ただ、結果的にそうなっちまっただけでな」


 答え、俺は立ち上がった。


「少し冷えて来たな。中に入ろうぜ」


 あいつに手を差し出す。


 あいつはその手を見る。

 間があって、手が取られた。

 細く、柔らかい手だ。


 その手を引き上げ、立たせる。


「……あなたは、どうしてそうさりげなく優しさを人に向けられるのですか?」


 そんな事を訊ねてきた。


 俺が優しい?

 それは間違いだ。


「俺は、特別優しくしているつもりはないぜ」

「では、どうして?」

「俺は、自分の『したい事』をしているだけさ」


 俺は特別、相手に優しくしているつもりはない。

 相手にとっての優しさになるのは偶然だ。


 俺はただ、自分の『したい事』を好き勝手にしているだけだ。

 それが、山賊ってもんだからな。


「好き勝手するのが山賊だ。やること成すこと全部、自分のため。それがお前にとって優しさに感じるんなら。俺は、お前に優しくする事が自分のためだと思っているって事なんだろうさ」


 笑みを交え、俺はそう告げた。

 あいつは、そんな俺から顔をそらした。


「……難しい事」


 そして小さく、そう呟いた。

 女騎士やエルフを「くっころ」させるオークというのは、日本産のイメージらしいですね。

 本場のオークはそんな卑猥な存在ではないそうです。

 なので、この世界のオークは和製です。

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