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贖罪の日々

 このシリーズを書き始めたのが結構前の事なので、どこかしら設定違いがあるかもしれません。

 もし、そういう部分がありましたら、ご指摘いただけるとうれしいです。

 私の罪と、そして罰の話をしよう。




 私のそばにはかつて、大好きなお姉様がいた。


 大好きなお姉様は信じた人達に手酷く裏切られ、深く傷付けられた。

 私にはそれがどうしても許せなかった。


 許せない事があったら、あなたはどうする?

 その気持ちを飲み込むか?


 それも悪くない。

 いろいろなしがらみを考えれば、賢い選択だ。


 でも私にはそれができなかった。

 だから私は全員に罰を与えた。

 お姉様を傷付けた人間、全員。

 余す所なく……。


 当然の事だよ。

 大事な宝物に汚泥を塗り付けられれば、怒りをあらわにして当然だ。


 それがどんな相手であろうと、許す事はできない。

 少なくとも私は、ね。


 相手が王族だろうが、実の親だろうが、私はこの気持ちを晴らさずにいられなかった。


 お姉様を傷付ける事は私にとって、万死に値する行為。

 それは間違いなく罪と言える。


 だから私は、罰を受けている。

 私もまた、お姉様を傷付けた一人だから。


 今もずっと……。

 死ぬまで……。




 目前には退屈な日々が広がっている。

 それは見渡す限りに果てしない、長い道のりだ。


 この王妃の椅子からは、その光景がよく見える。

 鮮やかな赤い絨毯に、日中ピクリとも動かない衛兵達、謁見を求める人間がわるわる訪れて、好き勝手な要求を告げて去っては入り去っては入り……。


 素晴しいまでに変化の薄い、退屈な日々の連なり。

 あまりにも同じ事の繰り返しで、頭がイカれてしまいそうな毎日がこれからもずっと続く。

 何の幸せも安らぎもないまま……。


 私にとってお姉様のそばにいる事が一番の幸福だった。

 それを絶つ事が、私が私自身に課した罰だ。


 しかし、お姉様がそばにいない日々のなんと潤いの乏しい事か……。


 自ら課しておきながら後悔するほどの苦痛ではあるが。

 耐え難い苦痛を伴うからこそ、罰になると言えるだろう。


 王妃という立場に許された権限も、贅沢も、何もかもが私には虚しいもの。

 目に映る物は煌びやかであっても、心が動く事はない。


 ただ少しばかり楽しい事があるとすれば、眠る時くらいか。

 たまにお姉様の夢を見る事ができるから。


 少し前にあったのは、お姉様の御胸ツインヘブンを堪能する夢だ。

 あれは最高だった。

 もう一度見たい。


 などとぼんやり考え事をしながら、謁見を終える。


「次は?」


 次の謁見の相手が誰か、そばに控えていた側近に訊ねる。


「謁見ではないようです」


 どういう事か? と私は視線で問う。

 すると、側近は私にある名前を告げた。


 それを訊いて一瞬誰だったかと考え、思い出して納得する。


 確か、王家への反乱……。

 というより、私を排斥しようと画策していた貴族連中がいた。

 それをたきつけた首謀者だ。


 調査を進め、証拠を掴んで捕縛した。

 と第一王子が報告してきたんだったか。


「そんな男が何故?」

「釈明がしたいとの事です。全ては冤罪であると。いかがなさいますか? 断わる事もできますが」


 少し考える。


 私へ敵意を向ける者、か。

 その刺激は、わずかばかりでも退屈を凌げるか……。


「その者をここへ」


 兵士に連れられて来たのは、福々しい体格の男だった。

 そのだらしない身体の完成に到るまで、いったいどれだけの贅が凝らされたのだろう?


 室温によるものか、それとも緊張によるものか、首謀者の男は顔に玉の汗をぷつぷつと浮かべていた。


「このたびは、ご機嫌麗しく。王妃様」

「ええ。ありがとう」


 丁寧に挨拶する首謀者に、私は答えた。


「それで、冤罪だとか」

「はい。まったくもっての濡れ衣でございます」

「ならおかしいですね。疑いようのない証拠が挙がっていますが?」

「それは、第一王子殿下の策謀にございます。殿下は忠臣である私を排斥する事で、己の野心をひた隠すつもりなのです」

「野心とは?」

「それは王妃様を弑し、その権勢を意のままとするというものです」


 ここぞとばかりに、なかなか口の回る男だ。


 確かに、私は多くの権限を持っている。

 それは王妃としての領分を超え、本来なら陛下が担うものもいくつか私が担っていた。


 つまり私は、王妃にあるまじき大きな権力を持っているわけである。

 そんな私を面白く思わない者は多かった。

 権限だけでなく、いろいろと恨まれる事をしているのも理由の内だけど。


 私を弑した所で権勢を意のままにできるかどうかはさておき……。

 第一王子が、時折私に疎ましさを覚えている事は確かだ。

 私に対する態度を見ればわかる。

 あの子は優秀な方だが、陛下ほど自分の心を隠す事には長けていない。


 だから、この男の言う事にまったく信憑性がないかと言えばそうでもなかった。


「第一王子が私を標的になさったのは、私が王妃様の権勢の一部を担っているからにございます。私の排斥は野心を隠すのみならず、王妃様の力を削ぐ事にもなると考えられたのでしょう」


 暗に、自分は私へ忠誠を誓っていると言いたいようだ。

 それはさておき、確かにこの男の言う事も一部は正しい。


「どうか、ご再考を……」


 そう言って頭を下げる首謀者。


「わかりました。再考しましょう」

「では……」

「この者を刑場へ」

「なんと……!」


 私の言葉に、首謀者は驚愕する。


「何故でございますか!」

「再考した結果、処断が妥当ではないかと思いまして」

「そんな……」


 首謀者はうな垂れる。


 正直、私にはどうでもよかった。

 この男の言葉が嘘でも本当でも……。

 その弁舌が面白ければそれでよかった。


 まぁ、これっぽっちも面白くなかったけれど。


 面白くなかったからこそ、もう切り上げてしまおうと思った。


「連れて行きなさい」

「はっ」


 私が言うと、兵士が首謀者を引き立てようとする。


 が、次の瞬間。

 首謀者が近付く兵士へと手をかざした。


 その手より、小さな火球が迸る。

 火球を腹部に受けた兵士は吹き飛ばされた。


 首謀者は立ち上がると、次に私へ向けて手をかざした。


「油断しましたな! 王妃殿下! 我が家に伝わる高速詠唱術の餌食となれ!」


 高速詠唱……。


 魔法は詠唱を用いなくとも使えるが、詠唱を重ねた方が断然に強い。

 それもでたらめなものではなく、魔法を増強する力ある言葉を正しい組み合わせで重ねなければならない。


 高速詠唱は、最低限の言葉で最大の効力を発揮させる詠唱だ。

 とても有用な技術だが問題があるとすれば、詠唱は一度聞かれてしまうと誰にでも再現ができる事。

 つまり、使った相手を必ず殺す心構えを持った時のみの使用を前提とした秘伝である。


「走れ! 尊大なる炎虎の絶爪よ!」


 その詠唱と共に、巨大な火球が私へ向けて放たれた。


 確かに早い。

 そして強力だ。


「燃え尽きよ! そして死ね! 宮廷の悪魔め!」


 そう叫ぶ首謀者。

 迫り来る火球。


 それに向けて、私は手を伸ばした。

 指を鳴らし、水の魔法を放った。


 薄い刃となった水の魔法が火球を切り散らし、その後ろにいた首謀者の身体を通り抜けた。


「へっ……?」


 首謀者は呆けた声を出す。


「な、ぜ?」


 そう呟くと、首謀者の身体がずれる。

 正中線に沿ってまっぷたつに切断された体が、ずるりと時間差で崩れ落ちた。


「何故? あなたが弱かったから、かな」


 確かに強力な魔法だった。

 でも、根本の魔力が弱ければ意味がない。


 少なくとも、あの魔法は私の無詠唱よりも弱かった。

 それだけの事だ。


 ただ、その詠唱だけは強かった。

 今後は使わせてもらう事にしよう。


「片付けなさい」


 呆気にとられた様子の警備兵達。

 彼らに私は一言告げた。


「は、はっ! 直ちに」


 言葉を受けて、兵士達が首謀者の身体を片付け始めた。


 その間、私は椅子の肘置きで頬杖をついた。


 はぁ……。

 退屈だ。


 もっと刺激に満ちた事がないだろうか?

 まぁ、仕方ないよね。


 これは私にとっての、贖罪なのだから。

妹様「手伝ってやろうか? ただし、まっぷたつだぞ」

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