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家族

『それからの話 ~いいんだよ こぼれ話~』の総合評価ポイントが10000を超えたので、それを記念して書かせていただきました。


 10000ポイントまでもう少しだとは従姉から聞いていましたが、正直に言って……もっと猶予があると油断していました。

 なので、話をまったく考えていなくて焦りました。

 でも、頑張ればなんとかなるものですね。


 今回はガハハの話です。

 コインの表裏であるアナちゃんと妹様。

 その側面を担う事で表裏の繋がりを保つガハハですが、対になっているのはアナちゃんとガハハに思えますね。

 家族の話をしよう。


 一人になるって事は、どういう事だと思う?

 そう、最初から一人なんじゃなくて、一人になってしまうという事だ。


 元々いた家族が、いなくなってしまう。

 俺の経験からすれば、それはそれはとても寂しいものだ。


 多分、その寂しさってのは、実際に一人になってみないとどういう物か知る事ができない。

 当たり前にあったものがなくなるという喪失感が、強い寂しさになる。

 同時に、自分がどれだけ恵まれていたのかを知る。

 それがとても、有難いものであった事を知るんだ。


 それが何とも厄介なもので……。

 有難みを知った時には、大体が手遅れだ。


 家族がそばにいてくれて……。

 それが当たり前だと勘違いして……。


 感謝したいと思った時には、もういない。

 気付いたらいなくなって、家族は自分だけを取り残していく。


 そうして、その時には孤独だけが心に残る。


 でもな、家族ってのはそれだけじゃぇんだ。


 それだけじゃ、ぇんだぜ。




 物心着いた頃から、俺は山賊の根城で暮らしていた。


 親父とお袋。

 二人の子供として。


 お袋は何の変哲もない母親という感じだったが、親父は山賊の頭で「ヴァッハッハ!」と変な笑い方をする親父だった。

 俺はそんな二人から、大事に育てられた。


 そしてある日、俺は父ちゃんにそれを訊いた。


「なぁ、俺は親父とお袋の本当の子供じゃないんだろ?」


 俺がそんな事を聞いたのは、少し前に根城の誰かが話していたのを聞いたからだった。


 今まで本当の親だと思っていた二人が、本当は親じゃないという話は衝撃的だった。

 不安な気分にもなった。


 信じたくなかったが、放っておいても不安が消えなくて……。

 どうしても確かめずにいられなくなった。


「ヴァッハッハ。そんな事か。ああ、そうだぜ。お前は山に捨てられていたからな、拾って俺の子供にしたんだ」


 親父は何事もないようにあっさりと話した。


 やっぱり、あの話は本当だったのか。


 ここに拾われてくる子供っていうのは、案外少なくない。

 近くの村の人間が、子供を山に捨てに来る事があるからだ。

 襲った馬車の積荷が、奴隷商人の物だって事も珍しくなかった。


 そういう理由から、山賊の仲間や子供が増える事はよくある事だ。

 そして拾われてきた子供は、根城の誰かが引き取る。


 だから、俺がそうだったとしてもおかしな事はない。


 それでもやっぱり、親父の口で肯定されるとショックだった。

 俺は、親父もお袋も大好きだったから。


「それがどうしたよ?」


 そんな俺の様子に気付かないように、親父は俺に訊ねる。

 その声は優しい。


 言いながら、親父は俺を抱き上げてくれた。

 頭を撫でてくれる。


 すると、不思議な事に胸の中で渦巻いていた不安が少し和らいだ。


「親父はなんで、俺の親父になってくれたんだ?」


 俺は見てくれが悪い。

 というのも、生まれた時から左目が無かった。


 俺が本当の両親に捨てられたのも、それが気味悪いからじゃないかって話だ。

 そんな俺を親父はどうして自分の子供にしたのか。

 それが不思議だった。


 山賊の頭なんだ。

 引き取るにしても、もっとマシな見た目の奴がいただろうに。


「そんなもん、心がそうしたいって言ってたからだよ」

「心が?」

「ああ。俺はお前を見た時、お前と家族になりたいと思ったんだ」

「そんな事で?」

「こんなもん、考えて決める事じゃ無ぇ。思ったまま、したいようにすればいいんだよ。ヴァッハッハ!」


 親父は言って、豪快に笑った。


 その笑い声を聞いていると、心の中に小さく残っていた不安が跡形もなく消し飛ぶようだった。

 俺は知らず親父の胸に顔を埋めて、ぎゅっと親父の服を握った。

 そして気付けば、そのまま眠ってしまっていた。




 親父が死んだのは、俺が盗賊稼業に着いて何年か経った頃だ。

 その頃になると親父もかなり歳をとっていて……。

 事あるごとに身体が言う事きかねぇとぼやいていた。


 それでも俺はたいした事じゃないと思っていた。


 今思えば、目を背けていたんだろうな。

 親父なら、きっと大丈夫だ。

 そう思っていた。


 でも、親父はあっさりと死んだ。


 原因は、襲った隊商の護衛に腹を刺された事だった。


 親父は刺されてからも戦い、護衛を倒して荷を奪った。

 けれど、事が終わるとその場に倒れこんだ。


 根城へ向かう途中、馬車に寝かせた親父のそばで俺は親父と言葉を交わした。


「俺とした事が、しくじっちまったぜ。ヴァッハッハ」

「こんな時まで笑ってるんじゃねぇよ。……傷に、響くだろ」


 親父の腹にある傷は深く、もう助からない事に俺はうすうす気づいていた。

 それでも、もしかしたら助かるかもしれない。

 そう思えば、そんな言葉が出た。


「馬鹿野郎。こんな時だから、笑うんだ。……いいか、辛い時こそ笑え。どんなに辛く苦しい時でも、笑ってりゃあ案外何とかなるような気がしてくるもんだ」

「そんなんで何とかなるなら、世話ねぇぜ……」

「そうかもな。でも、泣き顔なんかより、俺は笑顔が好きなんだ。お前も、そんな泣きそうな面は似合わねぇ。だから、そっちを見せてくれねぇかな?」


 笑えるわきゃねぇだろ……。


「なぁ、頼むぜ」


 それでも、親父はそう頼んでくる。


 だから俺は、無理やり笑みを作った。

 凝り固まった顔の筋肉を動かして、ぎこちなく笑顔を作る。


 親父が見たいって言うなら、見せてやりたいと思った。


「ああ、そっちの方がいい……。ヴァ……ハ……ハ……」


 親父は力なく笑い、そのまま眠るように目を閉じた。

 それが、親父の最後だった。


 根城までの道中、ゴトゴトと揺れる馬車の中で、俺は力の入らない親父の手を握り続けていた。


 頼むから、握り返してくれよ。

 そんな事を思いながら……。


 馬車が根城に着く。


ボン、頭は?」


 仲間達が馬車の中を覗き込む中、俺は立ち上がった。


「死んだ」


 答えると、仲間達は神妙な顔になる。

 皆、辛そうに顔を歪め、中には泣いている奴もいた。


 馬車から出た俺は、そんな連中の間を通って歩き出す。

 目指すのは、自分の家だ。


 お袋になんて言おう……。

 それを考えると辛く、馬車から家へ戻る短い道が長く感じた。


 家に帰りつく。


「ただいま」

「おかえり」


 お袋が出迎えてくれる。


「何かあったのかい?」


 俺の顔を見るなり、お袋は訊ねた。


「親父が、死んだ」


 お袋はほんの少し驚いた様子を見せると、俺に近寄る。

 そっと身体を抱き締めて、俺の頭を撫でてくれた。


 大の男がみっともない姿だ。

 でも、その手を払おうとは思わなかった。


 お袋は、自分より大きくなった息子を小さなガキみたいに扱う。

 でも、今の俺の心情はその小さなガキと変わらないだろう。

 何せ、その一撫で一撫でに不安が慰められていくのを実感しているんだから。


「辛かったねぇ」

「おう……」


 素直に頷く。

 そんな俺をお袋はずっと慰め続けてくれた。


 それからすぐに親父は埋葬された。


 俺と仲間達で穴を掘って、親父の身体を横たえた。


 これからその上に土をかぶせていく。

 その最初の一土を任されたが、中々それができなかった。


 無為に時間が過ぎていく中、仲間達はそれでも俺が土をかけるのを待ってくれた。


 なんとか心に折り合いをつけ、土を身体にかけた。

 それを機に、仲間達も次々に土をかけていく。


 人前で泣くなんてみっともねぇ……。

 そう思っても、涙が引っ込む事はない。


 強く瞼を閉じても、涙は次々と止め処なくあふれてくる。


 目が痒いし、口はずっとしょっぱい。

 頭も痛い。


 心も辛いが、身体も辛くなる。

 誰も泣きたくなんざない。


 それでも、涙は止まっちゃくれなかった。


 よく見れば、他の連中も泣いていた。

 土をかぶせながら、男達がボロボロと泣いてやがる。

 大の大人が、悪人面の男達が、子供みたいに。


 涙を気にする事はないのかもしれなかった。


 親父、あんたすげぇ人だな。

 あんたのために、髭面の荒くれ者共が恥も外聞もなく泣いてやがるぜ。


 埋葬が終わると、俺は埋葬に立ち会っていたお袋と一緒に家へ帰った。


 座り込み、俺はぼんやりとしていた。

 お袋は台所で、料理を作っている。


 料理が終わり、お袋が持ってきたのは一杯のスープだった。


「ありがとう」


 スープを受け取ると、お袋が隣に座る。

 お袋も手にスープの入ったカップを持っていたが、それに口をつけず黙り込んでいた。。


 スープを啜る音だけが、部屋に響く。


「なぁ、お袋」


 お袋に声をかけた。


「何?」

「家族ってのは、辛いもんだな……。いつか絶対に、別れなくちゃならないんだから」

「そうだね。でも、母さんはそれだけじゃないと思うけどね」


 それだけじゃない、か。

 そうなのかもな。


「……確かに、楽しい時もあったさ。でも、楽しかったから、辛いんだぜ。こんなに辛い思いをするなら、家族なんていらねぇや」


 俺が言うと、お袋は黙り込む。

 そして不意に、口を開く。


「……じゃあ、約束しようかね」

「何を?」

「きっとお前は、いつか家族がそれだけじゃないと知る時が来るはず。それまで母さんは、お前のそばにいてあげるからね」


 俺はそれに言葉を返せなかった。

 ただ、お袋の言葉は嬉しく感じた。


 お袋の言うような日が来るかはわからねぇ。

 でも、お袋が俺のそばにいてくれる。

 そう言ってくれるのは、嬉しかった。


 それからしばらくして、仲間達が家に押しかけてきた。

 その先頭にいたのは、親父の右腕だった男だ。


「どうしたんだ? 副長」

「おう。俺達で話し合って決めたんだが、次のかしらはお前がやれ」


 思いがけない話だった。

 うちの頭は世襲制じゃない。

 その時に、一番優秀な奴……。

 というより、仲間から認められた奴がなるもんだ。


 何より、俺は親父の本当の子供じゃない。

 そういう基準で選ばれたなら、俺が受けるいわれは無いだろう。


「俺が親父の息子だからって、気を使う事なんてねぇんだぜ?」

「そうじゃねぇ。お前には、頭としての器がある。みんなそう思うから、言ってるんだ」


 本当かよ、と副長の後ろにいる連中を見た。

 その目は真剣だ。

 嘘があるようには見えなかった。


 俺なんかがいいんだろうか?

 俺に、親父の代わりが務まるんだろうか?


 親父みたいに……。


「いいのか?」

「ああ。お前にしかできない。足りない部分があるなら、俺が補ってやる。だから安心しろ」


 俺は、お袋を見た。

 お袋は、ゆっくりと頷く。


「……わかった」


 俺は親父じゃない。

 だから親父みたいにはできないだろう。


 でも、今の俺には何もない。

 何をすればいいのか、一から思いつけるものもない。


 なら、今は親父に倣う事にしよう。


 親父はいつも笑っていた。

 それは、自分のためだけじゃなかったのかもしれない。


 笑っていれば、何とかなりそうな気がする。


 そんな気がしていたのは、親父だけじゃない。

 俺もそうだった。


 親父のあの笑顔を見ていると、どんな苦境の中でも何とかなりそうな気がしたもんだ。

 あれは、俺達のためでもあったんじゃないか?

 俺にはそう思えてならなかった。


 だったら、頭になった俺が真っ先にこなす仕事は、笑う事なんじゃねぇのか?

 どんな苦境の中にあっても、こんな物はたいしたものじゃねぇと笑い飛ばし続ける。

 そんな奴が頭に相応しいんじゃないのか?


 だから今は、親父が死んだ不安を笑い飛ばしてやる。

 俺の心の中にあるそれだけじゃなく、目の前にいる仲間達の分も全部!


「ガハハ! よし、今から俺が頭だ! 俺を頭に選んでくれたお前らに損はさせねぇ! 俺についてきてくれ!」


 仲間達に向けて、俺は頭として最初の言葉を告げた。




 それから何年かして、俺は頭という立場にもすっかり慣れていた。

 そんなある日、俺はあいつと出会った。


 俺の女。

 俺だけのいい女だ。


 そいつを家に置いて、いろいろあって子供が生まれて……。

 続いて二人目の子供が生まれた。

 その頃だ。


「あの子はいい子だね」


 二人の時、お袋は唐突にそう言った。


「おう、そうだな。お袋が言うなら、そうなんだろうな。ガハハ」


 正直に言えば、何度も訊いた話だった。

 ここ最近のお袋は耄碌していて、同じ話を何度もするようになっていた。


 お袋は余程あいつが気に入ったのか、「あの子はいい子だね」と毎日のように言っていた。


 世話を頼んだのに、いつの間にかお袋が世話になっていたくらいだ。

 本当に、あいつは優しい女なんだろう。


 何度も訊いた話。

 けれど、その日は違った。


「あの子なら、安心だ」


 お袋は、そうしみじみと呟いた。


 何気なく短い言葉だったが、妙にその言葉は耳に残った。

 思えばそれは、お袋なりに死期を悟っての言葉だったのかもしれない。


 お袋が死んだのは、その翌日だった。

 正確には、その日の内に死んでいたのかもしれない。


 朝起きてこないから見に行くと、お袋は寝床で冷たくなっていた。


 俺はまた、家族を失う寂しさを味わったわけだ。


 お袋の埋葬が済んで数日、俺は一人で考え込む事が増えた。

 その日も俺は、根城から少し離れた場所で切り株に腰掛けていた。


 きっとお前は、いつか家族がそれだけじゃないと知る時が来るはず。

 それまで母さんは、お前のそばにいてあげるからね。


 お袋の言葉を思い出す。


 まだ俺は、何も知っちゃいない。

 それが何かわかるまで、一緒にいてくれるんじゃなかったのか?


 なぁ、お袋。

 約束を、破るのか……?


 心の中で呟くと、顔を俯ける。


 家族って何だよ?

 やっぱり、ただ悲しいだけじゃねぇか。


 悲しい思いをして、一人残されて、寂しい思いもして……。

 何もいい事なんてありゃしない。


 もう、俺には家族がいない。

 一人になっちまった。


 やっぱり、家族なんて寂しいだけなんじゃねぇか。


 そんな事を思っていると……。


「とー、とー」


 幼い舌足らずな声。

 それが聞こえて、顔を上げる。


 そこには、子供がいた。

 俺の最初の子供だ。


 立てるようになったとはいえ、まだ足元はおぼつかない。

 だから、息子は一人でここまで来たわけじゃなかった。

 息子はあいつと手を繋いで、俺の前に立っていた。

 俺が連れ帰って来た、俺の女だ。


「何で来たんだ?」


 訊ねる。

 その声は少し強い口調になる。

 それほど離れていないとはいえ、ここは根城の外だ。

 凶暴な野生動物と出くわしてもおかしくない場所だ。


 そう思うと、つい口調が強くなったのだ。


「この子が、寂しがるんです。あなたがいないと……」


 けれど女は怯える様子もなく、淡々とした口調で答えた。

 次いで、俺に手を差し伸べる。


「帰りましょう。家に、あの子を残してきてしまった。心配です」


 そして言う。

 あの子というのは、娘の事だろう。

 娘は、まだ生まれたばかりで歩く事ができない。


 俺は、その差し出された手を見詰めた。

 ややあって。


「そうだな……」


 俺は、その手を取った。

 自分で思っているより、心が弱っていたのかもしれない。


 差し出される温もりに、抗えなかった。

 手を取る。


 俺とは違う、柔らかな手だ。


 引く手にあまり力を入れず、立ち上がる。

 名残惜しく思いながら、俺は女の手を放した。


 女は俺を一瞥すると、背を向けて歩き出した。


 俺もその後に続く。

 けれど……。


「んー! とー、とー!」


 息子は、不機嫌そうに声を上げる。

 その手を俺に伸ばしてきた。

 あいつと繋いでいない方の手だ。


 精一杯に伸ばされる手。

 女も立ち止まり、俺を見た。


 手を繋いであげて、と暗に言っているように思えた。


「んー」


 息子は、今にも泣きそうな声を出して手を伸ばしてくる。

 俺は、その手を握った。


 女の物よりも小さく、柔らかい感触が手に返ってくる。


「んふー♪」


 手を繋ぐと、息子は嬉しそうに声を上げた。


「帰るか……」


 呟くように言うと、手を繋いだ俺達は歩き出す。


 俺と女は、無言で帰路を歩んだ。

 ただ、息子だけはやたらと上機嫌だった。


 お袋の事があって、俺は言葉を口にする気力がなかった。


 辛い時こそ笑う。

 それが俺の流儀だが、そうするだけの力も湧かなかった。


 自然と、その顔は俯いていく。

 そして、ある物に気付いた。


 西日が背中を照らし、影が地面に伸びていた。

 手を繋いだ三人の影だ。


 まるで、家族みたいだ……。

 影を見て、そう思った。


 その時、昔の事を思い出した。


 子供の頃。

 俺も親父とお袋に手を引かれて、こうして家に帰った事が何度もあった。

 その時の事を思い出したんだ。


 あの時と同じだ。

 ただ、違う所があるとすれば……。

 俺が手を引かれているんじゃなくて、引いている所だろう。


 ふと、横を歩く女を見た。

 機嫌がいいのか悪いのか、いまいちよくわからない女の表情。


 それでも、いい女だな、と改めて思う。


 美人の奥さんがいるそうじゃないですか。


 ふと、前に胡散臭い女から言われた言葉が思い起こされた。


 奥さん……。

 嫁、か。


 あの時はなんとなく聞き流したが……。

 こいつは、俺の嫁って事になるのか?


 俺はこの女が大事だ。

 こいつと初めて会った時、こいつ以外に女なんていらねぇと思った。


 こいつは俺のいい女だ。

 でもそれは、あくまでも女としてだ。

 それ以上の見方はできなかった。


 女は物で。

 女は穴だ。


 山賊にとって、女っていうのはそういうもんだ。


 山賊として生きていれば、真っ当に家族を作るなんて事も難しい。

 女は物で、穴さえあればいい。

 やれば当然子供だってできる。

 だからって、家族になるわけじゃねぇ。


 でも……。


 今の俺は、こいつをただの女として見る事ができない。


 ああ、そういう事なんだな。

 ようやく、わかった。


「ガハハ」


 自然と、笑い声が口から漏れた。


「がはは」


 息子がそれを聞いて、真似する。

 その頭をくしゃくしゃと撫でてやると、息子は嬉しそうに笑う。


 肌を合わせれば家族ってわけじゃねぇ。

 子供ができたからって家族ってわけじゃねぇ。


 でも、家族になる事に、確かな証が必要なわけでもねぇ。


 心がそうしたいって言ってたからだよ。

 お前と家族になりたいと思ったんだ。

 思ったまま、したいようにすればいいんだよ。


 遠い昔、親父の言っていた言葉が思い出された。


 大事なのは気持ちなんだな。

 そうなりたいと思えば、なっちまえばいいんだ。

 家族って言うのは。


 俺にはもう、家族が居たんだ。

 気付かなかっただけで。

 新しい、俺だけの家族が……。


 家族は減るばかりじゃなくて、増やす事もできるんだな……。


 お袋……。

 約束、守ってくれていたんだな。


 お袋は、俺が新しい家族を作るまで、待っていてくれたんだ。


 息子の手をギュッと握る。

 すると、息子は俺の顔を見上げた。


 不思議そうなその顔が笑顔になった。


「がはは」




 何年かして。

 家族揃って家でごろごろしていた時の事だ。


 俺はガキ共二人と遊び、あいつは次男を膝に乗せて編み物をしていた。


「なぁ、父ちゃん。どうして母ちゃんを嫁さんにしたんだ?」


 長男がそんな事を聞いた。


「父ちゃんが母ちゃんを嫁さんにしなけりゃ、俺が母ちゃんを嫁にしたのに」


 それじゃあ、そもそもお前は存在すらしてないぜ?


「あたしも聞きたーい。かーちゃんとどこで出会ったのー?」


 次に、長女が訊ねてくる。


「襲った馬車の中でだ」

「それでー?」

「母ちゃんが乗っててな。俺は、一目見て母ちゃんが俺のいい女だと見抜いたんだ」

「キャー! それでそれでー?」


 長女の食いつき方がすごいな。


「そりゃお前、そのまま押したお――」


 全部言う前に、いつの間にか近付いて来ていたあいつに殴られた。


「子供に何を言おうとしてるんですか?」


 それだけ言うと、腕に抱えた次男と一緒に元いた場所に戻っていった。


 こういう事には厳しいんだよなぁ、あいつ。

 いつか、自然と知る事だってのに。


「つづきー」

「母ちゃんが怒るからダメだ」

「えー」


 不満顔の長女。

 その頭を撫でてやる。


「にゃふふ」


 長女の不満顔は消えて、代わりに嬉しそうな笑顔になる。


「父ちゃん! 俺も!」

「おお、来い」


 長男の頭も撫でてやる。


「お前も撫でてやろうか?」


 あいつの膝に座る次男に声をかけた。


「や」


 けれど一言答え、ぷいっと顔を背けた。


「ガハハ」


 まぁ、こんな事もあらぁ。


 楽しい時間だ。

 これが、家族って奴なんだな。


 こんな時間がずっと続けばいい。

 俺はそう思った。


 でも、それが無理な話だって事を俺は知っている。

 家族ってのはいずれ別れるもんだ。




 家族はいずれ、必ず離れていくものだ。

 それは全部が悲しい別れってわけじゃなく……。


 子供が家を巣立っていくという場合もある。

 それは悲しくもあるが、嬉しさもある事だった。


 独り立ちできるようになった子供達は、俺達の下を去って行った。


 ガキができて煩わしかった事もあったが、それから解放される喜びよりもそばにいない寂しさの方が強かった。

 辛い事ではある。

 でも、その全てが辛いわけじゃない。


 俺はもう知っている。

 家族は、別れていくだけじゃない。

 ただ減っていくわけじゃない。

 増えていくものでもあるんだって。


 最初は、長男が嫁を連れてきた。

 根城で一緒に育った、あいつの幼馴染。

 それから、もう一人。

 小さく可愛らしい女だ。

 でも、そっちの嫁さんはしばらくして根城から出て行った。


 少しして、長男と幼馴染の間に子供ができた。

 俺の初孫だ。

 初めて孫を腕に抱いた時は、本当に嬉しかった。

 自分の子供を抱いた時とはまた違う嬉しさだった。


 嬉しい事はそれだけに留まらず、それから少しして長女が旦那を連れてきた。


 ……いや、嘘だな。

 これに関しては全然嬉しくなかった。


 なんだか、娘を取られたみたいで相手の事が無性に気に入らなかった。

 なんか、身体が貧弱でひょろひょろしているのも気に入らなかった。


 でも、何年かして孫を連れてくるようになるとその気持ちも少し柔らかくなった。


 次男は誰とも結婚する事はなかったが、どうやら相手はいるらしい。

 ついでに言うと、子供もいるそうだ。


 連れて来いと一度言ったが、どうやら自分が父親だと名乗るつもりがないからと断わられた。

 会う事もあまりないそうだ。


 正直、俺にその気持ちはわからない。

 子供ができたなら自分が父親だと名乗りたいだろうし、毎日でも会いたいもんだ。


 まぁでも、次男は俺より頭が良いからな。

 なにか、理由があるんだろう。


「そろそろ帰りますね」


 長女の夫妻と談笑していると、旦那が言った。

 その日は、長女が家族を連れて家へ遊びに来ていた。


「おう。娘と孫だけ置いて帰れや」

「さすがにそういうわけにも……」


 長女の旦那は苦笑する。


「意外と忙しいからねー。あの子、呼んでくるー」


 そう言って、長女がその場を離れた。

 旦那と二人きりになる。


 俺は旦那に話しかけた。


「おい」

「何ですか?」

「お前は見た目が頼り無ぇ」

「はぁ、すいません」


 旦那は頭を下げる。


「でも、見た目だけだな」


 長女も孫も、楽しそうにしてやがる。

 辛い思いをしているなら、こうはならないだろう。

 こいつはいっぱしに、家族を守れる器があるって事なんだろう。


「もっと、胸張れよ。そうすりゃ、ちったぁ覇気も出るはずだぜ。ガハハ」

「はい」


 そう言って、旦那は微笑んだ。


 長女が孫を連れてくる。


「じゃあ、帰るねー」

「おう、気をつけて帰れよ。ガハハ」


 長女と言葉を交わすと、孫が近付いてくる。


「お祖父様じいさま、帰りますね。また遊びに来ます。にゃふふ」


 孫が笑う。

 その笑顔は長女に良く似ている。

 でも、どことなくあの胡散臭い女にも似ていた。

 特に、言動が似ている。


 あの胡散臭い女……俺の義妹になるんだよな……。

 旦那はあいつの息子だから、似てもおかしくは無いんだがな。


「じゃあ」

「おう。また来いよ」


 長女の一家は帰っていった。

 今までの賑やかさが嘘のように、家の中が静まり返った。

 その静かさが寂しく思えた。


 きっと、同じような気持ちの奴が俺の他にもいる。

 俺は、あいつの所に向かった。


 ちいさく揺れる安楽椅子の横に立つ。

 安楽椅子には、あいつが身を預けていた。


「ガハハ」


 笑いかけると、こちらを向く。


「あいつら、帰っちまった。また寂しくなるな」

「ええ。そうですね」


 家族と別れる事は寂しい。


 でも、別れと再会、そして出会いを繰り返して繋がっていく。

 それが家族ってものだ。


 最初、親父とお袋だけが俺の家族だった。

 それが、こんなに増えるなんてあの時は思いもしなかった。


 俺は一人じゃない。

 今は、たくさんの家族がいる。


 これほど、幸せな事はない。

 その幸せを運んできてくれたのは、こいつだ。


 こいつが居たから、俺は家族を知る事ができた。

 こいつのおかげで、俺は幸せを知る事ができたんだ。


 ……でも、こいつはどうなんだろうな?


 俺は幸せだったけど、こいつは幸せだったんだろうか?


 俺に出会わなければ、もっと幸せな道を歩んでいたんじゃないだろうか……。


 こいつの妹は国王の妃だ。

 昔はいろいろあって、王都にこいつの居場所はなかったかもしれない。


 でも今なら、こいつは王都で何不自由ない暮らしをする事もできるんだ。

 それを俺のわがままで、ここへ縛り付けている。


 俺は、自分の幸せのためにこいつの幸せを台無しにしちまったんじゃないだろうか……。


 それを考えると怖い……。


「でも、あなたは一緒にいてくれるのでしょう?」

「勿論だぜ」


 思案の途中に訊ね返され、答える。


 せめて寂しい思いをさせないように、そばにいてやる。

 俺には、それくらいしかできねぇからな。


「ねぇ、あなた」

「ん?」


 呼ばれて、小さく返す。


「私、幸せですよ」


 その言葉と一緒に、笑顔が向けられていた。


 本当かよ……。


 でも、その笑顔だけで救われた気分だ。


「ガハハ。そいつはよかったぜ。だったら、もっとその笑顔を俺に見せてくれよ」


 それがあれば俺は、自分のしてきた事に自信が持てる。


「たまに見るくらいの方が、見飽きないでしょう?」

「見飽きるくらいに見たいんだ」


 答えると、少し間があって……。


「ガハハ」


 あいつは真顔で笑った。


 何か思ってたのと違うぜ……。


「真顔で声だけ出しても、笑っている事にはならないんだぜ?」

「難しい事……」


 言って、困ったように首を傾げた。


 そんなに難しい事か?

 でも、難しいって言うなら……。


「いいさ。だったら、自然に笑顔が出るように俺が笑わせてやる」

「そうですか」

「ほらよ」


 俺はあいつの身体をくすぐった。


 これなら笑えるだろ。


「くく……ふふふ……」


 声を上げて、あいつの顔が笑顔に変わる。

 でも、やっぱり何か違う。


「笑ったけど、思っていたのと違うな。不自然だ」


 見たいものを見るってのも、難しいもんだなぁ……。


「笑顔を見たいのでしたら、私のそばにいてください」


 あいつが言う。


「そんなので笑えるのか?」

「それだけでは笑えないでしょう。でも離れていては、私が笑っても見逃してしまいますよ」

「それもそうだな」

「それに……」


 あいつは言って、俺へ手を差し出した。

 その手を握る。


 若い頃よりも痩せて、細い手だ。

 今にも折れてしまいそうなか弱さ。

 でもしっかりと、熱がかよっている。


「あなたがいないと、私は笑う事なんてできませんから」


 そう、口にする表情は、自然な笑顔だった。


「ガハハ」


 俺も思わず笑っていた。

 意識せず、本心からの笑顔だ。


 ああ。

 やっぱり、いい女だな。




 俺はもう、寂しくない。

 でも、また寂しさを覚える日が来るかもしれない。


 でもいいさ。

 自分以上に、寂しい思いをさせたくない奴がいるからな。


 お前に寂しい思いはさせ無ぇからよ。

 そのためなら、あと一度くらい寂しい思いをしてもいいと俺は思ってるぜ。

 皆様のおかげで『それからの話』も10000ポイントを超える事ができました。

 感想を頂く事も、とても励みになっています。

 感想への返答などは、変則的ですが活動報告でさせていただいております。

 かねてより応援の言葉を頂きまして、誠にありがとうございます。


 では、少しだけムダ話をします。

 ほぼ著者の自己満足ですので、興味のない方は読み飛ばしてください。


『いいんだよ』は元々一話限りの短編として投稿した話ですが、読んでくださった方から思いがけず好評だったために続編を書く事にした話です。

 元々は出版社へ応募するばかりだったので、自分の話に多くの方から感想をいただくという事は初めての経験でした。

 それも好意的に取ってくださった事が多かったのでとてもうれしかったのを憶えています。

 そういう気持ちがあったからこそ、書き続ける事のできた話でもあります。

 そして『いいんだよ』の感想の中に「ガハハの視点で」という旨のものがあり、それから『野蛮な男はガハハと笑う』を書き始めました。

 ちなみに当初、『野蛮な男はガハハと笑う』が一作目のタイトルになる予定でした。

 そして書き始めた際『いいんだよ』のあとがきに、「一話完結のつもりでしたが続きを書きます。でも、投稿はいつになるかわかりません」みたいな事を書いたのですが……。

 編集ボタンをしっかり押していなかったので、反映されていませんでした。

 その後、書き終わって投稿し、途中で『笑う妹達』の構想ができあがったのでそちらも書き始めたわけなのですが。

 その時に「三部作です(キリッ)」みたいな事を書いて、後々『いいんだよ』に書いたはずのコメントが反映されていない事に気付いて恥ずかしかったのを憶えています。

 たしか、活動報告に一話限りの話だったという話は書いていたんですよね。

 だから恥ずかしかったんです。


 アナちゃんの元ネタは某ヴィランだったわけですが……。

 ガハハは、あるアクションゲームに出てきた守銭奴の男をイメージして性格付けをしました。

 見た目が格好いいキャラクターではなかったんですが、性格も守銭奴である理由も男気にあふれており、内面的な部分が格好いいキャラクターで好きです。

 ガハハと笑っていたかはわかりませんが、そう笑いそうなイメージのキャラクターでした。

 見た目は某RPGに出てくる主人公の父親をイメージしていました。


 長くなりましたね。


 では、改めまして。

 いつも話を読んでいただき、ありがとうございます。

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