遭遇
前の話の後日談的な話です。
弟と会うために、王都に来ていた時だった。
裏街の酒場へ向かうには、まだ時間があった。
少なくとも日が暮れてからだ。
まだ太陽は空の真ん中にある。
だから、下町にでも赴いて家族への土産でも買おうと思った。
あいつの分と息子の分だ。
それと、もう二人……。
もう一つの俺の家族だ。
別れてから、一度も会っていないが。
それでも、弟を通じて贈り物をする事はよくある事だった。
あいつには料理用のナイフでも買っていこうか。
たしか、魚をさばいている時に欠けちまったって言ってたな。
息子には、身の丈に合った短めの剣でも買っていくか。
あいつも剣の扱いが上手くなってきた。
そろそろ木剣じゃなく、一本ぐらい本物を持っててもいいだろう。
……なんか、刃物しか買ってねぇな。
土産ってこんなんでいいのか?
……あいつには、何を買っていくかな。
ドレスがいいか。
宝石がいいか。
子供の喜びそうな玩具も何がいいだろう。
前は、何を贈ったんだったか。
根城にいる家族とはいつも接しているから好みもわかるが、何年も会ってない家族は何が好きなのかよくわからない。
贈り物を考えるのは大変だぜ。
しかし……。
あいつと別れて、結構経ったな。
今頃、どんな暮らしをしているんだろうか。
弟に聞いたら、元気に暮らしていると言っていたが……。
気になるぜ。
子供を産んだという事は知っているが、どんな子かも知らないんだよな。
一度ぐらい会いに行きたい気もするが……。
会わない方がいいとあいつは言った。
一応、いつでも帰って来いとは言ってある。
だからあいつが会いたいと思えば、会いに来るはずだ。
なら、それまで待つべきなんだろうな。
「どっ」
「うぶっ」
なんて思っていると、路地から大通りに飛び出してきたガキが脇腹へ直撃した。
小さく声が出て、ガキも顔をぶつけて声を出す。
ガキは一歩引いて、顔を振る。
ガキの髪は黒い短髪。
肌は小麦色だった。
よく見れば、袖から覗く肌は白い。
肌の色は日焼けだろう。
外を走り回っている証拠だ。
腰には剣のように枝を佩いていて、顔や腕には擦り傷が目立つ。
見るからに、やんちゃそうなガキだった。
「すまねぇ」
ガキは謝る。
「元気のいいガキだな。ガハハ」
ぐしゃぐしゃとそのガキの頭を撫でる。
ガキはされるがままに撫でられ、手を放すと俺の顔をじっと見つめた。
あまりにもじっと見ているのでちょっと不審に思う。
おう、何だ?
俺の顔に何かついてるか?
「オレ、暇なんだ。おっさん、遊んでくれよ!」
そしてそんな事を言い出した。
何だこのガキ。
思いがけないぜ。
「俺は暇じゃねぇぜ」
「じゃあ、おっさんが暇になったら遊んでくれよ」
聞き分けもないぜ。
どうしたもんだろうか?
弟と会う時間もまだ先だ。
ちょっとぐらい遊んでやってもいいか。
このガキを見ていると、不思議と構ってやりたい気もするし。
「仕方ねぇなぁ。日が暮れるまでならいいぜ」
「やったぜ」
俺はガキに連れられて下町の路地を進んだ。
そうして案内されたのは、小さな空き地だ。
ここがこのガキのいつもの遊び場のようだった。
空き地の隅には木箱が置いてあって、そこには何やらガラクタが詰め込まれているらしい。
ガキはその木箱の所まで行って、蓋を開けて中を漁る。
「何して遊ぶんだ?」
「チャンバラ」
そう言って、ガキは木の枝を俺に投げて寄越した。
「いいぜ。でも、俺は強いぜ」
「オレの方が強いぜ」
「そんな事ないぜ」
「おっさんが自分を強いと思っていられるのは、今までオレと戦った事がなかったからだぜ」
得意げな顔でガキは言い放った。
「一丁前な事言いやがるな。いいぜ、手加減なしでやってやるよ」
「へへ、そうこなくっちゃな」
という感じにチャンバラごっこをし始めたわけだが……。
「……勝てねぇぜ。しかも、オッサンちょっと手加減したろ?」
「おう。悪いな」
流石に大人気ないと途中で気付いたぜ。
「オッサン強すぎるぜ。もう戦いたくないぜ」
「ガハハ。そうか」
ガキは、地面に座り込んだ。
「オッサン強いな」
「これが仕事みたいなもんだからな」
「オッサン、騎士なのか?」
「そう見えるか?」
「見えねぇぜ」
素直なガキだぜ。
それから先は、なし崩しに話し込む事になった。
友達の誰それの事やら、最近ハマっている遊びやら、母ちゃんに怒られた話なんかを……。
何がそうさせるのか、すげぇ楽しそうにそのガキは俺に語って聞かせた。
「でさ、手頃な枝がなかったから家から持ってきた大根でチャンバラしたんだ。そしたら、すぐに折れちまって、それがバレて母ちゃんに怒られちまったんだ」
何か他人とは思えねぇぜ。
「母ちゃんは怒り過ぎだぜ。オレが何かするごとにいちいち怒るんだぜ」
「まぁ、でもお前の話を聞いている限りじゃ、怒られても仕方ねぇと思うぜ」
俺も人の事は言えねぇがちょっとやり過ぎだ。
「別に悪い事なんてしてねぇぜ。家の食器を泥遊びに使ったり、洗い立てのシーツをマントにしてチャンバラするのは悪い事じゃねぇぜ」
語るに落ちてるぜ。
「そんな事で怒る母ちゃんなんて嫌いだぜ」
憮然とした表情で、ガキは言う。
本当にそうか?
「本当にそうなのか? 嘘吐いてねぇか?」
じっと目を見て、追求する。
少しずつ、見る目を細めていく。
俺の母ちゃんの真似だ。
俺が嘘を吐いた時に、こうして追及されるとどうしても嘘を吐き通せなかった。
「うっ、すまねぇ。嘘吐いたぜ。母ちゃんの事は好きだ」
「だろう?」
俺も注意される事はよくあったが、嫌いになるって事はなかったからな。
「母ちゃんだって心配なんだよ。お前が大事で仕方ねぇんだ。何より、お前は女の子だからな」
そうだ。
このガキは女の子だ。
ちょっとやんちゃでわんぱくな所はあるが、顔立ちは男のそれと違う。
声も高い。
まぁ、この時分のガキなんて男も女も似たようなもんだろうが……。
それでもわかる程度には可愛らしい顔をしている。
「そうなのかな?」
「間違いないぜ」
少なくとも、俺の母ちゃんはそうだったよ。
俺達の事、大事にしてくれたからな。
「がはは」
ガキは笑う。
「なんだその笑い方は」
「おっさんと同じだぜ」
そうだけどな。
「女の子らしい笑い方じゃねぇぜ」
「女の子らしい笑い方ってなんだよ?」
「……ニャフフとか?」
「そっちの方が変だぜ」
でも、実際にこんな笑い方の女はいるんだぜ?
「オレの笑い方はこれでいいんだよ。これは母ちゃんの好きな笑い方だからな。こうやって笑えば、母ちゃんは嬉しそうなんだ」
「……そうなのか」
なんとなく、ガキの頭を撫でてやる。
「ん、何だ?」
「何か、玩具買ってやるよ」
「え? いいのか? 何でだ?」
「ガハハ。お前と遊ぶのが楽しかったからだぜ」
「そうなのか。じゃあ、何か買ってもらうぜ。がはは」
そうして俺はガキと一緒に町へ向かい、玩具の木剣を買った。