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ある家族の話 旅行編

 なろうで書き始めて一周年だったので、記念です。

 私と、私の家族の話をしよう。




「父ちゃん。俺、王様の町に行ってみたいぜ」


 事の起こりは、長男が発したその一言だった。


「王様の町? ガハハ。王都の事か」

「がはは。多分それだぜ」


 王都……。


「にゃふふ。だったら、私も行きたーい」


 長女が長男の意見に賛同した。


「ガハハ……」


 子供二人にせがまれて、男が珍しく思案深い表情をする。


 ふと、私を見た。


「お前は、どう思うんだ?」


 そして訊ねてきた。


「どう、とは?」

「行きたいと思うか?」


 まさか、私に話を振られるとは思わなかった。


「私は……」


 正直、私はどうしたいのか……。

 問われてもすぐに答えを出せなかった。


 王都。

 かつて、私が住んでいた場所。


 思い出すのは、私が教会へと送られた日の事だ。

 私は火傷を負った事で婚約者である第一王子に疎まれ、教会へ送られる事になった。

 その道中で馬車を襲われ、私はこの男の物になった。


 私は男を見る。


「ガハハ」


 私の視線に気付いて、男が笑う。


 何がおかしいのです?


「良いのですか?」

「何の事だ?」


 逃げ出すとは思わないのだろうか?


 私はこの男に心の繋がりを持とうとは思わない。

 思っていないはずだ……。


 離れられるなら、離れてしまってもいいと思っている。


「いいえ……。お好きになさってください」


 男に答え、次男へ向く。


「……あなたはどうしたいですか?」

「かーちゃが一緒なら行く」


 次男は答えた。


「じゃあ、決まりだ。行こうぜ。王都に旅行だ」


 そうして、私達は王都まで日帰りで観光旅行へ行く事となった。




 数日後。

 早朝。


 根城から山道へ向かうと、そこには一台の馬車が停まっていた。

 男が用意したものだ。


 この男は山賊だ。

 恐らく、商人を襲って奪ったものだろう。


 馬車は大きく、荷台にはほろの屋根がついていた。

 中は、私と子供達が全員で寝そべっても余裕があるくらいだろう。

 作りも頑丈で、上等なものだとわかる。


「どうだ。すげぇだろう! ガハハ」


 御者台に座った男が胸を張って言った。


「うま!」

「うまー!」


 長男と長女が、馬車の馬を前にはしゃいでいる。

 二人共、早起きでさっきまでぼんやりとしていたが。

 馬車と馬を見て目が覚めたようだ。

 元気一杯である。


 次男は相変わらず私のそばで、まだ眠そうだ。

 目を擦っている。


 旅支度を済ませた私達は、馬車へ乗り込む。

 私と次男は荷台に乗ったが、長男と長女は御者台に乗った。

 そちらの方が楽しそうだったのだろう。


「ガハハ! じゃあ、行くぜ! 出発だ!」


 男が手綱たずなを握り、馬を走らせた。


「がはは! 出発だ!」

「にゃふふ! 出発だー!」


 御者台に乗った長男と長女が続けて声を上げた。


 王都までは長い道中だった。

 その間に、御者台の景色に飽きた子供達が荷台へと来た。

 しかしそれも束の間の事で、荷台にもすぐに飽きて御者台へ帰っていった。


 子供というものは飽きっぽい。

 行ったり来たりを繰り返して退屈を紛らわせていた。


 次男はずっと私のそばにいて、荷台に乗ってからすぐに眠ったままだ。

 そんな次男のそばに座り、私はその柔らかな髪を撫で梳いていた。


 長男が荷台へ来た時の事。


「そういえば、何故王様の町に行きたいと思ったのです?」

「あいつは王様の町に行った事があるらしいから、俺も行ってみたくなったんだぜ」


 あいつ。

 というのは、この子がよく遊んでいる子供の事だろう。

 少し前にどこからか連れてこられた浅黒い肌の子だ。

 連れてこられたわりには怯えた様子もなく、すぐに周りと馴染んだ子だ。


 長男は男の子だと言い張るが、どう見ても女の子である。


 あの子の母親とはよく話をする。

 あの子よりも少し濃い肌の色をした物静かな美人だ。

 彼女と話をするのは楽しい。

 内容はもっぱら子供の事である。


 思えば、そのように楽しく会話ができる友人というものはいなかったかもしれない。

 貴族だった時の私には、多く人が集っていたように思えるが……。


 その実、心を通わせるに到る友人というものは一人としていなかった気がする。


「それに、母ちゃんみたいな美人がいるか見に行きたい」


 いないと思う。


 この子の言う私のような美人というのは、顔にやけどを負った人間の事らしい。

 そんな人間はまれだろう。


「ガハハ! 顔で選ぶなんざまだまだだな!」

「父ちゃん!」


 話を聞いていたのか、男がこちらを向いて口を挟んでくる。


「女は――」

「危ないのでちゃんと前を向いてください」


 何を言おうとしているのか察したので、私は遮るように言った。

 何より本当によそ見は危ない。


「おう。わかったぜ。ガハハ」


 まったく、この男は油断も隙もあったものではない。


 ただでさえ長男はこの男の真似をしたがるのだ。

 その上、変な口癖を増やさせてたまるものか。


 道中、そんなやり取りを交わしつつ私達は王都へと辿り着いた。




 王都の前まで来ると、私はふと不安になった。

 門の前では検問がある。

 そこでは検問を受けるために、多くの馬車が並んでいた。


 果たして、私達は無事に通る事ができるのだろうか?


「ちゃんと通れるのですか?」


 男に訊ねる。


「大丈夫だぜ」


 自信満々な様子で男は返した。


 本当に大丈夫なんですか?

 このいい加減な男に言われても、不安が拭い去れない。


 一応、来る前に水浴びをしていたが、格好は普段通りだ。

 見るからに山賊とわかる風体である。

 怪しまれそうでならない。


「次」


 私の不安をよそに、私達の順番が回ってきた。


 念のため、私はローブを被って布で顔の下半分を隠した。

 顔を見られたくなかったので、一応用意していたものだ。


「目的は?」

「観光だ」

「ふぅん」


 門番がジロジロと男を見る。


「お前、怪しいな。手形を見せろ」


 ほら、言わんこっちゃない。


「いいぜ」


 言われて、男は手形を見せた。

 それを見た瞬間、門番の顔色が変わった。

 一度手形を受け取って改めると、さらにその顔色が悪くなった。


「何なら、確認を取ってくれてもいいぜ。ガハハ」

「い、いえ、滅相もございません。お通りください……」


 何だろう?

 この反応は……。


 そうして、私達はあっさりと検問を通り抜ける事ができた。




「で、どこに行きてぇ?」


 男が子供達に聞く。


「わからねぇ」

「わからねー」


 長男と長女が答える。


 言いだしっぺの長男も、どうやら来た後にどうしたいか具体的に考えていなかったらしい。

 とりあえず来てみたかっただけか。

 長男に便乗した長女に目的地があろうはずもない。


「かーちゃと一緒」


 次男は私と手を繋いだまま言った。

 この子に至っては、私がいる所ならどこでもいいと思っているという所だろう。


「ガハハ。じゃあ、適当にぶらつくか」


 この男も特に決めていなかったらしい……。


 そうして、適当にぶらぶらと観光する事になった。


 歩き出すと、男が私の隣へ寄ってくる。


「お前は、どこか行ってみたい所はあるのか?」

「私、ですか?」


 どうだろう……。

 そう言われて、パッと思いつく所はなかった。


 私は確かに、かつてここに住んではいた。

 けれど、こうして自分の足で町を巡るという事は初めてだ。


 まして、平民の町に来た事など一度としてない。


 私がこの町に足を踏み入れた時、それほど感慨を覚えなかったのはそのためだろうか?


 門を通り、すぐに眼前を占める街並みは平民の生きる場所だ。

 その見慣れない光景が、私に懐かしさを感じさせないのかもしれない。


 正直に言って、帰ってきたという実感が湧かなかった。


 貴族街に行けば、少しは実感が湧くだろうか?

 提案してみようか……。


「……いえ、特にありません」


 けれど、その気持ちを口に出す事はしなかった。


「じゃあ、やっぱり適当でいいな。ガハハ」

「ええ。お好きなように」


 私達は大門から続く大通りを進む事にした。

 王城までうねりながら続く、長大な道だ。


 入り口に近い所には、行商人達の露店が開かれていた。


 ちゃんとした建物の店が道の両端に並んでいるが、その前にはいくつかの露店が入り組むようにして林立していた。

 市というものだろう。

 知識としてしか知らず、私はそういったものを初めて見た。


 雑踏や人々の声が入り混じって、混沌としている。


 売られる商品はありふれた物もあれば、珍しい物も多く見受けられる。

 見た事のない食べ物、用途がわからない物品、何を模しているのかわからない置物など、いろいろな物がある。

 その物品の多くは、この国とは違う文化から生まれたものだろう。


 流石は、国の中心部。

 最も人が集まる場所であるからか、異国からの品が多く見られる。


「変なもんがあるぜ! 何に使うんだ、これ?」

「赤い石だ。宝石かな? きれー。価値ありそー」


 子供達はそんな物珍しい物を見て大はしゃぎだ。

 今は陶器の品物を手に取って楽しそうにしている。


「ああ、何か取れちまったぜ!」

「捻ったら取れたー」


 大変である。


 行商人に聞いた所、取れてしまったのは元々取れるようにできていたものらしい。

 それを聞いて安心した。

 騒がせてしまったお詫びに、異国情緒溢れる柄のハンカチを一枚購入した。


「あまり、売り物を乱暴に扱ってはいけませんよ」

「わかったぜ」

「わかったー」


 他の店での事。

 長女が指輪を手にとって眺めていた。


「ダメですよ」


 私が言うと、長女はビクリと身を震わせた。


「にゃふふ」


 誤魔化すように笑う。


 やっぱり、盗ろうとしていたのですね。


 長女には、盗みの悪癖がある。

 欲しいから盗むのではなく、盗む事そのものが楽しいからだそうだ。

 それを証拠に、盗んだ後はいつも持ち主に品を返している。


 どちらであっても、困った癖である事には変わりないが……。

 どうにかして、直せないかといろいろ試しているが成果は芳しくない。

 大人になるまでには、直させたい所である。


「ここは滅多に来られない場所です。返したくても返せなくなりますよ」

「うん。わかったー」


 素直に返事をする。

 こう言えば、この子も物を盗もうとしないだろう。


 ふと、露店を眺めていると目に留まる物があった。


 花を模した銀製のブローチだ。


 見た事のない花ではあるが、綺麗だ。


「綺麗ですね……」


 呟く。

 思った事が思わず口に出た。


 すると、私の横から手が伸びてその商品を手に取った。

 それは、あの男の手だ。


「おい、これをくれ」

「へい」


 男は支払いを済ませる。


「ほらよ」


 買い取った商品を男は私に渡した。


「よいのですか?」

「気に入ったんだろう?」

「……ありがとうございます」


 貰ったブローチを私は早速胸に着けた。


 少し嬉しい。


 行商人の露店を眺めながら大通りを行くと露店は少なくなっていき、建造物の店を構えた商店ばかりの区画へ出る。


 露店が多く混沌とした入り口付近と違い、人の流れは比較的落ち着いている。


「そろそろ、腹が減ったな」

「減った!」

「減ったー!」


 と、男と子供達が声を揃える。


「減った……」


 次男も言う。


 確かに、いつもなら昼食を食べ終わっている頃合である。


「あれ食べたい! うまそうだ!」


 そう言って長男が指差したのは、屋台だった。

 どうやら、サンドイッチを売っているようだ。

 客の目の前で作り、紙に包んで渡している。


 使われているのは細長いパンだ。

 その間に様々な食材を挟むのだが、その食材にいくつか種類があるようだ。


「うまそー。私もあれがいい」


 長女も長男に追従する。


「お魚……」


 次男が呟いた。


 どうやら、具の中には魚もあるらしい。

 店主が魚のフライらしきものを野菜と共にパンへ挟んでいた。


「じゃあ、昼メシはあれにするか」


 男が言い、私達は屋台に向かった。

 それぞれ食べたい物を注文する。


「熊の肉とかないのか?」

「ありませんよ、そんなもの」


 男は、そんなやりとりを店主と交わす。


 何を聞いてるのか……。


 結局、男は豚肉を甘辛いタレで焼いたものを注文した。長男も同じ物を注文する。

 私は魚のフライ。次男も同じ物だ。

 長女だけは、鶏肉のローストを注文した。


 商品を受け取る。


 少しお行儀は悪いが、道の端に寄って立ったまま食べる事にした。

 立ち食いなど、初めての経験だ。


「うめぇうめぇ」

「うめーうめー」

「……」


 余程お腹が減っていたのか、子供達は早速サンドイッチにかぶりついた。


 次男も私から手を放し、両手でしっかりとサンドイッチを持って食べている。

 あまりにも美味しそうに食べるので、私も早く食べたくなってきた。


 サンドイッチを食べようとして、口元へ運ぶ。

 が、そこで私は気付く。


 口元を隠す布に手をかけ、そこで動きを止めた。


「何だ?」


 そんな私の仕草に気付き、男は声をかけた。


「人前で、あまり顔をさらしたくないだけです」

「ガハハ。何も気にするこたぁねぇだろう」

「そういうわけにも……」


 答えると、男は私の体を軽く手で押した。

 後ろに下がれという事だろうか?


 されるがまま、後ろへ下がる。

 背中が壁にぶつかった。


 男が、そんな私の頭上にあった壁へ手を付いた。


「これなら、誰もお前を見られないぜ。俺以外はな。……ガハハ」


 男は笑みを向けて言う。


「そう……ですね……」


 私は小さく答える。


「ずるい! 俺も見るぜ!」

「私もー」

「かーちゃ、かーちゃ」


 子供達が、私と男の間に割り込んできた。

 六つの瞳が私を見上げてくる。


「お、そいつはすまねぇな。ガハハ」


 男は子供達に謝った。

 少しだけ、私から離れる。


 それでも、誰も私を見る事はできないだろう。

 この男と子供達以外には……。


 私は顔を隠す布を取る。

 サンドイッチを食べ始めた。


 できたて熱々でとても美味しかった。

 かすかなレモンの風味がとてもいい。


 食べ終わり、また布を巻く。


「隠しちまうのか?」

「それは、そうでしょう」

「お前は俺の物なんだぜ?」


 唐突に、男が言う。


 改めて、何を言っているんです?


「忘れては、いませんよ。私はあくまでも、あなたの「物」ですからね」


 厳密に言えば「穴」。

 私には、それ以外の価値がない。


「母ちゃん物なの?」


 長男が不思議そうな顔で訊ね返した。


 頭を撫でて誤魔化す。


 長男は容易く誤魔化された。


「俺の物に文句を言う奴がいれば、俺がぶちのめしてやる」

「だから、隠すな、と?」

「ああ」


 そのような事を言って、また私を辱めようとする……。


 意地の悪い事だ。


 私は顔の下半分を布に巻いて隠す。


「行きましょう」

「おう。そうだな。ガハハ」




 中央広場へ来た時だ。

 王都中のあらゆる道が中央広場は、人の交通量が多かった。

 その人波にさらわれ、私ははぐれてしまった。


 正確には私と次男が、である。


 長男と長女は恐らく男と一緒だと思われる。

 はぐれる少し前、二人はあの男と手を繋いでいたから。


「かーちゃ」


 次男が私の顔を見上げて呼ぶ。

 少し不安そうだ。


 次男はあまりあの男に懐いていないが、何だかんだ言って頼りにはしているのだろう。

 いなくなってしまい、不安なのだ。


 私自身、あの男を頼りにしていた所がある。

 次男と同じく不安だ。


 けれど、母親としてはここで毅然とした態度を見せなくてはいけない。

 でなければ、この子がますます不安がってしまう。


「大通りを歩いていきましょうか。元々その予定でしたから、途中で合流できるかもしれません」

「うん……」


 次男は頷く。

 手を繋いで、私達は大通りを進み始めた。


 その途中、私は見覚えのある場所へ出た。


 気付けば、街の雰囲気そのものが変わっていた。


 恐らく、貴族街に入ったのだろう。

 見覚えのある店が、ところどころに建ち並んでいる。


 私自身、あまり買い物をするという事もなかったが……。

 よく妹に付き合って店に行く事はままある事だった。


 今私がいる一帯は、特に妹が気に入っていた場所だ。

 妹の好みの店が並んでいるので、ここにはよく来た。


 あの服飾店も、あの雑貨屋も、入った覚えがある。


 懐かしい……。

 あの日々が、とても遠く感じる。


 ようやく私は、帰ってきたという実感を得た。


 ……ならば、この道を行けば……。


 私は記憶を頼りに歩き出す。

 大通りからそれて、側道へ入る。


 次男の手を引いて、黙々と歩いた。


 そして……。


 気付けば私の目の前には、実家があった。


 街並みに感じた懐かしさとは、比べるべくもない郷愁の想いが……。

 私の胸を満たしていく。


 帰ってきたんだ、私は……。


 実家の門戸は閉じられている。

 庭には誰の姿もなく、一切の喧騒は屋敷から聞こえてこない。


 でも、私の家はいつも静かだった。

 お父様が、騒がしさを嫌ったから……。


 あの時のままだ。

 私が家を出て行ったあの時と。


 まるで時間が止まってしまったかのように、その光景は以前のままだ。


 このまま、家に入ってしまおうか……。

 ふと、思う。


 あれから時間は経ったが、顔を見せれば私だとわかってもらえるかもしれない。

 この子を連れて、このまま逃げ込んでしまおうか……。


「かーちゃ、ここどこ?」

「……ここは、私の……」


 家。

 そう答えようとして、躊躇う。


 まっすぐに私を見る次男の目。

 それを見て、同時に他の子供達の事を思い出す。


 誰一人として、残しては行けない。

 行きたくない。


「行きましょうか」

「うん」


 私は次男の手を引いて、実家から離れた。


 よく考えれば、あの子達を連れて行った所で私はまた修道院へ入れられる事だろう。

 子供達と離されるのは嫌だ。


 私がここへ戻ろうとしないのは、それだけの理由だ。

 それ以外の理由などない。


 それだけの事。

 それだけの事……。


 私は次男と一緒に、大通りへ戻る事にした。

 大通りを少し戻って、あの男とはぐれた中央広場へ向かう事にする。


 待っていれば、いずれ見つけてくれるだろう。


 日はもう傾き始めていた。


 けれど、その途中。


 大通りへ続く小道で、私の前に立ち塞がる者がいた。


 それは二人の男だ。

 二人は私を見て、ニヤニヤと笑っていた。


 引き返そうと後ろを見るとまた別の男がいた。


「何か御用ですか?」

「ここがいくら貴族街だからって、子供連れで女が歩くっていうのは無用心だな。そんなんじゃ、俺達みたいな悪党に狙われたって仕方ねぇや。へへへ」


 言いながら、男はナイフを抜いて見せた。


 私は次男を引き寄せる。


「何が目的ですか?」

「あんたの全部だよ。あんたの体も、持ってる金目の物も、全部だ」

「私の体……?」


 抱きたいという事だろうか?


「こんな顔でも?」


 私は顔を隠す布を取った。


「げっ……」


 私の顔を見た男達が、顔を歪める。

 気味の悪いものを見たという表情。

 まるで、嫌な物を見る目だ。


 実際、嫌な物だろう。

 私の顔など……。


 そう思わないのは、あの男と子供達くらいのものだ……。


 これが私の顔を見た人間、本来の反応だろう。

 私はそれを知っていた。

 火傷を負い、この街を出るまでの間、私はずっとこの目に晒されていたのだから。


 それでも、この反応に心が痛むのは何故なのか……。

 私は、あの男や子供達に慣れ過ぎてしまったのかもしれない。


「確かに、そうだな。萎えちまった。それに関しちゃいらねぇや」

「なら、金目の物だけで許してくれますね?」

「ああ。置いていきな」


 私は、財布を出した。

 あの男に買ってもらったブローチにも手を伸ばし、少し躊躇いながら外して差し出した。


「これで全部です」

「いや、まだあるだろう?」

「あとは服ぐらいです」

「いや、もっと価値のある物が残ってる」

「それは?」


 男は、次男を指した。


「人は……それも顔の整った子供っていうのは高く売れるんだぜ」


 子供を、売るつもりですか……?


「ダメです。この子は絶対に渡せません」


 私は次男を抱き上げた。

 強く抱き締める。


「いいから寄越せ」


 男達が私の方へ来る。

 男達の間をすり抜け、逃げ出そうと私は走った。

 が、すぐに服を掴まれて倒れる。


 次男を庇って倒れ、肩を石畳で強打する。


「くぅ」


 私は痛みを堪え、這って逃げようとする。


 が、無常にも男達はすぐさま私に追いつく。

 私から子供を取り上げようと手を伸ばした。


「やめて……っ!」


 成す術もなく、言葉を発する事しかできない。


 私はあまりにも無力だった。


 悪漢が子供の髪を掴もうとする。

 その時だ。


 悪漢の顔が蹴り飛ばされた。


「舐めた事してくれるじゃねぇか!」


 悪漢を蹴り飛ばした人間が怒鳴り声を発する。

 聞き覚えのある声だった。


 私を庇うように立つ背中。

 それはあの男の物だ。


「こいつは俺の物なんだ。勝手にてぇ出してんじゃねぇ!」


 正直に言えば、男の姿を見て私は安心した。

 私達を守り、立ち塞がる姿のなんと頼もしい事だろうか。


 蹴り飛ばされた悪漢が起き上がる。


「てめぇこそ、舐めた事しやがって……。やっちまうぞ、てめぇら!」


 起き上がった悪漢がそう言って残る二人に指示を出す。


「うるせぇ! おみまいするぞテメェら!」


 そんな悪漢に対して、男は怒鳴り返した。


 三人が一斉に男へ殺到した。

 あの男は三人を相手に格闘を始める。


 私はその光景が心配でならなかった。

 相手はナイフも持っているのだ。

 下手をすれば刺されて死んでしまう。


「父ちゃん! やっちまえ!」

「とーちゃん、やれー!」


 気付けば、長男と長女がそばにいた。

 父親を応援している。


 その応援に応えたからかどうかわからないが、男は悪漢三人を簡単に蹴散らした。


「ガッハッハッ!」


 悪漢を退治した男は、勝利の笑い声を上げた。




 日も暮れかけ、陽射しは紅い。

 そろそろ帰る時間だ。

 そう判断し、私達は帰路に就いた。


 馬車の中、荷台では子供達が毛布を被って眠っている。


 馬車に乗ってからもしばらくは騒いでいたのだが、門を出た辺りで見るとみんな眠ってしまっていた。


 私は御者台で、あの男と二人並んで座っていた。


「よかったのか?」


 不意に、男が訊ねる。


「何の話です?」


 訊ね返すと、男はしばらく黙り込んだ。

 そして……。


「……ガハハ。家に帰るか」


 短く答えた。


「ええ、帰りましょう。家に」


 自然と、私はそう言葉を返していた。


 躊躇いはなかった。


 私達は帰るのだ。


 今の私にとって、あそここそが帰る家なのだから。 

 壁ドンさせてみました。

 あまりにも久し振りなので、アナちゃんとガハハの性格がちょっと変かもしれません。


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