ある家族の話 レジャー編 裏
最近気付いたのですが、妹様は魔法でアナちゃんの火傷を治せたんじゃないでしょうか?
深すぎて治せなかったという事にしてください。お願いします。
誤字報告、ありがとうございます。
修正致しました。
俺と、俺の大事な家族の話をしよう。
俺にはこの世に恐ろしい物が二つあった。
一つは熊。
もう一つはお袋だ。
何でこの二つが並ぶのかって?
そうだな。
あれは、俺がまだガキの頃の話だ。
俺は親父とお袋と三人で、山に山菜を取りに出かけていた。
その時に偶然、熊に出くわした。
秋の熊は、冬眠する前にたらふく食い物を腹に収めなくちゃならない。
だから俺とお袋みたいに、その熊も山菜とかキノコとか、食い物を探していたのかもしれないな。
で、その最中で食いでがありそうな肉を三つ見つけたってわけだ。
親父は俺達を守るため、熊に向かっていった。
だが、流石にどうしようもなくて、大怪我負って倒れちまった。
あの強い親父が簡単にやられちまう。
そんな化け物が目の前にいるのかと思うと、俺は恐ろしくてたまらなかった。
なのに、お袋はそんな化け物に向かっていった。
ガキの俺から見ても非力なお袋が、あんな奴に勝てるわけがない。
すぐに殺されちまう。
そう思って、俺は目を瞑った。
見てられなかったんだ。
お袋が食い殺される所なんか、絶対に見たくなかった。
だが、それからしばらくして、声がかけられた。
「もう大丈夫だからね」
目を開けると、笑顔のお袋がいた。
そしてお袋の後ろには、熊の死体が倒れていた。
どうやったのかわからないが、お袋は熊を殺したんだ。
本当に今でも信じられない。
あのお袋がどうやって熊を殺したのか。
傷らしい傷も腕ぐらい。血まみれになっていたが、大怪我って程じゃなかった。
ただ、何もわからなくても一つ確かな事があった。
お袋は熊より強ぇ。
だから俺はお袋が怖かったし、それ以上に頼もしく思っていた。
まぁ、でも今はもっと怖いものがあるんだけどな。
「お前、前に魚が食いたいって言ってたな。今から、食いに行こうぜ。ガハハ」
あいつが魚を食いたいと前に漏らしていたのを思い出した俺は、その日、家族を連れて山の川へ行こうと思い立った。
魚だけなら獲って持って帰ってくればいいが、俺はあいつに美味い魚を食わせてやりたかった。
やっぱり、獲ったその場で食った方が新鮮で美味いからな。
ガハハ。
「はぁ、そうですか。では、準備しましょう」
あいつは気だるげな声を返すが、何だかんだで嬉しそうに見えた。
あいつは魚が好きだからな。
俺は肉の方が断然好きだが。
「とーちゃ、おさかなおいしー?」
珍しく、次男が俺に寄って来た。
いつもは母親べったりで、あんまり俺に近付く事がないのに。
こいつはあいつと似て、魚が好きだからな。
興味が湧いたんだろう。
「ああ、美味ぇぜ! その場で獲って焼いた魚ってのは、家で食うやつとはまた違った美味さがあるんだ」
「おお、とーちゃ、はやく、はやくいこ!」
無表情ながら、両腕を振り回して言う。
仕草で表現するから、あいつより少しだけわかりやすいんだよな。こいつは。
俺は家族を連れ立って、目的の川へ辿り着いた。
この季節には真っ赤に染まる、綺麗な川が目の前にあった。
「着いたぜ! ガハハ!」
「すげーっ! 川すげーっ!」
「すごくきれーっ!」
ちらりと見れば、あいつもそれなりに気に入っているようだった。
連れてきてよかったぜ。
だが、喜ぶのはまだ早い。
美味い魚はこれから待っているんだからな!
ガハハ!
「じゃあ、俺は魚を獲ってくるぜ。ガキ共と一緒に薪を集めていてくれ」
「わかりました」
言葉を交わしてから、俺は川に向かった。
手には尖った木の枝を持っている。
こいつで串刺しにして、魚を獲る算段だ。
川は透き通っていて、魚の姿は丸見えだ。
釣るよりも、見つけた魚を串刺しにした方が絶対に早いだろうと思ったんだ。
それで大量に獲って、あいつもガキ共もたらふく魚を食えて大満足って寸法だ。
ガハハ。
俺は早速、川の中を泳ぐ数匹の魚を見つけた。
へへ、行くぜ!
俺は枝を魚目掛けて突き刺した。
枝は魚の少し右にそれた場所へ突き立った。
魚は逃げていき、水しぶきだけが虚しく上がる。
まぁ、こういう事もある。
次だ。
別の魚に目星をつけて、再び枝を突き刺す。
今度は魚の左側に枝が突き立つ。
魚は逃げていった。
俺は生まれつき、片目のせいか距離感を掴む事が苦手だ。
ただ、相手が人間だった時は、放たれる殺気とかでちゃんと場所や動きがわかるんだが……。
魚ってのは、殺気を放ったりしないんだな……。
なぁに、まだ始めたばかりだ。
もう少し続けてりゃあ、慣れてくるもんだ。
ガハハ。
なんて思って魚に向かって枝を突き刺していたわけなんだが、魚は一向に取れなかった。
その上、ちょっとした弾みで転んでしまった。
全身ずぶ濡れになる。
水を吸って下穿きは重いし、何より水の張り付く感触が気持ち悪い。
もう、脱いじまうか。
そう思い立って、俺は服を全部脱ぎ捨てて川岸に投げ置いた。
体が軽くなり、服の窮屈さも消えた。
次こそはいける気がする!
そう思って魚獲りを再開した。
まぁ、気がするだけだったんだが。
どうにも魚を取れる気配がないので、俺は一度川から上がる事にした。
どうしたもんだろうか?
これじゃあ、魚を食わせてやれねぇぜ……。
そう思って川の岸まで戻ると、服を置いていたはずの場所に服がなかった。
代わりに、長女が「にゃふふ」と嬉しそうに笑って座っている。
「おう、居たのか」
「うん、みてたー。にゃふふ」
「そうか、ガハハ。で、ここに服を置いていたはずなんだが、知らねぇか?」
「盗っちゃったー」
そうか、盗っちまったか。
俺から物を盗むなんざたいした大泥棒だ。
ガハハ。
俺は長女の頭を撫でる。
こういう事を褒めちゃならねぇとあいつに言われているんだが、これは別に褒めているわけじゃねぇ。
ただ撫でたいから撫でてるだけだぜ。
「ちゃんと返してくれるんだよな」
「うん」
「で、服はどこにあるんだ?」
長女が後ろを向いて、森の中を指した。
「どっかにあるよー」
「そうか。場所は憶えているか?」
長女が硬直した。
「わすれたー。どっかにあるー」
困ったぜ。
魚獲りを中断して、俺は長女と一緒に森の中へ服を探しに入った。
「ねぇ、とーちゃん」
「何だ?」
「そのブラブラしてるのなにー? わたしにはないよー?」
「これは男の子にしかないんだ」
「へー。盗っていい?」
そいつは困るぜ、ガハハ。
そんな時だった。
ふと、あいつの声が聞こえた気がした。
俺に助けを求めるような、そんな声だ。
何か、胸騒ぎがする。
思った時には、長女を抱き上げて走り出していた。
「とーちゃん?」
「口閉じてろ!」
「え? え?」
木々の合間を抜けて、俺はまっすぐに森の中を走る。
その先に、あいつがいる。
そんな確信があった。
だから、迷わずに全速力で走る。
そして、視界にあいつが映る。
あいつの目の前には、熊がいた。
「下ろすぞ!」
「わかったーっ!」
長女に声をかけて、少し乱雑に下ろす。
身軽になって、走る速度が上がる。
あいつは、息子二人を後ろに押して、熊の方に向かっていった。
いや、あれは向かって行ったというより、身を差し出したという方が合ってるだろう。
熊が後ろ足で立ち上がる。そして、叫びを上げた。
「グアアアアアァ」
俺は熊が怖い。
あの爪を受ければ、大怪我じゃ済まないかもしれない。
噛みつかれれば、そのまま肉を食いちぎられるだろう。
それでも、俺は迷わなかった。
爪を振り上げる熊の前に、俺は躍り出た。
拳を振るい、熊の鼻っ柱を殴りつける。
同時に、熊の鋭い爪が俺の胸を切り裂いた。
痛みが胸を走る。でも……。
こんなもんかよ!
四つん這いになった熊が、再び叫びを上げる。
「グアアアアアァ」
だからどうした。
お前なんか怖くない。
俺が今、一番怖いと思うのは……。
家族が一人でも居なくなる事なんだよぉっ!
「……ガアアアアアアアアアッ!」
今の荒々しい気持ち全部をぶつけるように、俺も吼え返してやった。
てめぇなんかにゃ負けねぇぞ! ゴルァ!
熊の顎を殴り上げる。
頭をかち上げると、熊の上体が少し上がる。
そのまま熊は爪を振って襲い掛かる。
何とかかわして蹴りつける。
そこから何度も爪と牙をかわし、殴り蹴り、熊と格闘する。
しかし、何度も何度も殴りつけているのに、熊はビクともしなかった。
お袋はこんなのをどうやって倒したんだ?
教えてもらっとくんだったぜ。
そんな時だ。
俺の拳が、噛み付こうとしていた熊の口の中に偶然入った。
食いちぎられる……!
そう思ったのだが、熊はすぐに拳を吐き出した。
その様子で俺は気付いた。
ああ、そういう事か。
そういう事だったんだな、お袋。
熊の顎を殴り上げ、少し浮いた上体に蹴りつける。
後ろ足で立ち上がった熊をさらに殴りつけ、仰向けに倒した。
その上へ馬乗りになり、俺は自分の拳を熊の口の中へ突っ込んだ。
熊は苦しそうに、もがき始めた。
多分、母ちゃんはこうやって熊を倒したんだろう。
手を口の中に入れて、喉を塞いで窒息させたのだ。
熊がどれだけ恐ろしくても、生き物には違いない。
息ができなきゃ、生きていられないって寸法だ。
熊は必死の抵抗をして、爪を振るい、手を噛み千切ろうとする。
だが、その度に腕を奥に突っ込んでやると抵抗が弱くなった。
それでも俺の体には爪の浅い傷が増え、腕には何度も牙が刺さる。
体の傷はそうでもないが、牙が何度も突き立った腕は血まみれになっていた。
お袋の腕の傷も、こうやってついたんだろう。
食いちぎれるもんなら、食いちぎってみな。
食いちぎられようが、俺の腕は離れねぇだろうがな。
やがて、熊の体から段々と力が失われていく。
動きは鈍くなり、振るう爪も撫でる程度のものになった。
そして、完全に熊は動かなくなった。
用心して、しばらく拳を突っ込んだままにする。
それから、拳を引き抜いた。
熊は、死んでいた。
俺は、勝ったのか?
熊を殺せたのか?
「スゲーッ! とーちゃんつえーっ!」
「つえーっ!」
ガキ共の興奮した声が聞こえる。
俺を讃える声だ。
それを聞いて、俺はようやく実感した。
俺は、家族を守れたんだ……!
興奮と高揚が心を占める。
「ガッハッハッハッハッハッハァ!」
気付けば、俺は天に両拳をかかげて大笑いしていた。
あいつを見る。
すると、腰が抜けたのかその場でへたり込んでいた。
まったく、そんなに怖かったのに、あんな事をしたんだな。
怖いなら止めときゃいいのに。
でも、そんなお前だから、俺は好きなんだけどな。
ガハハ。
見る限り、怪我はないようだ。
安心したぜ。
「おう、大丈夫だな?」
「ええ。大丈夫ですよ」
「ならよかった。ガハハ」
手を差し伸べると、あいつは素直にその手を握った。
立たせてやる。
あいつは俺の手を見た。
次いで、俺の顔を見上げる。
小さく溜息を吐いた。
すると、自分の着ているドレスの裾をおもむろに破った。
おい、いいのか?
それはお前のお気に入りの奴だろう。
知らせてはいないが、あの妹がお前の好みに合わせて作ったやつだ。
その布を俺の腕の傷に巻く。
「止血にはなるでしょう。あまり綺麗な布じゃないので、帰ったら取り替える方がいいでしょうね」
「別にかまわねぇぜ」
「無理はしないでくださいよ。あなたが死んだら、あの子達はどうなるのですか?」
「そうだな。お前も困るな」
「私は良いのです。それから……ありがとうございます」
「ガハハ」
「あと、何で全裸なんですか?」
それはまぁ、いろいろと事情があるんだぜ?
ちなみに服は、川への帰り道で木に引っ掛けられているのを見つけた。
「熊うめーっ!」
「うめー」
ガキ共が熊の焼肉を絶賛する。
魚は取れなかったが、俺達は熊という獲物を得る事ができた。
今はそれを川原で焼いて、食べているところだ。
持ってきていた鉄板で焼き、調味料であいつが味付けしたものなのだが、とても美味い。
森で取ってきたキノコがまた肉によく合う。
と、俺は大満足だったんだが。
「ところで、お魚は?」
「取れなかったぜ! ガハハ!」
「そうですか……」
あいつはとても残念そうだった。
悪い事をしたぜ。
それから、不満だった奴がもう一人。
「とーちゃ、さかな……」
「すまねぇなぁ、魚は獲れなかったんだ」
次男に問われて答える。
慰めるつもりで頭を撫でてやった。
「やっ!」
次男はその手を払って、あいつの所へ走っていった。
それから口を聞いてくれなくなった。
でも、熊の肉が思ったより美味かったらしく、肉を食ってから二人は少し機嫌が治った。
やったぜ! ガハハ!
腹が膨れてから、しばらくガキ共と川で遊んだ。
日が少し傾き始めた頃、俺達は帰る事にした。
行きは騒がしかった長男と長女が妙に大人しかった。
気になって見ていると、二人の足取りが次第に怪しくなり始めた。
倒れそうになった所を抱え上げてやると、二人ともそのまま寝息を立て始める。
いつもとは違う事に興奮しすぎて、疲れちまったんだろう。
振り返れば、あいつも眠る次男を抱き上げていた。
家に帰り着いて、荷物を置いてからガキ共を子供部屋へ連れて行く。
それから、二人で居間へ向かった。
テーブルを前に、いつもの場所に座る。
すると、いつもは俺の正面に座るあいつが、今日は俺の隣に座った。
「なんだ?」
「少し疲れまして。寄りかかりたいと思いました」
寄り添ってくる。
「今日はもう、子供達も起きてきませんね」
「そうだな……。ガハハ……」
……これは、どういう事だ?
俺はどうすればいいんだ?
そういう事でいいんだよな?
こいつからこうして寄ってくる事がなかったから、どうしていいのかわからねぇぜ。
「ちょっと、水を浴びてくる」
「手当てもしなくちゃいけませんね」
「そうだな」
一度外で水を浴びてから、消毒のためにきつめの酒を頭から浴びた。
沁みてめちゃくちゃ痛かった。
居間へ戻ると、あいつが包帯を用意して待ってくれていた。
ドレスの布を外して、腕へ包帯を巻きなおしてくれる。
「……じゃあ、行くか」
「はい」
手当てが終わり、二人で俺の寝室へ行く。
寝床の上に、二人で寝そべる。
こうして二人、同じ部屋で眠るのは久し振りだ。
あまりに久し振り過ぎて、戸惑う。
目の前にはあいつの顔がある。
感情のうかがえない目が俺を見詰めている。
俺はその顔を抱き寄せる。
決して奪い取るような、乱雑な物にならないよう、ゆっくりと唇を交わす。
唇を離して見ると、あいつの目が少し潤んでいるように見えた。
今度は、体ごと抱き寄せる。
「今日は、このまま寝ちまうか」
「良いのですか?」
「嫌か?」
正直に言うと、俺はそれで満足してしまっていた。
このまま抱き締めて眠るだけで、心が満たされる気がした。
前は、抱いてしまわないと不安だった。
抱いて始めて、こいつが自分の女なんだと実感できた。
抱かなければ、安心できなかった。
でも、今日は違った。
唇を交わすだけで、安心できた。
どうしてなのか、わからねぇけどな。
こいつは俺の女だと、それだけで実感できた。
「……いいえ。よろしいのではないでしょうか」
女は答える。
声に不満な響きは無い。
むしろ、気分は良さそうだ。
こいつも俺と同じで、何かしらの安心感を覚えたんだろうか?
「おやすみなさいませ」
「おう、おやすみ」
俺はあいつの顔を眺めながら、ゆっくりと目を閉じていった。
顎に痛みが走り、俺は目を覚ました。
「がっ」
思わず飛び起きる。
上体を起して何があった? と辺りを見回す。
すると、今まで俺の顔があった場所に小さな握り拳があった。
長男がそこで寝ていた。
どういうわけか長男が俺の隣で寝ていて、寝相の悪さで俺の顎を殴りやがったらしい。
そして、眠っているのは長男だけじゃなかった。
子供達が全員、俺とあいつの間で眠っていた。
俺から見て、長男、長女、次男の順番だ。
次男はあいつの隣で、あいつの手を握って寝ている。
どうやら、途中で起きてきて俺達の間に入り込んできたらしい。
せっかくの二人っきりだったんだがなぁ……。
まぁ、これはこれでいいか。
ガハハ。
俺はもう一度、寝床に着いた。
痛てっ……。
野生動物から受けた怪我は、酒の消毒くらいじゃ無駄だ。というような事を言って、銃弾の燃焼薬で傷口を焼いていた漫画がありました。
それに照らし合わせると、ガハハの消毒はこれじゃ足りませんね。