ある家族の話 表
リハビリです。
本格的に母ちゃんとなったアナちゃんの話。
子供達の性格と紛失したアレの話。
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申し訳ありません。
誤字報告、ありがとうございます。
修正致しました。
私と、そして愛しい子供達の話をしよう。
私は元々貴族だった。
第一王子の婚約者であった私は、襲いかかる暗殺者より王子を庇い、自らの半身に生涯消えぬ火傷を負った。
見た目の醜さを王子に厭われた私は婚約を破棄され、修道院へと送られる事となった。
そして私は、その道中で野蛮な山賊の男に汚され、かどわかされた。
それから数年。
私はその下品な男との間に三人の子供を儲けていた。
そんな私の日常は、男と子供達より早く起き、朝食を用意する事から始まる。
食事の準備を終えた辺りで、次男が寝具から起き抜けてくる。
次男は今、私と同じ部屋で眠っている。
ある程度大きくなって、上の子供二人と同じ子供部屋で眠らせようとしたのだが、次男はそれを断固として拒んだ。
隣に私がいないと寂しいようだ。
なので、今も一緒に寝ている。
すると、他の子供二人も「ずるい!」と抗議し、今は子供三人と一緒に寝ている。
あの男?
さぁ?
自分の部屋で一人寝しているんじゃないですか?
「かーちゃ。かーちゃ」
ほれ、抱け。
と言わんばかりに、次男が私に向けて両手を掲げてくる。
私はそんな次男を抱き上げた。
次男は表情の乏しい子だ。
一部の例外を除いて、嬉しくても悲しくても無表情。
ただ、今は体をかすかに揺らしているので、抱き上げられてご満悦なのでしょう。
こういうふうになんとなく喜んでいるのはわかるのですが、確証が得られません。
まったく、誰に似たのでしょう?
わかりにくいったらありゃしません。
家族以外とちゃんと関係を築けるか、お母さんは心配です。
次に起きてくるのは、あの男だ。
当初、この男は身だしなみという言葉を知らない不衛生な人間だったが、ここ数年は朝に水浴びをしてから食卓へ来るようになった。
髪がしっとりと濡れて、ツヤツヤとしている。
髭も剃っていて身奇麗だ。
ただ、裸で食卓に参上するのは止めてほしい所だ。
「ガハハ。今日のメシはなんだ?」
「鹿の焼肉と玉葱のスープです。あとは、根菜のサラダと果物をいくつか」
山賊稼業の合間、山で狩りを行って食料を調達してくる事があるのだが、男はいつも鹿や猪などの肉類しか獲ってこない。
私としてはもう少し魚の頻度を上げてほしい。
本当はパンなどもほしい所だが、こういう山奥では作る事のできる料理も限られる。
今朝食として供せるのは、これくらいが精一杯だ。
ただ、塩などの調味料は男がどこからともなく定期的に仕入れてくるので、料理の味だけは保証できる。
「美味そうだぜ」
男は肉に手を伸ばす。つまみ食いする気だ。
それは許さない。
私はその手の甲にそっと触れた。
男が私の顔を見る。顔を左右に振って見せた。
「ガハハ……」
男は少しがっかりした様子で素直に手を引っ込めた。
せっかくだから、食事は全員が揃ってからの方がいい。
先に誰かが食べ終わっていたら、後から来た者は寂しく思うかもしれない。
程なくして、他の子供達も起きてきた。
「がはは。母ちゃん、朝飯何?」
「にゃふふ。私、鶏肉食べたーい」
長男と長女だ。
起きたばかりなのに、とても元気だ。
子供達が全員揃い、朝食を取る。
低い丸テーブルを前に地べたへ敷物を敷き、そこへ座って席に着く。
私と男が向かい合わせで、私の両隣には長男と長女が座る。次男は私の膝の上だ。
甘えん坊のままでは困るが、こうして子供に囲まれるのは至福である。
「俺は肉とスープだけでいいぜ。お前、いるか? ガハハ」
「だったら俺、肉だけでいい。だから、野菜はやるぜ。がはは」
「にゃふふ、いらねぇー」
「好き嫌いはダメですよ」
「「わかったぜ」」「はーい」
男と長男と長女は野菜が嫌いだ。
色々な物をバランスよく食べた方が健康に育つらしいので好き嫌いはしてほしくない。
男の事はどうでもいいが、母として子供達には丈夫に育ってほしい。
次男は特に好き嫌いなく、私が口元に持っていくと何でも食べる。
この子は丈夫に大きく育ってくれそうだ。
となると、やっぱりパンなど穀物類の料理も食べさせてやりたい。
私自身、久し振りにパンを食べたいという気持ちもあるが。
「どうした? 何かあったか?」
何故気付く?
この男は私の心の機微に敏感だ。
何も言っていないのに、私が感情を揺らがせるとすぐに気付く。
見透かされているようで少し気分が悪い。
「この子達にパンを食べさせてやりたいと思いまして。私自身、久し振りに食べたいというのもあるのですが……」
言っても詮無い事だろうが、思った事を口にする。
「そうか。わかったぜ。ガハハ」
何がわかったのです?
小麦なんてこの辺りで手に入らないでしょう。
この数年一度も持って来なかった事を思うと、小麦の行商人なども通らないはずだ。
どれだけ頑張っても、この男にはどうしようもあるまい。
とその時には思ったのだが、数日後、男は小麦の袋をどこからか持ってきた。
その上、山賊団に腕のいい元パン職人が仲間入りした。
パン職人は根城内に店を構え、今や山賊とその家族達に大人気となっている。
いったい、どんな頑張り方をすればこうなるのだろう?
私には不思議でならなかった。
男はたまに、計ったように私の体型ぴったりのドレスを持ってくる事もある。しかもどう見ても新品だ。
あれも不思議だ。どこから調達したというのだ。
ドレスも美味しいパンを食べられるようになった事も嬉しいので、不満はないのだが……。
男に辱められ、あまつさえかどわかされた私。
連れられた先は山の中にある粗末な集落。
山賊達の根城であるその場所は、元貴族の令嬢にとってあまりにも過酷な場所だった。
他に比べても良い扱いを受けていたのだろうとは思うが、それでも辛さはずっと心に忍んで過ごしていた。
しかし、それも最初の内だけだ。
気付けば私は、その状況を辛いとも苦しいと思わなくなっていた。
昔と今を比べられるくらいに心の余裕を取り戻した時には、今の方がいいかもしれないとさえ思ったくらいだ。
かつての煌びやかな貴族社会に戻りたいか、と考えるとどうも戻りたいとは思えない。
明確にそう思うようになったきっかけを問われれば、私ははっきりと答えられる。
長男を産み、その腕に抱いた時だ。
母親という立場。
そこに、私という人間がすっぽりと納まる気がした。
私はここにいたい。
そう、思うようになった。
そんな気持ちを懐かせてくれたあの子。
いや、子供達みんなを私は宝物のように思っている。
この子達さえいれば、私はどこでどんな仕打ちにあったとしても耐えられるだろう。
そんな宝物筆頭が、三人目の宝物を泣かせていた。
「母ちゃん! 母ちゃん!」
長男が私を呼ぶ。
そして長男の後ろでは、次男がビービーと泣いていた。
あんまり泣かない子なので、こんなに声を張り上げて泣くのは珍しい。
「泣いた!」
ええ、わかってますよ。
見てましたからね。
あなた、この子から玩具を取り上げたでしょう。
だから泣いているんですよ。
「何で泣いたのでしょうね?」
私はやんわりと追及した。
「わからねぇ。何もしてないのに泣いた。不思議だ!」
私がずっと一緒にいたのに、しれっと嘘を吐く長男。
そんな長男の目をじっと見詰め、もう一度問う。
「本当ですか?」
すると、長男は若干たじろぎ、目を潤ませた。
「すまねぇ。嘘吐いた。玩具とったら泣いた」
素直に謝る。
やんちゃな子ですが、なんだかんだでこの子も根は素直なのですよね。
「返してあげなさい」
「おう。わかった」
長男が玩具を返してあげると、次男はびっくりするくらいあっさりと泣き止んだ。
その玩具は、フリルを繋げて輪っかにしただけの玩具と呼ぶのも躊躇われるような代物だ。
次男は物心ついた時から、フリルが好きだった。
フリルを身につけていないと落ち着かず、終いには泣き出す始末。
着替えさせる度に泣き出されるのも困るので、この玩具を作っていつも持たせているのだ。
何でこんな子になったのでしょう?
……ええ、わかってます。私のせいですね。
妊娠中に奇妙な考えに囚われ、産着をフリルまみれにしてしまった報いだ。
「ガハハ」
笑い声が聞こえ、そちらを見ると男が入り口にもたれかかって立っていた。
男は私と子供達を見ながら、笑顔を浮かべていた。
何なのだ?
何がおかしいというのだ。
むっと眉を顰めた私に対して、男は妙に楽しげだった。
こういう事が時折ある。
男はこうして、何をするでもなく笑いながら私を見ている事があるのだ。
何のつもりなのだろう。
男の意図がどうであれ、ニヤニヤと見守られるのは腹立たしい。
私を見るくらいなら、少しは子供達の面倒も見るがいい。
「俺、母ちゃんと結婚する!」
ある日、私は長男からそんな事を宣言された。
最愛の息子からそんな事を言われればとても嬉しい。
ただ、今は嬉しいだけだが、少しだけ心配だ。
この子は少しだけ女の子の趣味が変わっている。
主に私のせいであるが。
この子は私の火傷に慣れ親しんでしまったせいで、火傷のある女性をお嫁にほしいと言った事があるのだ。
そういう事もあって、成長してもそんな事を言われたらどうしようかと少し心配だった。
「ガハハ、そいつはダメだ」
そんな時だ。
男がそれを嗜めた。
「何でだよ? 父ちゃん」
「そいつは俺の穴だからだ! 他の穴を探せ!」
はい。わかっていました。
こういう人ですからね、この男は……。
「うーん、……わかった。俺は俺だけの穴を探すよ!」
長男は素直ないい子だ。
でも、本当にこの男の真似はしないでほしい。
これ以上似ないでほしい。
私は切にそう思う。
長女もまた、長男と同じくやんちゃの気がある。
長男ほどでないにしても、父親と性格の一致する部分が多々あった。
完全に似通わないのは、男女の違いから来る差異かもしれない。
ただ、この子には兄弟の中で一番厄介な悪癖があった。
「かーちゃん、これ」
そう言って長女が私に差し出したのは、玩具の木剣だった。
見覚えがある。
確かこれは、長男が外へ遊びに出る時に持ち歩いている物だ。
「どうしたのです? これ」
「気付かれないようにとって来たー」
悪びれもせず、むしろ褒めろとばかりの満面の笑みで長女は報告した。
褒められるわけないでしょうに。
これがこの子の悪癖だ。
この子いわく、人の物を誰にも気付かれないようにとってくる事がとても好きらしい。
溜息が知らず漏れた。
「人の物を勝手にとってはいけません。返してきなさい」
「うん、後でちゃんと返すよー。それに謝るから、だからとっても別にいいでしょー?」
そうまでして盗みたいのか。
そんなに盗む事が好きなのか。
「謝れば全ていいというわけではありません。謝るくらいなら、最初からやらないという心構えを持った方が良いでしょう」
「はーい」
素直に応じる長女。
そしてこの子はちゃんと私の言い付けを守るようになった。
誰からも物を盗む事はなくなった。
と思っていたのだが、実際は私に見つからないよう兄弟や友達から盗み、あとで返して謝っていたらしい。
つまりこの子は、私の目を盗んでいたわけだ。
ある日の事だ。
長女が頭に金属の頭環を着けている所を発見した。
頭環からは布が伸びており、長女はその布で頭頂を隠すようにしていた。
その頭環には見覚えがあった。
私が修道院へ送られる事になった日、母が私に持たせてくれた物だ。
あの男に襲撃されて、その場に置き去りとなった物だとばかり思っていた。
それが何故、ここにある?
「それはどうしたのですか?」
長女に訊ねる。
「にょほほ。いいでしょー。とーちゃんの部屋で見つけたんだー」
また勝手に持ち出したのか?
それは後で注意するとして、今はそれよりも気になる事がある。
あの男がこれを手元に置いていた?
どうしてだろう?
あの後回収していた事は納得できるが、それが残っているとはどういう事だ?
奪った貴金属は、だいたいすぐに売り払って通貨に換えていると聞いた。
だったら、これが残っているのはおかしい。
しかし……。
私は頭環へ手を伸ばした。
長女の頭に着けられた頭環を指で撫でる。
懐かしい。
母が私に贈ってくれた物だ。
私は子供達の事を宝物のように思っているが、私の母はどうだったのだろう?
私の事を宝物だと思ってくれていたんだろうか?
今思えば、母は私よりも妹の事を可愛がっていた気がする。
それは確かに妥当な事だ。私だって、妹は可愛い。
でも、それとは別に、私は軽んじられている自分に切なさを覚えていた。
寂しく思っていた。
最後の最後、これを渡してくれたという事は私もちゃんと大事にされていたという事なんだろうか……。
そう思いたい。
そう思っていよう。
頭環から手を離し、そのまま長女の頭を撫でた。
固く、癖のある毛。私とは質の異なる手触りの髪だ。
「にゃふふ……」
くすぐったそうに長女は笑う。
「気に入ったなら、かーちゃんにあげるー。はい」
長女は頭環を外して、私に渡した。
盗った上に、あまつさえそれを人へ譲渡するのはお母さんいけないと思います。
でも、娘から物を贈られたと思うと素直に嬉しい。
もとよりこれは、私の物である事だし、貰ってもかまわないだろう。
「着けてみてよ。きっとかーちゃんに似合うよー」
「そうですね。着けてみましょうか」
私は頭環を着けて、布を左の顔に垂らした。
目が布に覆われるが、視界はうっすらと透けて見えた。
「どうです?」
「うーん」
訊ねると、長女は難しい顔をして唸った。
似合っていないのだろうか?
「ガハハ、どうした?」
そんな時に男が来た。
振り返る。
すると、男も何やら難しい顔をする。
そんなに似合わないのだろうか?
思っていると、男はおもむろに私の頭に手を回した。
そして、もう片方の手で頭環から布を引き千切った。
私の顔が完全にあらわとなる。
「何をするのです?」
「お前にはこんなもんいらねぇんだよ」
……それは、私の醜い顔を見て辱めたいという事か?
まぁ、私は所詮この男の所有物に過ぎない。
抗う事もできないから逆らいはしないが……。
「うん! かーちゃんはそっちの方がかーちゃんだよ!」
長女が嬉しそうに言う。
どういう意味です?
しかし、子供にまでそんな事を言われるとは思わなかった。
少し落ち込んでしまう。
そんな私に男が声をかける。
「布なんか被せたら、お前の顔がちゃんと見えないじゃねぇか。だから、お前はそのままの方がいいんだよ。ガハハ!」
「……そうですか。そう言うのなら、着けないようにしましょう」
「頭環だけならいいぜ。顔が見えるからな」
「じゃあ、これだけは着けましょう。……そういえば、どうしてこれを持っていたのです?」
「ガハハ!」
男は笑うだけで答えてくれなかった。
「なぁ、それより一ついいか?」
不意に、男は神妙な表情で訊ねてくる。
「……何です?」
「お前、帰りたいと思うか? 元の場所に」
普通は当然と思う事だろう。
こんな目に合わされれば、誰だってそう思う。
子供を連れて行けるならば、こんな場所よりも帰ってしまった方がいいのだろう。
私は小さく溜息を吐く。
でもどうしてか、私は不思議と帰りたいと思えなくなっていた。
子供さえいれば、どこにいてもいいと私は思っているのに……。
ここを離れたいと思えなかった。
「なぁ、どうなんだ?」
「さぁ? どうでしょうね」
私はあえて答えをはぐらかしてやった。
さっき、この男も答えをはぐらかしたのだ。
これはその意趣返しだ。
それくらい、許されるだろう。
ここに書かれる話はこうした隙間を埋める話になっていく予定です。
あんまり頻度は多くありません。
忘れた頃に追加されそうです。
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