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 ルキアは一命をとりとめた。久々に霧の晴れた野営地に、歓喜の声が渦巻いた。

 兵士達の前に、包帯姿のルキアが、弱々しくも自分の足で立って姿を見せた時、兵士達は、


「我らが戦王女! 我らの希望!」


 と泣き叫んで喜び合った。そんな兵士達には笑顔を見せたルキアだったが、天幕の中でアルディクと二人になると、笑みは消えた。


「ルキア、大丈夫か」

「……うん。心配かけてすまない」


 元気のなさげな様子が気にかかったが、命の心配がなくなった今、ずっと気にかかっていた疑問を投げかけない訳にはいかなかった。


「なあ、お前が譫言のように言ってた事、覚えてるか?」

「ん……? 何のこと?」

「変化がどうとか、世界の果てまで行き着いたとか、そういった事だ」

「ああ、うん。覚えてるよ」

「あれは一体どういう意味なんだ?」


 ルキアは寂しげに笑うと、


「アルディは知らない方がいいよ」


 とだけ返した。


「知らない方がいいって、お前、何を隠してるんだよ?」

「べつに」

「お前、変だぞ?!」


 アルディクは思わずルキアの肩を掴む。それは負傷していない方の肩ではあったが、それでも傷に響いたらしく、


「痛っ……」


 とルキアは声を洩らす。


「あ、す、すまん」

「いいよ……」


 ルキアは俯いたまま応えた。アルディクは苛立った。数え切れない程の昼と夜を共に過ごしてきたのに、こんなルキアを見るのは初めてだったからだ。


(数え切れない程の昼と夜……)


 ふと、自分の考えた言葉に違和感をおぼえる。数え切れない程、っていくつだ? 俺たちはいくつの国を滅ぼし、何年戦ってきたんだろう?


「判ったんだよ。聞いたんだ、意識を失っている間に、声を」


 アルディクの疑問に答えるようにルキアは呟いた。


「声って?」

「私たちの敵の声。絶対に倒せないものだよ」

「え? 敵はもう撤退して……」

「ちがうんだ。このいくさは、決して平和には終わらない。私は、戦王女なんかじゃなかった。正確には、戦王女なんて元々いなかったんだ」

「どういう意味だ? 何を言ってるのかわからない」

「私には判った。だから、もういい。舞台を降りる事も出来ない。私たちは戦うしか……」

「だから、さっきから何言ってんのかわかんねぇってんだよ!」


 遂にアルディクは声を荒げた。ルキアはようやく顔を上げてアルディクを見た。


「それでも、あなたがいるから生きていけるよ、アルディ」

「……! っ、答えになってないぞ。お前の行動のせいで俺たちの部下が大勢死んだ。副将軍も帰って来なかった。だから、答えてくれ。お前の言う事なら、何でも信じるから」

「……わかったよ。じゃあ言うけど、死んだ副将軍の名前を覚えてる?」

「そんなの、覚えてるに決まって……ッ」


 ……誰だ? 優しくてよく気の付く男だった。薄い髭を生やしてよく苦い紅茶を飲んでいた……ほんの数日前の事の筈だ、あいつが死んだのは。なのに、何故俺はその名を思い出せないんだ……? 

 アルディクの表情が戸惑いに変化するのを観察していたルキアは、悲しげに溜息をつく。


「逆に、思い出してみて。私を刺した敵の顔に見覚えは、なかった?」


 あっ、とアルディクは声を出す。どこかで引っかかっていた事だった。即座に首を刎ねたあの敵の兵士は、以前にもルキアに手傷を負わせた事があった。その時は軽傷で済んでいたが。


「どういう……ことだ? あれは、あの兵士の兄弟か何かか」

「違うよ、本人さ」

「しかし、あの時俺は敵を仕留めた筈だ」


 ルキアは頷いた。


「そう。ねえ、アルディ、私たち、何歳になる? 一緒に戦い始めてどれくらい? これはだいぶ前にも聞いたけど、私たち、いくつ国をおとした?」

「いちいちそんな事考えていない。ひとつ国をおとしたら、王都から指令が来て、次のいくさへ出向くだけだ。何歳かって……俺たちは三十にはなってないだろう?」


 その年齢は、指折り数えたものではない。目の前の美しい栗色の髪の女が、せいぜい二十代前半にしか見えない、と思ったからだ。


「そう……私たちのときは、それくらいで止まってる。ながい……ながいあいだ、戦ってきたのに。何十年? 何百年? もう、わからない……」


 ルキアの琥珀色の瞳は翳りを帯びている。


「そんな馬鹿な!」


 アルディクは大声をあげていた。


「じゃあ、俺たちの部下は? 国に残してきた家族は? みんな、同じように歳をとらないって言うのか?」

「たぶん、ちがう……私たちのやってる事、してきた事……全部がいつからか、繰り返しになった。それを共有しているのは、多分私とあなただけ」

「そんな……」

「本当は、アルディも薄々気付いていた筈。日常に潜む奇妙な違和感を。誰かが、私たちを操っている。私は聞いた。『予定にない行動』『中途半端な終わりでは駄目だ』『まだ続けよう』……あれは、絶対者の声、だと、おもう……」


 アルディクは耐えられない、と思った。ルキアの言う事は真実だと、本能が告げている。それに、お前の言う事なら何でも信じる、と誓った。けれども、それならば、それを確かめなければ。自分の目で、それを見なければ。


「来い、ルキア!」


 アルディクはルキアの負傷していない腕を引っ張り、天幕から外に出た。大勢の兵士が行き来する、野営地の日常の風景。そろそろ夕餉の時刻で、その支度に取りかかろうとしている。そう言えば、あいつは誰だっけ。あそこの奴は、前のいくさで死んだんじゃなかったっか。何故だ、何故思い出せない……。


「どこへ行くの、アルディ!」


 腕を引かれながらルキアが尋ねる。


「王都だ。国へ帰って確かめる。それで全部、わかるだろ?」


 ルキアは悲鳴をあげた。


「いや、やめて、アルディ。私は見たくない。もう知ったもの! もうあそこにはきっと何もない。私たちはただ、絶対者が飽きる日まで、この霧と共に戦いを続けていくしかないんだ。でも、でもあなたがいれば、私はそれでいい!」

「いくさを終わらせるんじゃなかったのか。お前は戦王女だろうが!」

「無理なんだ……だって」


「だって、世界はとうに終わっているんだもの」

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