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もはや、光の勇者たちの前に立ちはだかるものはいなかった。
闇の王国『四天王』は倒されてしまった。
残すはもはやただ一人、闇の王である魔王だけだ。
長い戦いも幕を閉じるときが来たのだろう。
光の勇者たちは魔王との最終決戦の場、「魔王の間」の前にいた。
「ちょっと、シャイル!」
魔法使いが勇者を呼び止める。
「薬草忘れてるよ! 回復しなくていいの!」
「おっと、悪い。ナル。」
シャイルは薬草を受け取った。
彼は疑問を口にした。
「僧侶の回復魔法は使わないのか?」
「馬鹿っ!」
ナルは杖でシャイルの頭をこつんと叩いた。
「いってえ」
「魔王と戦う前なのにMPを消費してどうするの? 魔王の強さがまだ把握できていない以上、MPを温存するのは当たり前のことでしょ! 本当に頭腐ってんじゃないの!?」
ナルはその端正な顏を赤くさせて、自分の頭より大きいとんがり帽子を落とす勢いで怒鳴った。
「うるさいうるさい! そんなに怒鳴るな!」
「だって相手はあの魔王なのよ! そんなこと言われたら怒鳴りたくもなるわよ」
ナルは帽子を拾おうとしたが、あっと言ったかのような顏をして、自分の鞄の中から手鏡を出した。
「そうだぞ、シャイル! 相手はあの魔王だぞ。闇の王国切っての実力者であり、その強さは世界で一番と言われる奴だぞ!」
「お前と初めて会った時に同じことを聞いた気がするよ」
「記憶違いじゃないか」
武闘家のダッケルはしれっとシャイルの言葉を受け流し、薬草を使った。どうやらHPはすべて回復したらしい。
それに習うかのようにシャイルも薬草を使った。HPが少し回復する。
「……おい。ナル」
「ん? なあに?」
ナルは帽子をとって、手鏡で髪の毛をチェックしている。
シャイルはやり返すかのようにナルの頭をはたいた。
「……いったぁぁい!」
「いったぁぁぁい。じゃねえよ! みんなは『高薬草』を使って全回復してるのに、なんで俺だけ普通の『薬草』なんだよ! なにが悲しくて30HPずつ回復しないといけないの!?」
「仕方ないでしょ! 『高薬草』がウェインの分で無くなっちゃったんだから」
「申し訳ございません」
女僧侶のウェインが頭を下げる。
「ほら、ウェインが恐縮して謝っちゃったじゃない! あんたも謝りなさいよ!」
「なんでだよ!」
二人の口喧嘩が始まった。
「お前、道具管理してるんだからそうならないようにしとけよ! 大体、ウェイルは僧侶何だから回復魔法を使ったあとに『聖水』を使ってMP回復すればウェイルは『高薬草』を使う必要はないだろ」
「言ってる意味が分かりませーん」
「分かるだろ! なんでそうしな……あっ、お前まさか! 『聖水』が高いからってケチったな!」
「まったく意味が分かりませーん。大体、さっきの四天王戦、あんたとダッケルは攻撃するだけで良かったんだから『聖水』を使わなくてもいいでしょ! 必要な分だけ買ってあるの!」
「俺とダッケルが聖水を使うかどうかは関係ないだろ今!」
「関係あるから! 絶対にあるから!」
「第一、お前とウェイルとクインツはMP全回復出来るのか?」
「できます~~!…………多分」
「……街でメシを食う時に良いところで食べたいからってケチりすぎなんだよ。太るぞ」
「何ですって!」
魔法使いはリスのように小さい頬を膨らませる。
勇者はそんな魔法使いのことをにらむ。
「夫婦喧嘩は止めろ、シャイルとナル。魔王の目の前でみっともない」
パラディンであるクインツは剣を研ぎながら、二人の方を見ずに、注意した。
「な、な、な」
シャイルとナルは顏が赤くなる。
「あ、二人とも顔が赤くなったぞ」
「本当に仲がいいですね」
ここぞとばかりにダッケルとウェインが茶化す。
「う、うるせえ!」
「う、うるさいわね!」
シャイルとナルは同時に叫んだ。
今、彼らは無防備な状態のはずだった。
だが、闇の王国の兵士たちは勇者たちを見ているだけだった。
見ているしかなかった。今、攻撃を仕掛けても自分たちがやられると分かっていたから。
あの四天王がやられたのだ。
四天王全員で勇者と戦って、完全敗北したのである。
四天王が弱いわけではなかった。四天王の連携して行う攻撃は闇の王国でも類を見ないほどの威力を持つ。火炎と吹雪を召喚し、さらに攻撃魔法を四回連続唱える連携攻撃は、相手に回復する暇を与えず、いままでに耐えきったものはいない。
しかし、光の勇者たちは耐えきった。
いままで耐えきったものはいなかった攻撃を光の勇者たちは耐えきり、勝利したのだ。
光の勇者たちは安定した戦い方をしていた。きっと彼らは四天王の連携攻撃の対策をしてきていたのだ。
パラディンがパーティの楯になり四天王達の攻撃を受けた後、魔法使いがパワーアップさせた勇者と武闘家が攻撃し、僧侶がパーティを回復させる。
四天王たちは攻撃をし続けるしかなかった。しかし、一向に勇者パーティ全員が倒れる様子は無い。
結局、四天王たちが倒れ、勝利したのは勇者だった。
城の番兵、魔物たちはその戦いの一部始終を見ていた。
四天王がやられた時、彼らは驚愕した。
あの四天王がやられるなんて……
信じられない事だった。王国を見るに誰も太刀打ちできない強さが『四天王』と呼ばれる所以なのだから。
もしかしたら、もしかすると……
しかし、彼らの中には希望が湧いていた。
王国の最後の砦、魔王が彼らを倒してくれるかもしれない。と考えたからではない。
逆だ。魔王が彼らに倒されるかも知れないと思ったからであった。
彼らは悔しいはずだった。
何日か前に王国最強のパーティが光の勇者たちに敗北を喫した。しかし、四天王なら何とかしてくれる。そう思っていたが、四天王も光の勇者たちの前にはなすすべもなかった。
悔しいはずだ。王国の誰もが光の勇者のパーティに太刀打ちできなかったのだから。
しかし、彼らは気付いていた。
この戦いが終われば、しかも、『光の王国』の手によって終わらせられれば、
平和になると気付いていたから――――。
ここは魔法の存在が認められる世界。
この世界では二つの勢力があった。
「光の王国」と「闇の王国」である。
光の王国は、人が住むにはうってつけの土地にあった。温暖であり、災害も特には起きることはなく、年中空から光が降り注ぎ、そして、なにより、平和だった。
対して闇の王国は、吹雪が吹いたと思えば急に地面が熱くなり水分が蒸発しひび割れて、災害が一年中引っ切り無しに起こり、空から光が降り注ぐことは無く雲さえかからなければ星空がどんな時でも見え、危険な生物がいたるところに存在し、いろんな人種(竜人族や犬人族etc.etc.)がいるため村と村で小競り合いを起こすのは日常茶飯事。それを止めるはずの王国の政府は見て見ぬふり。平和な時など一度もなかった。
そんな国の環境から治安まで真反対な両国だったため、気付いた時には敵対していた。
戦争は幾度となくしたが、所詮、街と街、村と村の小競り合いだった。
闇の王国の政府が重たい腰を上げたのは何十年も前の事、現闇の王国『魔王』である「ダースレスト=マキシエイト」が就任した時である。
ダースレストはいくつかの大胆な改革案を持ち出した。
その中で最も改革的だったのは「王国内でもっとも強き者を決め、その順位順にそれなりの地位を与える」というものだった。
単純だが効果はあった。
これにより、『四天王』という地位が生まれ、魔王も大会で優勝しその存在をより強固なものにする事ができ、さらに、村を締める者がとても強くダースレストが持ち出した改革案によって教育された者に変わったためか、村同士の小競り合いが無くなった。
闇の王国は以前よりも平和になった。
しかし、それでも、闇の王国の過酷な環境は変わらない。
ダースレストが就任して数年後のある年のことだ。
その村ではとある異変が起こっていた。
その村に住むのは獣人族と呼ばれる一族で、全身が毛に覆われ、体は一見して人間のようだが、頭はオオカミのような顏をしている。そして、力が人間よりも強く、嗅覚が優れているという特徴がある。
そんな彼らは異様な臭いを数日前から嗅ぎ取っていた。
卵が腐ったようなにおい、硫黄の臭いだ。
彼らは新種の植物がこの村の近くに現れたのだろうと思った。
きっとその植物は硫黄を使って何かをしてくる、もしかしたら硫酸か何かこちらに掛けてくる、厄介な植物なのかもしれない。
獣人族である彼らはみな、そう思っていたが、彼らのペットや家畜はそう思っていないらしく、忙しげに動いたり意味もなく鳴いたりして落ち着かないようであった。
それは突然来た。
村の青年、ムーケイ=ドッグはその日、仲間を連れて村の外に出た。
村の食糧が少なくなっていたので、何か食べられる動物か植物かを探しに出たのである。つまり、狩りだ。
光の王国では簡単に食糧は手に入るのだろうが、闇の王国では簡単にいかない。危険な動物や植物がうじゃうじゃしているからだ。倒すと酸性の液体を出しながら枯れる花や、毒を常に体の肌から出し続けている犬などなど、一筋縄ではいかない化物がそこらじゅうにいる。それに、捕まえても食えない奴もいるので、食糧を探すことは本当に大変なことだった。
狩りでは、食える奴を見つけるとそいつを倒すか収集して、誰かが村にそれを運ぶ。その間に新たな獲物を見つけるというわけだ。
その日、ムーケイ達は二時間経ってやっと食べられる獲物をゲットした。
こんなことは今までにないことだった。二時間もあれば最低でも七匹位は捕まえることが出来ていたのに。
狩りは普通、一日を掛けて行う。しかし、それだけかけたとしてもこのままでは十分な食料を得ずに終わってしまうかもしれない。
ムーケイたちは非常に困っていた。こんな事では家族が飢え死にをしてしまう。
その時だった。
地面が大きく揺れ始め、地割れが出来始めた。
さらに、地面がとても熱くなり、蒸気が辺りに立ち込め始めた。
何が起こっているのか分からないままムーケイたちが立ち往生していると、ムーケイの仲間の一人が悲鳴を上げた。
ムーケイは悲鳴のした方向を見たが、仲間の姿は見えなかった。
あったのはシュウシュウ音を出しながら蒸気を噴き出す地割れだけだった。
「安全な場所に逃げるぞ!」
ムーケイが仲間たちに叫ぶように言った。
仲間たちは頷くと森に逃げようとした。木によって固められている地面ならもしかしたら、と思ったのだ。
しかし、森の中入ると煙が立ち込めていた。
火事である。
ムーケイたちは森の中から出ようとした。だが、行く先行く先火が早回りしている。
結局、地割れの被害にも遭っていない、安全な大きな岩の上に到達したのは、ムーケイが一人生き残った時だった。
ムーケイが仲間を失った悲しさに泣いていると、地面が震え、バァーンという爆発音が聞こえた。
ムーケイは何事かと涙をぬぐい、岩の辺りを見渡したが、なんともない。
岩の上からは村や森が見えた。どちらも赤い明りが灯り、黒い煙が立ち上っていた。
ムーケイは家族のことが心配になり、助けに行けない自分を情けなく思い、また涙を流した。
しばらくすると、変化が訪れた。
今、ムーケイの下にある岩が熱くなったような気がする。なにより、辺りが明るくなってきた。
ムーケイが岩の下をのぞくと、赤い水が流れていた。
溶岩である。
(馬鹿な)
ムーケイは自分の目を疑った。
(信じられない)
彼の住む村では、吹雪や地震が起きるときがあっても、噴火だけは起こらなかった。だから、噴火だけは起こらないと安心していたのだ。ここから一番近い火山帯は向かっても一年はかかる。だから、噴火への対策もしていなかった。噴火が起こらないと思っていたからだ――
「――噴火は、起こらないはずなんだ」
ムーケイはうわごとのようにつぶやいた。
溶岩は無情にも何もかも燃やしながら流れて行った。
村の方へ。
しばらくして、一番近い村から救援が来た。
彼らは天馬騎士だった。
「大丈夫か!」
彼らの一人がムーケイへ手を差し伸べた。
ムーケイはうつろな目で彼を見た。
「早く乗れ!」
ムーケイは彼らに従った。
自分の責任で彼らも死んだらいけないと思ったのだ。
天馬は急ぐようにその場を離れた。
その直後にムーケイのいた巨岩が爆発した。間一髪だった。
空には黒い煙がたまっていたので、その黒い煙の少し下くらいを彼らは飛行していた。
ムーケイはその時、上空から自分の村を見た。
その時のことをムーケイはこう語っている。
「俺の村には、畑があって、家畜場があって、なにより、家庭があった。
平野だったからね。吹雪や地震が起こって気温が不安定だとしても住みやすかったのさ。
それらがなかった。
俺の村は消滅していた。
代わりにあったのは、赤い海さ。
見渡す限りの赤い海。
灼熱の溶岩がすべて燃えつくしてしまった。
俺の畑も、家畜場も、家も、友人も、家族も、全て燃えちまった。
全部、あの赤い海が飲み込んじまってたんだ……」
この大災害で生き残ったのはムーケイただ一人だった。
この恐るべき大災害は闇の王国に波紋を呼んだ。
いままでに災害はあった。しかし、死ぬと言っても馬鹿みたいな行動をした奴と運の悪かった奴ぐらいで、一村消滅という災害は起こったことが無いからである。
災害を抑制出来るようにしろという声が増えた。
巨大なる魔力を持つ魔王の一族なら何とか出来るだろうと、そう思ったのである。
政府は困った。災害を予知することは出来るがまず「予知」自体がかなり難しい技術だったので地方ごとに災害の予知をするのは無理な相談であった。ましてや、災害の抑制などは絶対に不可能だった。災害のエネルギーが大きすぎるためだ。
それを国民には説明したのだが、納得してもらえず、デモが起こった。
デモの人数は増え続け、ついに闇の王国、首都である「ライトレス」で、クーデターが起こった。
このクーデターを起こしたのは誰でもない、ムーケイだった。
「この乱れる大地を見ないふりする政府はいらない!俺達でどうにかするんだ!」
ムーケイは災害にあった時に仲間や家族を救えなかった悔しさをここで放出させていた。絶対に、次の犠牲者は出さないように。
彼の体験を聞き、彼の言葉に共感した人々は彼に続いた。
国民と軍との戦いになった。
叫び声をあげ、血が流れても闘志を失わない国民に、王国の軍は劣勢だった。四天王が戦っていても状況は変わらなかった。軍の方からも大勢クーデタ―に参加していたため、なおさらである。
国民の声が政府を倒すのは目前の事であった。
その時、魔王が、ダースレストがクーデターの前に立った。
「国民よ。聞け!」
狂乱に満ちていた国中が静寂に満ちた。風の音だけが耳をなでる。
「大地が乱れている。この我らを生かしてくれている大地が。もう何千年も前から乱れている。
それを何とかしろとお前たちは言う。政府なら出来るだろう。この世界の秩序を作った魔王の一族なら何とか出来るだろうと。しかし、一向に何とかしてくれない。
だから、自分たちが動くしかないと。無能な政府の代わりに自分がやってやろうじゃないかと。皆、そういうわけだろう。
……だが、なんとかできるか?この偉大なる大地を。怒れる大地を。魔王の一族でも無理だというのに?」
ここで魔王は国民を見渡した。
「よく考えてみろ。そんな無駄なことしなくても済む方法があるじゃないか。
政府を倒して自分たちで運営するような真似をしなくても安全な土地が手に入る方法が」
国民はポカーンと口を開けているものが多かった。が、ダースレストの言わんとする事が分かった者もいた。
「……君たちは『光の王国』という国を知っているかね?」
国民の怒りは「闇の王国 政府」から逆方向へ方向転換し、「光の王国」の土地への希望と願望に変わった。
すぐに軍が編成された。国民から軍へ入軍するものはとても多かった。王国のほとんどの者が軍隊に入ったかもしれない。
(安全な土地を手に入れるんだ!)
闇の王国がこれほどまで団結したのは今までにないことではないだろうか。
闇の王国の軍隊、通称「闇の軍団」が中立の地「ニュートリア」を制圧したのは、クーデターが起こってから三カ月もたたないかどうかぐらいの時だった。
光の王国は闇の王国が不穏な動きをしているという情報はつかんでいたが、戦争にくるのはせいぜい半年後以降だと思っていたので、完全に出鼻をくじかれた。
一気に光の王国の土地が侵略され、あっという間に光の王国、首都「ダークレス」と闇の軍団は目と鼻の先にあった。
反撃しようにも光の王国の軍隊には闇の軍団はとてもかなわなかった。
闇の軍団の兵士は激しい気候で鍛え抜かれているうえ、光の王国で見たことが無い生物たちを武器として使って来る。反撃し、闇の軍団を追い返すというのは到底無理であった。
光の王国の王、「フォート=カインフォーダ」はダークレスの目の前の街三つ「ラインダ」「ストレイ」「レフイマト」に最終防衛線を引き、戦いに臨んだ。
それが十数年前の話。
今でもその最終防衛線で光の王国は踏ん張っていた。
十数年間この最終防衛線で踏ん張ることが出来たのは、最終防衛線を引いたときに光の王国の軍団がやっと編成することが出来たのと、闇の王国よりも魔法に長けている者が多かったからだ。
光の王国の魔法使い及び賢者たちは最終防衛線が引かれると、すぐさまバリアーを張った。このバリアーは最終防衛線を丁度なぞるように張った。バリアーのおかげで十数年、闇の軍団に侵略されることがなかったのだ。しかし、闇の軍団を敗走させる力は光の王国の軍隊には無かったため、光の王国は最終防衛線の中で暮らすしかなかった。
そして、十年前のこと。フォートは最終手段をとった。
最終手段とは、この世界のはるか昔からのルール。絶対的な二つのルールの一つを発動させるのだ。古来より世界全体にかかっている強力な魔法により絶対に何か起こるはずだ。
それは、『勇者による王の討伐』であった。
それが発動されると、光の王国と闇の王国の土地の支配権がリセットされる。
フォートは今のような状況の時の為にこのルールがあったのだと、何年も前から気付いていた。先人はこの状況を見こしていたのだろう。
選ばれた勇者は当時十五歳である「シャイル=エグゼプス」であった。
「ああ、緊張する」
「ついにここまで来たのか」
五人は魔王の間へ続く扉の前に立った。
「長かったな」
ダッケルはシャイルに言った。二人はダークレスから旅をしてきた仲だ。
「ついにここまで来たのか」
「さっきと同じことを二回続けて言っているぞ、シャイル」
シャイルははっとして照れるように頭をかく。
「魔王がイケメンだったらどうします? ナルさん」
「い、イケメンだったら!?」
ウェインの予想外の質問をナルはうーんと唸りながら考え、
「そうねえ、まずプロポーズして、OKだったらそのままランデブーかな!」
とにやけながら答えた。妄想の世界に少し入ってしまったようだ。
「……こいつ、王国に送還したほうがいいんじゃないのか?」
「そうですね。シャイルさん」
「ちょ、ちょっと。冗談よ? 冗談」
ナルはシャイルとウェインのあまりにも自然な会話に、あわてて言い訳をした。
「もう! 二人とも大げさなんだから」
「でも、本当に送還してやろうかと思うくらいにお前のにやけ顏はきもかったぞ」
シャイルの言葉に賛成するようにダッケル、ウェイン、クインツが頷く。
「そうだな!」
「たしかに気持ち悪かったです。ナルさん」
「あんなにおぞましいものは見たことが無い」
「え、え、そこまでいうことないでしょ……。」
ナルは四人からの容赦ない口撃に泣きそうになる。
「なんでそんな酷いこと言うのよ……。私はウェインの質問に答えただけじゃない」
「……また泣くか」
「また泣くかじゃないわよ! あんたは私のことを『おぞましいもの』扱いして!」
「いや、いや、『おぞましいもの』と『魔王』。ベストカップルかも知れないよ?」
「ベストカップルだったら私は今頃監獄に入れられてるわよ!」
「でも、イケメンかもしれねえじゃねえか」
「うるさいわね、この筋肉馬鹿! ダースレストがいつから魔王やってんのか知ってんの? きっとすごいおじいちゃんよ!」
「まあ、まあ、落ち着いて下さい、みなさん。これも魔王のワナかもしれません」
「いや、あんたから始まったんでしょう、ウェイン!」
パーティは漫才のようなやり取りに笑いをこらえ切れなくなり、ドッと笑った。
ナルだけは目に涙を浮かべて四人をにらんだ。
「いいわよ。いいわよ。私はここで泣いていればいいのよ。四人で魔王を倒しに行ってちょうだい。私、ここで泣いているから」
すね始めたので、四人はなだめにかかる。
「お前がいないとどうしようもないんだけど」
「嘘よ」
「俺の馬鹿力もナルの魔法が無いとどうしようもないぜ!」
「……嘘よ」
「私の回復魔法もナルさんがいないとやりがいがないです」
「…………嘘よ」
「俺も体を張ってパーティを守る意味が無い」
「……………………」
ナルは涙をぬぐうと四人に向かって言った。
「仕方ないわね。私を必要としているようだから、いっしょに戦ってあげるわ。まったく、仕方ないわね。本当に仕方がない」
ナルは機嫌を直したようだ。
(……いっつも思うけど、こいつ、ちょろいよな)
(思ってても口には出しちゃだめですよ、シャイルさん。気づいちゃいますから)
「ん? 何か言った?」
「いっや、べつにぃ?」
「何も言ってません何も」
シャイルとウェインがあわてて顏をそむける。ナルは不思議そうな顔でそれを見ていた。
「でも」
シャイルが言う。
「本当にこれで終わりなんだな」
「バッカねえ。魔王に私たちがやられたら終わりなのよ? いろんな意味で」
「バカってお前。バカってお前」
「そうだ。ナル。そんなネガティブなことを言っていたら、この禍禍しい雰囲気にやられてしまうぞ」
確かに、魔王に対面したわけでもないのに独特の空気を感じる。まるで、何かが中から威圧しているような……
「今日、終わらせるんだ。戦いを。この愚かな戦いを」
「ああ、そのとおりだ!」
「そうね、そのとおりよ」
「終わらせましょう!」
「……なんか、クインツが勇者みたいになってないか?」
「じゃあ、お前が言え」
クインツから急に引導を渡されて面食らったシャイルだが、すぐに顔を引き締めて言った。
「行くぞっ!!」
『おうっ!!!!』
彼らは魔王の間を開いた。
生温かい空気が扉の中から流れ出てくる。
それといっしょになにか肉が腐ったような、生臭い、生理的に嫌なにおいが光の勇者たちの鼻を刺激する。
「くっさぁ~い!」
「いったいなんの臭いだ?」
彼らはすぐに答えを知る。
最初は魔王の間全体をレッドカーペットが敷かれているのかと思った。しかし、それは見当外れだった。
台座が血で黒くなっていた。近くに棒きれが落ちている。
床が赤黒いヌラヌラとした光を放っていた。
壁には大きな黒い花が描かれているかのようだ。どうやら真ん中の腐っている何かの血しぶきでそういう模様になったようだ。真ん中にはハエやウジ虫がたかっている。
いや、そこだけではない。もはや魔王の間の血に塗られた部分がハエやウジ虫の湧き場と化していた。
魔王の間は惨劇の後だった。
ダースレストは何者かに原型が無いほどにぐちゃぐちゃにされてしまっていた。
「おえええええ」
ナルが耐えきれずに吐いた。
ダッケルは目を閉じ神に祈っているようだ。
ウェインは両手で口を押さえ、あまりの事に驚きを隠せないでいる。
クインツは目を見開いたまま固まってしまっている。
シャイルは――――
「どうして……」
この世界にはルールがあった。
それは古代にかけられた巨大な魔法でもあった。
そして、いままで破られたことのない絶対的なルールだった。
一つは『勇者の国王討伐による領土支配権のリセット』
そしてもう一つは……
「ありえない。これはありえない。どうしてなんだ?」
『戦いを行う場合、HPとMP制になり、HPが無くなった場合、復活の間で復活することになる。復活するのには寿命を消費する。HPとMPを増加する手段はあるものとする』
これは、人を殺しうる手段を「HPを消費させるための手段」とみなし、戦うことになった場合、武器や呪文を使い、HPが無くなるまでを戦いとすると言ったものだったが、このルールは暗に……
「どうして、血が飛び散っているんだ!?」
人を殺せないことを意味する。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
なにかおかしい点があったら指摘してもらえるとありがたいです。
というか長すぎて、おかしな点があるはずなのにどこにあるのか分かりません。
教えてください。