プロローグ
『闇』は影が支配する暗闇の中に身を隠すように存在していた。
広い空間だ。何百人は入れることが出来るだろう。
しかし、『闇』はその空間の隅っこに存在していた。
『闇』は隅っこでじめじめしていて明りの届かない場所が好きな事は自覚していた。
『闇』だからだ。自分が『闇』だからそういう場所が好きなのだ。
(こいつ)
『闇』は空間の隅っこからそれの四肢を近くに運び、目の前で一気に圧縮させた。
(こいつこいつこいつこいつこいつ)
圧縮させた四肢が赤いペンキに濡れたボールみたいになると、『闇』はそれを壁にぶつけた。レンガが一寸の隙間もなく積まれた壁に大きな赤い花が咲いた。
『闇』はこの肉に怒りを募らせていた。というより、この肉の世界の住人に対し怒りを募らせていた。
(何か勘違いしていないか。
天国も地獄もお前らの為に作ったのだと勘違いしてはいないか。
この世界も異世界も自分たちが基準だと思ってはいないか。
もしそう思っているのならだとしたら間違いだ。
お前らは基準ではない。
所詮お前らは水槽の中に入れられた魚だ。
お前たちより『上の者』が楽しむだけにある。
この世界の主人公だと思って悠々と泳ぐ、脳の足りない単細胞なんだ。
だが、その『上の者』にもわかっていない。
お前らを観察する『上の者』がいる。
さらに、その『上の者』、その『上の者』、その『上の者』、その『上の者』……。
俺を呼び出したのだってそれを分かっていないからだ)
『闇』はどうしようもないこの世界に呆れかえり、怒りに満ち満ちていた。
(本当なら俺はここにいるはずがない。いるはずがないんだ)
『闇』はこの広い空間を見渡してみた。鉄錆びの臭いがそこらでしていた。
(本当にくだらない。
何が力だ。
何が魔法だ。
何が戦争だ。
何が闇と光だ。
何が世界の終わりだ)
『闇』はこのだだっ広いこの空間がそこかしこに散らばっている馬鹿の所有する空間だと思いだし、また頭が割れんばかりの怒りがあふれてきた。あの馬鹿!
(そんな事を考えるのは自分たちが利己的だからだ。
他の物を考えていない馬鹿だからだ。
基準だと思っているからだ。自分が。そんな神みたいな存在だと)
『闇』は知っていた。
自分が生まれたときから。
この世界の仕組みを。異世界を含めた『この世界』の仕組み。
そして、何が基準か。
(俺だ。
俺が基準だ。
そして、『神』が基準だ。
そうだというのに……)
『闇』は今回のようなことは初めてのことだった。
こういうことができる者がいるとは思ってもみなかった。
(基準がずれてしまった。
吊られている糸を切ると切られた先はどうなる?
宙に浮くのか?
それとも、奈落へ落ちていくのか?
考えれば考えるほどイライラしてくる。
この馬鹿、余計なことをしやがって!)
『闇』は先ほどズタズタにしたその『馬鹿』の頭部を持ち上げて、内部をミックスジュースのようにぐちゃぐちゃにしたのちに、破裂させた。
バァンとスイカが割れるような音がして、床はそこから遠心状に血の赤黒い色に染まった。
血で濡れた髪の付いた骨が近くに飛んできた。『闇』は躊躇なくそれを吸収する。
『闇』には分かっていた。残りの世界がどうなるのかも。大体予想がついた。
だから、怒っているのだ。この馬鹿は、とんでもないことをしてくれた。
(……考えるだけ無駄か)
『馬鹿』の体を微塵もなく破裂させて気が紛れたのか、『闇』の気分はいささか落ち着いて冷静になっていた。
(残された世界の事は、もう、どうしようもない。どうしようもないが……)
『闇』はいままでになったことのない感情になっている。自分にもこんな感情があったのかと『闇』は心の隅で驚いていた。
復讐だ。
この世界に復讐をしてやる。そういう感情だ。
(残された世界の分、この世界には苦しんでもらわなければならない)
『闇』はゾッとするような暗闇と共に動き出した。
(どうせだから、いままでにない絶望を見せてやる。
絶望を。
この世界に本当の絶望を)
こうしてこの空間には禍々しい空気と惨状だけが残った。
楽しんでいただいたらとおもいます。
おかしな箇所があったらご指摘をどうかお願いします。m(__)m