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ディーとグレーヌ

ようやく会話できる相手が登場したため、今回は会話文主体でお送りしています。

 少女が立っていたのは、こちらから見て後ろに女性を庇う位置。史宏が髑髏のヘルメットを外しているのを見て、少し驚いたような表情に変わる。とはいえ、それまではまだ険しい顔でこちらを見ていた。やはりまだ信じてはもらえないのかと思っていたが、


「……確かに、メルティーアさんの傷は、狼に付けられたものみたいだった。あんたが怪しい奴なのは間違いないけど、さっきは遺体が狼に襲われるのを助けてくれたし、ある程度は信用する」


 申し訳なさそうに少し顔を俯かせて、少女は言った。なんとか矛を収めてもらうことができたようだ。


「それで、あんたは何者? ずいぶん怪しい格好だけど、こんなところで何をしていたわけ?」


 かと思いきや、再び目つきを鋭くすると、少女からしてみれば当然の疑問を発せられた。女性殺害の容疑は一応晴れたものの、戦闘員の格好をした不審者としての扱いは残ったというところか。

 その問いに、どう答えたものか。史宏は少し迷う。

 せっかく容疑が晴れて矛を収めてもらった今、少女の警戒心を再び煽らないようにしたい。もっともらしい言い訳ができればよいが、何がもっともらしいのかもわからない。下手な嘘をついて、ばれたり的外れだったりでは逆効果。そもそも、こうして答えに迷うことそれ自体が、相手の心証を損ねかねない。

 結局、史宏は短い逡巡の後に、事実を語ることにした。


「……詳しい事情はまだ自分でもよくわかってないんだが。端的に言うと、いきなり見知らぬ場所に来てしまって、道に迷っている。こんなところとで言われたが、俺は今、ここがどこかもまるでわからない」


 正直に言った結果、我ながらかなり酷い回答だと思ったが、意外にも少女は納得の表情を見せる。


「なるほど。やっぱり、この辺の人じゃなかったんだ。でも、いきなりここに来たっていうのはどういうこと? 空間系のすごい魔法でも使われた?」


「魔法!?」


 逆に、当たり前のように口にされた異世界ならではの単語に、史宏の方が驚きの声を上げてしまう。


「違うの?」


「い、いや……多分、似たようなものだとは思う。ただ、俺は魔法というものをよく知らないんだが」


 まんざら嘘でもない。発達した科学は魔法と変わらないような言葉も、聞いたことがある。何より、あの装置の基礎は、魔導王を自称したゾルダム初代総帥の技術だ。この世界が彼が帰ろうとしていた世界なのか、また別の世界なのかまではわからないが、彼の技術は魔法に類するものだと言えるだろう。


「魔法を知らないって……どんな辺境から来たのよ? その悪趣味な兜の下も、確かに見たことない髪の色だけど」


 どうやらこの世界、少なくともこの周辺には日本人のような黒髪の人種はいないようだ。それに、言葉を交わすうちに、警戒から物珍しさに変わってきたらしい。史宏を見る少女の目から、険しさが薄れてきている。


「最初は言葉も通じなかったし。ひょっとして、翻訳魔法も知らなかったり?」


 初めは謎の言語を用いていた少女が急に日本語で話しだしたのは、その翻訳魔法というものらしかった。知らないと答えると、その説明をしてくれた。

 翻訳といっても、実際に話す言語を変えているのではなく、言葉に載せられた意思・思念といったものを伝えたり読み取ったりできるようにする魔法なのだとか。そう言われてみると、確かに少女の話す言葉と口の動きは合っていない。具体的な原理のようなことは聞いてもまるでわからないが、とにかく凄いことだけはわかった。

 だが、少女によると翻訳魔法というのは、旅をするような職業の人間にはほぼ必須の魔法だという。地理的な要因から少女の村で使える者こそ少ないものの、世間では割とありふれた魔法だとか。

 とんでもない世界に来てしまったのかもしれない。


   ◇


「それで、あんたはこれからどうするの?」


 会話に興じていたのも、狼たちの相手で消耗した体力を回復させる間、互いに知るべきことを知っておこうという意図があった。史宏は魔法の存在などこの世界のことをいくつか知ることができたし、少女も史宏に害意がないことを理解、納得できたと思われた。

 しかし、いつまでもここで話しているわけにもいかない。また狼たちが戻ってくることが絶対にないとは言えないし、そうでなくとも血の臭いを嗅ぎつけて他の獣が寄ってくる可能性もある。


 少女の問いかけは、この会話を一区切りさせようというものだった。

 元々は誤解から少女が史宏を攻撃したのに始まり、狼の群れを協力して退けた後、言葉を交わして和解した。メルティーアという女性の遺体も、すでに少女が引き取るような形になっている。こうなると、会話が終わった後には史宏は少女と何の関係もないことになってしまう。


「そっちこそ、このメルティーアさん? をどうするつもりだ」


 史宏は、会話の間はあまり見ないようにしていた女性の遺体に目を向け、直接答えず問いで返す。

 まさか、このまま放って行くことはできないだろう。そんなことをすれば、じきに狼か他の獣の餌に成り果ててしまう。それではさっき危険を冒して、狼の群れから護った意味がない。だが、少女が女性の遺体を村まで連れ帰るには問題があった。


「できれば村まで連れて帰りたいんだけど……わたしの力では、残念ながら厳しいわ。そうすると、何か遺品だけ回収してここに埋葬するしかないのだけれど、どれくらいの深さにすれば獣の害に遭わずに済むのか……」


「なら、俺が村まで運んで行こうか?」


少女の言葉を待っていたように、史宏は言った。実際、それは史宏にとっても、かなり都合のいい提案だった。


「さっき言った通り、俺はこの森で迷っている状態だ。それに、もうだいぶ日も傾いてきている。俺が彼女を運ぶので、そっちが道を案内してくれれば、俺はこの森を出られるし、そっちは彼女を村に帰すこともできる」


 少女の方でもこの提案は半ば予想していたのか、あっさりと頷きが返る。


「ついでに、とりあえず一晩どこかに泊めてくれればいい。一宿一飯の恩の前払いだ。途中でまた獣に襲われることがあっても、全力で彼女を護ることを約束しよう。どうだろうか?」


 が、後半の要求は想定外だったようで、すぐには応諾は返らない。

 森の外まで案内するのはともかく、一晩泊めるとなると村の中まで史宏を招き入れることになる。話している間にある程度うちとけたとはいえ、史宏が怪しい格好の見知らぬ人物であるのは事実。村というのがどれくらいのものかはわからないが、そこまで受け入れてもらうのは難しいのかもしれない。

 史宏の提示した要求に、少女はしばらくの間考え込んでいたが、


「……いいわ。わたしの家に泊めてあげる。ただし、奥までは上げないので、玄関入ったところに毛布1枚で寝てもらう。それでもいい?」


 最悪、拒否されればそれこそ毛布だけでも借りて村とやらの近くで野宿することも考えていた史宏にとっては、十分な回答だった。

 史宏が頷いたことで交渉は成立。メルティーアの遺体を抱きかかえるとなると、両手が塞がってしまうため、史宏は髑髏のヘルメットを被り直す。

 では出発という段になって、ふと思い出したように少女が口を開く。


「そういえば、まだお互いの名前って聞いてなかったわね? わたしはグレーヌ。あんたは?」


D-2(ディーにじゅ)……じゃない、河田史宏(かわだ ふみひろ)だ」


 長らく本名を名乗ることがなかったため、うっかりと戦闘員としてのコードネームを言いそうになった。慌てて言い直した史宏の名前を、グレーヌは復唱する。


「わかった。カーダ・フミーロね」


「ちょっと違う。か・わ・だ・ふ・み・ひ・ろ。発音しにくいのか?」


 もっとも、その本名はこちらでは呼びにくいものだったらしい。グレーヌがもう一度言い直そうとしていたが、結果はあまり変わらなかった。


「ゴメン。この辺りではまるで聞かない感じの名前なのは確かだけど、何度か繰り返せば多分ちゃんと言えるようになるから」


 なかなかちゃんと呼べないことを謝ろうとしてくれるが、史宏はそれを制する。


「言いにくいなら“ディー”でいい。本名ではないが、最近はそっちの名前で呼ばれることの方が多いんで」


 正確には、第2研究所で呼ばれていたのは「ディー兄さん」なのだが、まさか出会ったばかりの少女に「兄さん」と呼んでくれなどと言えるものではない。そんな偏った嗜好は持ち合わせてなどいない。


「それでいいの? それはもちろん、ディーって呼んだ方がずっと呼びやすいけど」


「ああ。呼びにくい名前は印象には残るかもしれないが、こうして訂正したりと面倒なことも多い。こっちではディーで通すことにする」


「そう。それじゃあ、よろしく。ディー。村に着くまで、しっかりメルティーアさんを抱えててよ」


「ああ。そっちも、ちゃんと森を抜けて、村まで案内してくれ。グレーヌ」

会話主体の流れを実験的に。

最後の方の名前のくだりは、異世界ものでわりとありがちな感じですが、ここは押さえておこうと。

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