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対 群狼

 いきなり後頭部を襲った衝撃。とはいえ、熊の一撃に比べると、はるかに軽いもの。

 さっき逃げた狼が、やはり獲物(女性の死体)をあきらめきれずに戻ってきたか。あるいは血の臭いを嗅ぎつけた別の動物か。


 振り返ると、そこにいたのは意外にも人間。それも、まだ10代と思しき少女。

 史宏の後ろで死んでいる女性とは異なる、朱い髪。長く伸びたそれを頭の後ろで馬の尻尾のように束ね、長袖の動きやすい服に身を包んでいる。ワンピースのようなものを着ていた女性とはそこも違うが、それだけではない。

 胴体には、服の上から弓道の胸当てのようになだらかな曲線を持った薄い金属板を重ねている。両手に握っているのは、鞘に納められたままの刀身50センチほどのおそらくは剣。

 鼻筋の通った美少女といっていい顔立ちだが、鳶色の瞳を吊り上げてこちらを強く睨む表情は、それを台無しにしそうなほどに険しい。


「ジオーサ ノスファーファ! ハヴウックズ ギン メルティーア!」


 髪の色といい格好といい、どう見ても日本人ではなかったが、唇から発せられた言葉もまた、日本語とは異なる。英語とも違う、聞いたこともないような言語。

 いよいよ、ここが史宏の知る世界とは別の場所である可能性が強まった。


 とはいえ、言葉が通じないというのは大きな問題だ。こちらに対して憤っているように見えるが、正直言って単語1つ理解できない。

 後ろの女性の命は目の前で失われてしまったが、少女はまだ生きている人間。できれば怒りを宥めて友好的に接したいが、これでは何が彼女の感情を害しているのかわからない。


 答えられないでいると、業を煮やしたのか、少女は構えた鞘入りの剣でいきなり殴りかかってきた。

 初撃はギリギリ回避。2撃目からは、こちらも警棒を引き抜いて受け止める。

 素人が慣れないものを出鱈目に振り回す感じではない。朱い髪の少女は、我流かどこかの剣術かは知らないが、普段から剣を振るうことに慣れているようだった。


 ただし、あくまで少女の細腕。前に戦ったのがマスクドナイトに熊ということもあるが、比べ物にならないほどその攻撃は軽い。

 何度目かの剣の振り下ろしを受け止めると、合わせた剣ごと警棒を振りぬいて、少女を力任せに押し返した。

 史宏としては、なんとか女性を宥めたいと思っている以上、敵意を向けられようと自分から攻撃することはできない。必然、受けるばかりになるが、少女の剣は軽い代わりに速い。やがては受けきれなくなると感じての、精一杯の対応だ。


「クジ ウサジオ! ッザサフィー ジオ ギン?」


 間合いが開いたことで、一旦攻撃を止めてまた何か言ってくるが、やはりその意味はまるで分からない。

 史宏が首を小さく傾げると、どうやら向こうも通じていないことを悟ったらしかった。

 わずかに顔を俯かせると、剣の柄を握ったままの手を自らの胸に寄せてなにごとか小さく呟き始めた。同時に、少女の手の周りが、淡く光りだしたようにも見える。

 10秒ほども続いた呟きが終わると、最後に一際強く光ったように思えたものの、その謎の発光現象も治まった。


「これでよし! ではあらためて……」


 意味不明な呟きを終えた少女が次に発した言葉に、史宏は驚く。

 日本語だ。


「今すぐ、メルティーアさんから離れなさい!」


 ビュン、と鞘のままの剣を振って、史宏を威嚇する少女。


「は……? え、えぇっと……」


 しかし、突然日本語でしゃべりだした少女への驚きで、史宏はその日本語の意味が、咄嗟に頭に入って来ない。

 メルティーア?

 何のことだ、と素で思いかけたところで、自分の後ろで死んでいる女性の名前だろうと気づく。


 だが、気づいた時にはもう遅かった。


「いいからさっさと離れろ! この人殺し!」


 再び振り下ろされる、鞘入りの剣。史宏は、戸惑いつつもなんとかその一撃も受け止める。

 この激昂。

 人殺しという単語。


 ひょっとして、とんでもない誤解を受けているような。


「ち、違う! この人を殺したのは俺じゃない!」


 慌てて訴えかけるが、少女の攻撃は一向に止まらない。

 不思議と言葉が通じるようになったが、今度は違う意味で史宏の言葉が通じない。


 驚きと戸惑いで動きが遅れて、肩や腕に3発ほど受けてしまう。痺れたり動きに支障が出たりというほどではないが、打たれた箇所はやはり少し痛い。


「本当だ! 狼に襲われていて、俺は助けようとしたけど間に合わなくて……」


「誰が、そんな嘘に誤魔化されるか!」


 必死に事実を告げようとしても、聞く耳を持たない。

 たしかに、狼は逃げてしまって、ここにいたのは女性の死体と史宏だけ。疑いを持たれることは仕方ない状況と言えるが、それでもこうも決め付けられて攻撃されるというのはどういうことか。


 少女の攻撃は、やはり一撃一撃は軽いものの、代わりに手数が多い。すでに数回打たれた史宏は、警棒による防御に専心しようとしたが、それを抜いてまだ打撃が届く。


 ガツン、と今度はヘルメットに剣先が当たって音を立てた。


「あっ」


 その音が響いて、今更のように史宏は自分の格好を思い返す。

 黒い全身タイツに、髑髏を模したヘルメット。手にしていたのは、熊の血が拭いきれずにまだ残った警棒。

 どこをどう見ても怪しい。

 こんな格好をした奴が死体の傍で無実を訴えたところで、信じてもらえないのも無理はなかった。


 自分の言葉が説得力に乏しいことは自覚できたが、ではどうしたものか。


 とりあえずは、また一旦力で少女を押し返すと、そのまま少女の言葉通りに自らも大きく後退。距離をとった。

 すると、少女は女性の死体を後ろに庇うような位置に立って、剣を構えたままこちらを睨んでくる。

 おかげで次にどうするか考える余裕ができるが、少女の対応は、史宏が死体に何かするとでも思っているのだろうか。そこまで下劣に見られているのは、少しショックだ。


1.説得を諦めて、ここから逃げる。

2.言っても信じてもらえないなら、力ずくで制圧する。


 2つほど選択肢が浮かぶが、どちらも却下。


 ようやく生きて会うことができた、自分以外の人間。それも、どうやってかはわからないが、最初はともかく途中からは日本語を話しだした。

 ここが本当に異世界とすれば、誰もが彼女のように日本語で意思疎通できるとは限らない。確実にコミュニケーションがとれる相手を、ここで逃す手はなかった。

 それも、相手の言葉の裏付けを取れない以上、力で強引に言うことを聞かせるようなこともさけたい。言葉の信頼性が失われる恐れがある。ついでに、少女相手にあまり手荒なことはしたくないということもある。

 せっかく言葉が通じるようになったのだ。なんとか友好的な関係に持っていきたい。


 ただ、それを成し得る方法が思いつかない。

 剣を鞘から抜かないだけ、まだ最後の躊躇いが残っているのかもしれないが、それだけだ。

 いっそ、頭部への打撃の危険は増すが、ひとまず警棒をしまってヘルメットを脱いで見せるべきか。ダメ元もいいところだが、他に妙案も浮かんでこない。


   ◇


 ヘルメットを固定するベルトに手をかけたところで、少女と史宏の中間、史宏から見て右手側から、新たな影が。

 いや、新たではなく、戻ってきたのか。


「あいつだ! あいつがその人を殺した狼だ!」


 逃げていった方向から、今度こそさっきの狼が戻ってきていた。指を差して、少女に警戒を促す。


 戻ってきた影だけでなく、やはり新たな影も。姿を見せた狼は、1匹だけではなかった。

 自分だけでは敵わないからか、今度は仲間の狼も引き連れている。最初の狼の後ろから、もう2匹。さらに、他の方向からもそれぞれ1匹、2匹と。

 最終的に10匹を超える狼の群れが、少女と史宏の2人と、女性の死体を取り囲んだ。


「……とりあえず、俺の言葉が信じられなくても、今は協力できないだろうか?」


 こちらを襲う隙を狙っているのか、少しずつ包囲の輪を狭める狼たちに追い立てられるように、少女に近づいた史宏は声をかける。


 狼1匹1匹は熊よりも脅威が低いが、勝手が違う。

 常人には勝れど怪人よりも大きく劣る戦闘員は、数の力を生かすのが基本だ。訓練でも、その内容は多対多、あるいは多対1での連携を重視した戦闘が主。

 そういう意味では、先ほどの熊との戦いも例外になる。それでも、強者(怪人)との1対1の戦闘訓練は、多くはないが怪人側の慣らしを兼ねて、時々はあった。

 しかし、こちらが1人ないしごく少数で、敵の方が大きく数に勝るという状況は、史宏にとって完全な未知と言えた。


「そう、ね。確かに今は、こいつらを追い払わないと……」


 幸い、少女もこの状況を危険と考えたのか、うなずきを返してくれる。手にした剣の鞘を払い、両刃の剣身を露わにした。

 史宏もそれに倣って、警棒を左手に持ち替えると、右手にナイフを手にする。

 狼の群れは、全てが同じ大きさではなく、大きいもので最初に女性を襲ったのと同じ1メートル半ほど。小さい方だと1メートル程度の大きさ。簡単に力負けはしないと踏んで、不恰好ながらも二刀流で手数を増やそうという狙いだ。


「ウゥ――ッ」


 史宏たちがそうする間も、唸り声を上げながら徐々に狼が迫ってくる。包囲が狭まるに連れて、必然互いの緊張が高まる。

 やがて臨界を越えたのか、数匹の狼が同時に襲いかかった。


「くぉッ!」


 あるいはかわし、あるいは左の警棒で受け、払う。右のナイフを横に薙ぐが、その先にいた狼は直前に前進停止。そのまま後ろに跳んだ。

 それと入れ替わるように、別の数匹が向かってくる。

 警棒を大きく振るって牽制。それでも飛び込んできた1匹を、逆の手に持ったナイフで対処。浅く傷は負わせたものの、またすぐに離れてしまう。


 同じような攻防が、何度か繰り返された。

 2匹、ないしは3匹の狼が、入れ替わり立ち替わり襲ってくる。一度に襲ってくる数が少ないおかげで、対処はできる。しかし、襲ってきてもすぐにまた下がり、こちらが反撃しようとすると、また下がる。それで、別の狼が違う方から襲いかかってくる。


 そんなことの繰り返しで、ほとんど攻撃を受けない代わりに、こちらも有効な反撃ができていない。

 横目に見える少女の方でも、同じようだ。大きな傷は負っていないが、やはりまだ狼の数を減らすことはできていない。少し息は上がってきている。


 ヒットアンドアウェイで、こちらの消耗を待っているのか。

 そう考えかけた史宏だったが、少女とは反対側の視界の端で、狼が別の動きを見せる。

 2匹の狼が、史宏でも少女でもない方へ移動した。

 狙いは女性の死体。史宏たちへの攻撃は牽制で、真の目的はすでに狩った肉(それ)を確保すること。


 女性の死体に群がろうとしている狼に気づいた史宏は、慌てて身を翻す。

 狼にすれば喰って生きるための必然的な行動なのだろうが、看過できようはずもない。間に合わず、救うことができなかった女性。その死体をなお害そうという行為を、断じて許せなかった。


 こちらを牽制していた狼が背中に踊りかかるが、あえて無視。死んだ女性に寄って行ったうちの1匹、今にも彼女の腹を裂こうとしていた狼を、警棒で思い切り殴りつけた。


「ギャウンッ!」


 獲物の方に注意が向いていたのか、かわしきれずに胴を激しく打たれた狼が吹き飛んだ。

 追いかけてトドメを刺そうとしたが、後ろから喰らいついてきた狼が邪魔をする。右のふくらはぎを牙が襲った。

 スーツに護られてはいても、牙が突き立つ痛みが走る。加えて、喰らいつく狼自体の重さが足枷にもなった。


 だが、喰らいついたままということは、史宏の手の届く位置に留まっているということでもある。後ろ手に振るったナイフが喰らいつく狼のどこかを裂いて、顎が離れた。


 自由になった脚で、起き上がろうとする狼に追いつく。

 ナイフを逆手に持ち替え、その頭に力の限り突き刺す。頭蓋を貫通し、顎の下からナイフの先が出かねなかった。

 血が溢れ出すのも構わず、ナイフを素早く引き抜くと、脚に喰いついてきた狼に向き直る。目と鼻の間で横に引かれた赤い線から、血をだらだらと流していた。

 まだ痛みにもがいているそれが逃げる前に、こちらも同じようにきっちりトドメを刺す。

 女性の死体に群がろうとしたもう1匹の狼は、その時点で女性の傍から逃げてしまっていた。


 2匹を失ったことで、狼の群れに動揺が走る。


「はぁッ!」


 その隙を逃さず、踏み込んだ少女が剣を一閃。逃げ遅れた狼が、大きく腹を裂かれてその身を横たえた。

 これでさらに1匹減。ちょうどそれは、最初に女性を襲って殺した狼のようだった。

 それが決定打になったか、残る狼たちは算を乱すように逃げ出した。


 史宏は後を追って攻撃しようとしたが、4本足で走る狼の方が速度は上。逃げる際にすれ違ったもう1匹に軽い傷をつけることができたが、それだけ。

 追いつくことは適わず、少女からあまり離れてはぐれてしまうわけにもいかない史宏は、すぐに少女の元へと戻る。


 その際、狼がまた戻ってきたり、他の獣が近づいて来たりしていないことを確認して、ナイフと警棒を腰に戻すとヘルメットを外して脇に抱える。


「それで、俺が彼女を殺したわけではないと、まだ信じてもらえないだろうか?」

ようやくヒロイン(仮)登場です。

彼女が話した最初の謎言語。一応法則はあるんですが、雑な変換しているので後で見ると、自分でもここで何言ってたんだが正確なところはわからなくなってます。なので、あまり意味は考えないでさらっと流して下さい。

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