戦闘員D-23 :2~異変~
主人公の過去その2。
前回は組織の設定をつらつら流しただけなので、実質その1
裏切り者の出現で組織が多少動揺することになっても、第2研究所にはほとんど影響がない。気心の知れた数人の戦闘員と共に、これまでどおりの警備だか雑用だかもはっきりしない、のんびりした任務の日々が続いていく。そのはずだった。
だが、3日前に突如として、第2研究所の組織内での位置は一変してしまった。史宏の誤算は2つ。
1つ目はヒーロー気取りの裏切り者。最高ランクの怪人として改造された奴の能力は想像を上回るもので、奴1人によってゾルジョッカーの前線基地の3分の1が壊滅、怪人の半数近くをも失った。
奴の力を上回る新怪人を生み出そうにも、その改造に用いられた素材のいくつかはゾルダム初代総帥の死と共に失われた超技術によって作り出されたもの。それを上回るどころか同等の性能の素材すら、ゾルジョッカーは新たに用意することはできなかった。
誤算の2つめは、その状況下で第2研究所の研究員たちがついに新たな成果を出してしまったことだ。
3日前の実験で、遂に穴の向こう側から生き物を呼び込むことに成功。体毛が緑色をした、中型犬ほどの大きさのウサギ。額にはツノまで生えていたとか。
そんな地球上に存在するはずがない生物を素材に用いた実験で、急ぎ手配された史宏とは別のD型戦闘員は既存の怪人を大きく上回る能力までは示さなかったが、普通のウサギの因子を用いた過去の事例と比べれば雲泥の差だった。
その報告を受けて、裏切り者への対策に苦慮していたゾルジョッカー上層部は、第2研究所の扱いを一変。異世界からの生物資源の確保を、怪人の質を大きく向上させるための有効的な手段として認めた。急遽、怪人を含めた警備の大増員が派遣され、再度の実験が行われることとなった。
「いよいよっすね。オレ、ここに来て半年くらいっすけど、まさか怪人が増援されるような日が来るなんて思ってもなかったっす」
研究所の裏の林の周囲を警戒していた史宏の隣で、声をかけてきたのはF-36。
以前から第2研究所に配属されていた6人の戦闘員の1人で、普段から軽いノリでよく史宏に話しかけてくる後輩だった。
警備の主体は、本日付で増派された怪人カイザーレオンの隊に移ることとなった。そのため、元々第2研究所を警備していたはずの彼らは正面の警備を外され、二手に分かれて施設周辺を巡回していた。
一緒にいる残り1人の戦闘員、E-53はサブローとは対照的に常に無口な男で、今もサブローの声を聞いているのかいないのか、何の反応も見せずに周囲の警戒を続けている。
お互い嫌っているというわけではなく、それが普段のことであるため、サブローはゴンザを気にすることなく、史宏に向かって言葉を続ける。
「それで、今日の実験がうまくいったら、ディー兄さんも怪人の仲間入りになるんすかね? D型の戦闘員って、新しい素材が見つかったら再改造を受けて新しい怪人になるんだって、前にどっかで聞いたんすけど」
戦闘員の呼称は番号呼びが一般的だが、第2研究所は他の施設とは半ば隔離されているうえ、配属人数が少なく緊張感もあまりない場所だったために、戦闘員同士の距離が自然と近くなる。いつしか番号をもじったあだ名のようなもので互いを呼び合うようになっていた。
史宏はここの戦闘員で最古参だったことと番号を掛けて「兄さん」あるいは「ディー兄さん」と呼ばれていたが、カイザーレオンが赴任してきた今後はそういった呼び方が許される可能性は低い。慣れてしまうまでは呼ばれるたびにむずがゆい気持ちになる呼称だったが、もう呼ばれることもほとんどなくなるだろう。そう思いつつ、サブローの問いかけに口を開いた。
「いや、俺は以前に別の因子の注入を受けてるから、それはない。今日カイザーレオン様が連れてきた戦闘員の中に2人ほどD型のやつがいたんで、多分そいつらが今度の実験体だと思う」
「えっ、そうなんすか? 残念っす。兄さんがすげぇ怪人になってくれたら、兄さんの隊にオレらも入れてもらおうと思ってたんすよ」
史宏の因子注入実験の際は、正体不明の肉片から抽出した因子を用いた実験であったため成功率は高いとは言えなかった。史宏が実験体に選ばれたのは上層部を含めた決定で拒否することはできなかったが、失敗の結果最悪の事態もありえた。そこで他の戦闘員には単に研究の協力をすることになったという話にして、実験体のことは伏せてもらっていた。
だから、サブローがその事実を知らなかったことは当然ではある。もっとも、史宏にはもしまだ機会があったとしても、また因子を注入して怪人になってみようという気は全くない。
最近はD型戦闘員自体の残る数も、試作実験が行われることも減っているため、まだ日の浅いサブローはやはりこれも知らないのだろうが、実験体となるD型戦闘員は危険も大きい。うまく因子や術式が適合して怪人に昇格した者もいるが、うまくいかなかった場合には人の形を完全に失ってしまう者、二度と身体の自由がきかなくなる者、果ては命を落とす者もいた。肉体の変化に精神が耐え切れず、心が死んでしまった者も。
身体能力が多少向上しただけでほとんど変化のなかった史宏は、失敗例としてはきわめて幸運だったと言える。今更、再度そんなリスクを負うつもりはない。
「悪いが、もう俺は、」
そのことをサブローに伝えようとしたところで、ガゴオォンと車が衝突事故を起こしたような大きな音が響いて、言葉が中断される。
ウ~~!ウ~~!ウ~~……!
衝突音からわずかに遅れて、異常事態を知らせる警報音と共に施設の各部で回転灯が明滅する。この警報パターンは侵入者を告げるものだ。
「今の音、正面入り口の方からっす!」
言われるまでもない。史宏はサブローが指し示すのとほぼ同時に、その方向に走り出していた。サブロー、ゴンザもすぐその後に続く。
走りながら腰のベルトに付けた通信機を取り出し、正面の警備を担当している戦闘員の1人にコールするが、応答はない。他の戦闘員の番号に替えても、結果は同じ。何度かそれを繰り返したが、誰一人として応答する者はなかった。
「くそッ」
舌打ちして史宏は無線機を戻す。通信が何らかの妨害を受けているのか。彼らが応答することができないような状況にあるのか。いずれにしろ、何が起きているのかわからない以上、急いで衝突音があった現場に駆けつけるよりない。
「兄さん! 一体、何が……?」
途中で別班の3人が合流。先頭のE-29が状況の確認をしてくるが、史宏は速度は落とすが足は止めぬまま、無言で首を横に振る。彼らが無事だったのは幸いだが、何が起きたのかはこちらが聞きたいくらいだ。
ゴオオオォォン……!
再び、同じような音が響いてくる。近づいたせいもあってか、先ほどよりも大きく聞こえる。まだ事態が収拾していない証拠だ。
合流の際に緩んだ速度を戻すと、6人になった史宏たちは全員で再び急ぐ。建物の外壁の角を曲がって、向こうに正面入り口が見えた。
あと数秒も走れば辿り着くはずだったが、入り口周辺の光景が視界に入った途端に史宏は自らの目を疑い、自分でも気づかないうちに足が止まる。急に史宏が止まったために、その背中にぶつかる者、横を追い越す者と様々だったが、彼らも研究所の正面口が目に入ると、同じく動きが止まった。
「ちょ、コレ何の冗談っすか……」
サブローが呆けたように声を漏らす。声にならずとも誰も同じような気持ちだろう。
森の中に作られた研究所が外に通じているのは、1本の細い道のみ。森に入るところでもその道は擬装されているが、万一組織以外の者が近づいた時のために、5メートル以上の高さを持つ塀とゲートによって研究所の手前で封鎖されている。物資や人員を搬入する車両が通過する際を除き、常にゲートは閉ざされ、部外者の侵入はもちろん、その視線をも防いでいるはずだった。
だが、今史宏たちの前にあるゲートの姿は普段のものではなかった。開放されているのならまだいい。閉じられたゲートが外側から破壊され、そこにあいた直径2メートルほどの大きな穴からは、外の地面や森の木を覗くことができてしまう。
加えて、ゲートと研究所との間の地面にはゲートの破片のみならず、ゲート周辺や研究所入り口を警備していた10人を超える戦闘員が、全員倒れ伏していた。
「お、おい! 何があった? しっかりしろ!」
一瞬の停止の後に自分を取り戻した史宏は、近くに倒れていた戦闘員の一人に近づき、抱え起こして呼びかける。肩を掴んで揺さぶっても、髑髏のヘルメットはガクガクと前後するだけで、その内側から答えは返ってこない。まだ胸は上下してはいたが、完全に意識を失っている状態だった。
遅れてサブローたちも手分けして他の戦闘員に駆け寄っていったが、史宏が起こそうとしていた戦闘員がまだましな方だった。手や足などが変な方向を向いている者も多く、ヘルメットが完全に前後逆になってしまっている者もいた。史宏が無線で最初に連絡を取ろうとした戦闘員だ。彼を含めた2人はすでに息絶えていた。
旧型のA型・B型の戦闘員ならばいざ知らず、今の戦闘員は制服の特殊スーツの性能も含めて、しぶとさにこそ真価がある。使い捨ての存在などでは決してなかった。
たとえあの衝突音が大型トラックなどが暴走して突っ込んできたものだったとしても、撥ねられた程度で倒れて行動不能になるようなことはない。それが、この短時間で全滅している。
改めてこの状況の異常さに戦慄した。
顔を上げて研究所に向けると、ちょうど正面口が見える。その頑丈な扉が、建物の内側に蝶番ごと吹き飛ばされていた。ここに姿がないということでわかってはいたが、すでに侵入者は研究所内に入り込んでいるようだ。
「……全員、武器をとれ」
倒れていた戦闘員の右手があった地面に、史宏が武器訓練の時に用いるのと同型のナイフが落ちていた。気づいたそれを拾い上げつつ、史宏は5人の同僚に指示を出した。
彼らの装備は普段の警備用のものだったため、戦闘用の武器は携帯していない。カイザーレオン隊の戦闘員が武器を持っていたのは、前線で働いていた者と何も起こらない施設でのんびり警備ばかりしていた者との意識の差か。その彼らでさえ全滅しているのだ。史宏たちが武器を手にしたところで焼け石に水程度かもしれないが、それでもないよりはましだ。
サブローやニック、ゴンザたちは史宏に倣って、倒れている戦闘員の周りから自分の使う武器を回収していく。その間に、ようやく腰の無線機が着信を伝えてきた。
「D-23、D-23! 今どこにいる?」
無線機から吐き出されたのはカイザーレオンの声。史宏が全員が今研究所の入り口にいると応答すると、
「なら、そのまま実験室に向かって来い。侵入者はあの裏切り者だ! すでに実験は開始されてしまっていて、今から中断することはできん。この実験にはゾルジョッカーの命運が懸かっているんだ。なんとしても奴を足止めしろ!」
一方的に命令を伝えて、通信が切れる。その声が聞こえていたのか、回収した抜き身のサーベルを手にニックが近づいてきた。
「それで、どうするんです? 兄さん」
「どうするも何も……」
戦闘員にとって、怪人からの命令は絶対。これがゾルジョッカーの大原則だ。侵入者が話に聞いた例の裏切り者のヒーロー気取りというのは危険だが、だからといってここから逃げることもできない。そんなことをすれば組織に居場所をなくし、最悪粛清されることになる。
それに、この第2研究所にはずっと警備や雑用をしてきた愛着のようなものもある。その施設を滅茶苦茶にしつつある奴に対して、恐れがないということはないが、同時に怒りをおぼえているのもまた事実だった。さっき武器をとるよう指示したのも、危険な侵入者に対する自衛のためだったのか、それとも報復の準備のつもりだったのか。
カイザーレオンからの命令に、史宏自身の心情。すべきことは決まっていた。
「そうですねぇ。うまくいけば後ろから奇襲、もしくは中にいる連中との挟み撃ちで一矢報いることもできるかもしれません」
はっきりした言葉を返さずとも、何かで察したのかニックはうなずく。あるいは、彼も史宏と同じような心情なのかもしれない。
その頃には、残りの4人も武器を手に史宏の元に集まっていた。彼らもまた、ニックと同じようにうなずいてくる。考えていることは、みんな同じようだった。
「侵入者の後を追う。この研究所は俺らの警備担当だ! ヒーロー気取りの裏切り者に、好き勝手させておけるか!」
「「「イ゛――ッ!!」」」
史宏の号令に、戦闘員伝統の掛け声で全員が応えた。
F-36の口調がアレですが、舎弟格の口調といったら、これだろうと。