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2.グレン男爵の依頼

 驚くキースを狐みたいな小ずるい目で見据えて、グレン男爵は言った。


「ヴァンベルト君、君はその幽霊の少女の肖像画に随分、ご執心のようだが、実はね、私は私が取り仕切っている“贋作村”の中で、この少女の複数の肖像画を見たことがあるのだよ。もし、君が私の頼みを聞いてくれたなら、私はその贋作村の覇権をシティ・アカデミアに全部譲ろう。そして、この少女の絵はその手付けとして今、君に無償で進呈するよ」


「えっ」


「どうだい? ようやく、君も私の言う事に耳を傾ける気になってきたんじゃないのかい」 


 一本取った風な初老の男の笑みがすごく胡散臭い。駄目駄目、こんな怪しい話に乗ったが最後、また、ややこしい事に巻き込まれてしまうんだから……

 だが、やっぱり、こんな時のキースは、


「……話を聞くくらいなら」

「おぉ、それは有難い!」 


 その後に、うるうるした瞳でグレン男爵が告白したのは、”安物のメロドラマ”に”オカルト味”を付けたみたいな奇妙な話だった。


「息子が家に篭りきりになってしまったのは、妻が家を出て間もない頃だった。あの子は随分、落ち込んでいてね……その時、私が見せたフェルメールの作品集の中であの子が目にしたのが、妻と良く似た女性が描かれていた、”ヴァージナルの前に座る婦人”だったんだ。あの子はその日から”ヴァージナルの前に座る婦人”の虜になってしまった。それだから、私は描かせたんだ……私が贋作村で一番、目をかけていた贋作師にあの”絵”を。だが、その贋作は出来が良すぎたんだよ。私の息子は、その絵を本物と信じて、母親に似た絵の中の婦人への追慕の情に追い立てられて、キャンバス中に入り込んでしまった……のだ」


「ははあ、なるほど、そういうわけか。話はよーく分った。うん、すごく納得した」


 キースは、うすく笑い、すうと息を1つ吸い込むと、


「けどな、そんな話、誰が信じてたまるもんか!!」


「そんなことを言わないでくれ! 私には君しか頼る者はいないんだ。もし、息子がここに戻ってきたなら、私は汚い商売や生活はすべて辞める。そして、この館も今まで貯めてきた財産も、暮らしてゆける分だけを残して全部、放棄してもいい。だからお願いだ!」 


「お門違いもはなはだしいよ! 霊感頼みと懺悔がしたいんだったら、あのエクソシストの神父にでも頼むんだな」


「あの神父は信用がならない。幽霊の少女とコンタクトをとれるくらいの君にだったら出来る! だから、頼む。後生だから!」 


 すったもんだのやり取りを繰り返した後に、結局、キースの手には、グレン男爵から献上された”アンナの肖像画”と、”彼の息子が入り込んだ、ヴァージナルの前に座る婦人”が委ねられてしまった。


* *


 館の中からやっと開放された後に、リムジンが待っている駐車場まで歩く道すがら“その話”(ただし、幽霊の少女の件は内緒)を聞いたミルドレッドは、興味津々で瞳を輝かせた。


「けど、話の間中、締め出しにされた私の立場はどうしてくれるのよ。この埋め合わせはきちんとしてもらいますからね」

「埋め合わせって?」

「たまには美術館通りにも私を連れて行って、キースのお仲間に会わせてよ」

「あの露店通りにミリーを?」


 キースは、かつて根城にしていた場所を思い出し、眉根を寄せた。いくらいい奴が多いっていっても、スリや怪しげな商売を生業にしている者だっている。そんな場所に世間知らずのお嬢様を連れてゆけるかい。


「駄目駄目っ。前にミリーが美味しいって言ってた、美術館通りの焼き菓子を買ってやる。埋め合わせはそれにするよ」

「なによ、それ、子供扱いして」

「だって、お前、小学生だろ」


 お嬢様はぷうと唇を尖らせた。自分はシティ・アカデミアの中でも、“容姿、学力、財力”ともに、超トップクラスの生徒だと自負している。年上の男子生徒にも信奉者はけっこう多い。けど、こいつには、そんな事は、まったく効力がないようで。


 いくら小学生でも、もうちょっと、気にかけてくれても、いいんじゃないの?

その上、


 あの”少女の肖像画”……グレン男爵は、何であんな物まで、キースに渡しちゃうのよ。

 

 青年画家がすでにアトリエに類似品を持っている、出所の分からない“可愛い少女の肖像画”は、ミルドレッドにとっては”天敵”なのだ。


「そんな焼き菓子くらいじゃ……」


 鉛の弾が飛び交う銃撃戦が幕を開いたのは、ミルドレッドがキースに駄目出しをしようとした、その瞬間だった。


* *


「ミルドレッド、逃げろ! こいつら、東洋マフィアだ!」

「何で、私たちがマフィアに襲われなきゃいけないのよ!」

「グレン男爵のせいだよ。あいつ、贋作村できっと酷い悪さをしてやがったんだ」


 彼らの帰り道を待伏せるかのように忍んでいた男たち。どこからか聞こえてくる怒号のような声。

 飛んでくる銃弾から逃れるために、形振り構わず、二人は駆け出し、別館の陰から飛び出して中庭に向かった。緑の林を抜ければ、リムジンが待つ駐車場に出ることができるはずだった。


「ミリー、こっち!」

 ミルドレッドの手を引いて、林へと向かったキース。……が、その場に立ち止まると、凍りついたように身動きしなくなってしまった。

「キース?」

 訝しげに彼の後ろから、その先を覗き込もうとする少女。だが、

「ミリー! 見るんじゃない!」

 普段とはうって変わって、声を荒げた青年の態度に酷く驚かされてしまったのだ。


「どうしたっていうの。何があったの」


 自分を後ろに追いやったまま、口元を押さえて立ち尽くしている青年。ミルドレッドはそれを訝しがり、彼の手を振りほどこうとしたが、キースはがんとして、その手を離そうとはしなかった。それもそのはず、


 鋭利な刃物でのど元を切られて、林の中に転がっている男……。

 地面に広がった大量の流血。


あんな物を絶対に、ミリーに見せれるもんか!


 ふらりと眩暈がしそうになったが、何とか気持ちを取り直して、真っ直ぐに立とうとする。

 ……が、その時、


「逃跑也徒労、来到这边!」


 脇道から突然現れた男たちに、二の腕をがしりと掴まれてしまったのだ。言葉がわからなくたって、(逃げても無駄だ。こちらへ来い!)と、言ってるくらいは、察しはつく。

 その瞬間、キースは、腕を掴んだ男の鳩尾みぞおちに思い切り肘鉄をくらわせた。長年の露天商暮らしで、逃げるのと守るだけなら経験値は高い。ひるんだ男の上に馬乗りになってから、ミルドレッドに向かって大声を出す。


「構わないから、俺をおいて逃げろ!」

「で、でもっ」

「いいから、さっさと行くんだっ!」


 男の仲間たちが集まってくる。いつにない青年画家の剣幕と恐怖感に後押しされて、ミルドレッドは脱兎のごとく駆け出した。


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