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21.それが贋作者のテクニック

 あの騒動から3日後。ロンドン郊外でも1、2を争う高級住宅地、ハムステッドにある豪邸の2階にキースは寝かされていた。


 あれだけ派手にイヴァンとマフィアが市街で銃撃戦をやったタイミングで、足を撃たれて病院に担ぎ込まれるという状況は、今はさすがに不味かった。というわけで、医療班をいつでも極秘に呼びつけれるミルドレッドの実家 ― カーンワイラー家の屋敷に、彼は運び込まれたのだ。


*  *


「しかし、マフィアに撃たれたって聞いた時には、頭から血の気が引いたが、取りあえずは無事でよかったな」


 見舞いに訪れたキースの馴染みのマスターに、ミルドレッドは、


「そうね、皆に心配かけたわりには今もよく眠ってるし。でも、撃たれた足は、たいしたことがなかったのに、ひいていた風邪をこじらせて熱を出した……なんて、キースって馬っ鹿みたい。おまけによ……」


 ミルドレッドが視線を向けた先ですやすやと眠る小麦色の髪の青年。その豪華なベッドの下では、中型犬のパトラッシュが相棒と同じように気持ち良さげに眠っている。


「風邪を引いた原因は、あの贋作村で別れた後に、北海にゴミと一緒に捨てられていたからなんて!」


 マスターから、青年画家の行方不明の事の顛末を聞かされたお嬢様の声音は冷ややかだった。彼をここに運びこんだ当初の狼狽ぶりを思うと、内心はそうでもないことはすぐに分かるのだが。


「まぁまぁ、そう邪険にしなさんな。それにしても、気になるのはシティ・アカデミアの事だ。あの学園は、その後どうなったんだ?」


「ほとぼりがさめるまでは、生徒たちも職員もあそこには帰れないわよ。マスコミの騒ぎに乗じて警察スコットランドヤードまでが入ってきて、徹底的な家宅捜索があったしね。ま、事前にキースが手回しをしてたんで、詐欺とか窃盗とかの不味い証拠は、ほとんどレイチェルのサインになってたんだけどね」


「へぇ、普段はぼうっとして見えるけど、やる事はやってんだな。けど、生徒や親たちに少しも疑惑がかからないってぇのは、キースは、どんな魔法をしかけやがったんだ?」


 ミルドレッドは、それには不本意そうに頬を膨らまし、


「不味い証拠は、私のお父様が全部もみ消したの。欧州の実業界に絶対権力を持つカーンワイラー家の当主の力でね。その手回しも、キースが実行済み。まったく、こいつってボケてるのか、抜け目がないんだか」


「……で、世間では、ナショナルギャラリーの贋作も、悪辣女教師レイチェルと町の胡散臭いエクソシストが、結託して真作とすり替えたってことになってるみたいだけど、当の本人たちはどこへ行っちまったんだい?」


「それがね、いつの間にか姿を消して、それっきり足取りはつかめてないわ。けどね……本当の絵画泥棒の実行犯はキースと私たち生徒でしょ。それこそ、どんな魔法を使って、彼はあの二人に罪をなすりつけたのよ」


 マスターは、それにはご満悦の様子で顎鬚を手でなでつけ、


「キースはナショナルギャラリー宛てに、一通のメールを送ったのさ」


「メール?」


「そう、あの騒動の直前に、それもシティ・アカデミアの事務所のレイチェル女史のパソコンのアカウントを使ってね。まぁ、そのパソコンに侵入する手はずを整えたのは俺だけど……そのメールのコピーを俺は持っているが」

 と、マスターは胸ポケットから一枚の紙片を取り出した。


「見たいかい?」


 ミルドレッドは好奇心に満ち溢れた瞳を輝かし、こくんと頷く。すると、男はかさかさとコピー紙を開くと、そこに書かれた文字を声にし始めたのだ。


[差出人] Piterborough City Academia

[宛先]  National Gallery in London

[件名] それ、贋作だよ。


 敬愛なるナショナルギャラリーの館長さんへ


 色々と面倒なんで、単刀直入に言わせてもらいます。お宅にあるフェルメールの”ヴァージナルの前に座る婦人”は()()だよ。それを描いたのは、あの名門校、ピータバロ・シティ・アカデミアが雇ってる”贋作村”の”専属贋作師”。

 嘘だと思うんなら、このメールの出所を警察に調べてもらってもいいし、もっと手っ取り早い方がいいなら、おたくが所蔵してる”バージナルの前に座る婦人”の絵の裏の釘を引っこ抜いてキャンバスの布を剥がしてみなよ。それを見りゃ、誰がその絵を本物とすり替えたのかがすぐに分かるから。では。                               


”贋作村の贋作師”より



 まったくもって単刀直入。専属贋作師の名前を伏せてある以外は、ほとんどが真実。本当にキースらしいメールねと、ミルドレッドは思った。

  けれども、あれは、3年前にキースがシティ・アカデミアのアトリエで描いた絵なのだ。散々の試行錯誤を経て、”ヴァージナルに座る婦人”の贋作を描きあげた後に彼が言った言葉。それが、記憶の泉に浮かび上がってくる。


 ”贋作村の権利を得ることも然り、いずれはあの女(レイチェル)は、俺に上手く作らせたと思い込んでる贋作を過信しすぎて、大失態をやらかす。それを俺は待っているんだから”と。


「それが贋作者のテクニックってもんだよ」


「……え?」


 思い出したキースの台詞を口にし、小気味よさげに笑うミルドレッド。マスターは、訳が分からず、きょとんと目を瞬かせている。すると、お嬢様は、


「いえ、こっちの話……で、メールを見たギャラリー側が、フェルメールの贋作のキャンバスを剥がしたとして、その場所には、一体何が書かれているの?」


「”ピータバロ・シティ・アカデミア”のツグミの校章エンブレムさ。17世紀の画家のフェルメールが、20世紀にできた美術学校の紋章を知っているわけがないじゃないか。それが、絵の裏に描かれていたってことは、その絵は贋作! 鑑定士を呼ぶまでもなく、そんなのは一目瞭然だ」


「へぇ! キースは、あの贋作を描いた時にそんな細工をしてたの!」


 ミルドレッドは、レイチェルが悔しがる顔を想像すると、愉快でたまらなくなってしまった。キースが起きたらもっと詳しく話しを聞いてみよ。そんな話ならきっと会話もはずむことだろう。彼に食欲があるようなら、一緒にこの部屋でお食事でもして……まてよ、夕飯までなら時間もあるし、手作り料理に初挑戦してみるのも悪くないな。


 何だかんだ言っても、ここ数日、キースの看病をするのに異様に張り切ったミルドレッドだったのだ。

  彼が傷の痛みや熱でへばってる間は、子供扱いされることもなく、好きなように世話をやけた。今日だってお泊りセットはしっかりと持ってきている。(ミルドレッドの部屋はこの屋敷の3階だが……)彼の傷が心配だった反面、お嬢様にとっては、一緒にいれることが嬉しかった。


 ふふと、つい口元が緩んでしまう。髭面から出た野太い声がその夢想を現実に戻した。


「ところで、シティ・アカデミアの経営はこれからどうなるんだ」


 無粋なタイミングでの馴染みの男の質問に、ミルドレッドは鼻白む。


「……お父様が乗り出して、うちが買い取るみたいなことを言ってたけど、その後のことはまだ決まっていないわ」


「いっそのこと、キースにやらせてみたら」


「まさか、無理無理。彼は経営の経の字も知らないただの貧乏画家。3年間も欧州を回ってそういう面の勉強してきた私が言うんだから、絶対に無理。キースが今回の功労者としてみてもそれは、有り得ません!」


「ちぇっ、シティ・アカデミア乗っ取りの絶好のチャンスなのに」


「世の中、そうは甘くないのよ」


 ベッドの上がもぞもぞと動き出したのは、その時だった。


「……あれ……ミルドレッド? それにマスター?」


 まだ、寝ぼけ眼の青年画家がベッドに身を起こすと同時に、ベッド下の彼の相棒も大きなあくびを一つする。


「よく眠ってたな。傷の具合はどうだ? もう痛みはないか」


 馴染みの髭面に顔を覗き込まれ、そう指摘されたとたんに、キースの左の腿がズキンと痛んだ。回りを見渡すと、天蓋つきのベッドと羽ぶとん。部屋の白い壁紙には四季の花々の地模様が施され、豪華な中にも清楚さを漂わす趣味のいい造りの部屋に自分はいる。


 けど、あの壁にある絵は本物のマティスだろ。そう言えば、俺……東洋マフィアに撃たれて、カーンワイラー家の屋敷に運び込まれたんだった。


「大丈夫。痛いけど、辛いほどじゃないし、トイレだって一人で行けるし」


 そう一人でも行けるんだよな……。


 キースは馴染みのマスターの横に、楚々と立つ黒い髪の美少女にちらりと琥珀色の瞳を向ける。うん、確かに綺麗になったよなぁ。でも……、


「ミルドレッド、お前、いつみても、この部屋にいるけど……もう、いいから」


 いつもは胸が高鳴るその彼の視線が、少女の心を満足感の頂上から一気に谷底へ突き落とした。


「ちょっと、何よ、その迷惑そうな目! だって、だって……私が湖の近くでキースを見つけた時は、本当に血だらけで死にそうな顔してたんだから。それを看病してやったっていうのに、何だっていうのよ」


「……いや、有難いと思ってる。本当に感謝してるっ。でもねっ」


 いつも居られると色々とまずい事もあるわけで。

 

 その時、絶妙のタイミングで、キースの携帯電話が鳴り始めたのだ。どきりと目を瞬かせた青年画家。こんなこともあろうかと携帯電話の電源は切っておいたのに……それを無視して受信音を鳴らした携帯に、青年画家は顔を青くした。


「キース、携帯、鳴ってるわよ。早く出なさいよ!」


 冷え冷えと言うお嬢様の声音が怖い。


「えっ……と、あっと、もしもし」


 胡散臭げな瞳で、ミルドレッドがこちらを見ている。何ともいえない気まずさがベッドサイドに流れてゆく。すると、案の定、


「……アンナか……。うん、大丈夫」


 あああ……ただでさえ、俺とアンナのことをミルドレッドは誤解してんのに、これは、最悪のシナリオだ。 


 キースは携帯電話を手にしたまま、恐る恐る前に立ちはだかるお嬢様の方を見上げてみる。


「分かったわよ! よ~く、分かりました。私はここを出て行きます。だから、ゆっくりと、その彼女と話すといいわ! お邪魔してすみませんでした! 何よ、キースの馬鹿! あんたなんかよりイヴァンの方がよっぽど、親切よ。安心してっ、私はイヴァンを呼んで彼にお相手してもらうからっ」


「ちょ、ちょっと、待って。イヴァンって、今、どこにいるんだ」


「知らないわよ! 今から探すとこっ」


 そう言い捨てると、お嬢様は用意してあったお泊りセットを抱えると外に出て行ってしまった。


 唖然とそれを見送るキースに、マスターは、


「おぃおい、あの言い方はないだろ。彼女は一生懸命やってくれたのに」


「……」


 言葉の出せない相棒を責めるように、パトラッシュもくわんと強く鳴いた。


「ま、取り合えずは喜べよ。あれだけ怒るっていうのは、それだけ、好かれてるって事だ」


「やめてくれよ。俺はままごと遊びの相手じゃないから」


 男は、その言葉に肩をすくめると、じゃあなと外へ出て行ってしまった。


 そうだよな、俺、もっとちゃんとミルドレッドに有難うって言うべきだったんだ……。


 キースはいつの間にか声が途絶えてしまった携帯電話を握り締めたままで、ふぅっと深いため息をつくのだった。



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