20.呪いの洋館?
「出て行けって? 今、逃げ込んできたばかりなのに?!」
幽霊のアンナが作りだしてくれた洋館の中で、キースは琥珀色の瞳を信じられないと瞬かせた。
それって、足を撃たれて動くのだってやっとな俺に、言っていい言葉? いくら幽霊だからって、いつも可愛いアンナがそんな殺生なことを言うなんて。
”何でもいいから、さっさと外へ出て!”
すると、背後にすうっと亀裂が走り、館の壁に長方形の空間ができた。
どこからともなく吹いてきた風。それが、キースとパトラッシュをどんと外に押し出した。そして、驚く間もなくその空間は閉じて、また硬い壁に戻ってしまったのだ。
「おいっ、アンナ、追い出すなんて、どういうつもりだよ! 外には東洋マフィアが大勢いるっていうのに……」
……がその時、キースは、正面玄関から洋館に入ってゆく黒服の姿を見てしまったのだ。ぐっと言葉を口の中に飲み込む。バタンと扉が閉まる音が無情に胸に響いてくる。
「あいつら、俺とパトラッシュがまだ館にいると思って、よく確かめもしないで、中へ行っちまった」
傍にいるパトラッシュに複雑そうな琥珀色の瞳を向ける。
「よりによって、幽霊のアンナの”テリトリー”に……だよ」
彼らの行く末を果敢なんでか、中型犬は垂れ下がった耳を更に下げて、くぅんと小さく頷いた。
枯れた蔦がびっしりと壁に這った、見るも恐ろしげな古い洋館。
何が起こっても、知~らない。
そう呟きながら後ずさりし、一人と一匹は、出てきたばかりの洋館から適度な距離をとるのだった。
* *
キースとパトラッシュを追って、洋館に入り込んだ黒服の男たちは中を見渡して眉をひそめた。
蜘蛛の巣にまみれた洋館の中は、どう見ても幽霊屋敷としか思えなかった。それなのに、円形の大広間の壁にぐるりと飾られた11枚の少女の肖像画だけがやけに生き生きとしていて、22のつぶらな瞳で、じっとこちらを見つめていたからだ。
「肖像画? でも、1、2……11枚も?」
11枚目の肖像画の下には、“アンナ11歳”と書かれている。日付は1970年の12月25日、40年前のクリスマスだ。
白いドレスに身を包んだ少女が、少しはにかんだような笑みを浮かべている。肩までの少しウェーブがかった栗色の髪とそれと同色の大きな瞳、ばら色の頬。白い毛皮のタフタがついた赤の上着。
「何なんだ、この館は。それにこの肖像画は?」
その時突然、
”いらっしゃい”
見るも可愛い少女が彼らの前に姿を現したのだ。チャイニーズ・マフィアの全員が、その姿にぎょっと目を見開いた。
「おっ、お前……まさか、まさかっ、まさか……この肖像画の少女?」
”あたり”
「……で、でも、変じゃないか。あの肖像画は大昔に描かれた物なのに……」
とてつもなく嫌な感じがする。少女は零れ落ちそうな笑顔を浮かべた。
”変じゃないわよ。
鈴のような可愛い声音が、今は怖い。
”だって……私、幽霊だもん”
遠くから雷鳴のような音がごろごろと響いてくる。マフィアたちの顔が一斉に蒼ざめた。
”よくもキースを撃ってくれたわね。それに、私、あの娘の中で聞いてたのよ。お父さんに哀しい思いをさせて、死なせたのは、あなたたちね。お父さんは無名でも私にとっては立派な画家だった。それを贋作師に貶めて、殺すなんて……絶対に、絶対に許さないんだから”
「ちょ、ちょっと、待ってくれ。お、おまえ、ハン爺さんの娘かっ? なら、化けて出るのはお門違いだっ。ハ、ハン爺さんは心臓麻痺で……俺たちは殺してなんかいない!」
”問答無用! どっちにしたって同じことよ”
そのとたんに、竜巻のような風が洋館の中に沸きあがった。調度品や家具が部屋を飛び交う。割れる窓ガラス、稲光る室内。それから先は……
** 残酷描写でお伝えできません **
一方、外でこの様子を見学していたキースは、洋館から響いてくる幾つもの悲鳴に、
「派手にやってる……よな」
でも……と、青年画家は、パトラッシュと顔を見交わしてから、やっぱり、こういうのはいけないよなと、
「おーいっ、アンナ、適当にして、そいつらを解放してやれ! あんまり調子に乗ると、お前、悪霊になっちまうぞ。俺はそんなアンナとは、絶交なんだからな!!」
その声が湖畔に響いたとたんに、洋館の中の悲鳴が止まった。見る見るうちに消えてゆく古い洋館。
しゅんとした幽霊の少女の気持ちをそれが代弁しているようで、キースは一瞬、焦ってしまった。
……が、洋館が消え、灰色の雲が流れ、空に蒼が広がった後に、湖畔に残されたマフィアの姿を見て、
「良かった。ボロボロになってるけど、取りあえずは生きてるみたいだ」
……が、
……まいった。今度はこっちが危ない番か。
ほっと胸をなでおろした瞬間に、酷い眩暈が襲ってきたのだ。確かに少し血を流し過ぎた。
駄目だ。まだ、何も終わっちゃいないのに。
パトラッシュの鳴く声が哀しげに耳の中に響いてくる。
犬の遠吠えって、遠ざかってゆく汽笛の音みたいだ……。
キースは薄れてゆく意識の中で思った。
そういえば、ピータバロ市に戻らなくっちゃなぁ。
* *
相棒の大ピンチ!
パトラッシュはキースの周りを吠えながら、ぐるぐると回る。……が、それにも反応がないとわかると、ホテルへ向かって猛烈なスタートダッシュを切った。
その時、けたたましいエンジン音が響いてきたのだ。漆黒の大型バイクがこちらに向かってくる。
イヴァンだ!
パトラッシュは、ぴょこんと下がった耳を上にあげると、わぉん!と嬉しげな声をあげた。
丘を上り切った場所でギアを下げ、バイクのライダーはマシンを停車させると、徒歩で鳴き声のする方へ近づいてきた。丘の上から眼下の湖を眺めると、木々は倒され、草は焼け焦げ、湖畔には気絶した黒服の男たちがバタバタと倒れている。
「爆弾の湖への投げ込みは上手くいったんだな。……で、東洋マフィアを退治したまでは良かったが、結末はこれか」
強く残る幽霊の少女のオーラに肩をすくめ、倒れた青年の足元に視線を向ける。鮮やかな紅の光が灰色の瞳の上でぎらりと光った。
そんなイヴァン・クロウの足元をパトラッシュは、相棒の救助を期待してぐるぐると回ったが、
「あの少女の幽霊は、こいつを放っておいた方が喜ぶのかもな。それでも、俺は構わないが……」
冗談じゃないよ!
パトラッシュは、意味深な視線を送ってくるイヴァンに、激しく吠え立てた。
駄目、駄目、駄目!
やっきになって、袖口をくわえて引っ張る中型犬。イヴァンはくすりと笑みを浮べて、
「とりえあず血は止めてやるから、そんなに怒るなよ。俺がこんなことをするのは、滅多にないことなのに。それより、じきにあのお嬢ちゃんが乗ったリムジンがここにやってくる。こいつは、あの嬢ちゃんに任せた方が、安全ってもんだ」
血まみれのキースの足元に手を触れてしばらくすると、イヴァンはバイクに乗り込み、来たのとは逆の方向に走り去っていった。
時を置かず、ミルドレッド御用達のリムジンが猛スピードでやってきた。激しく鳴き続ける中型犬を丘の上に見つけたミルドレッドは、
「パトラッシュ? キースは、キースはどうしたのっ?」
悪い予感が胸をよぎり、車を降りると、慌てて丘を駆けあがってゆくのだった。




