15.プレゼンジャック
ざわざわと不穏な空気が豪華ホテルの36階に広がってゆく。その空気の発信源となってしまった青年画家は、押し寄せてくる圧迫感に、負けてたまるかと、琥珀色の瞳をきりと向けて客席を睨めつけた。
「お前、シティ・アカデミアの専属画家だな。こんな場所にまでしゃしゃり出てきて、一体、何のつもりだ!」
客の一人が叫んだ。ロンドンでは名うての画商だ。けれども、今のキースはひるまない。
「俺の言ってることが、理解できないか? なら、これからその証拠を見せてやるよ!」
と、司会者席の隣に用意された機材の方へ歩いてゆく。この機械やらパソコンを使って、司会者はホテルの会場に設置されたスクリーンに映像や音声を流してプレゼンを進行させていたのだが、
「おいっ、お前、それに触れるんじゃない!」
「うっせーな! 雇われ司会者は引っ込んでろ!」
だが、強い語気で、司会者を押しのけたものの、
「えっと、……ちょっと、待って」
恐ろしいほど不慣れな手つきでマウスを動かし、おまけにパソコンを操作するどころか、キースは画面の右上の×印をクリックして、プレゼンの画面をすべて閉じてしまった。そして、マウスをぽいと横に押しやると、携帯電話をかけはじめたのだ。
その時の客たちが、彼に向けた視線に込められたもの凄い不信感といったら!
それはそうだろう、絵筆やペティングナイフの扱いは得意中の得意だが、この青年画家は、機械にはかなり疎い。ここでパソコンを使って、何かをするなんて、そんなのは、どう考えてみても無理なのだ。
客たちのちくちくした視線が背中に痛い。だが、
「マスター、聞こえる? 本当にこんなのでいいの? 言われた通りにはやったけど」
”OK! そっちのパソコンの中身は、もうこっちで乗っ取った。あとは俺にまかせとけ!”
どうやれば、遠方のキーボード操作だけで、そんなことができるのか……携帯電話の声の”元ハッカー”のやることは、理解しがたい。……が、ここは、トラファルガー広場で待機しているマスターに、全権を委ねるしかなのだ。
キースの目の前にあったパソコンの画面がふっと消えたのは、その時だった。
「何だ……? これは?」
プレゼン客たちは、当惑の表情を浮かべた。
プレゼン会場のホテルの大スクリーンに、突然、ロンドンの中心街、トラファルガー広場の風景が映し出されたからだ。
日は、日曜。
時は、正午。
場所は、ただでも人通りの多いトラファルガー広場、ネルソン提督の立像下。
そこに設置された野外TVの前に人々が続々と集まってきている。なぜなら、周知するには、ヤバすぎる映像と音声が、そこから流れていたのだから。
ほら、こんな風に。
”皆様、本日はようこそ、”ピータバロ・シティ・アカデミア”主催のプレゼンにお越しくださいました! これが、3年の年月をかけて、潤沢な私財、ノウハウ、豊富なコネクションを駆使して、スコットランドに極秘に建設を進めてまいりました贋作村のショールーム。”偽ナショナル・ギャラリー”です。まずは、こちらをご覧あれ!”
それに合わせて、偽ナショナル・ギャラリーの外観や内部が映し出された。もちろん、ホンモノと見紛う贋作までもがぞろぞろっと。
先ほど見たばかりの非合法の限りを尽くした贋作村のプレゼンが、そっくりそのまま、トラファルガー広場の公衆の前で再放送されている。
なぜ? なぜ? なぜなんだ?!
プレゼン客たちの表情が当惑から驚愕に変わった。彼らの感情をさらに逆なでする極めつけは、その映像の上に、これ見よがしに流れるSNSのコメントだった。
@higemaster:トラファルガー広場でおかしな映像が流れてるぞ!
@user1: 名門美術校のPCAが、スコットランドに偽ナショナル・ギャラリー?!
@higemaster おまけにトラファルガー広場の露店に大量の贋作のサンプルもあるぞ。
(返信)@user2: どうして、トラファルガー広場にその贋作が?
それは、キースの馴染みのマスター”@higemaster”が、ホテルのパソコンから事前にデータを盗み取り、広場のTVに映し出した怪しげなプレゼンの暴露版。おまけに彼はその映像に、ちょいと手を加えて、リアルタイムSNSのコメントを流しこんだというわけだ。
かつて、ナポレオン配下にあったフランスとスペイン合同艦隊を打ち破ったネルソン提督。
トラファルガー広場の午後の光を真上から受けた堂々たるその立像が、挑戦的な笑みを浮かべて、あちらから、ホテルにいる悪徳プレゼンの客たちを見下ろしている……ようにキースには思えてしまう。
してやったりと、ざわめく客たちにほくそ笑む。
ホテルの大スクリーンで、呟きの時系列はさらに続く。
@higemaster
ナショナル・ギャラリーの”ヴァージナルの前に座る婦人”も”贋作”だ。それをすり替えたのも、PCAだ。
(返信)@user3: PCA!それマジ?
まだ、事の流れがよくつかめず、当惑する客たち。けれども、インターネットやSNSに見識のある客たちは、顔を青くした。何故なら、絶対に秘密のはずの裏ビジネスがネットの波に乗ってロンドン? いや、世界中に広がってしまったのだから。
大スクリーンに投影されたコメントは、次々に投稿されるユーザーの返信によって、どんどん、画面の上に流されては消えてゆく。それに追い打ちをかけるように、馴染みのマスターは、ツィートを続けた。
@higemaster
ナショナルギャラリーに展示されてる”ヴァージナルの前に座る婦人”がホンモノか贋作か、見極めるのは今! さあ、トラファルガー広場に集合だ!
「止めろ! あれを止めさせろおっ!!」
ざわざわと揺れる豪華ホテルの客席。さすがにネットに疎い客たちも、事の重大さに気がついたようで、先ほどまでの刺すような眼差しが戸惑いの色を帯びだした。そのタイミングを見計らったキースは彼らの方向を向くと、マイクのボリュームを上げて言う。
「さて、どうする? あんたたちの裏ビジネスは、もう世間に広まっちまった。騒ぎが、大きくなれば、マスコミだって動き出す。ここに集まっている客はみんな美術界では上等な画商ばかりだろ。けど、贋作村を経営してるシティ・アカデミアのプレゼンに出席してたとバレたら、信用ガタ落ちだよな」
客の一人が怒号のような声をあげる。
「馬鹿をいうな! トラファルガー広場の贋作なんて俺には関係ない。それに、贋作村とやらにシティ・アカデミアが関係してるなんて、酷いデマだ!」
けれども、キースはこの時ばかりは自信たっぷりに会場の中央に置いてある1枚の絵を指差した。
「なら、そこに展示してある”本物”の”ヴァージナルの前に座る婦人”は、一体、どこから入手したのかなぁ。確か、レイチェルは、その絵はナショナル・ギャラリーから贋作とすり替えて盗んできた物だって、俺に散々、自慢しまくってたけど」
しばしの沈黙。その後で、一人の画商が開き直ったように言う。
「……お前、シティ・アカデミアの専属画家だろ。そのお前が何故、学園を貶めるようなことをするんだ」
さすがに、キースは、少し語気をおさえて、
「えーと、ぶっちゃけて言えば、あの女教師の支配下から、この学園を奪い返したかったりして……」
「何っ!」
その場にいるすべての人間が、青年画家の言葉に驚きを隠せなかった。ざわざわと不穏のざわめきが溢れだした会場。だが、キースは、ここぞとばかりにマイクを握りしめ、
「モノは相談だ。俺にこの学園のすべてを一任すると約束しないか。そうすれば、俺はこの場をうまく誤魔化してやる」
再び、ざわめく会場。画商の一人が叫んだ。
「……馬鹿を言うな。一体、どうやって、そんなことが出来るっていうんだ!」
「あの女教師」
「女教師?」
戸惑った客たちの視線が心地良かった。すっかり会場の空気を換えてしまった青年画家は、小気味よさげな声音で言った。
「あの女教師レイチェルに、すべての罪を被ってもらうのさ」
そう、あのクソ憎たらしい女教師に、シティ・アカデミアの罪を全部!




