14.悪徳プレゼンテーション
ロンドンの超豪華ホテルの36階。
最新式の設備と、市街の中心地をぐるりと一通り見渡せるロケーション。ゴージャスさと伝統を兼ねそえた外装に加え、裏庭には釣りやサイクリング等ができる小公園まで備えている。そんな中で、ピータバロ・シティ・アカデミア主催の”贋作村”のプレゼンテーションが始まろうとしていた。
「どう? このホテル。今日はわが学園の”とっておきのプロジェクト”のお披露目だもの。最高の場所を用意させてもらったわ」
銀ラメ入りの白のブラウスからわざと覗かせた豊満な胸元と、ロングスリットの入ったキャメルのスカートから妖艶さを漂わした女教師 ― レイチェル ― がご満悦な笑顔を浮かべる。
軽くレースをあしらった薄紫のワンピースをふわりと着こなした少女―ミルドレッド―は、それと比べ、自分の姿が子供っぽく思えて、かなり気がひけてしまった。けれども、
キース……ここにも、姿を見せないなんて
今、一番、心配なのは、行方不明の青年画家のことだった。受付の客の途切れた間に、どうにも我慢ができなくなってレイチェルに尋ねてみる。
「あんなに忙しく準備してた贋作村のプレゼンなのに、キースが来てないなんて……まさか、マフィアに殺られちゃったんじゃないんでしょうね」
「あら、お土産の絵はちゃんと着いてるって事務員から連絡があったわよ。心配しなくても、控え室あたりで、梱包でも解いてるんじゃないの」
ふん、荷物さえつけば、あんな若造一人、マフィアに殺られたって、どうってことないわ。
女教師の呟きを聞きつけ、少女はきっと眉尻をあげる。するとその時、出入口の向こうに開いたエレベーターから、一際、目を引く招待客が降りてきた。
「ほら、出番よ」
早く行けとばかりに、レイチェルはミルドレッドの背中をどんと突いた。
輝くばかりの白の民族衣装を颯爽となびかせて歩く青年。その頭に被った白のスカーフから垣間見える浅黒い肌と切れ長の瞳。どこから見ても中東のお金持ちを絵に描いたような”ナシル・ビン・アッサウド・サウード”の登場だった。
お近づきになりたいけれども、遠巻きに羨望の視線を送るばかりの招待客の間を平然と通り抜けて、ミルドレッドが彼に歩み寄る。
「ナシル、今日は正装なのね。その格好って、やっぱり素敵」
「今日は大切な日だからね。ミリーもいつもと変わらず、とても可愛いよ」
中東の王族が、カーンワイラー家のお嬢様の手を笑顔で取る。どうあがいてみても、敵わない超セレブな二人の姿に、レイチェルを先頭に、他の客たちがほのかな嫉妬心を胸に抱くのも無理はなかった。
「まだ小娘のくせに、まったく上手く取り入ったもんだわ」
女教師は、ぷんと視線を彼らからそらす。すると、
あの男は?
目立つ点では、中東の王族、ナシルに引けをとらない男が、プレゼン会場の入り口の柱に携帯片手にもたれているのを見つけたのだ。
* *
”プレゼンが始まったら、30分でいいからレイチェルを別の場所へ連れてって。……あ、ただし、危ないマネは絶対に駄目!”
華やかなドレスやスーツ姿の客で賑わった会場の雰囲気とは対極の黒のバイクスーツに身を包んだ男は、―キース・L・ヴァンベルト― と交わした言葉にくすりと笑う。すると、都合のよいことに、レイチェルの方から彼のそばに近づいてきた。
「イヴァン・クロウ! 何であなたがここにいるの。おまけにその恰好。客はみんな正装だっていうのに、ちょっと目立ちすぎるんじゃない?」
と、言いながらも、危なげな雰囲気がかえって良さげに見えるイヴァンと一緒に、他の客の注目を浴びるのは心地よく、レイチェルは得意げだった。
「俺も一応、画商の一人でね。招待状はもらってないが、贋作村のプロジェクトをあんたに直接ご教授頂こうかって思ってさ。どう? これから二人きりで」
会場横の控え室を指で示し、イヴァンは赤みかかった灰色の瞳を女教師に向ける。
「え……でも、これからプレゼンが……」
「ほんの少しの時間ならいいだろ」
意味深で柔らかな笑みを浮かべるイヴァンに、レイチェルは頬を染め、何故だか逆らうことができない。彼らの背後から、素っ頓狂な声が聞こえてきたのは、その時だった。
「その男に近づいては駄目だぁ! 悪霊退散! グレン男爵も言ってたぞ。そいつは闇の眷属だと」
いつもの胡散臭い神父が、顔を真っ赤にして彼らの後ろに立っていた。そして、酷い剣幕で、レイチェルの袖を引っ張った。だが、
「何を馬鹿げたことを。街のエクソシストふぜいが、俺のことをとやかく言うな」
イヴァンは、神父の手を女教師から振り払い、女教師の肩を抱くように控え室に入って行くのだった。
* *
「おいおい、あれを見てご覧よ。レイチェル嬢ったら、プレゼンの前だというのに、あの男と密会かい」
プレゼン会場から、その様子を眺めていたナシルが、ミルドレッドに人の悪い笑みを浮かべる。この中東の王族はイヴァンが気に食わなくて仕方なかった。ミルドレッドにしても、気に食わないという点では、いつも自分を助けてくれるイヴァンが、あのお色気女教師と一緒にいるなんてと頬を膨らませた。
ぷんっと顔をそむけた少女に、中東の王族が言った。
「なら、僕たちもどこかへ行く?」
「え? これから、プレゼンなのに会場にいなくていいの」
「大丈夫。まだ、始まるまで30分くらいあるから、庭が綺麗だから少し散歩でもしようよ」
確かに、次々と挨拶にやってくる招待客に愛想をふるのにも、ちょっと飽きたわね。
「いいわ。でも、すぐに戻ってね」
と、ナシルの腕を取って、エレベータの方へ歩き出した。その頃、彼女が探している青年画家が、ちょうど、ホテル前に自転車を止めて、エレベータへ向かおうとしているのを知りもしないで。
* *
「さぁて、一世一代の大芝居の始まりだ……と、その前に」
乗ってきた自転車をホテルの庭の植木の下へ止めると、キースは携帯電話を手にとった。そのとたん、
「はいよっ! 待ってたぜ」
電話の向こうから響いてきたのは、馴染みのマスターの張り切った声だった。
「マスター、計画開始だ! 遠慮はいらないから思いっきり贋作のことを世間に広めちゃって」
「よっしゃ、まかせとけっ」
キースは、携帯をポケットにしまうと、
「パトラッシュはこの木の下で待ってて」
少し不安そうに、くわんと鳴いた相棒にキースは笑みを浮かべる。
「大丈夫、30分で終わらせるつもりだから」
けっこう心臓はどきどきと鼓動を高鳴らせていた。けれども、今更、止めたなんて言うわけにはゆかないのだ。
上を見上げると、最上階(36階)と中庭のある地上階を結ぶ、大ガラス張りの2基のエレベータのうちの1基が降りてくる。あれが、プレゼン会場へ直通のエレベータかと、下に止まっている方のエレベータに飛び乗り、最上階へのボタンを押す。
上昇してゆくエレベータの中で、キースは、イヴァンは何事もなく、レイチェルを会場の外へ連れ出してくれたんだろうかと、少し不安になってしまった。なんせ、あの二人は、元連続殺人犯と現職のお色気女詐欺師。かなり危険な展開もありうるのだ。
その時、キースの視界の中に、上から降りてくるエレベータの客の足元が目に入ってきた。もうすぐプレゼンが始まるっていうのに、帰り客? すると、ガラス張りの向こうに白いロングな服と薄紫の花柄ワンピースが見えてきた。
上から来るエレベータと、下から昇ってきたエレベータがすれ違う。その瞬間、
「キ、キース!?」
「ミルドレッド!?」
上下のエレベータのガラス越しに、お互いの顔と顔を見交わした少女と青年画家は、漆黒の瞳と琥珀色の瞳を超高速で瞬かせた。
「ちょっと、待って! キース、キースっ!!」
ミルドレッドは、上へ通り過ぎてゆくエレベータに向かって大声をあげる。だが、地上階へ着いた時、彼を追いかけようと、上へのボタンを押そうとした手をナシルに掴まれてしまったのだ。
「あいつ、無事だったんだな……。でも、忙しそうだから、彼の邪魔はやめようよ。それより君が良けりゃ、プレゼンなんてすっぽかして、このままドライブにでも行かないか」
ミルドレッドは、いつになく刺々しいナシルの声音に、思わず彼の顔に目をやった。笑っているくせに、切れ長の瞳が暗い影を纏っている。白い民族衣装の衣までが寒々しく思えるほど、その表情は冷やかだったのだ。
一方、最上階へたどり着いたキースは、今、見た二人の様子をどう判断していいか迷っていた。ここしばらく、行方不明のフリをしていたので、ミルドレッドが驚くのは無理もないが、エレベータの奥から自分を睨みつけていた、ナシルの冷たい眼差しの意味は?
まさか、俺の登場で機嫌が悪くなったとか……
いや、有り得ない。中東の王族が俺をライバル視なんて、するわけがない。
けれども、
駄目、駄目! 今は余計な事を考え事してる場合じゃないんだから。
豪華ホテルの最上階にエレベータが着いた時、キースは頭を一振りして辺りを見渡した。レイチェルの姿はない。特に会場で不穏な事態があった様子もないし、よし、イヴァンは上手くやってくれたんだな。
プレゼン開始のアナウンスが響き渡ったのは、その直後だった。集まった客たちが、談笑しながら、決められたテーブルに着席し始める。
そのほとんどの客は、ピータバロ・シティ・アカデミアに子息・令嬢を預けている、いわば、PTAみたいなもんだったが、その誰も彼もが、画商として表・裏ともに手広く商売を広げようと、女教師レイチェルの企みに乗ろうとしている面々なのだった。
「皆様、本日はお集まり下さいましてありがとうございます」
司会者の澱みない進行とともに、会場に設置された大スクリーンに、スコットランドの贋作村の様子が映し出された。
工房と工房の窓から窓へ、所狭しと下げられた洗濯物かと見紛う生乾きの贋作。
できたてほやほやの大量の名画の映像に、ホテルの客からは驚きの声があがった。
そして、極めつけは、ホンモノと寸分変わらぬ造りの”ナショナルギャラリー”
「いかがです? この偽ナショナルギャラリーは、外装も展示物もまだ完成形とは申せませんが、そう遠くない先に、完璧な本物のコピーを皆さまにお見せできる予定です。名門校ピータバロ・シティ・アカデミアと東洋にある本家本元の贋作村のノウハウを取り入れた素晴らしい部屋を」
キースは、脱兎のごとく司会席へと走り出す。
「そのプレゼン、ちょっと、待ったあ!!」
その一瞬、賑わっていた豪華ホテルの最上階が、波のない海のように静まり返った。息せき切って司会者のマイクを奪った青年を客たちが唖然と見据える。
「お前ら俺の話をよく聞くんだ! 優雅に座ってる場合じゃないんだよ。この胡散臭い会合の目的は、もう、世間中に広まっちまってるんだぞ!」




