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13.普段はぼうっとしてても、やる時はやる男

「そうと決まったら、今日くらいは休養しとけ。暖かいジンジャーミルクでも持ってきてやるから」


 マスターに店の奥に押しやられ、ごほんごほんと、せき込みながら、キースはソファの上に横になった。そうしながら、ミルドレッドとナシルのことを考える。


 パトラッシュが一緒なんだから、多少のことは大丈夫だっただろうが、ナシルは絶対に手が早いだろうし、ライフルなんぞを持ち歩く中東の王族とミルドレッドが一緒というのは気がかりで仕方なかった。そういえば、用心棒の契約をしたイヴァン……彼は今頃どこで何しているんだろう。


 そこに、再び、マスターが顔を出した。

「キース、お客さんだけど」

「客だって? そんなに簡単に通すなよ! 俺、一応、ここに身を隠してるんだぞ」


「でも……」


 カフェの入り口に突然、現れた客。真正面から彼に見つめられ、キースの名を告げられると、マスターは彼を拒否することができなくなってしまったのだ。戸惑い顔で指差した先には、


 黒いレザースーツに黒いブーツ。赤みがかった灰色の瞳。


「イヴァン! よく、ここが分かったな。すごいタイミングの良さだよ。たった今、お前のことを考えてたところなんだ!」


「まあ、それが契約ってもんだからな」

と、男は俯き加減に薄く笑う。


 ”名前を呼ぶ、思考する。それが、俺を契約者の元へ呼び寄せる”


 そんな契約の”機能”など知りもしないで、ぴょこんとソファから飛び起きて、無邪気に喜ぶ青年画家。マスターはその姿に眉をしかめた。


 おいおい、あのどう見ても堅気と思えない男を見た時のキースの嬉しそうな顔!

 こりゃ15歳のロリコン趣味よりもっと性質が悪いぞ。


 その時、キースのポケットの携帯電話が鳴りだしたのだ。


「もしもし、え? ……アンナ。ち、ちょっと待って!」


 慌てて部屋の隅へ行ってしまった青年画家。手で声が他へ漏れぬように気を配りながら、携帯に話しかける姿からは秘密の香りがぷんぷんする。


 ”アンナ……って、確か、さっきのお嬢ちゃんによると、キースがクリスマスイブを一緒に過ごした女だよな。もう、付き合ってられんわ、次から次へと、一体、何なんだよ”


 マスターは、次々に現れる胡散臭い連中に、半ば呆れ、カフェの仕事に戻って行ってしまった。


 壁にもたれながら、イヴァン・クロウが遠巻きにこちらを見ている。彼に気を配りながら、小声でキースは携帯電話に囁く。


「アンナ、お前、何でこんな時間に? え、自分の肖像画の作者は贋作師? ち、ちょっと待って。そ、そんな話、誰から聞いたんだよ」


 アンナは幽霊だ。いつの間にか、自分の霊気を電波に変えて携帯電話に電話する術を身につけてしまった彼女は、こんな風に彼の携帯に電話をかけてくる。

 けれども、自分の肖像画を描いてくれた父は、有名な画家の息子だと信じていたアンナが、実は贋作村の贋作師だったなんてことに気付いたら、彼女は悪霊になってずっとこの世を彷徨い続けるぞ。


 キースは目茶目茶に焦った。


「あの中東の王族がそう言ってたのを聞いたって?……お前、またミリーの中に入り込んだな。あんなに止めろと言っておいたのに」


 けれども、電話口の向こうでアンナがすすり泣く声が聞こえる。


 携帯から聞こえる幽霊の泣き声なんて、ぞっとするって言いたいところだが……

 アンナは、そんなんじゃなくて、本当に可愛い女の子なんだから、困るんだ。


「ねぇ、アンナ、泣かないでくれよ。今更、嘘はつかない。でも、たとえ、アンナのお父さんが、有名画家の息子じゃなくて、贋作師だったとしても、お前の肖像画は1枚も売らずにアトリエに大切に置いてあったんだ。それに、あの絵には、すごく愛情がこもってる。それは、嘘偽りない真実だよ」

 

 携帯からの声はそれきり途絶えてしまった。


「ああ、色んなことが重なって、また、熱が出てきそうだ……」


 カフェの片隅で携帯電話を持ったまま、頭を抱えてしまったキース。そんな彼に歩み寄っていったイヴァンが苦い笑いを浮かべ言う。


「つくづく、女は扱いにくいな」


 ”特に幽霊は”


 その呟きは、キースには聞こえなかったが、

「イヴァン、今から行きたい所があるんだけど、バイクの後ろに乗せてくれる?」


「行きたい所?」


「ロンドンにあるカーンワイラー氏の自宅だよ。実は行っていいものか、まだ、迷っていたんだけど、これだけ、事がこじれてきたら、ややこしい話はさっさと済ませてしまった方がいい」


 カーンワイラー氏といえば、欧州の美術界を皮切りに経済界をもしきる大セレブの実業家だ。その上、彼は……


「あのお嬢ちゃん(ミルドレッド)の父親に会って、どうする気なんだ?」


 イヴァンにキースは少し語気を強め、

「”交渉”だよ。これが上手くゆくかどうかに、ピータバロ・シティ・アカデミアの今後の運命がかかっているんだ。だから頼むよ。俺の気持ちが萎えないうちに、なるべく早く、ロンドンに連れて行ってくれ」


 2日後に行われる贋作村のプレゼン。100枚以上の贋作の手配。そして、経済界の大物との交渉。


「お前、とてつもなく大きな罠をシティ・アカデミアとあの女(レイチェル)にしかけるつもりなんだな。男を後ろに乗せるのなんぞ御免なんだが」


 握った拳から親指をたてると、黒いレザースーツの男は笑い、くいっと、その指をカフェの外に止めてあるゼファー1100に向けた。


「イヴァン、感謝するよ!」


 後ろに青年画家を乗せたバイクがロンドンに向けて、爆走してゆく。その後ろ姿をカフェの入り口に立ったマスターは、


「行っちまった……。風邪もまだ、治っていないのに。けど、キースっていうのは、普段はぼうっとしてても、”やる時はやる”奴だからなぁ」

 と、心配とほのかな期待が交じり合ったような顔をして彼らを見送るのだった。


*  *


 2日後のロンドン。


 ピータバロ・シティ・アカデミアによる贋作村フェイクビレッジのプレゼンテーションの日は、からりと晴れた気持ちのいい日和になった。おまけに日曜日ともなると、人々の足取りも軽やかで、ロンドンの中心地は相変わらず、人も車も多かった。


 女教師レイチェルの陰謀により、すり替えられた ― ヴァージナルの前に座る婦人― 。キースが描いたその贋作を未だに真作と信じて展示し続けているナショナル・ギャラリー。

 その入り口を北側に控えたトラファルガー広場では、絵や工芸品を売る露店が、噴水の周りをぐるりと取り巻いていた。そして、ずんぐりと体格のいい髭面の男が、めったに見せないやる気満々の様子で、露店商たちに、あれやこれやと忙しく指示を出していた。


 キース・L・ヴァンベルトは、その広場から、相棒のパトラッシュを連れて自転車で20分ほど走って、たった今、プレゼンが行われる豪華ホテル前に着いたところなのだが……。


「このホテルって、裏庭に丘と湖まで備えてるのか。裏ビジネスの話をするんだったら、こんなロンドンのど真ん中じゃなくて、もっと地味な場所を選べっていうんだよ」


 脳裏に派手好きな女教師、レイチェルの顔が浮かぶ。けれども、今はそんなのは無視だとばかりに、キースは、髭面の男 ― 顔馴染みのマスター ― の携帯に電話をかけた。


「……で、マスター、そっちの準備は万全? 」


 レイチェルからの命令で、今日のプレゼンのお土産として贋作村から送ってきた贋作が100枚。それらの客への手配を任せられていたキースだったが、誰がそんな命令を聞くもんかと、悪態をついてから、派手に鼻をすすった。

 7月に入ったというのに、マフィアに北海に落とされた時にひいた風邪がちっとも治らない。最近は本当にろくな目にあってないが、彼の本業は、北海に浮かぶ土左衛門でもなく、絵の配送係でもなく、あくまでも”画家”なのだ。キースは、トラファルガー広場にいるマスターの返事を待った。


 すると、

「首尾は上々。しかし、えれぇことを考えついたもんだ。シティ・アカデミアが、スコットランドの贋作村フェイクビレッジに建設を進めている”偽ナショナル・ギャラリー”。その本家本元の真ん前の広場に露店を出して、プレゼンの客用に用意した大量の贋作を公衆の面前にさらけ出してしまおうなんて」


「俺を贋作の配送係にしたのが、レイチェルの運の尽きだったんだよ。でも、もっと驚いたのは、マスター、あんただよ。シティ・アカデミアのパソコンに侵入してプレゼンの詳しい情報を手に入れてくれた上に、広場にホテルと同時中継のスクリーンまで設置してくれた。俺は、機械パソコンは全然駄目だけど、マスターに、ネットや通信とかの知識が、あんなにあるとは思わなかった」


 顔馴染みのマスターは、人の悪い笑みを浮かべ、

「以前はIT関連の会社を起業して、稼ぎまくった時期もあったんだ……。ま、結局、ハッカーまがいの仕事だったんで、かなりヤバくなって、今はしがない店のマスターなんてやってるがな。でも、それってここだけの話にしといてくれよ。俺も表舞台には出れない輩の一人なんだから」


 マスターの正体は……プロのハッカーか。


 だから、彼はチャイニーズマフィアの俺への襲撃を知ることができたんだ。インターネット、恐るべしだ。けれども、ヤバいとか、表舞台に出れないと言いながらも、何だかんだと助け舟を出してくれる。それが、この男の頼れるところなのだ。


 マスターは言葉を続けた。


「シティ・アカデミアが高級ホテルで催すプレゼンの中で、得意客に見せる予定の”偽ナショナルギャラリーの映像”。そのファイルは、ちょこっと、あちらさんのパソコンに侵入させてもらって、もう、俺のパソコンにもダウンロード済みだ。プレゼンが始まって、偽ナショナルギャラリーの映像がホテルの大画面に映し出されたと同時に、俺が広場に設置した路上TVにも、その映像を流すことができれば、けっこうな騒ぎが起こる。贋作村のプレゼンを、ホテルと同時にトラファルガー広場の公衆の面前でも、やってしまおうってわけだ。広場の露店には、贋作村から送り込んだ贋作もどっさり並べられている。道行く人々の驚きぶりが目に見えるようだぜ。きっと、マスコミだってやってくるだろう。となれば、否応なしに、シティ・アカデミアが、とんでもないことをやってるぞと、疑惑の目が集まるって寸法だ。けど、心配なことが一つあるんだが、そんなことをして学園の生徒たちは大丈夫なのか」


「学園は守衛以外は、誰もいないよ。昨日、生徒たちには、見つかっちゃヤバイものは全部、処分させて、全員、創立記念日ってことで家に帰らせてるから。ただし、レイチェルの部屋だけは別だけどね」


「なるほど、万が一、警察スコットランドヤードが乗り込んできても、女教師以外は、大丈夫ってわけか。キース、お前もなかなかのワルだな」


 その時、キースの横で控えていたパトラッシュが、”時間がないよ”と言いたげに、わおんと鳴いた。


「あ、そろそろ、行かなきゃ。じゃあ、俺はこれからプレゼン会場に乗り込むから、マスターは俺が携帯で合図を送ったら、すぐに露店を開いて行動に移って!」


 普段は、面倒は嫌だと全身全霊で祈っているタイプなのだけれど、事がある程度から大きくなると、尻込みするどころか、胸を高鳴らして行動する。キースという青年は、小心だか、大胆だかちっとも分らない。


 けれども、相棒のパトラッシュと共にホテルに向かう青年画家の足取りは、むしろ楽しげで、小心さはほんの少しも感じさせなかったのだ。





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