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7.アンナの肖像画

 贋作とオリジナルが混ぜこぜになって、ずらりと並べられているアトリエの奥で、キースは、その1枚、1枚を丁寧に調べてみた。すると、


「“アンナ9歳” “アンナ8歳”……」


 幽霊のアンナに探してくれと依頼されたものの、どこから手をつけて良いか分らなかった肖像画が、続々と目の前に現われてくるではないか。


 やっぱり、アンナ自身に、これを確かめてもらわないと。


 キースは、微妙に戸惑った表情でポケットから携帯電話を取り出した。昨夜、アンナが、霊気とやらを電波に変えて電話をかけてきた時の受信履歴。彼の携帯電話にはちゃんと、それが残っていた。


 この履歴に電話をかけてみたら、また、アンナが出たりして。

 それって、ホラーかSFみたいな話だ。けれども、


 ……駄目もとで、やってみるか。訳の分からない展開にはもう慣れっこだしと、とりあえず、携帯を操作してみた。すると、


“あれっ、キース? こんな時間にどうしたの”


 携帯電話の向こうから、間髪いれず響いてきた鈴の鳴るような声。青年画家は、案の定かと苦い笑いを浮かべる。けど、こんな時間って? 窓から差し込む明るい日の光に目をやり、


「そっか、アンナ、お前って、夜行性だもんな。寝てたらごめん。ちょっと、聞きたいことがあって」

「聞きたいことって?」


 不思議そうな声音の幽霊の少女。青年画家は、携帯電話越しに、これまでの経緯をものすごくかいつまんで説明し始めた。贋作師の件には触れぬように細心の注意を払いながら。


*  *


「ミリー、どうしたの、そんな膨れっ面は君には似合わないよ。このアトリエは、あまりお気に召さなかったのかな」


 中東の王族、ナシル・ビン・アッサウド・サウードは、キースに置いてけぼりにされ、まだ、ムカつきの覚めやらぬ表情のミルドレッドに首を傾げた。


「え? ううん。贋作師の仕事場なんて、そう滅多に見れるもんじゃないもの。すごく興味深く見学させてもらってるわ」


「そう? 随分、つまらなそうに見えるけど……そろそろ、ここも飽きてきたし、外に出て食事にでも行こうか。せっかく、スコットランドまで足を伸ばしたんだから堅苦しいビジネスの話は、もう無しにして」


 優しげな笑顔と、きめ細やかな心使い。おまけに王族でイケ面。時々、キースに見せる怪しい素振り以外には、女の子だったら、誰でもコロリと虜にされちゃいそうなナシルの振る舞いを見れば見るほど、何で、あの貧乏画家にはこういった気配りができないんだろと、ミルドレッドは気が重くなる。

 すると、

「なら、キース君を呼んできておくれよ。彼の方は、このアトリエに夢中のようだけどね」

 と、ナシルは小気味良さ気に笑うのだった。

 

*  *


贋作村フェイクビレッジのアトリエにある肖像画が本物かどうかなんて、実際に見てみないと、私には分からないわ」


「……でも、この絵をここから持ち出すって訳にもゆかないし」


 アトリエの奥で、キースは携帯電話を手に、幽霊のアンナと話を続けていた。すると、アンナが突然、


「ね、もしかしたら、そこにあの娘、いる?」

「あの娘? ミルドレッドのこと? いるにはいるけど……」


 その言葉を言い終わらないうちに、青年画家は声を荒らげ、


「駄目、駄目っ! アンナ、お前、またミリーに乗り移ろうっていうんだろ。それだけは止めてくれ」


「だって、前にグレン男爵の息子を絵の外に出す時だって、彼女の体を借りたじゃないの。今回だって、そうすれば、その肖像画が本物かどうかをすぐに確認できるわ。大丈夫よ、私は決して、あの娘の体を乗っ取ったりしないし」


「アンナはアンナのままがいいし、ミリーの体にそう何度も入り込まれても、俺だって困るんだ。だから、()()()()()()()()()()()()!」


 携帯電話を握り締めた青年画家が、ただならぬ空気を感じて、後ろを振り返ったのは、その時だった。


「……ミルドレッド」


 ナシルに促され、彼を呼びに来たセレブなお嬢さまが、そこに立っていた。


 眉をぴくりと動かした表情がものすごく怖い。ヤバい……どこまで、今の会話を聞かれたんだ? 急いで携帯を切り、彼女に向かって口を開こうとした時、


「キース、あんたって最低! 仕事中だっていうのに、こんな所まで来て、女の子と携帯でこそこそ話してるなんて。それに、どうせ、()()()()()()()。そのアンナって子と勝手に仲良くやってれば!」

 

 物凄い勢いで、Uターンしてアトリエの出口へ駆けて行く少女をキースは、唖然と見やる。


 何か、俺、ミルドレッドにとんでもない勘違いをされてしまったんじゃないのか……。


 思わず、ため息が胸の奥から湧き上がってきた。


 ややこしい話が、また、ややこしくなる。

 けど、それが、俺の運命なのか。


 青年画家は半ば諦めた様子で、携帯電話をポケットにしまうと小麦色の髪をかきむしりながら、お嬢様の後を追うのだった。


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