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5.極上のアトリエ~王様の耳はロバの耳

「冗談じゃないよ! こんな田舎にこんな建物を造っちまうなんて!」

 キースは、目の前に現れた信じがたい光景に、琥珀色の瞳を超高速で瞬かせた。

 

 白亜の建物の前面には、ギリシャ神話に出てきそうな華麗な柱が何本もそびえ立っている。

 その奥に見える宮殿みたいに壮麗な正面玄関ファサード

 っていうか、それはそれでゴージャスで結構……かもしれないんだけど、問題なのは、

 これって、

 

 ロンドンにある国立美術館ナショナルギャラリーの完全なコピーじゃないか!


 驚きすぎて言葉の出せない青年画家を慮るように、相棒犬のパトラッシュが、彼の後ろでくぅんと小さく声をあげた。そんな一人と一匹の様子に、ピータバロ・シティ・アカデミアの一番のスポンサーであるナシルは、ご満悦な笑みを浮かべ、


「どうだい? どうせ、贋作村を造るなら、ここまでやらなきゃ面白くないだろ?

君も画家の端くれなら、ロンドンのナショナルギャラリーが1824年の創立から、増築を繰り返して今の姿になったことは、知ってるとは思うけど、ここの建物は、1838年に建てられたネオルネサンス様式のファサードから、1991年に完成したポストモダン様式のセインズベリ棟までの完全な再現を目指して建築計画がなされているんだ。ただ、今の時点で、完全形ができてるのは、この正面玄関だけなんだけどね。まあ、敷地も金も十分ある。これからじっくりと時間をかけて、僕らは、ここに最高の贋作村フェイクビレッジを造り上げてゆくつもりだよ」


 得意げな中東の王族。それに上塗りするように、”歩く美術蘊蓄”のセレブなお嬢様が説明をつけ加えた。


「現在、ロンドンにあるナショナルギャラリーの総フロア面積は46,396㎡、これはおよそサッカーフィールド6面分、ロンドンのダブルデッカーバスが2千台以上入る広さなのよ。それと同じ敷地面積に、”外側”だけじゃなく、”内側の展示物”も完全にコピーされた偽のナショナルギャラリーを造り、その贋作を世界中の裏バイヤーに売りさばく。それが、ピータバロ・シティ・アカデミアが、今、推し進めている裏ビジネス戦略。まぁ、いわば、ここは、その為のショールームってわけ」


「内側の展示物も?! まさか、ナショナルギャラリーに展示されている絵の全部の贋作をここで作って、世界中に売りさばこうってわけじゃないだろうな! そんなミステリ小説みたいなことが本当に出来ると思ってんのか? 贋作、贋作と簡単に言うけど、目利きの鑑定士の目をかいくぐって真作として売れる作品がおいそれと作れるわけがないじゃないか!」


 声を荒らげ、頬を紅潮させたキースを見すえて、ナシルとミルドレッドは涼しげな表情で顔を見合わせ、くすりと笑う。


「まぁまぁ、キース君、そう興奮しないで。君が見たのは、この贋作村のほんの入り口部分にすぎない。偽ナショナルギャラリーの中を彩る贋作は別格としても、この贋作村をを支える核心部分 ― 製造工程 ― を見れば、少しは”贋作村構想”が、単なる想像の産物でないってことが分かるんじゃないかな」


 こちらへ来いと、キースとミルドレッドに手招きするナシルの切れ長の瞳が、ずるいキツネみたいに、ぎらりと輝いて見える。


 くそっ、こんな奴に着いていってたまるか。きっと、あっち側には、優しげなおばあちゃんの姿に化けた悪いキツネが、赤ずきんちゃんを食っちまおうと、舌舐めずりしながら待ち構えてるに決まってる。


 やっぱり、こんな悪事に染まるのはよくない。特にまだ15歳の女の子(ミルドレッド)を巻き込むなんてもってのほかだ。


 キースは、彼に同意するように、わぉんと声をあげた相棒犬に相槌をうつと、心配顔で後ろを振り返って、こう言った。


「なぁ、ミリー、やっぱり、こんなことに関わるのは止めた方が……」

 ……が、


「あんたたちね、二人そろって、何、ボケたこと言ってんのよ。ここまで来て、後に引けるわけがないでしょっ!」


 ここにいる”赤ずきんちゃん”は、悪いキツネと、同じ穴のむじなを演じる気満々のようで、足取りも軽やかに王族の後に着いていってしまうのだ。


「待てよ、ミルドレッドっ!」


 だが、ナシルとミルドレッドの後を追い、豪華な偽ナショナルギャラリーの玄関の横を通り抜け、建物の裏手に入り込んだ時、キースとパトラッシュは、


「……何だ、この路地は……」


 東洋風の木造の平屋の家屋が道の両脇に何軒も長く続いている。そして、油絵を描く際に使うテンペラ油の独特の匂いが強くたちこめている。


 豹変したかのように、様を変えた辺りの風景に彼らは、度肝を抜かれてしまった。無理もなかった。こんな風景を目にするのは、生れて初めてだったのだから。


 家と家の間に渡されたロープに、生乾きの油絵が洗濯物みたいにたなびいている。それも一軒じゃなくて軒並みに、何枚も! 


 これって、“アヴィニョンの娘たち”と“アイリス”のコピーか?

 とんでもないよ! ピカソとゴッホのコピーがこんなに大量に!?


 話には聞いてたけど、ここまで、やっちまうとは……。

 これが、中国からシティ・アカデミアがイギリスに移動させたっていう贋作村の実態か!


  https://img1.mitemin.net/4w/vg/mo1e0hjb2ka6wsnl3zykgqge30v_1csh_7k_8c_eyt.jpg         

  ピカソ:アヴィニオンの娘たち       

  https://img1.mitemin.net/2c/wa/28dgcrtbcgc3kty86m38m68w88j_na0_96_7g_v0k.jpg

  ゴッホ:アイリス


 まるで名作の量産工場……ざっと見積もっても100枚はあるんじゃないか。 口元をぽっかりと開いたままの相棒の顔を、パトラッシュが、大丈夫? とばかりに覗き込む。すると、まんざらでもない様子のナシルが、


「驚くのも無理はないよ。僕は、以前、東洋にある本場の贋作村にも行ったことがあるけど、シティ・アカデミアはその贋作村のノウハウと、腕のいい職人を根こそぎ、こっちに持ってきてるからね。彼らの技術ってすごいもんだよ。ゴッホの“アイリス”を、分業制にして、こっちの職人は、花びら、あっちの職人は葉の部分って、ものの30分でオリジナルと見紛うばかりに仕上げてしまうんだから」


「たったの30分で? 本当に?」


「なんなら、後で一緒に工房を見て回ろうか。でも……」

 と、いやに馴れ馴れしくキースの肩に手をまわし、彼は言った。


「君ほどの腕を持った贋作師は誰もいないと思うな。だから、ここに来ないか? あの偽ナショナルギャラリーの壁に飾る真作と変わらぬ贋作を作れるのは、キース君、君しかいないと僕は思うよ。そして、そんな君に”ふさわしい”極上のアトリエが1つ空いてるんだ」


 その言葉が青年画家のムカつきのツボを刺激してしまったのだ。


「そんなことじゃないかと、あのナショナルギャラリーまがいを見た時に悪い予感はしてたんだ。けどな、言っとくけど、俺、贋作師を目指しているわけじゃないし! それに、元々は露店の貧乏画家だった俺に、その”極上のアトリエ”は、ふさわしいとは思えないんだけど」


「そんなことはないよ。あんな露店に、君がいたっていうこと自体が間違っていたんだ。汚くて、がさつで、低脳で、自分は他より優れてるなんて勘違いしてるクズどもが集るような場所にさ」


 ところが、突然、黙り込み、“ふざけんなよ”ってオーラを放ちだした青年画家の異変に気づき、彼の顔を覗き込んだナシルは、鋭く見返してくる琥珀色の瞳に気圧されて、肩にまわした手をつい外してしまうのだった。


「そりゃ、王族のあんたから見れば、この世のほとんどの人間はクズだろうよ! けど……クズだからって迷わずライフル銃で撃ち殺すような、あんたは、俺から見れば極悪で、非道で、自己中で、気取ってる割りには品性の欠片もない、ただの……」

 と、キースの弁舌に歯止めが利かなくなってしまった頃、


 わおんと、鋭い雄たけびをあげながら、パトラッシュが二人の間に分け入って来たのだ。尻尾をこれ見よがしに振りながら、足元にじゃれついてくる中型犬に、彼の相棒は、

「ちょっ、止めろよ、パトラッシュ! 今、”大事な話”をしてたところなのに」


 けれども、そこに、ミルドレッドまでが参戦してくる。


「あ~あ、そんな《《つまらない話》》より、私は極上のアトリエとかを見てみたいわ。王族のお墨付きのアトリエってどんなに素敵なのかしら。ねぇ、ナシル、こんな、うるさい貧乏画家なんて放っといて、これからそこへ行きましょうよ」


 彼女は出来うる限りの”冷ややかな瞳”と”可愛い瞳”を青年画家と中東の王族に、巧みに使い分けて、まずはナシルの自尊心をキープする。それから、後ろでふくれっ面をさらしている青年画家に、ぷつりと囁いた。


「ちょっと、キレるのもほどほどにしなさいよ。ほんっと、大人げないんだから」

「だって、あいつの王様然とした言いっぷりに我慢なんかできるかよ」

「王様に我慢できないなら、穴でも掘って、”王様の耳はロバの耳”って叫んでれば?!」


 パトラッシュの方がまだ賢いわと、冷ややかな視線を残してから、ミルドレッドはナシルの腕をとって、アトリエの方へ行ってしまった。


「穴? 王様の耳はロバの耳?」


 後に残されたキースは、一寸、その場でフリーズする。


「くそっ、ふざけやがって。そんなに言うなら穴でも何でも掘ってやる」


 半ば、やけくそ気味に足元の土を掘ろうとする青年画家の腕を中型犬が、まあまあとばかりに、くわえて引っ張る。


 それにしても、やっぱり、あの王族はムカつくよな。そんなことを言いたげな茶色の瞳を彼に向けながら。


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