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4.おかしな奴にばかり好かれる青年画家

  キースとパトラッシュが出て行ったとたんに、生気が失せてしまったアトリエの空気。月の光までが翳り、部屋には夜風が窓ガラスを叩く音だけが、かたかたと響いている。


「ここが今夜の宿か」


 こじんまりとしたアトリエの中を手持ち無沙汰にイヴァン・クロウは見てまわる。別段、興味をひくような物もなかったが、窓辺の下にある少女の肖像画の前に来た時に、ふと足を止めた。その時、


”ちょっと、あんたね、いったい、どういうつもりでキースと契約なんかしたのよ!”


 どこからともなく、きんと耳につく声が響いてきた。けれども、彼は知らぬふりで絵の前を通り過ぎようとする。


“あっ、シカトしようっていうの? 私の声が聞こえてるくせに。知らばっくれようたって、そうはゆかないんだから!”


 その直後に感じた肌をちくりと刺すような視線。イヴァンは、その方向に目を向け、わずかに顔をしかめた。

 アトリエの隅に置かれていた少女の肖像画。

 白いドレスに赤のケープ。拗ねたように口を膨らませた少女の瞳が、こちらをきつい視線で睨めつけている。


「お前、その肖像画の中にいる少女か? 絵の中から話しかけてくるとは、とんだオカルト話だな」

 けれども、


“ふん、あなたが私のことをオカルト呼ばわりできる立場?”


 だが、肖像画の少女 ― アンナ ― と向かい合った、イヴァン・クロウは、涼しげな顔で、


「意味がよく分らないが」


“よく言うわよ。あそこにある鏡を見れば、あんたの正体なんて丸バレじゃないの!”


 その言葉に、黒いレザージャケットの男は、アトリエの入り口に掛けてあった鏡に目をやり、薄く笑って肩をすくめてみせた。


“何で、あんたみたいな人がキースに近づくのよ”


「聖ミカエルの肖像画が欲しいんだ」


”どうして?”


 その質問は無視して、イヴァンは人の悪い笑みを浮かべて言う。


「一応、用心棒を任されたわけだから、幽霊の少女が、青年画家をあの世に連れ去らないように、見張らなければならないし」


”馬鹿を言わないで。私はそんなことはしないわよ!”


「どうだか。それより、俺は正式に彼からこのアトリエに招かれたんでね、ここは俺の縄張り(エリア)なんだ。とっとと、肖像画へ納まるなり、あの世に行くかしてくれないか。色々と話しかけられると、うるさくてたまらないんだよ」


“あっ、ひっどいことを言う!”


 そのとたんに、少女の声はしなくなってしまった。アトリエの窓辺にある少女の肖像画には、かなり不満げなオーラが満ち溢れている。


「キース・L・ヴァンベルト……本当におかしな輩にばかり好かれる奴」


 イヴァン・クロウは、やれやれと小さな息を吐くと、近くにあった白布を手にとり、少女の肖像画にふわりとそれを被せるのだった。


*  *


 翌日。

 おかしな輩にばかり好かれる青年画家、キース・L・ヴァンベルトは、相棒のパトラッシュと一緒に、白いパジェロの後部座席で、法定規則をかなりオーバーしたスピードに揺られていた。


 運転席と助手席には、中東の王族、ナシル・ビン・アッサウド・サウードと、セレブなお嬢様のミルドレッドが、ベタベタとうざったらしい会話を繰り返している。

 彼らの目指す先は、スコットランドの郊外にあるシティ・アカデミア、プロデュースの贋作村フェイクビレッジだ。

 曇りが多い、この地方には珍しく爽やかな快晴が続き、絶好のドライブ日和なのは良いとしても、キースは、運転席のナシルに不満げに目を向けた。

 今日の彼は、全身白の民俗衣装とは違って、Tシャツとチノパンのラフな服装だったが、運転席にこれ見よがしに置いてあるライフル銃に、物凄い威圧感と傲慢さを感じる。


 あの銃で、こいつは東洋マフィアを撃ち殺しやがったんだ。


 そう思うと、余計にナシルへの不信感がつのっていった。

 なのに、ミリーときたら、いくら彼が最強のスポンサーだからって、社交辞令もほどほどにしとけよ。

 そんな時、


「キース君は、随分、口数が少ないけど、車にでも酔ったのかな」

 当の王族が、運転席から爽やかな笑顔を彼に向けてきたのだ。

「いや……別に」

「なら良かった。退屈なら助手席に来る? 君とも色々と話がしたいからさ」


 そう提案するナシルの声音が、野良猫を餌で誘い込むみたいな甘ったるさで、キースは思わず、背中に悪寒が走ってしまった。


 男女両用の快楽趣味? お、俺、そんなモノに溺れる趣味はないし。……けど、そればかりじゃないような。もっと暗い……陰謀の影みたいなものをこいつからは感じるんだ。


 こんなことなら、百戦錬磨なイヴァンに一緒に来てもらえば良かったと、キースは少し後悔した。もっとも、それをナシルが快く承諾するとも思えなかったが。


 そうこうするうちに、3人と1匹を乗せたパジェロは、“ピータバロ・シティ・アカデミア私有地”と書かれた看板の横を通り過ぎた。

 先に見えてきた検問のような場所を指差し、ミルドレッドが声をあげた。


「あの先が、学園が経営する贋作村フェイクビレッジよ。門を抜けても、まだ、少し車を走らせなきゃ行きつけないけどねっ」


* *


 パジェロからキース、ミルドレッド、ナシル、パトラッシュが外へ降り立った時、贋作村の入り口に見えてきたのは、窓辺で小花の鉢植えが風に揺れる、西洋風な建物だった。


「フツーのイギリス郊外って感じだ。瓦葺きの屋根とかを想像してたのに、全然、違うじゃんか」


 キースは何だか拍子が抜けてしまった。微かに油絵具の匂いが流れてくるような気はしたが、想像していたようなアジアンテイストの建物はどこにもなかったからだ。


「くすっ、ここは門番の詰め所だもん。肝心なのはここから先よ」


 ミルドレッドの声が、やけに小悪魔っぽい。ナシルが浮かべた薄笑いもすごく思わせぶりだ。

 簡単な検問を終えて、入り口を通り抜ける。その瞬間、


「ちょ、ちょっとこれって……」


 キースは、目の前の光景に何度も目を瞬かせてしまった。


「ナショナルギャラリー!!」


 世界でも屈指の絵画の所蔵を誇るロンドンの国立美術館ナショナルギャラリー。その豪奢な建物が、こんなスコットランドの片田舎で、彼の目前に、突然、現れたのだから。




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