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甘味組曲  作者: 青波零也
甘味組曲
5/15

すいかのシャーベット

「大丈夫だった、アキさん?」

「だいじょばない。暑い……」

 汗ですっかり重くなってしまった服を着替えて戻ってきたアキは、そのままテーブルに突っ伏した。クーラーの効いた部屋は心地よいが、火照ってしまった体が人並みの温度に戻るまでには、あと少しかかりそうだ。

 ぼんやりと、涼しい風に身を委ねていると、ことんと音がした。視線を上げれば、笑顔のナツが、ちいさな皿をアキの顔の横に置いたところだった。

「今日もお仕事お疲れ様。昨日作ってたシャーベット、美味しくできてたよ」

「本当?」

 アキが体を起こすと、ナツがスプーンに真っ赤なシャーベットをすくい取って、アキの口元に持っていく。

「はい、あーん」

 言われるがままに口を開くと、待ちに待った冷たさと、夏らしい爽やかな甘みが舌の上に広がった。昨日、すいかで作ったシャーベットだ。アキはその後味まで確かめて、小さく頷いて自分のスプーンを手に取る。

「うん、これはいいな」

 甘さはさっぱりとしたもので、二口、三口と自然にスプーンが進む。そのうちに、ゆっくりと暑さも引いていく。

 単純に凍らせてもおいしいみかんなどと比べて、すいかは、シャーベットにするには多少手を加える必要がある。そのため、今まではそのまま食べてばかりだったが、最近親戚から丸々一玉すいかをもらったのを機に挑戦してみたのだ。初めてでこれなら上出来だろう、と自画自賛していると、正面に座ったナツと目が合った。ナツは、自分の分のシャーベットを口に運びながら言う。

「お仕事、大変だったんだ」

「うん、こんな日に、長々と外回りさせられててさ。嫌んなっちゃうよ」

「今日、特に暑かったもんね」

 ナツの視線が、窓に向けられる。窓の外は既に暗くなっていたが、昼間に散々熱された空気は、そう簡単に熱を収めてはくれない。今日も熱帯夜だろう。

 既に半分になっているシャーベットをもう一口。アクセントに入れた薄荷の香りを微かに感じて、アキはふと、同じ香りを今日どこかで感じたのだと思い出す。

「そういえば、今日、変なものを見たんだ」

「変なものって、お化けとか?」

「うん、お化けだと思う。でっかい蜻蛉が、空から落ちてきたんだよ」

 突拍子もない話ではあったが、ナツは、アキの言葉を不審がる様子もなく、興味津々といった様子で問うてくる。

「でっかいって、どれくらい?」

「ほら、この近くに小さな公園あるだろ。あの公園を覆うくらい。でも、そんなでかい図体してるのに、俺以外には見えてないみたいだったね」

 ナツは、それを聞いて、微かに眉を寄せる。

「そんなに大きな蜻蛉が落ちてきたら、わたしなら、びっくりして逃げ出しちゃうよ」

「俺だってびっくりしたけど、なんか暑さでぐったりしてたから、水とアイスあげたらまた飛んでいっちゃった」

 夏の空色をした蜻蛉の姿を思い描きながら、シャーベットを更に口に運ぶ。空に消えていったあの蜻蛉は、何故か、薄荷の香りがしたのだった。もちろん、その香りだって、アキにしか感じられないものだったかもしれないが。

 そんなアキに対して、ナツはスプーンを口元に寄せたままそっと息を漏らす。

「アキさんって、霊感強いもんね。いいなあ」

「そんなにいいものでもないよ。見たくないものも、見えちゃうから」

「でも、アキさんが見てる世界を、一度でいいから見てみたいなって、思うの」

 ナツは、大きな目を細めて、虚空を眺める。アキの目にも、そこには何も見えない。

 ただ、ナツの言いたいことも、わからなくはなかった。アキは、いつだって人とは少しだけ違う世界を見ている。この目で見える風景と、ナツの見ている風景は、同じ場所にいて、同じすいかのシャーベットを食べているこの瞬間でも、違うはずなのだ。

 自分だって、ナツの目に映る世界を見てみたい、そんな風には、思う。

 思っていると、ナツが、不意に身を乗り出して、アキの顔を覗き込んできた。思わず目を見開くアキに対して、ナツはささやくように言う。

「ねえ、もし、わたしが死んで幽霊になっても、アキさんなら気づいてくれるかな」

 アキは、一瞬ナツが何を言い出したのかわからず、その言葉を理解した瞬間に眉を顰めずにはいられなかった。

「縁起でもないこと言うなよ」

「えへへ、ごめんね」

 でも、と言ったナツは、真っ直ぐにアキの目を見つめたまま、夢見るように呟いた。

「アキさんと一緒にいられるなら、心細くないなって、思っただけ」

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