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甘味組曲  作者: 青波零也
甘味組曲
3/15

アップルパイ

「アキさん、今日は何を作るの?」

「そろそろ林檎の季節になってきたからね。アップルパイでも作ろうかと思って」

「やった! アキさんのアップルパイ、大好き」

 赤々と輝く果実が、テーブルの上に転がっている。林檎の酸味に、香るシナモン。そしてさくさくとしたパイ生地の食感を想像して、アキはつい溢れそうになる唾を飲み下す。

 林檎が出回るようこの季節になると、アキは、必ずアップルパイを作らずにはいられなかった。もちろん、元々は自分で食べるためで、今はナツと一緒に食べるために、だ。

 まあ、大概は張り切って作りすぎて、自分とナツでは食べきれなくなって、仕事場に持って行ったり、ナツの友達に食べてもらうことになるのだが。

 今回も、明らかに二人分には多すぎる林檎の皮をむき、角切りにする。それから、鍋の中で煮詰めてゆく。そうしていると、食欲をそそる甘酸っぱい香りが、部屋いっぱいに漂ってくる。

 パイの中身が大体出来上がったところで、いつの間にやら横に来ていたナツが、アキの手元をのぞき込んで、弾んだ声で言った。

「覚えてる? アキさん」

「ん?」

「わたしが初めて食べた、アキさんのお菓子がアップルパイだったの」

「そういやそっか。あの頃は、チエによく味見してもらってたから」

「そう、仕事場でチエさんから貰ったんだけど、今まで食べた中で一番おいしくて、びっくりしたの」

 チエは、アキの高校時代からの友人だ。そして、ナツの同僚でもある。そう、確かにナツと出会ったきっかけは、チエに預けたアップルパイだったのだ。

 あの日も、今と変わらず作りすぎたアップルパイを、友達と一緒に食べて、とチエに押しつけて。そうして、パイを気に入った同僚がいるから、その子のためにもう一度作ってやってくれないか、と頼まれたのだった。

「今もまだ、覚えてるよ。実はわたし、最初、アキさんって女の子だと思ってて」

「ああ、だから顔を合わせたとき、驚いてたんだ」

 今でもはっきりと思い出せる。

 チエに誘われて、初めてナツと顔を合わせた日。ナツは目を見開いて、「ええっ」とすっとんきょうな声を上げたものだった。その時はどうしてそんな反応をされたのかもわからずに戸惑いながらも、驚き、うろたえるナツから、目が離せなかった。

 何故驚いているのか、何故そんなにうろたえるのか。その理由なんてもはやどうでもよかった。ただ、目の前にいるナツそのものに、目を奪われていたのだ。

 慌てて謝るナツに、何も謝ることなんてないよ、と言うと、ナツは安心したようにふわっと笑ったのだ。ちいさな花が咲くように。

 その瞬間、ああ、この子しかいない、と確信した。信じるのに理由なんていらなかった。これがきっと、「一目惚れ」という奴だったのだと思う。

 そうして、今、ここにいるナツは「あの時はごめんね」と眉をハの字にする。

「チエさんのお友達で、お菓子作りの達人だって聞いてたから、つい勘違いしちゃって」

「あいつ、本当に言葉足りないからねえ。かわいい女の子じゃなくて残念だった?」

「ううん」

 ナツは、そっと、アキの身体によりかかる。甘酸っぱい林檎の香りの中に、ふと、陽だまりのようなあたたかな香りが混ざる。ナツを見れば、大きな目をぱちぱち瞬かせ、はにかむように笑っていた。

「アキさんが、アキさんでよかった」

 そっと、ちいさな唇が紡ぐ言葉。アキは、にわかに頬が熱くなるのを感じ、それをナツに見られないよう、ナツの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。

「嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「えへへー」

 ぼさぼさの頭になったナツは、それでも嬉しそうに笑う。笑いながら、鍋の中で飴色になった林檎を、ひとつ、摘んで口に入れた。

「おいしい」

「つまみ食いしすぎないでね、アップルパイがただのパイになっちゃうから」

「はーい」

 元気よく返事をするナツは、あの日と同じ、花のような笑顔を浮かべている。その笑顔が今、自分の横にあることを噛み締めながら、今度は優しく、ナツの頭に触れた。

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