《必須ワード小説》視力、秋、妹
僕の愛用メガネが、少し離れた床の上に転がっている。『なんであんな所にあるんだろう。アレがないと日常生活すら送れないのに』普段置いてある場所になかったことを疑問に思ったけれど、何故かもう必要ないような気がして僕は手を伸ばすのを躊躇した……。
最近冷たい風が吹き始め、僕にとっては食欲と読書の秋が始まる。時間があれば小説を読んでいるから、逆に読んでいないことを友人に驚かれるなんてよくあること。
一番後ろの席で黒板の文字が見えにくく、そろそろ限界を感じ始めていた。度があってないからレンズ換えないといけないなぁ、なんてため息を深々と吐いた。でも下がっているなんて直接聞くのがなんか怖いし、行くのも面倒。それで何ヶ月も経ってしまっている。
「ただいま~」
玄関が開く音がして、遊びに出かけていた妹の声が聞こえてきた、それで昼寝から目覚めた僕は何故だか酷く不吉な予感がする。その理由を探すために辺りを見渡すが、近づいてくる妹が見えるだけで特におかしなところはない。安堵して肩の力を抜き視線を床に落とすと、近くから何かを踏んだような音がした。慌ててそちらを見て、”やってしまった”という表情の妹と視線が交わる。
「え~と、お兄ちゃんごめんなさい」
いやいや、そんなに簡単に許せないんだけれど。それかなり高いやつ! バイト代で長く使うものだから良いの買ったのに……。僕はこちらの様子を伺っている妹に、怒りに任せて言ってしまった。
「ふ・ざ・け・ん・なっ! もうお前なんか知らんっ」
両親が共働きなので、年の離れた妹の面倒は基本僕と祖母が見ている。さっきの台詞も晩御飯を食べるまでの怒りにするつもりで言ったけれど、曲がったメガネを泣きながら持っていった妹はいつも食べ始める時間に帰ってこない。『どうしよう……』着ていたエプロンを外し、捜しに行こうと一歩踏み出した瞬間、外から聞きなれた声が聞こえてきた。
「ただいま」
母さんの声だ、僕は慌てて居なくなったことを伝えようと玄関まで急いだ。廊下に出てすぐ目に飛び込んだのは母さんに抱っこされている妹。『はぁ、無事だった』思わず口元が綻ぶ。
涙でぐちゃぐちゃになった妹の顔を見て、罪悪感を感じた。でも、あれ? 母さんと一緒だったということは職場まで歩いたんだろうか、僕でも20分かかる。それを小学生の妹が? って、足怪我してる、まったく仕方ないコだなぁ。スッと母さんに背を向けるように踵を返す。
「おにーちゃん! ごめんなさい、ごめんなさいっ!! ……ふぇ」
再び号泣しだしたのに僕の方がビックリした。
「僕の方こそごめん。怒って悪かったよ」
僕は優しく伝わるように笑顔を向けた。けれど、妹の顔は晴れる気配がない。
「メガネ直らなかったの……」
最後に見た形よりも更に悪くなって、今にもどこかのパーツが折れてしまいそう。苦笑しながら受け取り、妹の頭を撫でる。
「大丈夫、僕が床に置いていたせいだし気にしなくていいよ。ありがとう、一生懸命母さんのところに行ってくれたんだろう?」
心配そうに僕を見上げていた妹が小さく頷く様子がとても愛おしく、やつあたりした自分が少し恥ずかしかった。
「じゃ、皆で新しいの買いに行こっか」
爽やかにその場を纏めた母さんが僕にはかっこよく見えた、だって場の空気をこんなにあっさり変えたのだから。
所定の場所には皆で選んだ新しいメガネがある。これは高いものでもなんでもないけれど、気持ちの篭もった宝物。曲がったまま転がっていた愛用していたものを机の上に置いた、僕はきっとこの2つのメガネを見るたび思い出す……。
家族の大切さを
家族の繋がりを
表現研究中ー