40th‐irreconcilable
irreconcilable=不倶戴天
着流しの男の戦い方、それは『異様』の一言だった。
基本的に、腰に佩いた刀の柄に手をかけて立つだけ。そこにアルトリアが近づけば、異様に早い剣速で応じる。攻めているのはアルトリアであるはずなのに、窮地に立たされているのもまた、アルトリアであった。
「ほらほらァ!そんなものなの『最強』サン!?」
「…っ」
長いリーチを持つハルバード。その分扱いも難しいその武器をアルトリアは自身の手足のごとく使いこなし、的確に男の頭や胸などの急所へと攻撃している。しかし、目にも止まらない速さで繰り出した男の刀が、アルトリアのハルバードを届く寸前で弾くのだ。
【居合切】。
それは《剣士》の三次職、《剣豪》にのみ使用できるスキル。“移動”を一定時間しない状態で発動するスキルで、効果は『AGIとSTRの値は、それぞれを合計した数値になる。それ以外のステータスは半減する』というもの。
動作の俊敏さを示すAGIと、攻撃力や剣速に関わるSTRを数段高めるこのスキルによって、着流しの男の攻撃は最早目で追えない域に達していた。
しかし、それだけでは無かった。男の攻撃の違和感に、トウガンが気づく。
「音が……二重に聞こえる……?」
アルトリアのハルバードを弾く音が、一撃ではなく、ブレて聞こえる。
そこまで考えて、やっと気づいた。
あぁ、奴は刀を二本佩いていた、と。
「二刀流……!」
二刀流の居合い剣士。
現実ではまず見ることのない剣術だが、全ての能力がステータスで決まるこの《WCO》では不可能ではない。剣速が見えない程速いということは、言い換えれば抜刀から納刀までの時間が極端に短いということだ。基本的にゲーム中において、納刀した直後は技後硬直に襲われるが、【二刀流】のスキルの場合その制約は『二本の剣で攻撃が終了した直後』という条件に切り替わる。
よって、一本目の刀を納刀した後もう一方の刀を抜刀する、という芸当が可能になるのだ。
当然、それが一見同時のように見えるためには、並々でないAGIとSTRが必要である。その上、一本目の刀からもう一本の刀へ意識を即座に向けなければならないことで、並列思考とも言うべき脳の酷使を必要とする。
男のゲーム内のステータスと、並外れたプレイヤースキルが合わさってこそ、この異常な攻撃が成立するのだ。
アルトリアは、その猛攻を前に悪戦苦闘していた。
男は【居合切】の制約上移動が封じられている。しかし、その場にとどまる限りで、彼の攻撃を止める手段は無かった。
アルトリアの勝利条件は、用心棒としてトウガンを森の研究所まで送り届けること。つまり動けない着流しの男は無視しても良い。
だが、彼女たちにとって、これは『最強』の座を奪い合う戦いになっている。背を向けて逃げることなど、考えてはいなかった。
戦況は依然として不利。男の首に向けて振り抜いた一撃も弾かれ、一度大きくバックステップで距離を取る。
「……あァあァ、がっかりだなァ。βテストの時と違ってやたら大きな得物を振り回してるからさァ、ちょっとは強くなったと思ったんだけどねエ」
男は大げさに肩をすくめた。アルトリアは荒くなった息を整えながらキツく睨みつける。
「……アンタ、なんでオープンβ参加しなかった?アンタに限ってリアルが忙しいなんて理由なはずがないし」
「……?まァ、大した理由もないけどねェ。簡単な話、相手がいなくてつまらないゲームに価値なんてないってことだろォねェ」
男はアルトリアが何故こんな話をするのか、と訝しがりながら答える。
「オープンじゃね、いろいろとあったんだけど。仲間を見つけて、私自身も強くなって、アンタがいないこのゲームで最強になった」
「そりゃァ、クローズドでも僕の次に強かった君が、僕のいないオープンで最強にならない訳がないしねェ。……でも、正式版が出て、その成長した君が僕の相手じゃないってことはさァ、結局オープンでのことなんて無意味だったってコトだよねェ!クハハハハハッ!滑稽だねェ滑稽だねェ無駄な努力!」
「いやぁ、証明したくなったんだけど。成果ってやつをさ」
「……?」
話は終わりとばかり、アルトリアは何度目かの突撃を敢行する。
上段からの振り下ろし――弾かれる。翻って左からの足払い――弾かれる。下から振り上げて首を狙う――弾かれる。一度武器を引き、正面からの連続突き――弾かれる。自信を軸にして、胴への回転切り――が、男の体を吹き飛ばした。
「ガハッ!?な、何で……?」
何度も地面をバウンドし、体を打ちつけながら転がった後、ようやく男はごく簡単な疑問を口にした。
しかしアルトリアはそれに答える素振りは一切見せず、ただ地面に這う男を見下ろしていた。そしてハルバードを構える。
「頭のキレるアンタのことだし。冷静になって考えればきっとすぐタネはバレるだろうけど。――――最強の座、暫く譲るつもりはないし」
「ま、待っ!」
男の言葉が言い切らないうちに、アルトリアはハルバードを突き刺して、そのまま男のHPはゼロになった。直後、光の結晶となって消えていく。
「アイツには、まだしばらく見せるつもりは無かったのだけど。まさかPK共に絡んでるとは……厄介だし」
完全に男の姿が無くなってから、アルトリアは小さく呟いた。そしてトウガンの方を向いて満面の笑みを浮かべる。
「……勝ち!」
「いや説明しろよ」
トウガンは笑顔で誤魔化せるほど単純ではないようだ。
✽ ✽ ✽
「アイツは、シーロン。自分でも言ってたけど、クローズドβテストの時に私がどんなに頑張っても勝てなかった相手、だし」
「……」
「まぁ、さっきの戦闘での話とか聞けば大方分かると思うけど、アイツは戦闘スキルは馬鹿みたいに強くてね。……それ以外の面じゃかなり適当っていうか、よく分からないことしてる訳だけど」
「PKなんてしてる時点でなぁ……」
何となくこの空気のままイベントに入るのも気が引けるということで、トウガンは近くのセーフティポイントのベンチに腰掛けて、アルトリアから話を聞いていた。
「アイツの戦闘スキルは、クローズドの頃から他のプレイヤーを圧倒してた。……私含めてね。あの時は流石に三次職まで進める時間はなかったから、アイツも【居合切】のもどきみたいな刀の使い方をしてて――まぁそれでも馬鹿みたいに強かったけど。それで、オープンβではめちゃくちゃ強くなって、アイツをぶっ倒してやるし!って意気込んだんだけど」
「オープンβにシーロンは現れなかった」
言葉を継いだトウガンに、アルトリアはコクりと頷いた。
「それで最強だ何だって言われたけど、私にはそんな実感は全然なかったし。アイツを倒してもないのに『最強』なんて呼ばれて、戸惑ってたけど―――結局、他人の言うことってことで吹っ切れた」
「……でも、今シーロンを倒したんだし、もう最強を自信持って名乗っていいんじゃないのか?」
アルトリアは弱々しく笑って首を振る。
「私は、アイツの攻撃の方法を全部知ってた。【居合切】を習得してからのアイツは知らなかったけど、二刀流で定位置攻撃するってスタイルは変わってないし、手の内を晒してる相手と戦っただけだし。でも私は、アイツが絶対に知らない、オープンβ全てを使って習得したスキルで応戦した。それも、次戦ったらアイツは確実に見抜いてくるし。……そこで勝って、初めて『最強』――かな」
清々しいような、弱ったような顔で、彼女はそう締めくくった。




