39th‐origin
「それで、行き先は〈南の森〉の奥の研究所でいーかい?」
「そうだな、今度こそ正体確かめねぇと」
あの後、ヒグマは「店があるから」と言って早々に帰ってしまった。それでトウガンとアルトリアは今後の方針について話していた。
トウガン当人としても、森の奥の研究所には少なからず興味がある。そして、PKも脅威であると言えばそうだが、不必要にレアリティの高いものを持ち歩かなければムダになるのは労力だけである。つまり、PKは研究所に向かうのを鈍らせるほどの意味は持たない。
そこに用心棒としてアルトリアが加わるのだから、彼女としては鬼に金棒、大船に乗った気分だった。
件のアルトリアはと言えば、いつもの豪奢な装飾の鎧に金髪をたなびかせていた。背には大きなハルバードがある。
「……お前の得物って、この馬鹿デカいヤツ?」
「そーだよ。近中距離武器の中じゃリーチ、威力共にトップクラス。要求STRはちょーっと高いけど。持つ?」
「いや、遠慮しとく……」
ゲーム内で物を持とうとすれば、外見がどうであろうとSTR値によって可否が決まる。どんなゴツイ大男でもSTRが低ければ武器も持てないし、少女のような外見で大型の武器を振り回すことも可能だ。
アルトリアの持つハルバードは、トウガンの剣より遥かに要求STRを必要とするのは火を見るより明らかだった。それを振り回すという彼女は一体どれだけのステータスなのかとトウガンは半ば戦慄した。
「しかしPKねー……。《WCO》じゃさほど旨みのあるプレイじゃないんだけど。」
「そうなのか?」
〈始まりの街〉の南門を出たあたりで、アルトリアがふと話しだした。
「まーね。そりゃそこそこの敵を倒そうと思ったら装備も充実させないとだから、高レアリティの装備で固めてフィールドに出てくけど。そういうのを狩るには自分もそこそこ強くないとだし。そんだけ強い奴がプレイヤー狩るのなんて、労力の無駄だと思うんだけど」
「なるほどなぁ…」
「それに、ランダムドロップってのもPKには不利。頑張って倒した相手からポーション一つとかしか得られなかったら、PKなんてやる意味ないよーなものだし」
確かにその通りだ、とトウガンは素直に思った。同時に、そう考えれば考えるほど今回のPKは不可解でもある。装備品でもない[ミスリル]を持ったままフィールドに出るなんてことがないだろうことは、少し考えれば分かりそうなものだ。にも関わらず、PKは無策にトウガンへ攻撃を敢行した。
「何なんだろうな、アイツ等は……」
「ま、ヘンテコなプレイスタイルに興じる連中のことはさっぱりだし。私たちはさっさと目標を達成しよーか」
会話は終わりとばかりに、アルトリアは走り出した。合わせてトウガンも走る。彼女の脳裏には不気味なPKの脅威がなお一層強く刻まれていた。
✽ ✽ ✽
間もなく研究所が視界に入るというところまで歩を進めた。PKの襲撃も無く、順調な行軍だった。当然敵mobは出現したが、アルトリアはおろかトウガンの敵でさえない。ダメージというダメージを負うことなくここまで進んだことに、トウガンは軽く安堵した。PKも前回の襲撃で自分を狙うのを諦めたのか、と思った時だった。
一瞬。
隣を走っていたアルトリアが、トウガンに向けてハルバードを突きつけた。
「っあ!?」
「ぐっ!」
トウガンが驚く声と、彼女の後ろから聞こえた呻き声が重なった。
慌ててトウガンが振り向くと、そこにはドサリと倒れこむ黒装束の男―――――カーソルは赤かった。
「よーやくお出ましみたいだし」
構えたハルバードを肩に乗せて、ニヤリと笑いながらアルトリアが呟く。
「トウガン、招来符を展開して」
「お、おう!」
アルトリアの指示に応じて5体のゴブリンを召喚するトウガン。
「さて、どーしたモンかね」
「……何が」
「囲まれてるみたいだし、私たち」
そう言われて、トウガンも気づいた。周囲の木々に身を隠しながら徐々に近づいてくる存在に。
「……10人は、いるな」
「バレたもんで気配を隠す気も無くなったみたいだし」
「ッ!!」
その言葉を皮切りに、周囲を囲んでいた黒装束は一斉に飛び出した。そして、ナイフのような武器を投擲する。逃げ場がないような投げ方だった。
「来ると分かってりゃ、対処も出来んだよ!」
正面のナイフを剣で叩き落とし、側面から迫るのはゴブリンが防いだ。アルトリアは一人で残りのナイフ全てに対応したようだった。
「まずは突破しよーか!」
「おう!」
研究所への最短ルートの方角に、二人は弾丸のように走りだした。黒装束も負けじと回り込みつつ、何人かで後ろから投擲攻撃を繰り返す。
「前方は任せた!」
「承知したし!」
最小限の言葉を交わし、トウガンは反転した。迫るナイフをアルトリアに当たる弾道のものまで弾き落とし、返す刃で[火薬]を集団に投げ入れた。
「おらっ!」
「ッ!?」
突然の反撃に黒装束たちは爆発のダメージをもろに受け、更にそれが黒色火薬であったことで真っ黒い煙が立ち上り、反撃のナイフを投げさせなかった。
その成果にトウガンは小さくガッツポーズをとり、アルトリアの方を目で追った。
アルトリアの強さを本当の意味で知ったのはこの時である。
「やーお疲れ、遅かったし」
「……な」
絶句した。トウガンがナイフを弾き落とし、火薬を投げるということをしている間に、アルトリアは5,6人は少なくともいたであろう敵の集団を、文字通り全滅させていた。
「守勢にたった時点で、奴らの勝ち目は無かったよーだね。HPもVIT値もほぼ無いみたいだったし」
「だからって、こんな素早く倒せるもんなのか……?」
「んー……」
唖然とするトウガンの些細な質問に、アルトリアは顎に手を当てて考える素振りを見せた。そして数秒後、
「ま、それが出来るから『最強』なんて呼ばれてるんだし」
とにっこり笑みを溢すのだった。
✽ ✽ ✽
「――――ところで」
アルトリアは項垂れるトウガンを見て一頻り笑った後、思い出したように呟いた。
「……どうした?」
「いつまで隠れてるつもりだし?可愛いトウガンを思い切り愛でられないから、さっさと立ち去って欲しいのだけど」
「え?」
呼びかけは、トウガンへのものでは無かった。フィールドの虚空に向かって、アルトリアは呼びかけていた。
『……参ったなァ。安心して動き出したトコをザックリいこうと思ってたのに。君の索敵がそんなに強力だなんて聞いてないよォ?』
「ッ!?」
返事があった。しかしそれはホールにマイク音を響かせたように、音の出処が判然としない。そのことがトウガンにとっては尚更脅威だった。
「……別に。アンタならこーいうとき、そんな悪趣味な方法をとるだろーと考えただけだし」
『アハハ、なァんだ。じゃあ僕はまんまと釣られちゃった訳かァ」
スタッ、と足音がした。
トウガンは、音のする方を恐る恐る、振り返った。
「あァあ……。アルトリアが彼女にくっついてるなんて聞いてないよォ」
ねっとりとした、聞く人を不愉快にするような喋り方。その声の主は、藍色の着流しを着た、細身の男だった。腰には2本の刀を佩いている。
「……アンタも、久しぶりだし」
「久しぶりだねェ、アルトリア。まァ話したいことはいくらでもあるんだけどさァ」
「私には、一つもないけど」
「……連れないねェ」
男は大仰に肩をすくめてみせた。アルトリアの目が、すっと細まる。言うまでもなく、怒りの表情だった。
「――トウガン、私の後ろに」
「……なぁ、コイツは」
「早くッ!」
アルトリアからの怒号に気圧され、トウガンがそれ以降を問うことはできなかった。それを見た男は堪えきれなかったようにクックと笑う。
「そんなビクビクする必要なんてないのにさァ、『現』最強サン?」
「……」
「僕もさァ、別に名乗りたくて名乗ってた訳じゃないんだけどねェ?けどさァ、ちょっと目を離した隙にカッさらわれてた……なんてのは、納得できないんだよねェ」
トウガンには、アルトリアがこれほどまで感情むき出しに嫌い、警戒する理由は分からなかった。
しかし、男の言う『現最強』という言葉。これで、大体の状況は把握できた。詰まるところ、彼は、
「『最強』の看板、返してもらうよォ?アルトリア!」
アルトリアが最強のプレイヤーとして君臨する前の、『元』最強、なのだろう。




