4th‐battle‐
「あ」
翌朝、藤丸は午前中にこなす家事の準備を淡々しながら、ふと呟いた。
「ん?ふぁひ、ふぉひぃひゃん(なに、お兄ちゃん)?」
と歯ブラシを咥えた希梗が不思議そうな目を向ける。あと2週間ほど授業が続く希梗は忙しなく支度をしている。
「あぁ、まだサブジョブを試してなかったな、と思ってさ」
「あ、昨日は結局【実験】漬けだったんだね…。で、サブってお兄ちゃん《陰陽師》だったっけ?」
口をゆすいだ希梗は、明らかに適当とわかる様子でカバンに教科書を突っ込みながら答える。
藤丸は今朝のうちに、手違いで《科学者》をメインに選択したことは伝えていた。
希梗は明らかに残念そうな目をしていたが、どうやら割り切って考えるようにしたらしい。
「ああ。何か情報ってあるか?…まさか陰陽師まで地雷職、とかないよな?」
後半は恐る恐る、といった感じで藤丸が尋ねる。
「んー、まぁ変わったチョイスだとは思うけど、悪くはないと思うよ?符の効果は初期スキルはコンマ何秒かの麻痺だけだけど、だんだん多様になっていくし。確かβテストで《陰陽師》使ってた人は【招来符・子鬼】が最高クラスのスキルだったっけな?…ただ、問題は序盤の火力不足かなぁ。剣装備に対して威力で-補正をかける【宝剣】っていうデメリットスキルがついてくるんだ。」
「そっか、分かったありがと。…ただそんな饒舌に喋ってると学校遅れるぞ?」
ハッとリビングの掛け時計に目をやると、それを大きく見開いた。
「えっ!うそ!?じ、じゃあ行ってきます!」
慌ててカバンを掴みあげて部屋から出た数秒後、バァン!とドアの閉まる鋭い音がした。
「…さて、」
一通りの家事を終え、一心地ついた藤丸は自室へ向かう。時計は8:10を指していた。
「とりあえず12時前後くらいまでログインするかな」
一人呟き、《Casino》を起動した。
✽ ✽ ✽
「まずはジョブチェンジか」
ステータスウィンドウを操作し、ジョブを《科学者》から《陰陽師》に変更する。ついでに《陰陽師》のスキル欄を見ると、【呪符・麻痺】、【与符・剛力】、【符生成】、【宝剣】の4つがあった。
説明に目を移すと、【呪符・麻痺】は例の麻痺効果。符の数が∞に設定されているため、使い減りはしないのだろう。
【与符・剛力】は自分及びパーティメンバーのSTR強化。符の数の欄には「0」となっているため、今は所持していないことを意味しているらしい。
【符生成】はその名の通り符を生成するスキル。MPを消費するが、レベルが低いからかそれほど多くの量は使わないようだ。
最後の【宝剣】は例のデメリットスキル。STRを大幅に下げる効果のようだ。
「…っと、そもそも剣がないか」
《陰陽師》の装備可能武器は剣しかない。逆に言えば、剣であれば両手剣だろうが片手剣だろうが、短剣だろうが大剣だろうが装備可能なのだから、それほど厳しい縛りではないのかもしれない。
トウガンは適当に武器屋で剣を見繕い、右手に装備する。
「金もないし、こんなもんでいいかと思って買ったけど、【宝剣】の-補正、結構厳しいな。」
トウガンの購入した[石の剣]は攻撃力25、つまりSTR値に+25の補正がかかることを意味する。
のだが、
「…なんで元のステータスより下がってんだ…?」
トウガンのステータスウィンドウには、
――――――――――――――――
トウガン/femare LV.5
MJ:《科学者》
SJ:《陰陽師》
STR:15(-5)
INT:18
VIT:16
MEN:14
AIG:19
DEX:22
――――――――――――――――
「-補正30ってどういうことだ!?おかしいだろそりゃ…」
トウガンはしばらく唖然とウィンドウを眺めるが、『ピロン』という軽い通知音で意識がもどる。
音の原因を見ると、シエルからの着信だった。
『8:40に西の草原だな?了解した』
「っと、そうだった。シエルに狩りの手伝いを頼んでたんだったな」
ステータスウィンドウを閉じて、最早形だけの武器の[石の剣]をアイテムストレージに格納し、〈始まりの街〉の西門に急いだ。
✽ ✽ ✽
西の森に着くと、既にシエルは待っていた。
「悪い、待たせたか?」
「いや、私も今来たところだ。…で、《陰陽師》の試運転だったか?」
「ああ。カーネの動きは昨日散々見たし、ここが一番いいと思ってさ」
「そうだな。ま、とりあえず見させてもらうさ。《陰陽師》の戦い方というのも気になるしな」
「やっぱリアリティあるな…」
敵を目の前にし、的外れな感想を漏らすトウガン。
カーネは好戦的mob故に、先制攻撃を躊躇しない。現に、トウガンの目の前のカーネも今にも飛びかからんと身構え、唸り声を上げる。
「相手は敵意剥き出しだというのに、余裕だな。」
「余裕じゃねえよ…っと!」
ついに飛びかかってくるカーネの突撃を、紙一重で躱すトウガン。
「ただ構えとかよくわかんねぇし、適度に警戒しながらたってたんだけどな・・・って危ね」
再び飛びかかってくるカーネを、トウガンは建の腹で受け止め、そのまま横方向に受け流す。
「隙ありっ!」
予想外の反撃にバランスを崩したカーネに向け、思い切り剣を突き出す。その切っ先は狂いなくカーネに当たり、HPゲージを2割半ほど削る。
「ほぉ、いい手際じゃないか。【宝剣】の常時発動スキルがなければ、半分近く削れたはずだが…。やはり痛いな。」
「無いものねだりしても!仕方ないっ!だろっ!?」
シエルの言葉に応答しながら、カーネに次々と突きを繰り出す。
そして数分後、トウガンは何とか、といった様子でカーネを倒した。カーネは青いポリゴンになって消え、トウガンの目の前にドロップアイテムウィンドウが現れる。
――――――――――
カーネの皮*1
カーネの牙*1
――――――――――
「…いい戦いだった。が、なんでオマエはわざわざデメリット付きの剣攻撃だけで倒したんだ?符はどうした、符は?」
「…忘れてた」
「バカか?バカなのか?…ふぅ、全く。いや、無駄にプレイヤースキルが高いと褒めるべきなのか?」
「これくらい、誰でも出来るんじゃないのか?」
「相当高めだとは思うぞ…ん?」
呆れ顔をいつもの沈着なものに直し、忙しなくウィンドウを操作するシエル。
顔を上げると、
「…悪い、急用だ。βの頃のギルドメンバーがダンジョン攻略をするらしく、それに誘われた。さっきのを見ている限り、危なげもなさそうだから、そっちに行ってもいいか?」
申し訳なさそうな顔をトウガンに向ける。
「あぁ、分かった。悪いな、忙しいのに。」
「…まぁ、健闘を祈るさ」
「そっちもな」
軽く笑い合い、シエルは街の方に駆け出した。
トウガンも一度安全地帯に入る。
HPはそれほど減っていないが、モンスターとの戦闘は精神的な疲労も残す。
「…慣れればどうということは無いのかもな。」
独り言を思わず漏らす。
トウガンは自作ポーションをストレージから取り出し、ビンの蓋を開けて一気に飲み干す。
「…苦っ」
あけましておめでとうございます。
もう一作の方ではもう言ったんですけどね(笑
どうにもこっちは一話一話が長くなる傾向にあるようです…。
これからもよろしくお願いします!