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World_Connection_Online  作者: 銭子
4章―TURNING―
38/44

37th-killer

9/3 一部の数値、及びそれに伴うストーリー展開の一部を修正

 某日。


「………っつぁ!はぁ、はぁ……。くっそ……」


 荒い息でへたり込むのは、一見女性にしか見えない――ボーイッシュな、というのが形容詞として付くが――プレイヤー。その実が男性であることなど、事情を知らない他人からは判別がつくはずもない。そんな一見美少女の彼女が、大粒の汗で顔を濡らしながら死に戻った(・・・・・・)のである。


 余談だが、この《WCO》というゲーム、長年の研究の甲斐もあり汗や涙などの液体表現はかなり高い再現率を誇る。海や温泉といった施設も然りだ。このゲームが臭覚や味覚は他のVRゲームに一線劣るものの、触覚、及び質感において他の追随を許さないと評される所以はこのあたりにある。ちなみに視聴覚的なものは何処も当然のように力を入れるので、どうにも優劣付けがたいというのがユーザーの総意である。


 現状に話を戻す。

 あたりはもう暗く、ゲーム内時間は21:00を回っており、敵mobは既に夜の凶悪仕様に変わっている。それならば、彼女は敵わない敵にやられたのか?――否、そうではない。そもそも彼女が出かけていたのは《始まりの街》直近の初心者用コース《南の森》エリアであり、《王都》周辺で活動中の、さらに言えば《西の草原》エリアボスを単独撃破するような彼女ならば、夜のmob相手でも不意打ちでもされなければ負けることもあるまい。


 そう、相手はAI操作のmobなどではない。プレイヤーを狩るプレイヤー、所謂《PK》――プレイヤー・キラーに襲われた、ということだ。






✽     ✽     ✽





 どのゲームでも、〈解析班〉と呼ばれるプレイヤーがいる。一体何をするんだと思うかもしれないが、彼らの本分は、ちょっとひねくれた言い方をすれば『粗探し』にある。というのも、彼らはそのハイスペックな調査能力を活かして、小さな手がかりから様々な事を解明するスペシャリストであり、通常プレイでは発見できないような小ネタ(バグ)を掘り出すことに精を出す集団なのだ。

 彼らの地道な検証によってwikiは今の体裁を成している面も強く、多くのプレイヤーにとっては強い味方なのだが、ゲーム開発や運営にしてみれば厄介な連中である。彼らが導き出した情報が、運営にとってまだ秘匿すべき情報であるなんてこともあるほどだ。


 今回の場合もそうだった。




「な、なんだこれは……」

「どうも〈解析班〉が見つけたみたいだな。彼らには本当に頭が下がる」


 《王都》中央広場で二人の少女がベンチに腰掛けていた。黒髪のボーイッシュな少女と、それよりやや背が高い淡い水色のロングヘアーの少女。言わずもがな、トウガンとシエルである。



 知らせは突然訪れた。

 送り主はシエルで、内容は『王都の中央広場まで来てくれ』という短い一文。彼女からの連絡は普段からその程度の簡潔な文章なので特に気にはならなかったが、どうにも火急の用事な予感がしたトウガンは少し急いで向かった。

 そこで見せられたのが、このスクリーンショットであった。


「こりゃ……科学者だよな?」

「まぁ……科学者だろうね」


 そう、科学者だ。幾多のジョブの中で『地雷』の名をほしいままにする、あの《科学者(サイエンティスト)》である。それが、森の奥深くにいるのだ。

 このスクリーンショット、実は公式サイトに載っている宣伝動画のワンカットである。運営は新規ユーザーの確保のためというのを主な理由に、定期的に各エリアの空撮写真を公式サイトにアップロードする。今回は《南の森》の空撮だったのだが……写り込んでしまったのだ。写ってはいけないものが。

 運営としてはまだそれは公開する情報ではなかったらしく、アップロード翌日にはよく似た別の動画に差し替えてあったというのだから運営の焦りもお察しだ。


 この場合、褒めるべきは〈解析班〉であろう。《科学者》らしき白衣が写っているとはいえ写真の右隅、しかも動画にして0.1秒も映っていなかったのだ。動画撮影担当が気づかなくても仕方がない、と言えなくもない。

 しかし、見つかってしまったものは仕方ない。プレイヤーたちは好奇心の塊で、いかに運営がゲーム上で『神』のような権限を持っていると言っても、その奔流を止めることは難しい。既に《南の森》は一切合切調べ尽くされ、例の《科学者》の位置も発見されwikiにも載っている。本当に仕事が早い。


「それで?捜索の結果はどうだったんだ?」


 トウガンの質問にシエルは両手を上げて呆れ顔だ。


「いやいや門前払いだ。どう考えても《科学者》ジョブ持ちが必要な場所だなアレは」

「他にも科学者なんているだろ?ホラ、[活力水]が科学者の専売特許だった頃とか微妙に増えたし」

「試した奴はいるみたいだぞ?どうにもレベル不足なんだか『もっと修行してこい!』って結局門前払いだったみたいだが」

「レベルの要求もあるのか…」


 トウガンは難しい顔で考えこむが、心の中ではもう方針が固まっていた。それを察したのか、シエルも微笑を浮かべる。


「行くんだろう?《科学者》で全プレイヤー中最高レベルなんてきっとお前だろう。どうせ解析班の連中もお前が行くのを待ってるつもりだろうからな」

「まぁ、そうだな。……こっちとしても、やりたいことは一通りやって、ちょうど手詰まりだったとこだ。もし何か新しい発見の手がかりになるんなら、こっちからお願いしたいくらいだ」

「良かった。森の奥の隠しフィールドなんて気になって仕方ないんだが、結局イベントを進められないのでやきもきしていたんだ。頼りにしてるぞ」

「おう。つっても俺でも基準レベルには達してないかもしれないからな。そうなった時は諦めてくれ」


ひらひらと手を振りながら、トウガンは石碑に触れて〈始まりの街〉に転移した。





✽     ✽     ✽





暫くして、〈南の森〉の最深部のあたりまで歩を進めた。道中には何ら危ない場面は無く、むしろ退屈とでも言うような雰囲気の行軍だ。

 それもそのはず、〈南の森〉と言えば適正レベルが『1以上』、つまりゲームを始めて最初に踏み入れるような場所なのだ。〈西の草原〉のエリアボスを単独撃破してしまうようなプレイヤーが相手では完全に役不足だった。


「おっと、暗くなってきたな……。移動が鈍すぎたか」


 小さく呟く。既にゲーム内時間は20:00を回り、ゲーム的な明るさの補正がなければ足元も覚束無い状態だ。シエルの話を聞いて街を出たのがゲーム内時間で16:00。適正レベルのフィールドならば、夜になって強化された敵mobに襲われるのを嫌ってフィールドに出ないのが得策なのだが、今のトウガンのレベルでは夜のmobも問題にならない。故にここまで時間をかけてしまったのだ。

 一瞬だけ戻って翌日挑むことも考えたが、視界の端にぼぅっとした灯りを捉えたのでその考えを振り払う。あれは例の研究者の家の目印だったはずだからだ。周囲の敵が相手にならないこともあり、トウガンはふぅと小さく息を吐いた。



《暗殺者》は、その一瞬の隙に入り込む。



 背後から、予想外の衝撃。


「ガッ?!」


 トウガンは突然の衝撃に顔を歪めながら自身に迫る脅威を認識し、全力のバックステップで距離を取る。HPが残り2割をきるほど削られたことに気づき、相手にしている敵の火力に戦慄する。即座に右手に剣を構え、戦闘態勢を整えた。

 そのまま相手に視線を向けたが、そういうアイテムがあるのだろうか、襲撃者のプレイヤーネームは隠されていた。そして、本来それが来るはずの位置には、決して鮮やかとは言えない赤色のカーソルがあった。

 説明されたことはある。知識としては知っているが、実際に目視したのは初めてだった。


「レッドカーソル……《PK》か!」


 反応は無く、行動で返される。即ち、攻撃だ。STR値もさることながら、このスピードからしてAGI値も相当に高いのだろう、手にした短刀を振りかぶってトウガンに振り下ろす。だが、トウガンにとっては死角からの攻撃でなければある程度対応できる。剣筋を見極め、冷静に剣ではじき返した。とは言え、トウガンのVIT値は防具の分を足しても少し心もとない。狙うべきは、ヒット&アウェイで被弾を少なくすること。

 


「今のはちょっと流石に腹立ったぞオイ……。狙われて素直に死ねるほど、俺は優しくはねぇよ」

「……」


 冷静に戦略を組み立てながら、暗殺者に悪態をつくも返事はない。故に考えていることはトウガンには判らなかったが、プレイヤーキラーは彼女の攻撃を警戒して気を張り詰めているというのは自明だった。

 改めてしっかりと見れば、周囲の闇と同化するほど漆黒の布装備―――恐らくAGIに特化して防御は捨てているのだろう―――に、月明かりを照り返して鈍く光る短刀だけという、ひどく簡素な装備だ。短刀カテゴリの武器は攻撃力が低いというイメージが強いが、プレイヤー同士の戦闘で一撃でHPが8割削られるなど、トウガンが同レベル帯の平均よりVIT値の低いプレイヤーであることを差し引いても並大抵のSTRではない。スキルやジョブの恩恵なのか、それともトウガンが知らない絡繰りがあるのか、兎も角STRとAGIにステータスを特化させた、まさに《暗殺者》の能力である。


「……っ!」

「あっ!? 待てよ!!」


 トウガンが分析をしている中、プレイヤーキラーは彼女の予想外の行動に出た。転身だ。体の正面はトウガンの方に向けたまま、異常なスピードのバックステップで離れていく。

 トウガンにしてもその行動は予想外で、動き出しが数瞬遅れた。そして、意識も戦闘から一瞬外れる。


 逃げ出したプレイヤーキラーから放たれた、数本の短刀―――その使い方からして、おそらく苦無だろう――を避けることができず体に浴びる。しまった、とトウガンは冷や汗をかくが、あくまでそれは投擲武器、威力はHPを数ドット削る程度だったが、それは次の一手への布石でしかない。

 体を動かそうとしたトウガンの挙動が、一気に停止した。麻痺だ。それに驚愕した隙を突かない≪暗殺者≫ではない。


 スタッ、と軽快な音。それがまた背後から聞こえてきた。


「な……っ!?」


 救援、などという都合のいいことは起こらない。現れたのは、二人目の襲撃者だった。短刀使いの男とまったく同じ黒装束。違うのは手に持つ得物だけだ。

 日本刀のような鋭利な片刃の武器が握られていた。短刀で攻撃されたときでさえトウガンのHPは8割削られたのだ。それが日本刀ともなれば、トウガンのHPの残量は、推して知るべしである。


 本来的に、トウガンは一対多の戦闘は得意である。それは無論【招来符】の存在があるからであり、多数のゴブリンを自動ではなく自分の意志で完璧に動かせるトウガンは余程の人数差がなければ同等に戦える。

 しかし、突然数が増えれば話は違う。

 招来符を使用するのにも多少時間が必要だ。まず札をオブジェクト化するために数瞬。スキル【招来符・子鬼】と口にするのに数瞬。ゴブリンが現れるのに数瞬。それだけの隙を、相手は与えてくれまい。

 加えて言うなら、絶望的なことにトウガンは今麻痺の状態以上を受けている。これでは麻痺が解除できるまでスキルの発動はおろか一歩たりとも動けはしないのだ。


 己に迫る刃を感じながら、トウガンはいやに冴えた頭で思考を巡らせる。たまたま二人のプレイヤーキラーがバッティングした、という訳もあるまい。というのも、ここが〈南の森〉だからだ。トウガン自身は死亡時にその場に手持ちアイテムを一つランダムにドロップする『デスドロップ』というデスペナルティを負うが、〈王都〉開放以前のプレイヤーにおいてデスペナルティは無いに等しく、初心者用のエリアである〈南の森〉でデスドロップ狙いのPKをするのはかなり考えづらい。

 十中八九、トウガン一人を狙った組織的なPKであった。

 地雷職を抱えながらエリアボスをソロで攻略する彼女を真正面から打倒するのは困難だ。しかし、彼女も人間である。次から次へと意表を突く攻撃を受ければパニックに陥るし、十分にキルできる。


「……っ!」


 そこまで考えたところで、背後に現れた新たな≪暗殺者≫は手に持つ日本刀を振り下ろした。それは、トウガンのHPを全損させるのには十分すぎるものだった。

 自分の体が光の粒子に変わっていくのを感じながら、正面の黒男を睨みつけた。不自然なほど濃い影に隠された男の表情に薄い笑いが浮かんだように見えたその時、トウガンは完全に死に戻った。



 これが、トウガンが遭遇した初めての《PK》の顛末だ。

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