35th-restart
「それで、実際に案はあるの?」
しばらくして、ヒグマがふと声をかけた。
「まぁな。…ついては少し買い足したいモノがあるんだが…なぁ」
「…?珍しく歯切れの悪い言い方だね。何か問題でもあるの?」
訝しむように小首をかしげる。
「さっきまでの実験のために、随分と金を使っちまってな。……今、元手が殆んどないんだ。どうせ[活力水]の売上でしばらくすりゃ回収できるとタカを括っててさ…」
最後は消え入るように、もごもごと口を動かすトウガンだったが、それに対してヒグマは目を細めて、
「へぇ、僕相手に出世払いを頼むなんて、なかなかいい度胸してるじゃんか」
と、冷ややかな声を店に響かせた。ゴクリ、とトウガンが喉を鳴らしたのを最後に、店内を沈黙が支配する。
緊張を破ったのは、ヒグマだった。
ため息一つ吐き出して、苦笑とともに小さく告げる。
「…僕の取立ては厳しいからね、さっさと返すことをお勧めするよ」
「…!お、おう、すぐ返済してやる」
ぱぁ、とトウガンから笑顔がこぼれた。
あぁこれを見ただけで、甘くなった甲斐もあるもんだよ…とヒグマは内心切に思った。
「それで、何が欲しかったんだい?」
「あぁ、[銅]の在庫をある限り卸して欲しいんだが」
「銅…?そりゃ在庫もいっぱいあるから卸すのは吝かじゃないけど…。この間もかなり大量に卸したばかりだよね?」
この間、というのは勿論[ミスリル]精錬の前の段階、試行錯誤を繰り返していたときに沢山の種類の金属を買い揃えた際のことだ。その時もトウガンはヒグマから50個以上の[銅]を購入していた。
「ちょっとしたのを大量生産したくてな…。準備分も合わせて、幾らあっても多過ぎることはないんだ」
「ふーん……。ま、僕も最近腕のいい《鉱夫》と知り合えたから、鉱物に関しては在庫を切らすことは無いと思うよ。足りなくなったら何時でも買いに来なよ」
「《鉱夫》って……そんなジョブもあるんだな。下手したら《科学者》よりも人口少ないんじゃないか?」
「『少ない』ってのと『意味がない』ってのは別物なんだよ、トウガンちゃん」
「手厳しいな」
思わず苦笑するが、下位互換のレッテルの貼り直された今となっては十分な反論もできない。結果を出して示さなければ、その扱いも変わらないだろう。
「それじゃあ頼んだ。……あ、あともう一個」
「なんだい?……随分と楽しそうな顔をしてるけど」
「まぁな、取り敢えず試作品ってやつだ」
ヒグマに突然呼び出されたことで忘れられつつあったが、本来トウガンはヒグマに[ミスリル]の価値判断を仰ごうとしていた。果たして設備や手間に見合う価値があるのかどうか、それはある意味で実験の成功失敗以上に重要なことだ。
[ミスリル]インゴットを実体化し、ゴトリとヒグマの前に転がす。何度見ても美しい、陰りのない澄んだ白銀色の金属。
「…その顔からすれば、これは只の銀とは別物だってことでいいのかな?」
「勿論」
即答。トウガンは自信を持って頷いた。
ヒグマはそれを見て小さく笑うと、[ミスリル]のアイテムウィンドウを開いた。
再び無言が店内を支配する。難しい顔でウィンドウを睨むヒグマ。それを見守るトウガン。
「……十分すぎる性能だね。腕利きの鍛冶師に武器として加工されれば、〈北の山脈〉でもなければオーバーキルに成りかねないくらいの。……現状、このレベルの金属が出回ってるなんて話は聞かないね」
ゆっくり、しかし何度か頷きながら、ヒグマはそう言った。その言葉はトウガンにとって喜ぶべきものだったが、『現状』という言葉が、やはり拭いきれない不安を醸す。
「…問題は、これを他のジョブが作れるかどうか、なんだよねぇ。今なら高く買い取るよ、20万ディアでどうだい?」
言外に、いつ価値が暴落してもおかしくない、と伝えたれたことは、トウガンも解った。[活力水]と同じように。
「20万ってのは魅力だけどな。……ってか銅の借りを考えればそれで売りたい気持ちも山々だけどな」
そう前置いて、トウガンは言葉を続ける。
「ただ、今のところコイツを手放す気にはならないかな」
意外にもあっさりと、トウガンは言い放つ。
「…へぇ、てっきり僕はコイツが虎の子なんだと思ってたんだけど、違うのかな」
「これは只の副産物だよ。……まぁそれだけじゃなく、コイツは馬鹿みたいにコストが高くてな。何個も流通させられるもんじゃないし、正直20万でも釣り合いが取れるか怪しいんだ」
「…なら、更に面白いものが見られるってことでいいのかな?」
「あぁ、任せとけよ」
ニィ、と意地悪げな笑みを浮かべた。
✽ ✽ ✽
トウガンの虎の子、それは[妖力銅]だった。科学者クエストの、もうひとつの副産物。
[銅]と[MPポーション]を精錬してできる、[ミスリル]の下位互換のような性能の金属。
その点、コストは非常に安い。[ミスリル]が破格にコストが高すぎるのもあるが、それに類似した性能を低コストで賄えるのは大きなプラスである。
なぜなら、コストが低いことはそのまま量産が可能であると言い換えられるからだ。
『ただ一つ』の貴重性と、『有り触れる』汎用性。より価値があるのはどちらか――――。
トウガンは、後者を取った。
貴重なアイテムが、科学者でしか扱えない方法でのみ作れるのであれば、再び科学者が日の目を浴びる事も十分に考えられるが、もしかするとそう上手くいかないかもしれない。
そうなれば、低コストで高い汎用性を誇るアイテムの方が余程痛手が少ない。
問題は、そのアイテムの活かし方。
トウガンは、研究所で独り思案に耽っていた。
「――魔導性の考えを組み入れれば、以前のことも変わって見えてくる、か」
小さく呟く。それによって考えを纏めているかのように、口を動かし続ける。
そして数分後、彼女は不意に立ち上がる。
「鍛冶師が、必要だな」
頭にあの物腰柔らかな凄腕鍛冶師を思い浮かべながら、はっきりと呟いた。




