33rd-mithril
「よし、早速始めるか」
イベント報酬を受け取った2日後、トウガンは小さく呟く。
まず用意するのは[ルチルクォーツ]――キキョウから受け取ったレアドロップの一つだ。
ルチルクォーツ――日本語では『金紅石』とも言われるルチル鉱石の加工品である。更には、ルチル鉱石とは酸化チタンの結晶の一種だ。
とどのつまり、彼女の目指す金属は『チタン』である。
チタンとは、高い対腐食性と、硬く且つ粘り強い高い強度を持つ。その上鋼鉄よりも質量が少ないという金属である。一方で電導性や熱伝導性は極めて低いため、銀とは対極をなすと言っても良いだろう。
以上の通り、かなり優良な金属であるチタンだが、問題はその加工の難しさにある。
これらの特長はチタンの純度が極めて高い場合のもので、低純度では期待するような金属にはならないはずだ。
つまり高純度のチタンを精錬するためには、かなり大掛かりな装置が必要になるのだ。
よって、この製造を行うため、トウガンは今持ちうる全ての資産を投げうった。主な支出先は必要な設備の購入だ。具体的には、更に上級な溶融炉、粉砕機、蒸留塔などだ。
上級溶融炉や粉砕機は《鍛冶師》や《錬金術師》でも使うらしいが、蒸留塔など《科学者》しか使わないのではないだろうか。
「連続で蒸留を繰り返して精錬する、なんてのは他のジョブで必要な作業だとは思えないしな…。結局運営は《科学者》に何を期待してるんだか」
苦笑しながら呟く。
これらの設備及び実験に使う諸道具には、実に約80万ディアが掛かっている。並の商人プレイヤーよりも懐の暖かいトウガンであるが、この出費でほぼ備蓄が尽きていた。イベント報酬で入手したアイテムも使いそうにない物は売り払いってそれも足しにしたものの、それでもギリギリだったと言わざるを得ない。
つまり、これで銀のプライオリティを越えられないことは、即ちそう容易く立ち直れない大失敗であることを意味している。
トウガンもその重圧に落ち着かない様子だったが、〈設備屋〉で[蒸留塔]を発見してからは、むしろ安心したようだった。
設備があるからには、それを用いることがゲーム内で設定されているということだ。
それによって、これまでの道筋、考え方は間違っていないという自信を得ることができたからだった。
✽ ✽ ✽
「まずは…これか」
①塩化:上級溶融炉に[ルチルクオーツ]に[石炭][塩素ガス]を加え、高温で還元・処理する。
②蒸留:①の工程で変質した[ルチルクオーツ]を蒸留塔に移動させ『精留』を繰り返して成分を凝縮する。
③還元:そこに液体状になるまで融かした[マグネシウム]を加え、再び還元。
④粉砕・溶解:これを粉砕機にかけて粉々にしたあと、再び上級炉で溶かす。
⑤冷却:炉から取り出したあと、冷えるまで待つ。
簡単に説明すれば以上のようなものだ。
実験に使用した[塩素ガス]は食品アイテムとして売られていた[塩]を分解したもので、[マグネシウム]はヒグマから買った金属の一つだ。
「マグネシウムひとつとっても、《科学者》だと時間のかかるものを《錬金術師》とかは一息で出来るんだろうな……。これでチタンまで苦労せず作れるとかだったら泣くぞコノヤロウ」
トウガンは呆れとも皮肉とも取れるような苦笑とともに小さく呟いた。
どの工程も再現しやすいように手心が加えてあることは、トウガン自身も身をもって感じていた。それぞれの工程で発生する無駄な不純物の処理はほぼ必要あらず、素材として使用したアイテムもいくつか現実とは異なる。
それでもこれまでの工程を完成させるための準備に掛かった費用は75万ディアを超える。[活力水]150個分ほどである。現実との差異はあっても、ゲーム上では無事[チタン]を入手することが出来たのだから、トウガンの実験は成功のはずだ。
「でも、まだダメな訳か」
しかしトウガンに浮かぶのは落胆の色。ウィンドウを開いた彼女の目に映るのは、
―――――――――――――――
[チタン]
素材アイテム
Priority:71
耐久+50% スキル付与【パリィ】
(【パリィ】敵の攻撃をタイミング
よくガードすることで反撃ダメージ
を与え、1秒間の麻痺効果)
―――――――――――――――
銀のプライオリティ――75にはもう一つ及ばなかった。
「スキル付与のこととか、いろいろ気になるところはあるが……ま、やっぱこれでも足りないってことか」
はぁ、と大きな溜息を吐く。
しかし、トウガンの瞳に前回のような絶望の色は無かった。それこそ、[チタン]が[銀]に及ばないことは想定内だとでも言うかのように。
「……よし、次だ。」
もう一度、トウガンの瞳に、身体に、力が篭る。炉の火はまだ消えていない。煌々と赤く煌めき、放り込まれるのを今か今かと待っているようだった。
「…これでダメなら、本格的に打つ手がないからな。何とか決まってくれよ…っ!」
そう言いながら、ストレージから新たに1つアイテムを取り出す。そして一瞬だけ躊躇う素振りを見せてから、[チタン]と共に炉に放り込んだ。
轟ッ!
と火勢が一気に増した。炎の色は灼熱の紅から涼しげな蒼炎に変わる。それだけで、この研究所すべてが異質に様変わりしたように思えた。
トウガンの頬に汗が伝う。暑さによるものではなく、期待と緊張によって溢れ出たものだった。
間違いなく成功に近づいているという確信が、トウガンにはあった。
しかし、その瞬間は訪れる。
煌々と燃え盛る蒼炎が、ほんの一瞬だけ揺らいだのだ。
「っ!?」
トウガンはその瞬間、目を見開く。その表情に浮かぶのは、はっきりとした焦り。
勘だった。
何に基づくでもない、ただの直感。しかし彼女はそこに明確な失敗の気配を感じとった。蒼炎の揺らぎが、まるで何かを嫌がるかのように見えた。
―――このままでは、きっとダメだ。
不安がトウガンの頭を占める。数秒前の蒼炎のように、彼女の思考は大きく揺らいでいた。何をすれば成功にまで導けるのか、それだけを考えて脳は忙しく回り続ける。
「っ!そうだ!!」
叫ぶのも束の間、トウガンは慣れた手つきでウィンドウを開き、あるアイテムを取り出す。そしてそのまま放り投げるように炉の中に投げ込んだ。
「頼む……っ」
揺らぎはない。変わらずに炉は蒼炎を湛えてあり続ける。
額を汗で濡らしながら、トウガンはその蒼炎を見守り続ける。まるで聖母に祈りを捧げる修道女のように。
✽ ✽ ✽
1分か、10分か…もしかしたら1時間かもしれない。
トウガンにとっては悠久のようにも思える時間が過ぎた。
炉の火が、不自然なほど一揆に消えた。
一瞬戸惑ったものの、きっと精錬が終わったのだろうと思い直した。
「……」
炉からは、金属がその名称を変えたことを知らせる独特のエフェクトが散っている。
トウガンは数秒間それを睨むように見て、決心を固めたように炉のアイテムを取り出した。
そこに表記されていたのは、
――――――――――――――――
[ミスリル]
素材アイテム
Priority:82
耐久+50% MP+50% INT+20
MEN+20
スキル付与【パリィ】【魔衝波】
【反鏡】
(【パリィ】敵の攻撃をタイミング
よくガードすることで反撃ダメージ
を与え、1秒間の麻痺効果)
(【魔衝波】武器の素材にした場合、
衝撃波を前方に飛ばす)
(【反鏡】防具の素材とした場合、
魔法攻撃を50%の確率で弾き返す。)
――――――――――――――――
「………」
言葉を失い、立ち尽くすトウガン。しかしそれは、絶望からではない。努力が実を結び、目指していたものに手が届いた達成感による呆然だった。
次第に、トウガンの顔の口角がピクピクと徐々に上がる。そして拳は強く握り締め、高々と掲げた。
そして叫ぶ。
「っ……しゃあああああああああああああ!!!!!!!」
そこには溢れんばかりの満面の笑みが浮かんでいた。
チタンの精錬工程について補足。
①については、化学式 TiO2 + C + 2Cl2 → TiCl4 + CO2 という反応で、塩化チタンを生成します。その後②の工程(蒸留)ですが、これは状態変化の蒸発(液体→気体)と凝縮(気体→液体)を交互に繰り返すことで不純物を取り除くことを目的としています。
③では、化学式 2Mg + TiCl4 → 2MgCl2 + Ti という還元反応で、純粋なチタンを取り出しています。
この時点でのチタンはスポンジチタンと言われており、その名の通り穴がたくさん空いたスポンジのような状態です。それをインゴットにするために、一度粉々に砕いてからもう一度炉で溶かし、再び固めなおすのが④の工程です。⑤はおまけですね
この方法は「クロール法」と言われる、まあ当然ですが実在する方法です。簡略化はしましたが、私なりにある程度整合性が取れるように色々と調べたつもりです。何かおかしな点がありましたら、ご指摘頂ければと思います。




