29th-Setback
「…そうだ。どうせ鋼を作るなら、アレ試してみるか」
作業に取り掛かる直前、不意にトウガンは口角をニッと吊り上げた。
彼女が閃いたのは、鋼の中でも一級品と称されるものだった。
必要なものは、大量の砂鉄と木炭。
「まずは木炭を作らなきゃな」
火薬を作るとき宜しく、炉に次々と[木の枝]を投げ込んでは、[木炭]に変化したものを取り出していく。
手持ちの[木の枝]が全て[木炭]に変化したら、いよいよ本番だ。
1.炉に木炭を入れて熱する。同時に、【術符・旋風】で送風。
2.頃合をみて、[砂鉄]を炉に投入
3.再び[木炭]を投入。2、3の項目を延々と繰り返す。
「……やっぱ魔法って便利だわ」
淡々と[木炭]、[砂鉄]を焼べ入れる機械とかしたトウガンは、薄ら笑いを浮かべながら呟く。
本来、この『風を送る』工程は作業に必須ながら最も大きな労力となる部分だ。
送風量はある程度一定に保たなければならないし、もし少なすぎれば温度が低くなり失敗だ。
その点、【術符】による送風ならば風量に調整が効くし、ムラが出ることもない。
「お、そろそろいい感じになってきたな」
炉の様子にも変化が出てきた。内部の色が山吹色に変化をはじめる。
これはこれまでの製造が首尾よく行っている合図である。
ちなみに、本来この状態に至るまでは1日必要であるので、相当時間的には簡略化されていることになる。
「ここまでこれだけ早く終わってるってことは、完成も近いかな」
手持ちの[木炭]、[砂鉄]も少なくなっていることもあり、終了の兆しが見えた。
4.手持ちの砂鉄がなくなったらそのまま送風をやめ、火が落ち着くのを待つ
暫くして、炉の中で素材アイテムの扱いだった[砂鉄]と[木炭]は、その名称を変えた。
[ケラ]*20
「おお…」
単純で根気のいる作業だったこともあり、上手く行ったことに胸が熱くなるトウガン。
しかし、まだ終わりではない。
5.[ケラ]を砕いて、その品質によって選り分ける
結局、手に入ったアイテムは2種類。
[玉鋼]*6
[鋼]*14
「…っはぁぁぁぁ」
直後、トウガンは疲労感とそれに伴う脱力感でへなりと崩れ落ちた。
送風という大きな仕事がないにせよ、10分近く炉の前に立ち続け、炉の様子を見ながら素材を加えていく過程は、著しく精神力を消耗する作業に違いない。
しかし、無事成功したことは、その疲労感を補って余りあるほどの達成感を彼女に与えていた。
「…っし」
研究所の床に仰向けで倒れながら、トウガンは小さくガッツポーズをとった。
✽ ✽ ✽
たたら吹き、という製鋼法を知っているだろうか。
時代で言えば平安時代頃には確立された手法で、その源流は弥生時代にも遡る。
日本刀の刃金に用いられる良質な鋼である『玉鋼』を製造するためのもので、その『玉鋼』は通常の鋼よりも不純物が少なく良質なものとなる。
欠点としては、生産効率が悪いことや、一度の作業に長時間かかることが挙がるものの、当時としては一級品の日本刀には欠かせない素材を得られる唯一の方法であった。
《WCO》においても、その欠点は反映されていると言えた。
まず生産効率だが、これまた完全に準拠している。
トウガンが今回の製鋼に使った素材は
[砂鉄]*100
[木炭]*100
と、莫大な量のアイテムである。どちらも原価が低いことが幸いだが、それにしてもそこから生成できた[玉鋼]はたったの6つでしかない。
作業時間でもやはり10分とMMOにしては長めになっている。
「どうにしても、量産向きではない、か」
トウガンは思案顔で呟く。
まずはクエストクリアのために高いプライオリティの合金を作らなければならないが、できた合金をその時ばかりのものにするつもりは全く無かった。装備にせよ、また新たな発明へのきっかけにせよ、次に繋がるものであるべきだと考えた。
「っと、まずは目下の目的から解決しないとな」
アイテムストレージから[玉鋼]の詳細に目を移す。
そこには、
―――――――――――――――――
[玉鋼]
素材アイテム
Priority:69
耐久+20% STR+10%
―――――――――――――――――
との表示。
老人から受け取った[銀]インゴットには、
―――――――――――――――――
[銀]
イベントアイテム
Priority:75
―――――――――――――――――
と、より簡潔な表示がなされていた。
「これでも、まだ及ばないか…」
トウガンはがっくりと肩を落とす。
「…つまり、電導率や熱伝導率、あとは魔導率あたりで相当差をつけられてると見るべきか。その分強度と靭性が高いはずなんだがそれでも勝てない、と…。はぁ、丁度悪く面倒なレベルのクエストだなオイ」
行き詰まり。
作業に手間が掛かっていた分、そしてそのアイデアに自信があった分、クエストの壁を越えられなかったことへのショックは大きかった。
「あー…、研究は無数の失敗の上に成り立つとはいえ、こうもあっさり手詰まりになると精神的にクるな…」
現状、玉鋼に代わる可能性のある案は浮かんでいなかった。そのことも彼女の焦りと失望に拍車をかけていた。
そんな時、
『キキョウ:ごめん、今までダンジョン潜ってて気づかなかった!今からでもよければ中央広場に行くけど、お兄ちゃん都合どう?』
光明が、差した。
今回の「たたら製鉄」に関しては、現実とかなりの部分齟齬があります。ですが、作者自身納得できる範囲で、また描写しやすい範囲を切り取っての内容ということですので、ご了承ください




