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World_Connection_Online  作者: 銭子
1章―BEGINING―
3/44

3rd-Experiment

タイトルの「Experiment」は「実験」って意味です

「…どういうことだ?《WCO(このゲーム)》は性別を変えられないんじゃないのか?」

まずトウガンが疑問を口にした。

顔のグラフィックは藤丸をベースにしているものの、ゲーム内の性別が女性(フィメイル)になっているせいか、多少ボーイッシュな女性にしか見えない。

そしてメインジョブ《科学者(サイエンティスト)》を表現するように、白衣を身に纏う。


《WCO》のみならず、VRゲーム全般として性転換プレイ―所謂ネカマ、は不可能とされることが多い。

男性が女性の体を手に入れること、またその逆での倫理的観点から、および性同一障害を引き起こしかねないという医学的な観点からなど、様々な理由が関係する。



しかしここには、その性転換を成し得たプレイヤーがいる。


「…わからない。確か弾高がもうすぐ来るだろうから、彼にアイデアを求めよう。」

そう答えたのは、シエル。トウガンと同様に思案顔だ。《魔術師(マジシャン)》を表現している麻色のローブが僅かに揺れる。

「取り敢えずそれしか無さそうだな…。そういえば、弾高のプレイヤーネームってなんなんだ?」

「あぁ、『スクード』だったはずだ。」

「…じゃあアレか?」

そう言ってトウガンは指差す。その先には、小さな剣と盾を両手にそれぞれ装備した青年が歩いている。

「…間違いない。βテストの時と同じだ。」

シエルも青年―スクードをその目に捉え、呟く。するとスクードも気が付いたらしく、小走りで向かってきた。


「悪い、待たせた。シエルの初期装備を見るのも久しぶりだな」

スクードはまずそう口火を切った。

「…えっと、悪いんだけど、そちらは?」

そして視界の隅にトウガンを捉えながら、シエルに尋ねる。

「…一応、藤丸だよ」

「はぁ!?」


スクードは2人の予想通りの反応の後、トウガンを凝視する。

「…まぁ確かに面影はあるな。でも、なんでフィメイルなんだ?ジョブも《科学者(サイエンティスト)》だし。」

「それを2人で話し合ってても答えが出なかったから、お前に聞いてみるかってなったところだったんだ。」

シエルに代わり、トウガンが答える。声質も弱冠20歳の女性のようなものだ。

「…性別に関しては想像もつかない。ジョブに関しては、無いわけではない…んだが、なぁ…」

「…歯切れが悪いな。今は少しでも情報がほしい、何か知ってるんだろ?」


「『操作ミス』だよ。まぁ確認ウィンドウもあるからほぼ有り得ないことだけどな。…それが違ったら見当がつかない」

「……それだ」

顔を手で覆い隠したのはシエルだ。トウガンも肩を落として大きくため息をつく。


「私が設定したんだ」

数秒間の静寂の後、シエルが静かに口を開く。

「…もっと詳しく」

「私が酔った勢いで藤丸の《Casino》でキャラメイクをしたんだ」

「夏苗はちゃんと設定したっていうから全く疑わず…」

トウガンも口をはさむ。


「…それで、手先が狂って近くにあった《科学者》を押してしまった、と?」

「それ以外、考えられないって言ったのはお前だぞ」

「…だな」

3人はほぼ同時に溜息をついた。


「しかし、よりによって《科学者》か。…一緒に狩りに行くどころの話じゃないな」

「すまない、私の責任であるのに悪いが、こればかりはどうすることもできない。」

βテスター二人は暗い目をトウガンに向けた。

「…ちょっと待った。そもそも《科学者》ってどんなジョブなんだ?名前の感じだと生産職…だよな?」


「最大の地雷職」

「ただの空気ジョブ」


即座に2人は蔑称と呼ぶにふさわしい名を挙げる。


「できることのメインは【実験】。店売りのアイテムより効果の高い道具だったり、素材をより上質なものに変えることができる」

シエルがサラサラと説明する。

「それだけ聞くと割と有能そうなジョブじゃないか?」



「既に別に(・ ・)あるんだよ」

「しかも完全上位互換が。つまり《科学者》は設定された当初から完全(・ ・)下位(・ ・)互換(・ ・)なんだ」



「…は?」

何を言っているかわからない、といった様子でトウガンは口を開いた。

「《錬金術師》ってやつがあってな。アイテム生成に必要なコストが《科学者》より安く、レシピも多い。何より、《科学者》には設備として〈研究所〉が必要だが《錬金術師》にはそれがない。」

「なんだそれ…。K₂c社は改善しないのか?」

「クローズドβ、オープンβとみる限り、一切されてないな。それが正式な仕様、ってことで間違いないのだろう」


ジョブが多いということは、ほぼそのまま所謂地雷職が多い、ということにつながる。『地雷職』とは、()んでしまうと死と同じ、という皮肉を込めた言い回しだ。″燃費が異常に悪いのに威力が低い"とか、"明らかに制作会社の悪ふざけ″など、残念なスペックの職業の総称である。


それでも、完全上位の職業がある、というのはそれらのはるか上を行く救われなさだ。存在意義がないのだから。


「二次職は異なるんだろうが…βテストの期間ではだれも二次職にはなれなかったらしい」

「《WCO》はレベルアップだけではランクアップできないからな…結局最後まで条件がわからなかった。」

「…八方塞がり、ってやつだな」

トウガンは肩を落とした。


「…ま、取り敢えずフィールドに出てみよう。恐らくもうmobのPOP場所争いなってるだろ。トウガンは狩りは厳しいだろうが…素材の採集の手伝いくらいはしてやる」

「ああ。…悪いな、一緒に狩りができなくて」

「謝るなら私のほうだ。すまない」

「いいって!二次職への道は自分で探すさ。…じゃ、これからよろしく」

3人はそれぞれフレンドカードを交換して初心者用フィールド――〈西の草原〉に足を向けた。





✽     ✽     ✽





「…やっぱ強いな、こいつら」

トウガンが、しみじみといった様子で呟く。そのあたりに生えていた[薬草]や[雑草]を無差別にむしり取りながら、シエルとスクードの戦いを目で追う。

レベルこそトウガンと同じだったはずだが、β時代の経験によるプレイヤースキルが大きな差を生み出している。


「ハァッ!」「キャイン!」

スクードが片手剣を勢いよく振り下ろす。その剣はイヌ型mob―《カーネ》の背に正確にヒットし、《カーネ》が悲痛な叫びをあげる。が、次の瞬間には野生の獰猛さを取り戻し、スクードに飛び掛かる。

それに対しスクードは左腕の小さな盾を体の前に構え、《カーネ》の飛び掛かりを受け止める。

「…っ!」

突撃の威力に僅かに押し込まれながらも、攻撃を耐えきる。そして生じた≪カーネ≫の硬直時間(ディレイ)にすかさず剣を振りおろし、残っていたHP(ヒットポイント)を削りきった。

《カーネ》は青っぽい光の粒子になり、姿を消した。


「スクード!少しここを支えてくれないか!?」

声の主は、シエル。近接戦闘職ではない《魔術師》は、当然だが接近戦や乱戦に弱い。範囲攻撃を習得していない序盤ならなおのこと、である。

スクードは勢いよくシエルのほうを見る。複数体の《カーネ》に囲まれかけているようだった。

「了解!」

掛け声とともに駆け出し、シエルに集中する《カーネ》を後ろから盾で思い切り突き飛ばす。それによって僅かに開かれた群れの隙間を強引に進み、シエルの詠唱の援護に入る。

流石にタンクの仕事に慣れているだけあり、4体程度の《カーネ》からの攻撃をうまく凌ぐ。

そうしている間にシエルの詠唱が終わった。


「燃えろ、【フレイム】!」

シエルの手から放たれた火球は何体もの《カーネ》を巻き込んでHPを0にする。



「やっぱ、強いな。……こいつら」

落ちている[小石]を拾い集めながら、トウガンは呟いた。





✽    ✽     ✽





「…しかし、《カーネ》しか出てこなかったな。βと変更でもあったのか?」

一通り狩りを終え、フィールドに設置してある安全地帯(敵mobが湧かず、襲ってこない場所)に移動すると、スクードは草の生える地面に片手剣の切っ先を突き刺しながら呟いた。

「そんなことはない、…と思いたいな。掲示板を見る限り他の方向のフィールドのmobは変わっていないらしいしな」

βテストで好相性だった《ブルースライム》が出現しなかったこともあり、苦戦を強いられたシエルは苦い顔で答える。

「…掲示板、ってなんだ?」

トウガンが控えめに疑問を口にする。

「メニューを開くと項目があるはずだぞ。攻略に関することから雑談までプレイヤーが自由に発言できる場だ。興味深い話もあるから適当な頻度で見てみるといい。」

シエルは要点を掻い摘まんで説明する。トウガンが言葉通り操作をすると、確かに『掲示板』の文字があった。


「ま、取り敢えず経験値は稼げたから今日のところはよしとするか。…シエル、今のレベルは?」

「8だな。あともう少し戦闘すれば9まで行けそうだから、もう少し粘っていようと思う。スクードはどこまで上がった?」

「10まで上げられたっぽいな。…サービス開始直後からログインできなかったのは痛いが、トッププレイヤーとは大きく離されてないみたいでよかったか。」

「…トウガンは?」

シエルがなんとなく申し訳なさそうな目でトウガンを見る。

「…まだ2だよ」

採集による微弱な経験値を積み重ね、なんとか一つレベルを上げたトウガンはやや不貞腐れた顔で答える。

「ま、生産職は街の中での活動が本番だからな。ほら、これやるよ」

スクードはそう言ってさっきの戦闘で手に入れたらしい[カーネの皮]をいくつか差し出した。

「いいのか?」

トウガンが怪訝な目をむける。

「俺はそこまで必要なもんでもないからな。店で売っても二束三文だし、痛くもないさ。ま、先行投資だと思ってくれ」

「地雷職だって知ってて、よく言うぜ」

軽く笑いあい、トウガンはそれを受け取った。



2人と別れたトウガンは、〈始まりの街〉に入る。


『この街の南西のはずれに、研究所がある。【実験】に使う機材は最低限そろってるから、初歩的な研究ならそこで事足りると思うぞ』


シエルの別れ際の言葉を思い出し、足を向ける。既にゲーム内での時間は夜の8:00をまわり、あたりは街灯なしでは真っ暗で何も見えないほどの状況だ。

「…っと、ここか。」

独り呟くトウガンの目の前には、やや古寂びたコンクリート壁の建物があった。

入口と思われるところから入ると、やや黄ばんだ白衣を着た初老の男性がいた。

「…客とは、久方振りじゃな。何の用だ?」

おそらくチュートリアル用のNPCだろう、と判断しトウガンはそれに応じる。

「【実験】用の機材を借りたいんだが。」

「…ふん、若造が。その年で研究に身を置くとは変わっておるな。」

「まぁ、手違いなんだがな」

「何か言ったか?」

「いや、すまない大丈夫だ。」

「…まぁいいか。それで、機材の使用だったな。もう私も年老いて、使うことも無くなってしまったからな。自由に使うといい。機材の説明は必要か?」

「頼む」


「ふむ。まずは【実験】の種類についてざっと説明しておくか。大まかに分けて2種あるが、1つは「合成」。2種類以上の素材アイテム等を組み合わせより上位のアイテムに作り替えることができる。この作業には主にこの[作業台]を用いる。細かいところは自分で使いながら確認していくといい。

2つ目は「改造」。合成と似たところがあるが、この作業に必要なものは素材アイテムと機材(・ ・)アイテムの二種であるということが違う。同様により上位のアイテムを生成するが、基本的に金属などの強化がこれにあたるだろうな。使う設備としては[竈]や[加工台]がそれにあたる。ここに置いてあるのはそれくらいだが、さらに研究を重ねようとするならばこれでは全然足らんな。

…以上だが、まだ何かあるか?」

「いや、もう大丈夫。ありがとな」

「…どうせ私が死ぬのと時同じく捨てられる定めの機材だ。好きなだけ使ってくれ」

白衣の男性はそういって建物からふらりと出て行った。


「…さて、初めていくか」

トウガンの手元には昼間に採り続けていた、[薬草]。作業台には何本かのフラスコと、乳鉢・乳棒。

「…理科の実験かよ」

ぼやきながらも手際よく[薬草]をすり潰す。程よく原型が分からなくなる程度までなったら、それを水を入れたフラスコの中に入れる。薬草の緑色が液体全体に広がり、新たなアイテムとして認証を受けるように、軽く光る。


[HPポーション(小)]

HP10%回復


「…ま、こんなもんだろ。薬草の回復率が確か5%だったから、2本使って効果が二倍か…。店売りのが12%だっけか?…ま、まだまだこれからだな。」

トウガンは完成したポーションを眺め、呟く。

「ま、先ずは経験値稼ぎだ。薬草が尽きるまで作っておくか」


結果として[HPポーション(小)]は30個ほどになった。ちなみに[雑草]でも試したものの、実験失敗となり雑草ごと消滅した。

「レベルは…5か。まあまあってとこだな。」


「あ、やべ…」

メニューウィンドウを開いたトウガンはおもわず口を開く。

そこにはゲーム内時間は11:00と表示されており、また現実時間も23:00となっていた。

「晩飯…食ってねぇじゃん」

急いでログアウトを押して、ゲームを終える。



「希梗は…まぁまだ潜ってるわな」

藤丸がダイニングに行くと、作り置きされたいくつかの簡易なおかずがあった。付箋を付けるのさえ億劫だったのか添え書きらしいものはないが、温めて食べろ、ということを意味しているのだろう。

「…いただきます」



「今日はもうログインしなくてもいいかな…」

十数分で食べ終え、誰もいないダイニングで藤丸は呟く。

VRゲームはある程度感覚をリンクさせているため、ゲーム内で感じる疲労感は現実に戻っても何分の1かは残ってしまう。度重なる【実験】で体力的にも限界の近かった藤丸は、ベッドでそのまま眠りについた。



―――――――――――……――――――――


トウガン LV.5

Mj《科学者》

Sj《陰陽師》


スキル

・【実験】


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