20th‐Completed
前日にも1話投稿してあります。またこのあと1ヶ月くらいは忙しくなりそうなので、キリのよさそうなところまでお話しを進めたかったので…
そして、ゲームの中での時間が5日間、すなわちリアルタイムで2日半が過ぎたころ、トウガンはイスルの工房の前で完成を待っていた。
〈工房〉は各プレイヤーに与えられた完全な個室なので、他人の部屋に入るのには本人の誘導が必須だ。しかし当の本人であるイスルは作業に没頭している真っ只中なので、もちろん誘導などできようはずがない。
それゆえ、トウガンは彼の工房に入るでもなく、すぐ近くに佇むしかなかった。
十数分後。
おもむろに扉が開き、工房の中から一人の青年が出てきた。イスルだ。
「…なんとか、形にはなりました」
そう言って、再びふらっと建物内に消えていこうとする。慌ててトウガンも後を追った。
部屋の中の椅子に腰掛けて微笑む表情は2日ほど前に会った時とさして変わらないものの、疲労の色は濃いようだった。というか、やつれているという表現が正しい。
「こちらになります」
そう言ってストレージからドラム缶大の装置を実体化させる。
「おお…すごいな。完璧に要望通りだ、ありがとう。……ってか、大丈夫か?」
「……微妙なとこです。ゲームの中では5日ですか…その間ぶっ通しで作業してましたからね」
「それで大丈夫な人類があってたまるか!」
「誰かさんがやたら面倒な注文つけやがってくるからです黙ってください」
「突然の辛辣!?てか寝ろ!」
「…失礼します」
そう最後の言葉を言い切るかどうかくらいのタイミングで、ログアウトしたらしいイスルはふっとその場から消えた。
ログアウトする様子を傍から見るとそんなふうなんだなぁ…と意味もない感想を抱くトウガンだった。
「さて、こいつか…」
残されたのはトウガンと、一台の機械。
ずんぐりとしたドラム缶のような胴体を貫くように二本の筒が伸びている。装飾などは一切ない、完全作業用の見た目だった。そしてそれは、トウガンが想像し、注文したものと寸分違わないものだった。
「…何と何を合成させたら、こんな明らかに分類上武器じゃないものが出来上がるのか、なんてのは敢えて問うまい」
製作者の苦労が滲んだ、無骨な装置。
それで良いじゃないかと、トウガンは素直に思った。
✽ ✽ ✽
工房を出たトウガンは、その足で鉱山に向かった。
「まずは設置」
ストレージにしまっていた例の装置を取り出す。その瞬間、周囲のプレイヤーからの視線が集まり、さらにどよめきが起こる。
ざわざわとしていてもトウガンに話しかけるプレイヤーがいないのは、気味悪がられているからだろうか。
そんな中で当のトウガンは、
「…よくあのサイズ重量のドラム缶がストレージに入るもんだな。質量保存の法則とかいろいろあるだろうに」
と、果てしなくどうでもいいことを呟いていて、周囲からの訝しむような視線には気がつかないでいた。
「んで準備、と」
二本の筒の、ドラム缶の片側の方を壁に押し当てる。
すると、小さなウィンドウがトウガンの目の前に開かれた。
『機材をセットしますか』
「…ここがこの実験で一番心配していたところだったんだが、あっさりだったな。開発陣はよほど俺と思考回路が似通ってるみたいだ」
少し呆れたような、それでいて嬉しそうな、そんな調子でトウガンは呟いた。そして、『YES』のコマンドを勢いよく押す。
するとその瞬間、筒が壁面にめり込むように、その先端が見えなくなった。
「…おぉ」
自然と、彼の口から感嘆の声が漏れた。そして、何が起きるのかとトウガンと装置を凝視していたプレイヤーからも。
「よし仕上げだ」
そう言って、前もって準備しておいた符4枚をそれぞれの筒に2枚ずつ貼り付ける。
「【術符・灯】!【術符・雫】!【術符・旋風】!」
声に反応し、3種類4枚の術符が効果を発揮する。
筒の中がほのかに光りだしたのをみて、トウガンはひと安心して、「ふぅ」と息を吐いた。
「あとは、待つだけだな」
そして満足気な声で言って、彼女は結果を待つ。
2、3分後。
真黄色の硫黄塊が、トウガンの前に姿を現していた。
「よっし!」
小さくガッツポーズをして、それをストレージにしまう。
「取りあえずは成功、だよな?」
そう呟きながら、獲得したアイテムの詳細を確認する。
[硫黄塊]
『硫黄の塊。素材アイテム(純度95%)』
「……おぉ」
トウガンの口から、再び自然と声が漏れる。以前普通の採掘方法で掘ったのとほぼ同じような説明だというのに、彼女の中では格別な存在感を発する文字列だった。
その後もいくつかの硫黄塊が下の筒を通って出てくる。そして10分ほどで動作は停止し、5つほどの硫黄塊が手に入った。どれも純度は95%前後で、現実とある程度一致しているようだった。
「符に込められるMPの限界は10分間これを稼働させられるくらいか。…まぁ上々な出来だろ」
そう言ってトウガンは鉱山をあとにした。
帰り道の彼女は、どこかスキップで鼻歌を歌っていた、というのは掲示板でのくだらない話だ。
✽ ✽ ✽
装置の説明をしよう。
そうは言っても、そう大仰なつくりではない。『上の筒から熱風を流し込み』、『下の筒で寒風が吹き戻す』仕組みを作っただけなのだから。
使用した符は【灯】【雫】1枚ずつと、【旋風】2枚だ。
【旋風】は、上の筒には壁に向かって符を設置。下の筒には裏向きに設置された。
これはトウガンが密かに術符の練習をしている時に発見したことだ。
「符は裏向きにも置ける」
要は筆で文様を書き入れた面を下に向ける、ということなのだが、これは普通に設置した時とはまた違った効果を及ぼす。
具体的には、【灯】を裏向きにすると、火がねずみ花火のように細長く地面を走る。【雫】を裏向きにすると、ジェット噴射を逆向きにしたように、水圧に押されて一瞬体が浮き上がる、といったものだ。
【旋風】ではどうか。
それは単純、風向きが逆になるのだ。
トウガンはそれを利用した。
上の筒では壁に向けて吹き込むような風に、【灯】の熱を加えて熱風に。
下の筒では壁から吹き抜けていくような風に、【雫】の冷気を加えて寒風に。
それによって、硫黄が熱風によって溶かされ、風に流されたところで寒風に固められる、という理想の形が出来上がったという訳だ。
…最初この機材を持ち込んだトウガンを気味悪そうに眺めていたプレイヤーたちが、黄色く輝く宝石のような硫黄塊とそれを持って嬉しげに帰るトウガン(美少女)をみて、その第一印象に大幅な修正を加えた話は、また後日しよう。
ここで、とりあえずの一章は終わりになります。二章は戦闘メイン…の予定ですがどうなることやら(笑)
次話の投稿は11月になると思います。それまでお待たせいたしますが、気長に待って頂ければ幸いです。




