2nd-start-
「…ん」
部屋に差し込む朝日で、藤丸は目を覚ました。
まだ完全に復活しない意識の中、リビングへと歩を進める。
すでに希梗は学校へ出発した後らしく、食卓には『あっためて食べてね(*´ω`*)』と書いてある付箋が貼ってあり、ラップに覆われたいくつかの小鉢が並んでいた。
「…いただきます」
一人で使うにはやや広いテーブルで、藤丸は両手を合わせ、ひとり呟く。
休みまであと3日、《WCO》サービス開始まであと2日である。《Casino》には既に個人データを入力し終え、サービス前日から設定可能となるキャラクター作成をするだけである。大学の授業も学生の大半が気が抜け、なんとなくそわそわしだしている。
✽ ✽ ✽
「なあ、お前も《WCO》やるのか?」
昼休み。いつも通り食堂へ行って昼食をとろうとする藤丸を、別の男子学生が呼び止めた。
「ん?あぁ、そのつもりだけど。」
藤丸は話しかけてきたその男―野良弾高にそう相槌を打つ。
「やっぱりそうか。いや実は俺もそのつもりでさ、オープンβから参加してるんだ。あ、夏苗さんはクローズドβから参加してる猛者だけど。」
「…あいつ最近最低限の講義しか出てないから何かと思えばそういうことかよ…」
藤丸はどこかぶっきらぼうな様子で口にする。
「そうだ、あいつはどんなジョブにしてたんだ?」
弾高ならば知っているだろう、という半ば確信めいた思いで藤丸は問いかけた。
「あー、確か、《魔術師》の派生で《魔導書士》とかだったかな」
「…よくわからんけど魔法職なんだな。ちなみに野良は?」
「俺か?俺は《盾戦士》からの派生で《守護者》だ。」
「完璧にタンクだな」
タンクとはパーティで戦闘を行うときに高い防御力で戦線を維持し、相手の攻撃を引き受けるポジションで、かなり危険な仕事である場合が多い。
「別にいいだろ。…っと、こっからが本題だ。本サービスが始まったら、パーティを組まないか?」
弾高がそう口にしたとき、二人は食堂の目の前まで迫っていたことに気が付いた。
ドアを開いて、適当な席に座る。
「で、パーティを組む、って話だったか?」
藤丸はそう口火を切った。
「ああ、ちなみに夏苗さんとかお前の妹さんとかがいるパーティになってる。…まぁとはいえ、いつまでもリアルでのメンバーで組み続けるってわけじゃない。ただ序盤はテスター組と差が開きやすいからな…パーティ組んだほうがレベル上げの効率もいいし、悪い話じゃないと思うんだが」
藤丸はここで僅かに唸って考える仕草をしたが、答えはすぐに返ってきた。
「序盤とか言わず、最初の何回かだけ付き合ってもらうよ。お前らだってテスター時代の仲間とかいるはずだし、コツさえつかめばソロでもコツコツやれるさ。」
「…ま、そう言うならムリには誘わないがな…ただMMOゲームをソロでとかかな厳しいぞ?ソロでの攻略とか想定してないしな…」
「俺も馬鹿じゃない、適当な頃合いに仲間を見つけるさ」
そう言葉を交わして、二人は食堂を後にした。
サービス開始まで、あと1日。
✽ ✽ ✽
「…くそ、こんなに手間取るとは、予想外だ」
次の日、即ちサービス開始前日。その晩に藤丸は焦って自室に入った。
―――――――――…
講義を終え、家についた藤丸は、テーブルに貼ってあった付箋を見つけた。
『友達の家に、《WCO》の設定に行ってきます(`・ω・´)
晩御飯は冷蔵庫の中のを使って、適当につくって食べてね♪』
と書いてあるのを見て、軽く途方に暮れる。
親がいれば親に、いなくても妹にすべての炊事を任せてきた藤丸にとって、『簡単なものでも食事を作る』というのは非常に高い難易度だった。
「……どーすっかな」
―――――――――…
悪戦苦闘の末、食事をどうにか作り終わり、その他の家事をした時には、11時を回っていた。
「さて…」
《Casino》を頭に装着し、電源を入れる。
『《World_Connection_Online》がインストールされました。プレイしますか?』
機械の合成音声と同時に現れた《Yes No》のみが書かれたシンプルなウィンドウに対し、藤丸は迷いなく《Yes》をタッチする。
その直後、何もない真っ白なVR空間から公式サイトで何度も見た完成度の高いグラフィック、《WCO》の世界に変わっていた。
『《World_Connection_Online》にようこそ。現在、開かれているワールドはありません。キャラクター作成を行いますか?』
先程とはどこか違う雰囲気の音声が藤丸の頭の中に響く。
再び《Yes》のコマンドをタッチする。
『キャラクターを作成します。プレイヤーの体格情報を参照します。しばらくお待ちくだ…』
ピンポーン
藤丸はその音に一瞬顔を顰めたが、それが現実世界の自宅のチャイム音だと気付くと、無視するわけにはいかず仕方なしに《Casino》をはずした。
「希梗が帰ってきたか…?」
もういい時間だし、友人の家に泊まるのならば何か連絡を寄越すはずだし、と藤丸は一瞬で理由をつけてチャイムを押したのは妹だと判断する。
「おかえりー…」
「よっす!」
「って、はぁ!?か、夏苗!?」
そう、突然現れたのは夏苗だった。しかも顔はほんのりと赤く、普段の沈着な話し方からは想像できない軽快な声を上げている。
「なんでいきなり…つーか酒臭ぇ!?」
「当たり前だろ酒飲んでたんだからよー…っと」
「危ねぇな」
突然夏苗がよろけた。反射的に藤丸が手を伸ばして支える。
「ふふ、わりーな」
「…ったく、ちょっと俺の部屋で待ってろ。酔い覚ましみたいなもん用意するから」
藤丸が軽くため息をつきながら言うと、夏苗はフラフラとした足取りで藤丸の部屋に入っていった。
「…はぁ」
藤丸は再びため息をつき、キッチンに姿を消した。
――――――――――…
部屋に入った夏苗は、目ざとく《Casino》を見つけた。
「あいつ、もう設定は終わったかなーと…」
そして、それを何のためらいもなく頭にはめた。
「…ははっ!まだ全然終わってねーじゃんか!」
「ん?なんだこれ…ま、いいか《O.K.》と…」
「確か顔グラはデフォでいいって言ってたな…それとジョブは《盗賊》だったな」
「あーしまった、サブジョブのこと聞いてなかったな。…まぁ適当に
「何してんだ!?」
声に気付き、夏苗は《Casino》を外す。
「お前…俺まだ設定中だったろ!?勝手に…」
藤丸は夏苗の手から《Casino》を取り上げて話す。
「大丈夫だって。顔グラは弄ってねーし、ジョブもシーフでいいんだろ?」
「む……まぁそうだけどさ、キャラメイクの楽しみってのもあるじゃねぇか。」
「ゲーム始めちまえばそっちのほうがよっぽど楽しいぜ?」
「…もういいわ」
藤丸は若干の呆れを含んだ声で呟いた後、《Casino》を装着した。
『サブジョブを選択してください』
少し前に聞いた、無機質な機械音声。その後、かなりの量の副業のリストが表示される。
「やっぱ相当な量だな…」
藤丸は呟きながらリストを上下させる。
「シーフがどちらかといえば欧風だからな…思いっきり日本風のジョブにするか。
日本風、を意識して画面をスクロールすると、あるジョブに目が留まった。
《陰陽師》
「…これにするかな」
ジョブの説明には、『宝剣や符でのトリッキーな戦闘が可能。符にはレベルアップによってさまざまな効果を付与できる』
とあった。
藤丸は(戦闘職を二つ持ちってのもどうかと思うが…ま、なんとかなるだろ)と《陰陽師》で決定する。
『設定を完了しました。サービス開始までお待ちください』
その機械音声とともに、藤丸は再び真っ白なVR空間に送られた。
「…ふぅ」
《Casino》から頭を外すと、平衡感覚が狂って尻餅ををついてしまう。
「痛っ…あーそうだった。立った状態でVR空間から意識を戻した時に姿勢が違うからか」
藤丸は呟きながら、部屋を見回す。すると、彼のベッドで寝る夏苗がいた。
「あいつ…」
恨みがましい目を夏苗に向け、藤丸はリビングにあるソファで眠った。
✽ ✽ ✽
ついにサービス開始当日。そして藤丸たちの学校の終業式でもある。
学校の中でも《WCO》のプレイヤーは相当数いるのか、どこかそわそわした雰囲気で学校長の長々とした言葉は右から左、といった感じだった。
「この式が終わったら、即行で帰るぞ。」
夏苗は藤丸に向かって昨日のことなどなかったかのような口調で語りかける。
「わかってるって」
藤丸もそれに答える。
そして、式が終わると、ぞろぞろと学生が帰路につく。時々いる異常な速足はきっとやりたいゲームでもあるのだろう。
藤丸たちもその例外ではなく、家についてすぐ部屋に入り、《Casino》の電源をオンにする。
『《World_Connection_Online》を起動します。』
この数日間で聞きなれた機械音声が藤丸に届く。
そして再び目の前に広がる華麗な世界。
『《World_Connection_Online》へようこそ。ワールドが生成されています。今すぐ始めますか?』
《Yes》のコマンドをすぐさまタッチする。
『プレイヤーネームを付けてください』
藤丸は前々から考えていたネームを入力する。
《トウガン》
「…よし、被りはなかったみたいだな」
『では《World_Connection_Online》の世界を、どうぞお楽しみください。』
その言葉とともに、藤丸は大きな街の広場にいた。
「ここが…《始まりの街》、か?」
公式サイトでも最も多くのスクリーンショットがとられた場所だ。西洋風のお城が北端にそびえ、そこから日本の戦国時代のような武家屋敷が立ち並ぶ、異質な光景。
だがなぜかそれらの風景は調和がとられ、むしろ美しさを感じる不思議な感覚を覚える。
しかし、藤丸―トウガンはそれを気にする余裕がなかった。
「なんか俺……声高くね?」
うわずってるというか、そんな感じをトウガンは受けた。
彼が不思議に思っていると、夏苗―シエルからメッセージが届く。
『これが届いたなら、お前はもうゲームを始めたのだろうな。広場は人が多くて見つけづらいだろうから、広場の西のはずれにある大木の下で待ち合わせないか?』
藤丸はすぐに
『了解した。今から向かう』
とメッセージを送信し、移動し始めた。
「お、あれか?」
数分後、シエルらしき人物を見つけ、近寄っていく。
「よっ、遅くなったか?」
藤丸はポン、と彼女の肩をたたき注意を引く。
「ん?……も、もしかして、藤丸…か?」
「…?あぁ、そうだけど。アバター殆ど弄ってないんだからすぐわかるだろ」
「あーいや、なんといいうか…女性なんだ。外見が。」
「はぁ!?」
トウガンは疑いの目線をシエルに向ける。彼女はどこか罰が悪そうな顔をしたままだ。
その反応を見て顔をしかめながらステータスウィンドウを開く。慣れないのでまだどこかぎこちない様子だ。
しかしそこには、
《トウガン
性別:female
メインジョブ:《科学者》
サブジョブ:《陰陽師》
》
「…なんだこれ」
なんとかゲーム開始まで持っていこうとしたらめちゃくちゃ長くなってしまいました…